「なあ…なあ、本当に俺たち、見えてるんだよな?」
「心配ないわ、ハッサン。夢見の雫の力は本物よ」
「けどよぉ…」
不安げな表情を浮かべるハッサンはサンマリーノの人々をじっと見る。
「おいおい、なんだよあの大男。俺たちをじろじろ見て…」
「こういう奴は何をしでかすかわからないタイプだな」
「…。見えてる」
「そうね。これで安心できるでしょ?ハッサン」
「…この場合は見えてないほうがいい…」
街の人々の言葉がナイフのように心に突き刺さったためか、彼の目には涙が浮かんでいる。
「ミレーユ、それにしても本当にここの定期船はレイドックへ行くのか?」
「ええ。私とおばあちゃんはたまにそこまで占いの営業へ向かうの」
「にしても、この世界にもレイドックって…。一体どうなってんだ!?」
ミレーユの案内の元、レック達は船着き場へ入る。
そこで購入したチケットにもきちんとレイドック行と書かれていて、丁寧なことに国旗まで描かれている。
(レイドック…。俺たちが兵士になったレイドックとどう違うんだ?)
「ハッサン!!」
「!?」
船着き場へ戻ってきた船の出入り口から出てきた紫色の髪の中年女性が急にハッサンの名を呼ぶ。
フードが付いた白い服で、背中には青い大きなカバンを背負っている。
「あんた、ハッサンだろう!?心配したよ。4年前に家を飛び出して…。あんた!!」
続けて船から出てきたのは黒いモヒカンで黒いベストを身に着けた、身長はハッサンと同じくらいの大男だ。
中年であるにもかかわらずかなりの筋肉を持っており、背負っている鞄には常人2,3人では背負いきれないほどの量の大工道具を入れている。
「ハッサン?知るか、そんな奴!!俺たちには息子なんていねえよ!」
男はそう吐き捨てると、一足先に船着場から出ていく。
「な、なあおばさん。確かに俺、ハッサンだがあんたらのこと知らねえぜ…」
「そ…そうですか。人違いですよね…。すみません…」
女性はハッサンに頭を下げると、男を追いかけるように出て行った。
「一体…何だったんだ?」
「ハッサン…本当にあの人たちを知らないのか?あの人たち、自分の息子の名前がハッサンだって…」
「知らないも何も、俺たちはあの時初めてサンマリーノに来ただろ?」
「それはそうだけど…」
2人は夢見の雫を手にグランマーズの家へ戻ったときのことを思い出す。
彼女は雫に古代呪文をかけ、そのまま2人に振りかけると、自覚はないが自分たちの姿が見えるようになった。
その時、彼女はなぜ自分たちの姿が見えなくなったかを教えてくれた。
それはここが別の世界で、別世界から来た人の姿が見えないからだ。
本来2つの世界が交わる、もしくは人が交流することはありえない。
なぜこのようなイレギュラーが発生したかについては明言することはなかった。
そして、そこでミレーユはレック達と同行すると明言、そのまま3人でここまで来た。
「おーい!そこの方々!乗るんなら、早く船に乗ってくれー!もうすぐ出航するぞー!」
「行きましょう、2人とも」
「あ、ああ…」
2人は先ほど寄港したものの西隣にある船に乗る。
「…」
ハッサンもあの夫婦が出て行った出入口をじっと見た後、船に乗った。
魔物の活性化もあって、定期船は乗客や積荷、乗組員の安全のために様々な改造が施されている。
特に一番の改造とすれば聖水垂れ流し装置で、船の周囲に聖水を文字通り垂れ流すものだ。
単純なものであるが効果てきめんで、これを正式に装備されて10年の間で魔物に襲撃された例はかなり少ない。
欠点はかなりのコストで、その点はレイドックの貴族や国庫からの支援でなんとか抑えられている。
また船に積める聖水の量は一往復分で、往復し終えてから聖水の調達、充填には少なくとも3日かかる。
もちろん、船のメンテナンスも込みでだ。
「乗客はこれで全員だな…。よーし、出航だーー!!」
船長の言葉と共に、聖水が放出される。
それと同時に帆が広がり、錨が上がる。
「おばあちゃん…」
レック達が船室へ向かうのを見送った後、ミレーユは船上から港を見る。
自分の師であり、もう1人の母親でもあるグランマーズに想いを馳せながら…。
「ありがとう…いってきます」
「ミレーユ達は無事に船に乗れたみたいじゃのお…」
水晶玉から西へ向かう船の光景を見たグランマーズは安心しながらハーブティーを口にする。
ハーブの葉やその破片がたくさん入っていて、お世辞にも上手とは言えないものだ。
「うう…さすがにミレーユのようにはできんわい」
長い間、グランマーズはハーブティーを入れるのをミレーユに任せていて、毎日の楽しみになっていた。
ハーブティを飲み終えると、ゆっくりとベッドへ入る。
「少し寒いのぉ…。お休み、ミレーユ…」
まだ日が沈み切っていない空を見つつ、グランマーズは眠りについた。