「おーい、レックーー」
「なんだ、ハッサン…」
「俺たち、いったいどれくらいの時間落ちてるんだー?」
2人はなぜか抱き合った状態で落下している。
しかし、数分猛スピードで落ちてからはゆっくりになっている。
「多分20分くらいだろうな」
「いやいや、30分は落ちてるだろ??」
「おい、あれは…」
雲の下へ達した2人の目に飛び込んだのは西の端に港町があり、その北東に巨大な神殿の廃墟がある大陸。
2人はそのままゆっくりとその廃墟の前へ降りていく。
「い…生きてる…?」
「踏める…歩ける…跳べる…!!」
ゆっくり落ちているときはもう死んで魂だけになってしまったと思った2人。
だが、こうして大地を自分の足で歩ける感覚から生きているという実感があふれ出す。
「生きてる!!生きてるぞ俺たちーーー!!」
「日ごろの行いがいいおかげだーーー!」
感動の涙を流しながら、抱き合うむさくるしい男たち。
10分の涙の場面ののち、2人は廃墟に足を踏み入れる。
「ここがあのじいさんが言っていたダーマ神殿かな?」
「けど、すっかり廃墟だぜ?本当にここなのか?」
「くっそーーーやっぱり何百年も前に崩壊したせいで、役に立たねえものばかりだ!!」
毛皮でできた服装で、両腰にナイフを差している盗賊のような男が倒れた本棚から本をあさっている。
しかし、どの本もかなり時間がたっていることと滅びたことにより炭化、もしくは変色していて読むことができない。
「お…おーい…」
「ん?誰かの声が聞こえたような…」
「おっさん、俺らが見えないのか!?」
ハッサンが盗賊の肩に触れる。
「うん?誰か俺の肩を…」
盗賊が後ろを向く。
すると、彼の顔色が見る見るうちに蒼くなる。
「誰もいない…?」
「へ?」
「誰もいない…も…もしかして、ここで死んだ神官の霊…ご、ごめんなさーーーーい!!!!」
盗賊がおびえながら神殿から逃げていく。
「誰もいないって…もしかして、俺たちのことが見えなくて…」
「や…やっぱり俺たち死んじまったのかーーーー!?」
ハッサンが再び涙する中、レックは盗賊が落とした鞄を見る。
その中には今自分が持っている地図とは全く異なる大陸や海が描かれた地図があった。
「全く違う…俺たちの世界と…」
「…グス…ってことは、ここは幻の大地なのか?」
「多分…。あのおじさんには悪いけど、持っていこう」
「な…ならよぉ、こんな所よりも西の港町へ行こうぜ…」
服で涙を拭いたハッサンがサンマリーノという名前の港町に指を差した。
廃墟を出た2人はサンマリーノへ向かう。
その道中ではやはりというべきか、見たことのない魔物に遭遇する。
青い水滴のような形で、ぶちスライムによく似たモンスター、スライム。
空気中の水分を凍らせる氷結呪文ヒャドを得意とする、魔力を与えられた緑色の蠅、蠅魔導。
ダークホビットほどではないが、シールド小僧よりも強固な盾と剣を持った土色の魔物、ビックフェイス。
そしてギズモとバブルスライム。
特に呪文を使うギズモと蠅魔導にはてこずったが、戦いの中でレックはなんとか物理攻撃が効かないギズモを攻撃する術を1つだけ見つけた。
それは盾叩きで蠅魔導を自分に向けてヒャドを放つよう仕向け、その呪文をギリギリのところで回避して背後にいるギズモに誤射させることだった。
ビックフェイズはハッサンの拳によって盾もろとも打ち砕かれ、蠅魔導とスライムはレックの剣の餌食となる。
かくして、魔物を退けたレック達は1日かけてサンマリーノに到着した。
「いろんなところに魚のにおいがするなあ…」
山育ちであるレックはこれほどの量の魚のにおいをかいだことがないため、若干変な感覚を抱く。
港には数多くの漁船と定期船、商船が出入りし、入港した船からは大量の積荷が持ち込まれる。
そして、それと入れ替わるように各地の特産物と魚介類が積まれていく。
ここサンマリーノは漁業と交易の街、世界有数の水揚げ量を誇るだけでなく世界各国の商船の中継地点となっている町だ。
街の中には水路があり、小型の商船や漁船は直接その水路から中心部へ赴き、自ら商売を行っている。
「町に来たのはいいけれど…どうやって情報を集める?」
「げ…考えてなかった…」
透明人間である以上、会話は成立しない。
そして、触れることと相手に自分の言葉を聞かせることはできるが相手が自分たちを視認できない。
更にいうとなぜ自分たちが今透明なのかもわからない。
「なあ…俺たち、このままだと…」
「ああ、ラーの鏡についてもこの世界についても何もわからないし、どう戻ればいいかもわからない…」
「…」
なすすべのない2人は落ち込んだ状態でとぼとぼ歩くしかなかった。
失意のまま、街の中央部にある屋内商店街へ足を運ぶ。
「きゃあ!!」
そうして歩いていると、水色の髪で少し目つきが鋭い少女とぶつかった。
ぶつかったのと同時に彼女が手に持っていた犬のえさの器が宙を舞う。
「へ…?」
何が起こったんだと言いたげな表情で上を向くと、器が下を向いてレックの顔面めがけて降ってくる。
「え…ええ!?」
何が何だかわからないまま、レックの口に犬のえさが入ってしまう。
「な…何!?毒エサが半分消えた…!?」
少女は空になった器を手に取り、この訳の分からない状況に頭を混乱させる。
「お…おい、レック。大丈夫か!?」
「なんとか…うう!!」
レックの顔がだんだん青く染まっていく。
「レ…レック!?」
「な…なんだか…体中が…」
「そういやあ、あの女が毒エサって…まさか!!」
「何!?この声…私の目の前から…!?きゃあああああ!!」
どこからともなく聞こえる声におびえた少女が逃げ出す。
(ば…バチが当たったんだわ!!ジョセフとイチャイチャしているメラニィを陥れようとしたから…ごめんなさーーい!!これからは正々堂々と勝負しますからーーーー!!)
少女は家へ入ると鍵を閉め、そのまま寝込んでしまった。
「どうすれば…今、毒消し草持ってねえぞ!!」
「はあ…はあ…はあ…」
「ちっくしょう…どうすりゃあ…」
「こっちよ!!」
「へ?」
茶色いフードつきマントをつけた女性が商店街の港側出口で白い手で2人を招く。
「ああ…きっと、俺たちの後ろにいる奴に声を…」
「その毒なら、キアリーで治療できるわ!急いで!!」
「え…?」
彼女の言葉にハッサンは耳を疑う。
今、この周囲で毒で苦しんでいるのはレック1人。
もしかしたら、あの女性には自分たちの姿が見えているかもしれない。
「あ…ああ!!」
本当であってほしいという願いを込め、その女性の元へ向かう。
「待っていて…キアリー!!」
女性の右手から淡い緑色の光を放つ。
すると、レックの体内から毒が消えて行った。
「な…なあ、キアリーって…」
「キアリーは解毒呪文よ。体内における解毒代謝を促進させて、毒を分解させる」
「あ…ありがとうございます…。あなたは?」
「私?私は…」
彼女は静かにマントを取る。
肩を包んでいる金色の帯が双方にあり、青と白の厚いドレス姿の長くしなやかな金髪の美女で、2人は見とれてしまう。
「私はミレーユ。こういうアクシデントが起こるとは思わなかったけど、あなたたちが来るのを待っていたの」
「待っていた…?それってどういうことなんですか?ミレーユさん」
「ミレーユでいいわ。敬語も。あなた達には一緒に来てほしいところがあるの」
「来てほしい…」
「ところ?」
自分たちがここに来ることを知っていて、更に姿を見ることができる女性。
「な…なあ、何者なんだ?こいつ…」
「分からない。でも、今俺たちになすすべはない。ミレーユについていこう」
「まあ、お前が言うなら…」
「決まりね。ついてきて」
微笑むと、ミレーユはレック達を先導する。
(何だろう…?この、あの人の昔からの知り合いにするような振る舞いは…)
ミレーユの案内の元、レック達は南へ向かう。
サンマリーノから南は深い森となっている。
道中ビックフェイスや蠅魔導などの魔物をレックとハッサンが撃退しつつ、1日かけて森を抜けた。
「見えたわ…あそこが案内したいところよ」
「あんなところに…」
森を抜けると、小さな平原があり、その中心にレンガ造りの民家が1軒だけぽつんと建っている。
「入って、ここにはあなたたちに会わせたい人がいるの」
「ちょっと待てよ、俺たちの姿は…」
「心配ないわ。その人は私と同じように、あなたたちの姿が見えるの」
「ますますうさんくさいなぁ…」
「さあ、入るわよ」
中に入ると、紫色のカーテンとカーペット、そして純粋な水晶でできた珠が置かれた小さなテーブルがすぐに目に入る。
しかし、そこには誰もいない。
「誰もいないじゃねえか?」
「こっちよ、ついてきて」
ミレーユに手招きされ、2人は水晶のあるテーブルの東側にある扉を開ける。
そこには紫色のとがった帽子とローブをまとった小柄の老婆が本を読んで待っていた。
「ひゃっひゃっひゃ。よく連れてきてくれたのお、ミレーユ」
「ただいま、おばあちゃん。おばあちゃんの言うとおりだったわ。紹介するわ。レック、ハッサン。この人がグランマーズ、あなたたちに会わせたい人よ」
自己紹介もしていないのに、ミレーユは2人の名前を言い当てる。
「ど…どうやって、俺たちの名前を…!?」
「儂の占いじゃよ。この手にかかれば、お主らの名前を知るくらい造作もないこと」
「そ…その、グランマーズさん。どうして、俺たちが…」
「なぜこちらの世界ではお主らの姿が見えないのか…じゃろ?」
驚くレックを横目に、グランマーズは手に持っている書物を本棚にしまう。
「残念じゃが、儂にも分らん。しかし、この世界で姿が見えるようになる方法は知っておるぞ」
「教えてくれ、婆さん!!どうしたら…」
グランマーズの言葉を聞いたハッサンは彼女に詰め寄る。
「これこれ、そんなに詰め寄る出ない!」
「へ…?」
急にハッサンの髪に小さな火がつく。
「う…うわあ!!アチチチチチチ!!」
「井戸は外にある。それで消してくるんじゃ!」
「うわああああ!!」
ハッサンが大急ぎで家から飛び出していった。
「ハッサン…グランマーズさん、今のは…?」
「今のはメラじゃ。指先から小さな火球を放つ火炎呪文じゃ。といっても、かなり下級の呪文じゃがな…」
「呪文…」
レックはライオンヘッドとの戦いを思い出す。
そのモンスターだけでなく、ギズモや森爺、蠅魔導が呪文で2人を苦しめてきた。
特にギズモは呪文を誤射させない限り、倒すことができないくらいの強敵だ。
「まあ、呪文の話は置いておくとして、お主らの姿を見えるようにするには夢見の雫は必要じゃ」
「夢見の雫…?」
「な…何だよ?夢見の雫って…」
何とか火を消すことができたハッサンが戻ってきて、偶然耳にした夢見の雫について問いかける。
「夢見の雫はたまに市場で売られている魔法の聖水が太陽光が入らない洞窟の中で凝縮したものじゃ。あの雫には魔法の聖水の何十倍もの魔力が込められていて、その魔力を使えばお主らの姿を見えるようにすることができる」
「それで、その夢見の雫はどこに…?」
「ここから南東にある夢見の洞窟の奥にある。そこには魔物がうじゃうじゃいるが、取りに行ってくれるかのぉ?」
「ま…魔物がうじゃうじゃ…」
グランマーズの言葉で、2人は関所を超えたときに見た魔物の大群を思い出す。
「なんじゃ、2人だけでは不安か。ならばミレーユを同行させよう」
「「え…!?」」
びっくりしながら、ミレーユを見る。
ここに来るまでの間、ミレーユは戦闘に参加しておらず、どれほどの力を持っているのかはっきりしない。
「助けてくれるのはありがたいんですけど、ミレーユにはどのような力が…」
「彼女は回復呪文を使いこなせる。そして、障壁呪文スカラを使い、お主らを攻撃から守ることができる」
「そういうことだから…2人とも、よろしくね」
既に、ミレーユはイバラの鞭を腰に掛け、旅の準備を整えていた。
「よ…よろしく…」
「ああ、それからレック。旅立ちの前に少し儂に付き合ってもらえんかのぉ?」
「…??」
家の外に出ると、グランマーズが井戸の前に五芒星が描かれた丸い魔法陣を書き込む。
「これは…」
「契約の儀式じゃ。呪文を習得するために必要じゃ。これからお主にいくつか呪文を契約させておこう」
「は…はあ…」
レックが魔法陣の中に入ると、グランマーズが魔法陣の周囲に呪文の名前を書き込む。
生命力を促進させて傷をいやすホイミ、細胞結合を弱め、相手の守りを脆弱にするルカニ、宝箱などの入れ物の中身を見破り、戦闘では実体のない魔物を一時的に実体化させることができるインパス。
その3つが書き込まれると、魔法陣が一瞬だけ光った。
「契約完了じゃ」
「え…??これで終わり!?」
「そうじゃ。今のお主が契約して使えるのはそれぐらいじゃな」
「なあ、婆さん。契約するだけで呪文が使えるのか?なら俺にも…」
「契約したとしても、呪文が使えるわけではないぞ。人には使いこなせる呪文の限界というものがあるんじゃ。例えば火炎呪文を操ることができても回復呪文ができない、いずれの呪文もそつなく使えるが、最上級の呪文は使えない、回復呪文が限りなく得意ではあるが他の呪文が使えないといったものじゃ。そして、使えるようになる要因はその者の種族、遺伝子、脳波、血液、魔法力といった先天的なものから記憶、トラウマ、精神力、訓練による開花といった後天的なものがある。今のお前さんは訓練すればどうなるかわからんが魔法力の方が弱すぎるんじゃ。じゃから、覚えたいならまずは勉強からじゃな」
「じょ…冗談じゃないぜ!やっぱり俺は武闘家らしく、肉弾戦だけで勝負するぜ!!絶対に…」
「…お主、頭が悪いのを隠したいだけじゃろ?」
グランマーズの言葉がハッサンの心にぐさりと刺さる。
真っ白になったハッサンをミレーユが慰めている間に、グランマーズがレックに目を向ける。
「これで、お主も少しは戦えるようになったじゃろ?」
「グランマーズさん、どうして俺たちにここまで…」
レックにとって、グランマーズは赤の他人。
助けられる理由はどこにもない。
「…企業秘密じゃ」
「は…?」
「じゃあ、儂は少し寝る。おぬしらは夢見の雫を取りに行くんじゃ」
「グランマーズさん…」
あくびを1つして、グランマーズは家の中に入っていく。
「…。いろいろ分からないことはあるけど、仕方がない。夢見の洞窟へ行こう。ミレーユ、よろしく」
「ええ…。レック」
「行こうぜ…俺、当分呪文の契約の話は聞きたくねえ…」
今回はかなりグダグダした感じになってしまいました。
申し訳ありません。
呪文の習得にはさまざまな要素が必要になります。
としたら、その一部でも何らかの理由で欠けてしまったら…。