「よーし、ファルシオン!!思いっきり足に力を入れろ!!レック、もっと力出せねーのか!?」
「これが精いっぱいなんだって…ううう!!」
深くて茶色い水たまりにハマってしまった馬車をレックとハッサンが持ちあげる。
1時間半の格闘の末、ようやく馬車を固い地面の上に乗せることができた。
「ふいーー、きつかったぜー…」
「レックー、水飲むー?」
「ああ、ありがとう。バーバラ」
「ちぇ、レックだけずるいぜ…」
バーバラから受け取った水筒の水を飲むレックをうらやましそうに見る。
数多くの木々が不規則に生えており、枝や葉が視界を遮る。
レック達はそんな密林の中をすでに4日近くさまよっているのだ。
船は海岸沿いに設置されている小さな船着き場に預けている。
このモンストル地方は6割近い土地が深い熱帯雨林となっており、高い降水量と気温を誇っている。
現地では林業、そして農業が経済基盤となっており、そして船着き場と町の間が熱帯雨林となっていることから基本的に町内での自給自足のシステムが成り立っている。
そのような土地では外の人間が来ることが少なく、そしてここに関する情報が外に出ることも少ない。
「にしても、一体ここはどこなんだよ!?それに、どの方角を進んでんのかまるで分らねー!!」
「木の年輪を見れば、大体の方向はわかるけど…」
船着き場の労働者の話では、馬車を使えば2日でモンストルに到着する。
だが、それはこの熱帯雨林を知り尽くしていればの話であり、始めていくレック達はこのとおりだ。
そんな中でも、魔物たちはたくましく生きている。
肌色の豚のような姿をした人型の魔物で、鉄製の鎧と兜、そしてとげ付きの鉄球2つを鎖でつなげたものを振り回すオークマン。
オレンジ色のマンドラゴラで、泥人形と同じく不思議な踊りで魔力を失わせる能力を持つダンスキャロット。
そして、バットマジックやヒートギズモ、ホイミスライムに腐った死体、踊る宝石といったレック達が戦ったことのある種類の魔物たちが容赦なく襲ってきたが、船の中で修業を積んだ彼らの敵ではなかった。
魔物マスターとなったチャモロが密林の中にわずかに存在する足跡や爪痕などの痕跡を見つけ、襲撃してくる可能性のあるポイントを分析することができるようになり、突然の攻撃への対処が容易となった。
また、ミレーユが覚えた誘う踊りで相手のスキを作りやすくなり、僧侶となったことでバーバラも回復役に回れるようになった。
レックとハッサンは新たな能力を得たわけではないものの、研究に基づいた合理的な訓練方法をダーマの書から学んだことで、これまでよりも戦闘能力が上がっている。
ただし、レックの場合は戦士として身体能力を上げることが中心の訓練となっていることから呪文に関して若干おろそかになっている。
「にしても、職業ってすげーな。今までの我流での修業とは段違いだぜ」
「だとしたら、勇者を生み出す可能性があるというのもうなずけます。ん…?煙の臭いがしますね」
「煙の臭い?」
「方向は…こっちですね」
チャモロが指さした方向に馬車を進ませると、だんだん煙が空に昇る光景が見えてきた。
煙が上がっているということは、そこに民家があるということになる。
仮にあったのが家1件だけだったとしても、そこでモンストルへの生き方を聞くことができるかもしれない。
「だったら早くいこー!あたし、もうクッタクタ…」
馬車の中に戻ったバーバラが頭をくらくらさせながら言う。
「そうね…密林に入っている間はちゃんと眠れなかったから…」
密林では、テントを張る場所が限られており、この4日の間は馬車の中で雑魚寝が当たり前だった。
そのため、疲れがあまりとれず、そして慣れない環境下での移動のため、普通よりも多く体力を消費する。
5人の中でも体が鍛えられているレックやハッサンでも、最近では日常的にやっている訓練の時間が少なくなっている。
少なくとも、ゆっくり休める場所にありつくことができるこの状況は5人にとって感謝すべきことだ。
それにこたえるかのように、ファルシオンは速く走る。
そして、1時間経過して、視界が大きく開けた。
「ああ…」
視界に広がるのは煉瓦でできた5,6件の建物と石でできた道路、そしてその道路を通る木材を積んだ馬車。
右側にある2階建てでほかの建物と比較するとかなり高さも横幅の長さも大きい建物のドア付近には宿屋の札が下がっている。
「やっとついた、モンストルだ…」
到着したとわかると、急に疲れが襲ってきたのか、レックはあやうく前に倒れそうになった。
ハッサンが右手で支えてくれていなかったら、本当に落ちていたかもしれない。
「うーーーん、まずは宿屋でちゃーんと休みたーい!!」
「そうね。ちゃんとしたご飯もここなら食べれそう…あら…?」
先に馬車から出てきたミレーユが気になったのは自分たちに向ける町人達の目だ。
サンマリーノやアモール、ゲントの村ではあまり気にしていない、もしくは珍しいものを見るかのような目をする人が多かった。
しかし、ここの場合は違う。
何度も自分たちを見返したり、少しおびえているような様子も見せている。
まるで旅人を歓迎していないかのように。
(こういう街だから…かな?)
密林によって外とは隔てられた環境によるものだとレックは自己完結しようとする。
そう考えれば、彼らの行動は何ら不思議なことではないと納得できるからだ。
「いやぁー、すみません。毎日お世話になってしまって…」
「いいえ、アモス様。これが私たちにできる精いっぱいの恩返しですから…」
宿屋の西にある家から、青い半そでの服と白い長袖の服を重ね着し、緑色の長ズボンと茶色い皮の靴を履いた男性が出てくる。
身長は一行の中で一番高いハッサンよりも2,3センチ上回っており、体についている筋肉や両手の剣だこを見ると、彼が戦士だということがわかってしまう。
髪の色は金色で、肌は若干日焼けした茶色、瞳の色は緑となっている。
また、彼を支えている女性は緑色で模様などの飾りが一切ない清楚な長袖のドレスを着ていて、茶色いロングヘアーと色黒な肌、とび色の瞳を見せている。
「アモス様ー!夕方までに野菜は届けますんでー!」
「わかりましたー!いつもありがとうございます…痛てて…」
「アモス様、あんまり大きな声を出すとお体に響きますよ?」
「あははは。メルニーさんは心配性ですねぇ」
声色から見ると、男の年齢は30歳くらい。
だが、この陽気な口調を聞くと、とてもそうとは思えなく感じてしまう。
彼らを見ていたレック達に気付いた神父が近づいてくる。
「気になっておられるのですか?あのお方のこと…」
「ええ。けがをなされているのですか?」
「はい。私たちを助けるために…」
「助けるため?」
神父はじっとメルニーに支えられて歩くアモスを見つめる。
彼らが交差点を曲がり、姿が見えなくなったのを確認してから話し始めた。
「半年前、北からやってきた紫色の魔獣がこの街を荒らしまわったのです。家は壊され、立ち向かった男たちのほとんどがケガをするか、そのまま殺されてしまいました。そんな時にアモス様が来られました。彼はたった1人でその魔物と戦い、傷つきながらも勝利したのです。こちらへ…」
神父に案内され、レック達は町の中央にある小さな1階建ての教会に入った。
教会に入って右側の壁には青い鎧を着たアモスと神父が言っていた紫色の魔獣が戦う姿が描かれた絵が飾られている。
(大きさは4メートルから5メートルで…ストロングアニマルに似ていますね…)
ストロングアニマルは高い土地順応性を秘めたモンスターだが、たいていの個体の大きさは3メートル程度。
紫色の魔獣の大きさはあくまでも描かれているアモスの身長を基準に見ると、チャモロがいう4メートルから5メートルが適当で、普通のストロングアニマルよりも大きい。
「しかし…あれほど巨大な魔物と1対1で戦ったのです。無傷で済むはずもなく…。今は町の北西にある空き家で療養生活を送っております。そして、夜になると…」
「夜になると…?」
「あ…いえいえ。夜になると傷が痛み、そのせいでうめき声をあげておられるのです。いつになったら安眠できるようになることか…」
「ふーん、アモスさんかわいそー。ミレーユ、チャモロ。どーにかできないの??」
「そうね、アモスさんが住んでいる家に案内できますか?私とチャモロは回復呪文について心得があります。もしかしたら…」
「おお、それはありがたい!では、こちらへ…」
神父が先頭に立ち、ミレーユとバーバラ、ハッサン、チャモロがついていく。
だが、レックは少し考え事をしたせいで少し出遅れてしまった。
(さっきの神父さんの言葉…まるでとってつけたみたいだったけど…。まぁ、いいか)
コンコンコン!!
「はいー!」
アモスがいる家で、神父がドアをノックすると、出てきたのはメルニーだった。
メルニーは旅人であるレック達5人を少し不審に思い、警戒するように見る。
「神父様、これはどういう…?」
「メルニーさん。彼らには回復呪文について心得があります。もしかしたら、彼らの回復呪文であれば、アモス様の傷をいやすことができるかもしれません」
「はぁ…」
薬草を利用した治療はこれまで何度もしているものの、回復呪文を利用した治療の数は少ない。
というのも、この町で回復呪文を使うことができるのは神父だけだからだ。
「だめでもともとです。ですが、少しでもアモス様の傷がいえる可能性があるなら、それに賭けてみませんか?」
「…そう、ですね…」
アモスに救われてから、モンストルの人々の共通する意識は彼の一日でも早い完治。
この半年の間、なんとか傷をいやそうと力を尽くしてきた。
薬草を集めたり、神父の場合は寝る時間を惜しんで回復呪文の勉強をした。
そのおかげか、寝たきりだったアモスは誰かの手を借りることができれば立てるくらいまで回復することができた。
だが、それは完治には程遠い。
特にメルニーは住み込みでアモスの世話をしてきた。
少しでも可能性があるなら、なんとしてでもつかみたい。
「どうぞ、こちらです」
メルニーの案内で、屋内の南東に位置する部屋に入る。
そこには灰色の毛でほっそりとした体つきをしている青い目の犬が、部屋の中央にあるベッドのそばで待機していた。
犬とはいうものの、オオカミの血が混ざった雑種であるためか、顔立ちはオオカミに近い。
そのベッドでは、アモスが横になっている。
「アモス様…」
「様はよしてくださいよ。メルニーさん…その方々は??」
「彼らは今日ここについた旅人です。回復呪文に心得があると…」
「そうですか。みなさん、ご迷惑をおかけして申しわけな…あ痛たたた…」
体の痛みから、起き上がれないアモスのそばへミレーユとチャモロが向かう。
体の傷は治っているものの、アモスの顔色は悪いまま。
「うーん、傷は治っているみたいですが、まだ体が痛むんですか?」
「ええ。動こうとするとどうしても腕や足、関節が悲鳴を上げるんですよー。まるでおじいちゃんになったかのようで…痛たた…」
痛みを感じながらも笑いながら話すアモスにレック達は少し驚いた。
半年もベッドで寝たきりで、さらにはそのような痛みと戦っていると嫌でも悲壮感を抱く人が多い。
だが、アモスの場合はそのような悲壮感を1ミリたりとも感じさせない笑顔を見せている。
かなりの天然なのか、精神力が強いのかのどちらかかもしれない。
「「ベホイミ!!」」
ミレーユとチャモロが2人がかりで呪文を唱える。
アモスの前進が淡く光り、魔力が彼の体を癒そうとする。
「あ痛たたたた!!関節がぁぁぁ!!」
しかし、急にアモスの体が痛み始め、回復呪文を止めるとその痛みが引いた。
2人の回復呪文でも、アモスを完治できない。
「一体どういうことでしょうか…?関節の痛みは回復呪文でもいやすことができるはず…!」
「もしかしたら、毒の影響があるのかしら…キアリー!!」
試しにキアリーを唱えるが、アモスの体に変化は起こらない。
では、その関節の痛みの原因が何なのか、2人にはわからなかった。
「レック、アモスさんの体を見てもらえる?」
「わかった」
ミレーユの頼みに応じたレックはアモスのそばへ行く。
そして、目を閉じて深呼吸をした後で、じっとアモスを見た。
アモスの体内にはミレーユやチャモロ、バーバラほどではないが魔力が流れている。
魔力の色は青だが、時折脳から赤い色の魔力が流れ出すのも見えた。
その赤い魔力がアモスの関節にとどまる。
(もしかしたら、この赤い魔力が原因…?)
そのあと、2時間の間アモスの治療を行ったものの、結局彼を完治させることができなかった。
収穫があるとすれば、痛みの原因があの赤い魔力であることがわかったことだ。
「うわぁー、すっかり暗くなってるー!!」
「まだ水と食料の調達ができてねーし、夜に密林を進むわけにはいかねーからな…今日はここの宿屋を借りようぜ??」
「そうね。行きましょう」
5人は宿屋へ向かう。
カウンターにはパイプを吸っている黒いカーディガンと茶髪の中年男性がいる。
「すみません、5人ここで宿泊したいんですが…」
「5人?うーん…」
男は少し考えた後で、まずは部屋割りを決め、3人部屋にレック、ハッサン、チャモロ、2人部屋にはミレーユ、バーバラを割り当てて、レックとミレーユに部屋の鍵を渡す。
「泊めるのはいいのですが、この宿屋の決まりを守ってもらいます」
「決まり…?」
「実にシンプルなものです。決して夜の間は外に出ない。これだけです。それさえ守っていただければ、お泊めしましょう」
「(どういうことなんだ…?でも、夜に外に出る理由もないし、いいか)わかりました」
レックの同意を受けた男はほっとした表情を見せ、部屋へ案内する。
夜まであと1時間弱だ。