「んん…」
光が消え、ゆっくりとレック達は目を開く。
大理石でできた柱に青銅のタイル、30メートル近くはあろう高さにある天井。
先ほどまでいたムドーの城の部屋とは大違いだ。
「私たちは魔法陣の力で飛ばされたのよ…あの魔法は確か、古代呪文…ルーラ…」
「ルーラ…」
自分の脳裏にイメージした場所へ瞬間跳躍する古代呪文。
当然、現在は失われている。
だが、今自分たちがここにいる理由はその呪文しかない。
「あれぇ??みんな、どーしてここにいるの??」
「な…?!」
「バーバラ!!?」
次の驚きはレック達の前にいるバーバラだ。
彼女は神の船に残しているため、あの魔法陣の巻き込まれていないはずだ。
「ここはどこなの!?ムドーはどうなったの??ファルシオンは!!?」
「一遍に聞くなよ…ムドーは確かに俺たちが倒して、ここは…」
「ダーマ神殿、古代より集められし知識の宝庫…」
「ふああ!!」
いきなり背後に現れた老人にびっくりしたバーバラはレックの後ろに隠れる。
紫のラインが描かれた白い神官服を着ていて、左手には金色の持ち手に赤い魔法石がついた長杖を握っている。
しわだらけで、頭髪はなく、膝あたりまであごひげが伸びている。
「あなたは…?」
「私はこの神殿の大神官。いや…正しくは大神官の魂…」
「魂…?」
ゆっくりとうなずいた後で、大神官はじっとレック達を見つめる。
「私たちはこの世界のすべての知識を納めていた。それは世界の均衡が破れるとき、再び均衡を取り戻すべく戦う者たちに力を与えるため、もしくはこの世界のより良き未来の為に…。しかし、魔王によって神殿は滅び、我々は死んだ…。そして、魔王は我々の力を利用するため、魂と書物を奪った…」
大神官の言葉を静かに聞く。
彼が二百年前に魔王の手によって死ぬとき、どのような思いで死んだのか、おのれの役目を果たすことができずに果てることをどれほど無念に思ったのか…。
口調は穏やかだが、もしかしたら激しい怒りを必死に制御しているだけなのかもしれない。
現に、彼の杖を握る手には力がこもっている。
「ダーマ神殿は滅びた。書物については神殿の地下深くに石板としたものを納めている。時が来れば、再び世に出ることになるだろう。そして、ムドーが死んだことで、奴に取り込まれたダーマ神殿の犠牲者の魂はこうして夢の世界で生きることができる。そして、ムドーを倒してくれたお前たちにこれを渡そう…」
大神官は懐から茶色い羊毛でできた古い書物をレックに渡す。
書物のタイトルは『英雄の魂の記録』と書かれており、表紙には青い服と赤いマント、緑色の魔石がついたサークレットを装備した黒い髪の男性とミニスカート状で、胸の上半分を露出させたワンピースに青いマント、水色の長い髪で赤い魔石がついたサークレットを装備した女性が描かれている。
書物を開くと、目次には戦士、武闘家、魔法使い、僧侶、踊り子、盗賊、魔物マスター、商人、遊び人とある。
「この書物にはかつて、世界を救うために戦った英雄たちの知識が刻まれておる。書物をもとに鍛錬を積み、力をつけるのじゃ」
「ってことは…ちょっと貸してくれレック!!」
無理やりレックから本を取ったハッサンは武闘家のページを見る。
そのページの最初には河童のような髪型の白髪で、黒い鼻眼鏡をつけた老人が描かれている。
「俺は…武闘家になれるのか??」
「左様、鍛錬を積むことができれば…の話ではあるが」
「ああ、ああ…!!やってやる!正真正銘の武闘家になってやる!!」
現実の記憶を取り戻したことで、なぜ自分が武闘家になりたかったのかを再確認できたハッサンの目は輝く。
最初の目標はわずかな時間しか維持できない正拳突きでのあの集中力を高めることだ。
「はいはーい、次はあたし!」
次に本を手にしたバーバラは僧侶のページを見る。
長い袖の色が白になっている緑色の服で、トルコ兵士のものと同じくらいの高さで、丸に十字架のマークがついた緑色の帽子をつけた、青い髪の僧侶が描かれている。
「じゃああたし、僧侶をやってみる!」
「バーバラが僧侶??似合わねーなー」
腹を抱えて笑うハッサンに怒ったバーバラはメラを連発する。
やけどするのが嫌なハッサンは急いで逃げ出した。
「もう、ハッサンはけがが治ったばかりだか…」
「ギャーーー!!」
ミレーユが言い終わらないうちに追いつかれたハッサンはメラの餌食になる。
ある程度さっぱりしたバーバラは笑顔でレックに本を渡す。
「レックも決めないと、職業!!」
「う、うん…」
ひきつった笑顔のまま本を受け取り、本をめくる。
少しページをめくり、20ページ目あたりで止める。
そこにはピンク色で右腕が露出したピンク色の重装な鎧を青い長そでの服の上に着た少し紫色が混じった黒の髭の戦士が描かれている。
「戦士…?」
次のページをめくると、戦士の心構えが書かれていた。
「戦士たるもの、仲間のために常に前に出るべし。盾を持つものは敵を引き付けて仲間を守る盾となり、両手に武器を握るものは荒々しく、力で敵をくじくべし…」
「レックは戦士を選ぶのですね?」
「うん、俺はこれにする。次はチャモロだな」
本を受け取り、ゆっくりと熟読を始める。
20分読み続けたチャモロは本を閉じ、ミレーユに渡す。
「決めたの?」
「はい、僕は魔物マスターにします。敵を知ることも重要なことですから」
魔物マスターの最初のページには青いツインテールで黄色いヘアバンドとドレスを着た少女が描かれていて、その背後にはスライムやデビルアーマーなど数々の魔物が描かれている。
彼の職業に少し驚きながらも、ミレーユは本をめくる。
「私は…踊り子ね」
「踊り子?あまり実用的とは思えない職業ですが…」
「おばあさまから聞いたことがあるのよ。空気中には魔法の影響で残留した魔力が存在していて、体の動かし方によるとそれで呪文を再現できることがあるわ。もしかしたら、踊りに呪文の新しい境地を見るヒントがあるかもしれないわ」
怒ることなく、笑顔で論理的に反論しつつ、本を袋に入れる。
踊り子のページにはオレンジ色の腰布と宝石をあしらったビキニという過激な服装で踊る、茶色い長髪で白い肌の少女が描かれていた。
「英雄たちの軌跡をたどり、力をつけることで、さらなる高みへと向かうことができる。それ次第では、勇者を生み出すことも…」
「勇者?」
「左様。勇者となるためには何が必要かはその書とこれからの旅で見出すことができよう。さあ…お主らを現実世界の髪の船の元へ送ろう」
目を閉じ、静かに詩経すると再びレック達の足元に魔法陣が現れた。
上を見ると、そこには嵐が収まり、静かになったムドーの島が映っていた。
雲一つない青空と太陽がエメラルド色の海に描かれている。
そして、その島のそばで止まっている神の船の上には…。
「ファルシオン!!」
「よかったぁ…」
バーバラがルーラで飛ばされたことで神の船に残ったのはファルシオンだけ。
もしかして、自分たちを探しに船から飛び出してしまったのではないかと心配もしていた。
こうして、無事な姿を見ることができて安心した。
「行くがよい、われらの希望よ…」
魔法陣が光り、レック達の姿が消えた。
光が消えると、レック達は神の船の看板の上に立っていた。
「神の船…」
「おーし、ファルシオン!!帰ってきたぜー!」
さっそくハッサンが少し雑ではあるが愛情をこめてファルシオンを撫でる。
バーバラはお腹が空いたためか、ムドーの島へ行く際にレック達が持って行った保存食の残りを食べている。
そして、チャモロ、ミレーユ、レックは次の行動を考える。
「まずは船をゲントの村へ返そう。そして、そこから陸路でレイドックへ戻って今回のことを報告しないと。そして…うん??」
南西の方角からこちらに近づく船が見える。
望遠鏡で確認すると、その船はサンマリーノ―レイドック間の定期船と同じ規格のもので、帆にはレイドックの国旗が描かれている。
ムドーとの闘いで船を失ったレイドックは新しい船の建造を行っているが、まだ完成していない。
そのため、船が必要な場合は民間に依頼し、王家が借りている船であることを証明するため、帆をこのようなものに交換している。
「レイドックからの…どうしてここに??」