「一体…一体どうなってんだーーーー!!!???」
レンガ造りの家が並ぶ街並みを見て、ハッサンが発狂寸前となる。
見慣れた家、見慣れた道、見慣れた店、見慣れた国旗。
ここはレイドック、厳密に言うと幻の大地のレイドックだ。
「上の世界にもレイドックがあって、幻の大地にもレイドック…」
「二つの世界のレイドックって一体…」
「けど…少し違う」
周囲を見渡すと、ちらほらだがかなりボロボロな服を着た住民が乞食をしている。
上の世界ではレイドック王の善政の賜物か、乞食する住民は存在しない。
そして、見張り台や町にいる兵士たちの武装は上の世界のそれよりも高価なものになっている。
「うおーーーー!!神よ、俺たちに幻を見せているのかーーーー!?!?!?」
「…ミレーユ、ハッサンを止めて」
「駄目…今の彼には近づけないわ」
混乱し、大声を出すハッサンに町の人々や兵士たちが集まってくる。
「こんなひどい病気の人がおるなんて…」
「お父さん、この人かわいそう…」
「金を恵んでやろう」
ハッサンの周囲に小銭が少しずつばら撒かれる。
(もうやめてくれハッサン!!これ以上惨めな姿を見せないでくれ!!)
一生トラウマとなるだろうその光景を見ていると、ひとりの子供がレックをじっと見る。
「うん…?どうかしたの??」
不思議そうに彼を見つめる。
「やっぱり…やっぱりそうだ…」
「ん…?」
「王子様だーーーー!!」
「え…ええ!?」
「王子!?王子だと!!?」
「王子様!!?いずこに??」
少年の声を皮切りに周囲が大騒ぎとなる。
「ん…?何がどうなってんだ??」
「…」
急な展開について来れないハッサンに対して、ミレーユはじっとレックを見つめる。
「王子様!!お迎えに上がりました!!どうぞ!!」
「え…?待ってくれ、俺は王子じゃ…」
「何をおっしゃいますか?そのプロテクターには国旗があり、そしてその容姿!!どう見ても王子様です!!」
「こ…これはただソルディ兵士長から支給されただけで…」
レックは必死に否定するが、悲しいことに町の人々も兵士も反応しない。
そして、兵士に引っ張られる形で城まで連れて行かれた。
「…ミレーユ、俺たちどうしたらいいんだ??」
「町の外で待ちましょう」
「お、おう…」
今はどうすることもできなくなった2人はそのまま町を出る。
ハッサンの懐には恵まれた小銭がきちんと入っていた。
「王子様!!よくぞご無事で…」
城に入って最初に出迎えたのはソルディとうり二つの容姿の男だった。
(ソルディ兵士長…なのか…?)
「王子様!!このトム、今日ほどうれしいことはございません」
「トム…ソルディ兵士長じゃないんですか?それにその傷…」
顔を上げたトムと名乗る男の左ほおにはひっかき傷の痕がある。
3本の線状になっているその傷の形から見ると、大きな犬によるものと考えられる。
「ソルディ…懐かしい名前ですね。それよりも、早く王子様の帰還を皆に伝えなければ…。王子様。しばらく、北東の書物庫でお待ちくださいませ」
「は、はい…」
意気揚々に階段を上っていくトムを見て、レックはもう自分が王子だとは言えない状況にあることを悟った。
仕方なく、そのまま書物庫へ向かう。
「おいおい聞いたか…?またゲバンの野郎が増税するって言ってるぞ」
「この状況と陛下と遠縁というだけで大臣になったくせに、やりたい放題…いい加減にしてほしいぜ」
「トム兵士長がなんとか抑えてくれているけど、もし兵士長がお倒れになってしまったら…」
(上の世界とは違って、かなり混乱しているみたいだ)
書物庫につくと、メイドたちがレックのプロテクターと盾を取り、そのまま退室する。
椅子に座り、城内で聴いたことを思い出す。
上のレイドックとの違いは以下の通りだ。
●ここには王だけでなく、王妃と王子が存在する。そして王と王妃は眠ったまま目覚めず、王子は行方不明。
●兵士長がソルディではなく、トム。
●2人が眠った後で大臣となったゲバンが圧政を行い、トムがブレーキをかけている。
書物庫とはいうものの、高級感のある机と心地の良い椅子があり、休憩にはもってこいの場所だ。
「ハッサン達、大丈夫か…?うん?」
たった1人になった中、レックは本棚を見る。
その中で鏡が大きく表紙にが描かれている古い本を見つけた。。
「ラーの鏡…やっぱりこの世界に!!」
「王子様ーー!!」
「わっ!?」
急に扉があいたのに驚き、あわててなぜかその本を本棚ではなく懐に入れてしまう。
扉を開けたのはトムだった。
「し…失礼しました!!あまりに興奮しておりまして…。ささ、王子様。どうか陛下の元へ」
「は…はい…」
トムの案内の元、レックは3階の王と王妃の部屋に向かう。
構造は上の世界のそれとは大差なかった。
「王子様…この先で陛下と王妃様が…」
「…」
王の間に西側にある扉をレックはゆっくりと開く。
そこには眠っている年老いた夫婦と彼らに回復呪文をかけているシスターがいた。
王の方は真っ白な髪と品格を漂わせる長い髭があり、王妃の方は金髪で白い肌が印象的で、わずかにしわがあるがなぜか上の世界のレイドック王そっくりに見えた。
「1年前、ムドーの呪いによってお二人は…。そして、ムドーを倒すといって陛下の剣を持って飛び出された時はどれほど心配したことか…」
「…み…」
「え…?」
「…がみ…鏡を…」
「鏡…?」
眠る王妃の口から洩れる弱弱しい言葉がレックの耳に届く。
(鏡…それってラーの鏡のことなのか?)
そんなことを考えていると、彼女の首にかかっているロケットを手に取る。
「これは…」
「このロケットは陛下が王妃様にプロポーズした時にプレゼントしたものと聞いております」
「…」
徐にロケットを開く。
その中には若いころの王と王妃と思われる2人の男女とレックそっくりな容姿の少年、そして王妃の腕に抱かれている生まれたばかりの赤ちゃんが描かれた絵画が入っていた。
(やっぱり…うり二つなんだな。俺とここの国の王子は…)
「王子様が戻られただと!?」
急に男性特有の低い声が王の間から聞こえる。
「ゲバン様!!お待ちください!!」
「うるさい!」
凄まじい勢いで扉が開くと同時に、少し薄めの黒い髪で、自分という存在を過度に強調したいという欲望をむき出しにしたかのように高級な宝石でできた指輪や勲章をつけた、紫色の制服の中年男性が入ってくる。
右ほおには大きなニキビができていて、その男はレックを見ながらそのニキビに触れる。
「王子様…お戻りになられたと聞いた時はとてもうれしゅう思いましたが、この1年で少し雰囲気が変わったのではありませんか?」
急に恭しい態度をとるが、同時にレックを怪しんでいる。
「何をおっしゃいますか!?ゲバン大臣!あのお方こそ正真正銘の…」
「兵士長、少し黙っていただけますかな?王子様、失礼ながら1つだけ質問をお許し願いたい」
「質問…?」
「はい。これは王子様であれば必ずわかるシンプルな質問です。それは、亡くなられた妹君の名前でございます。その時王子様はどれほど悲しまれたことか…」
(妹の名前…??)
ロケットの中の赤ん坊の姿を思い出す。
あの赤ちゃんがゲバンのいう死んだ妹のことだろう。
そして、レックの脳裏に浮かぶ妹の名前は1つしかない。
「タ…ターニア…」
「お…王子様?!そんな…」
「ハハハハ!!やはり贋物であったか!本物の王子様であれば忘れるはずがない!!衛兵!!」
ゲバンが扉から離れると同時に、兵士が3人入ってきて、レックを捕える。
「衛兵!!この贋物は国外へ追放せよ!!」
「ハッ!」
「トム兵士長…」
気落ちし、沈黙するトムを見てゲバンはにやりと笑いながら言葉を並べる。
「この責任は後日、とっていただきますぞ?」
「あいつ…大丈夫か?もう半日経つぞ?」
「来るわ…絶対に」
城下町から少し離れた平原でレックを待つハッサンとミレーユ。
念のため門番にレックの似顔絵を渡し、ここに来るようにという伝言も残してきた。
「にしても、驚いたぜ?世の中に自分そっくりな奴は3人いるって話はあるけどよぉ」
「おーい、ハッサン、ミレーユ!」
「お…来たぜ」
旅人の服を着た姿となったレックが2人の元へ駆け寄る。
頬には殴られた跡があり、口から少し血が出ている。
「どうしたんだよその傷。やっぱり…」
「贋物だってばれて追い出された、王子じゃないって言ったのに、踏んだり蹴ったりだ」
「プロテクターと盾は…?」
「そのまま没収された。剣とナイフは無事だったけどな」
ミレーユのホイミにより、何とか傷が癒えたレックは懐から本を取り出す。
「なんだよ、その本は?」
「書物庫で見つけた。もしかしたら、ラーの鏡と関係があるんじゃないかと思って」
「その本、貸してもらえる?」
「ああ…」
ミレーユは借りた本を読み始める。
「なんだよこの文字!?わけわからねえ…」
「これは古代の神官が使っていた文字よ。私なら読めるわ…。私は真実の鏡を作りし者。老いた我はその鏡を邪悪なる物の手に渡ることを何よりも恐れている。故に塔を作り、そこへ封印する。その扉は鍵で封じ、それを聖なる滝の中へ。いずれ鏡を真に必要とする者たちのために…」
「鏡…それはラーの鏡か??」
「そうかもしれないわね。そして、聖なる滝となると…」
「聖なる滝…?どこにあんだよ??」
ハッサンは必死に地図を見る。
「…アモール」
「へ?」
「聖水の町、アモール。もしかしたらそこに鍵があるかもしれないわ。アモールはここから南西よ」
「レックが御尋ね者になっちまったからな。さっさとレイドックから離れようぜ?」
本を袋に入れると、3人はアモールへ向かう。
ここでレイドック周辺にいる魔物たちについて解説しておこう。
●本来草食であるはずのスライムが肉食を始めたことで、オレンジ色に変わったスライムベス。
●戦死した兵士に魔王が邪悪な魂を宿したことで復活したゾンビである死の奴隷。
●過去に交戦経験のある沈黙の羊とビーポ。
沈黙の羊にはマルシェ西の森であと少しで死ぬところまで追いつめられたレックだが、ハッサンとミレーユという仲間、そしてここまでの戦闘の中でのレベルアップでうまく戦えるようになった。
まずはミレーユが最近覚えた視神経を麻痺させ、敵に幻覚を見せる幻惑呪文マヌーサでその魔物の視界を奪い、レックがルカニで守りを弱める。
そして、ハッサンとレックが同時攻撃することで撃破した。
(それにしても、何だろう…?)
戦っていても、進んでいても、レックは自身の中に生まれたもやもやとしたものが気になって仕方なくなっていた。
(どうしてなんだ…?あの女の子の名前を思い出せなくて、悲しくなるのは…)