「ブアーーークション!!」
洞窟の中で、ハッサンのくしゃみが響き渡る。
「ハッサン、静かにして。魔物に聞かれるわ」
「そんなこと言ってもよぉ、ミレーユ。ここ…ものすごく寒いんだぜー?平気なのかよ?」
「ええ。これくらい慣れているわ」
「慣れるもんなのか?この寒さ…ハクション!!」
「ハッサン、この程度は寒いうちに入らないぞ」
鼻水を垂らすハッサンに布を渡し、レックは目の前に現れた巨大な毒蜂を斬捨てる。
この魔物はヘルホーネットといって、体内に象ですらしびれさせるほどの強力な毒を持っており、それで獲物を弱らせてから捕食するという残忍な魔物だ。
「おいおい、なんでお前も平気なんだよ?」
「俺の故郷、ライフコッドは山奥の村で、冬はとても寒いからな。それで慣れた」
「なんだよ…この仲間外れ感は…」
他にも命の石を原動力とした騎士の人形を頭に乗せた緑色のスライムであるスライムナイト、魔力のこもった土で構成された人形で、見ている側を脱力させる踊りをする泥人形、レックが覚えたルカニの効果を広範囲の敵に与えるルカナンを使いこなす赤いガンコ鳥のビーポ、更にサンマリーノ周辺に出没する魔物たちが彼らの行く手を何度も阻んだ。
特にてこずったのはフォークを持つ茶色い小悪魔、ベビーゴイルだ。
1匹1匹では大したことはないが、彼らは常に他の魔物と集団を組んで襲撃をかけ、ギラでレック達に何度もやけどを負わせた。
現在、その火傷が無いのはレックとミレーユのホイミで回復したからだ。
「げ…また出たぜ!!」
鼻水をぬぐうハッサンの前に数匹のスライムが現れる。
「それにしても、なんでミレーユや魔物は俺たちの姿が見えるんだろう…?」
「あまり時間はかけられないわ」
「え…?ミレーユ?」
ミレーユがレック達の前へ行き、イバラの鞭を構える。
「ハァッ!!」
猛スピードで鞭が数多くのスライムを蹴散らしていく。
仲間がやられたのを見た他のスライムは急いで逃げて行った。
「こういう1対複数での戦いでは、鞭やブーメランが有利だわ。早く行きましょう」
何事もなかったかのように、ミレーユが先導する。
「ミレーユ、なんでここの道を知ってるんだ?」
「2年前までは魔物がすみついていなかったの。その時はよくおばあちゃんとここへ夢見の雫を取りに行ってたの」
「へえ…」
「にしても、ミレーユとあのばあさんって全然似てねえなあ。全然あのばあさんの娘とは思えねえな」
「え…?私はおばあちゃんとは血のつながりはないわよ」
「えぇ!?」
ずっとグランマーズがミレーユの母親か祖母と思っていたために、レックはかなり驚く。
「じゃ、じゃあ2人はどういう…」
「見えてきたわ。あそこに夢見の雫がある」
ハッサンの言葉を遮り、一番奥の広間でミレーユは古びた壺に指を差す。
壺には岩から染み出た真珠色の液体が少しずつ貯められている。
「あの黄色い水が夢見の雫…?」
「ええ。それをもって帰れば…」
「にしてもこの壺、全然外れねえぞ?」
ハッサンが何度も壺を外そうとするが、全く手ごたえがない。
「…!!ハッサン、その壺から離れて!!」
「え…?どうしたんだよ、いきなり?」
「急げ、ハッサン!!」
「レックまで…ん?」
レックが指を差した方向、自身の背後を見る。
そこには緑色の鋭い尾がのびていて、ハッサンを串刺しにしようとしていた。
「うわああぁ!!」
満を持して、襲い掛かってきた尾をアームガードで受け止める。
「く…痛ぇ…」
後方に下がったハッサンはアームガードを見る。
すると、左手の裏側あたりの装甲に穴が開いていて、そこに刺し傷が存在していた。
もしアームガードが無ければ、左手の指すべてを持っていかれたかもしれない。
「キキキ…俺の雫を勝手に取ろうとするなんてなぁ…」
壺の後ろにある穴から4本足で蝙蝠の羽根を持つ緑色の悪魔が出てくる。
4本足とはいうものの、前の2本は腕同様に役目も果たす。
「てめえが俺の手を!?」
「てめえじゃねえぜー?俺の名はブラディーポ様だ。ムドー様の命令でずっとここでお前たちを待ってたんだぜー?」
「ムドーが!?なんで俺たちがここへ来るのを…?」
「知らねえよ!!まあ、知っていたとしてもお前らはここで死ぬからなあ!!」
「野郎!!」
キレたハッサンがブラディーポの頭部を拳で殴ろうとする。
「ヘヘヘ…スカラ!!」
ブラディーポを不可視のバリアが包み込み、ハッサンの拳を受けても全く動じない。
「な…!?」
「ブァカ!夢見の雫が何なのかを忘れたのかよ!!?」
「グアア!!」
ブラディーポの鉤爪により、ハッサンは腹部に裂傷を負う。
「ハッサン!!」
なんとか再びレック達の元へ下がったハッサンはミレーユからの治療を受ける。
「夢見の雫…まさかあの魔物は!!」
レックはグランマーズの言葉を思い出す。
夢見の雫が魔法の聖水を太陽光が入らない洞窟の中で凝縮したもので、魔法の聖水の何十倍もの魔力が込められているもの。
だとすると…!!
「ヘヘヘ…しぶとい奴だなぁ。前に迷い込んだ奴はこの爪でくたばっちまったのによぉ、ルカニ!!」
ブラディーポの手から青い波動が襲い掛かる。
「まさかルカニまで…!!」
「ヘヘヘ…こいつを飲めばとんでもない量の魔力が手に入る。こいつを一杯飲めば、俺は最強の魔物になれる!!」
右手からルカニを放ちながら、左手で雫をすくって飲む。
更に何重ものスカラで防御力を高めていく。
このままその行動を許せば、なぶり殺しにされるのは確実。
「くっそーー!一発叩き込めば倒せるはずなのによぉ…」
「ルカニを唱えたとしても、焼け石に水。…ミレーユ?」
ハッサンの治療を終えたミレーユが静かに意識を集中し始める。
「レック、ハッサン、時間を稼いで」
「ミレーユ、何をするつもりなんだ!?」
「私を信じて!!」
「…!!」
急にレックの脳裏に訳の分からない光景がフラッシュバックする。
溶岩が流れ、灼熱にも似た気温の洞窟の中でミレーユが強力な氷の呪文を放つ光景だ。
そして、その時自分の隣にいるのがハッサンだ。
「…危ねぇ、レック!!」
「…!!」
フラッシュバックによって困惑するレックを現実に引き戻したのはハッサンによる突き飛ばしだった。
そして、先ほど自分がいた場所にブラディーポの尻尾が突き刺さる。
「何やってんだよレック!あと少しで脳を破壊されるところだったぞ!」
「ご、ごめん…」
こうして謝罪している間でも尻尾が何度も襲ってくる。
盾で受け止めたとしても、ハッサンのアームガードのように貫通される可能性がある。
そのため、レックは剣でそれを受け流した。
そうしている間でも、ブラディーポはスカラで防御をさらに固めていく。
「(契約はしたけれど、今の私の力量でできるかどうか…)レック、ハッサン!準備ができたわ!!」
「キキキ…どんな攻撃も無駄無駄。今の俺には傷一つ…」
空気中の水分が集まり、3つの氷弾となる。
そして、それらはブラディーポを襲うが尻尾で砕かれる。
「キキキキ!!その程度の呪文で俺を止められ…!?」
ブラディーポは左手が動かなくなっていることに違和感を覚える。
それから伝わる冷たい感覚。
「キ…ま、まさか…!?」
「はあ…はあ…ヒャドは…水分を凍結させて相手を攻撃する呪文。そして、夢見の雫は水分…」
ミレーユは疲れで片膝をつく。
彼女の口からわずかに血が出ている。
「ミ、ミレーユ!大丈夫か!?」
「ええ…少し疲れただけよ。けれど、これであの魔物は夢見の雫を飲めないわ…」
「キ、貴様ーーー!!」
怒り狂ったブラディーポは左手を引き抜こうとする。
しかし鍾乳洞の低気温がヒャドの力を強化しており、それによって生み出された氷の前ではびくともしない。
そうしている間に、彼のスカラが解除されていく。
「今よ!レック、ハッサン!!」
「おう!!いくぜ、レック!」
「ああ!!」
2人は一斉にブラディーポにとびかかる。
「調子に乗るなーーー!!スカラ!!ルカニ!!」
何度も呪文を唱えるが、青い波動も不可視のバリアも出ない。
夢見の雫という強力な魔力供給を断たれた彼の魔力は大したものではなかったのだ。
「はああ!!」
レックの盾がブラディーポの頭部を襲い掛かる。
すさまじい打撃によりめまいを起こす中、レックはさらに追い打ちで尻尾を切断した。
「ギャーーーーー!!」
「これで終わりだぁ!!」
ハッサンの拳がブラディーポの左ほおに叩き込まれる。
彼の高い筋力から発生するすさまじい衝撃は魔物の頭部の骨と脳に多大なダメージを与える。
「グギャーーーー!!!??」
そのダメージが大きいせいか、ブラディーポは目や鼻、そして耳から緑色の血を吹きだしながら力尽きた。
「ふう…なんとかなったぜ」
「さすがだよ、ハッサン。一撃でブラディーポを…」
「こいつがひ弱なだけだぜ」
「やったわね。さあ、夢見の雫を持って帰りましょう」
ミレーユはランタンの火で凍った夢見の雫を溶かし、小瓶に入れる。
「おいおい、入れ物があるなら最初に言ってくれよぉ」
「ごめんなさい、言うつもりだったけれど、それよりも魔物が現れるのが早くて…」
「さあ、早くグランマーズさんのところへ戻ろう」
夢見の雫が入った瓶を袋に入れたのを確認すると、3人は広間を出ようとする。
「ま…待てよ貴様ら…」
「!?」
びっくりしながら3人は後ろを向く。
力尽きたはずのブラディーポが起き上がっていた。
顔が半分つぶれていて、未だに出血している。
「き…貴様らは絶対にムドー様の元へはたどり…つけない…。ラーの鏡を手に入れることも…」
「負け惜しみかよ?」
「ヘヘヘ…なぜなら…貴様らはここで倒れるからなぁ!!」
氷が解け、再び飲めるようになったわずかな夢見の雫を飲み、両腕を3人に向ける。
「いけないわ…!!」
「へ?」
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!ベギラゴン!!」
「な…!?」
ライオンヘッドが放ったベギラマの数倍の熱と威力を持つ最強の閃光呪文、ベギラゴン。
熟練の魔法使いが覚える呪文をブラディーポは放とうとする。
しかし…!!
「ギ…ギャアアアアア!!」
「何がどうなってんだよ!?」
レックとハッサンは恐ろしい光景を目にする。
なんとブラディーポが火だるまになっているのだ。
ベギラゴンが暴走し、ブラディーポの体内に炸裂したのだ。
「ギャアアアア!!ムドー様と魔族に栄光あれーーーー!!」
ほんの数十秒でブラディーポは灰となった。
あまりにもすさまじい温度であったためか、壺がかなり焦げている。
「ミ、ミレーユ…これって…」
「これが無理に呪文を使った報いよ。確かに契約と魔力という条件を整えるだけでも呪文を使うことができるわ。けれど、自分の限界を大いに超えた呪文を使うと、今のように命を失うことがあるの」
「ということは、ミレーユのヒャドは…」
「ええ…。少し無理をしたわ。初球の呪文でなかったら、きっと体が凍っていたかもしれないわね…」
「だから、口から血を…」
「ええ…。呪文を自分の限界を超えてまで使ってはいけないのよ。特に戦いの中では、それだけで息が上がって後が続かなくなるの」
グランマーズの呪文を使うことができないという言葉の真実をブラディーポが示していたのだ。
魔力を強引に手にし、自分の手に余る呪文を発動すると自分に害を与える。
無事に発動できたとしても、ミレーユのようになってしまう。
「そんな呪文を俺たちのために…ありがとう…」
ハッサンの感謝の言葉にミレーユは優しく微笑む。
「少しだけ…休ませてもらう…わ…」
「お、おいミレーユ!?」
「大丈夫、眠っているだけだ」
静かな寝息を立てるミレーユ。
そんな彼女をなぜか年端のいかない少女のように感じられる。
「ハッサン、ミレーユをおんぶしてくれないか?」
「ああ…別にかまわないぜ」
ハッサンは彼女をおんぶし、レックは2人の前に出る。
「…テ…リー…」
「うん?」
ミレーユの寝言がハッサンの耳に届く。
(テリー…?男の名前なのか?それともペットのか…?)
突っ込みどころ満載のブラディーポ戦いかがでしたか?
思い出としたら、星のかけらで…おっとっと、これ以上言うのはやめておきましょう。