ナノハなの!   作:すどうりな

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『2』


No.6 事件の影響

 

 ―――.......ぁ..............

 

 真っ暗闇の中で声が聞こえる。

 小さく、聞き取りづらく、声と判別できただけでも十分だろうと思えるような.......本当に小さな声。

 

 ―――.....................ぁ

 

 息をしている口が偶然音を発してしまっただけのような弱々しい声、感情を一切感じさせず、どこか不安になる声。

 

 ―――ズチュ.......ズチュ.......

 

 音が聞こえた。

 水を含んだ何かが擦れ合うような音。何かがぶつかり合うような音.......。

 

 思わず自分を自分で抱き締める、怖い、怖い、怖い.......怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!

 

 暗い此処が怖い、小さな声が怖い、気持ち悪い音が怖い!!

 

 音は次第に速くなっていき、大きく大きく大きく大きく大きく大きく大きく大きく大きくなっていく。

 

 声も暗闇も何も変わらないのに、音だけが大きく、強く、近く.......!!

 

 「いや.......いやいやいやいやいやいやぁ!!」

 

 自分の中の音が占める割合が増えていくような感覚に恐怖ばかりが沸き起こる。

 

 助けて欲しかった。 お父さん、お母さん、鮫島、誰でも良い.......誰でも良いから早く.......。

 

 でないと.......私が.......私が.......!!

 

 

 『だめよ』

 

 

 不意に音が止まった。 音だけじゃない、声も、暗闇でさえ今では消え白い光が私を照らしている。

 

 

 『こっちにきちゃだめ』

 

 

 白い光.......正確には白い光を纏った誰かが私の前にいた。 

 その私を心配してくれる光の声は聞いた事があるような無いような不思議な声だった。

 

 

 『貴女はもう私じゃない、貴女はもう此処に来なくても良いの.......だから』

 

 

 ―――だからおはよう、『アリサ・バニングス』

 

 

 

 

 

 

 「..............あれ?」

 

 目が覚めた.......というにはあまりにもハッキリとした目覚めに何故か口から疑問の声が出てしまった。

 

 いや、何かを忘れているのかも知れない。 何か大事な大事な事を.......何だっただろうか?

 ベッドから降り、カーテンを思いっきり開ける。

 

 太陽の光はサンサンと照りつけ薄暗かった部屋は一気に明るくなった。 

 時計を見れば六時三十分、今日が学校の日でも休みの日でも問題ない時間だった。

 

 昨日は何曜日だっただろうか? 昨日の記憶をたどり思い出そうと頭を捻る。

 

 昨日は休みだった、朝からレイジングハートと一緒にナノハのお洋服を買う為に軽い演技をしちゃったのを覚えている。 バレた時の不満そうな顔が可愛いかった。

 

 服選びは難しかったのも覚えている。 ナノハは恥ずかしがってアレも着ないコレも着ないと駄々をこね、結局ナノハが着たのは一着だけ。 ナノハはどうせ地味で安そうだから着たんでしょうけど、始めから全部の服があの服を着せる為の布石だった事に気づかなかったようだ。

 実はあの服は、あのお店の中でもトップクラスに高い.......私の服より高価な物だったりするんだけど本人には内緒よね。

 

 それから外で昼食を食べて.......今度は下着を買いに行った。 ナノハが居心地悪そうに俯いてるのを見て少し笑いそうになってしまった。

 

 

 それから、それから.......そうだった。

 

 私は拐われた所をナノハに助けてもらったんだ。

 

 

 「ナノハ!!」

 

 

 体が跳ねるように動いた。 ドアを思い切り開け、隣のナノハの部屋に駆け込む。 

 まだあまり家具が揃っていない部屋にポツンと置かれたベッドに彼女は居た。

 頭は包帯が巻かれていて怪我をしているのが一目で解った。 レイジングハートは側に置かれているがまるで壊れてしまった様に沈黙を貫いている。

 

 そして彼女の目は閉じられていてピクリとも動かない。

 

 「あ.......あぁ..............」

 

 頭にあるであろう傷、ピクリとも動かない体、動かないレイジングハート.......。

 嫌な想像ばかりが頭をよぎり涙が零れそうになる、あの誘拐犯達が持っていた武器は何だったか、ナノハは撃たれたのではないだろうか?

 

 私の.......私のせいでナノハがし.......死.......。

 

 「寝ているだけだよ、僕も心配になったけどね」

 

 「.......え?」

 

 頭の上に手を乗せられた、視点を上に上げてみれば父親の顔が見えた。 ナノハではなく私を心配そうに見つめる眼差しはやさしいもので私に安心感を与えてくれた。

 

 「本当に.......?」

 

 「うん、そうなんだろう? レイジングハート?」

 

 ≪精神的肉体的に疲労していますからね、何より初めての魔法行使でしたから疲れてしまったんでしょう≫

 

 何時か私に現実かどうかを疑わせたレイジングハートの声が今の私に何より信じれるものとなって染み渡ってきた。 

 ナノハは生きてる、生きているのだ。

 

 不意に足に力が入らなくなってしまって地面に座ってしまう。 

 

 「アリサは大丈夫かい? 先生には僕が連絡をしておくから今日は休みなさい、あんな事があったばかりなんだから」

 

 声を出さずに頷く、今返事をすると涙が止まらなくなってしまいそうだったからだ。

 あぁ、きっとナノハの泣き虫が移ってしまったに違いない。

 ナノハが今起きたらなんて言うだろうか.......? 私は暫くの間、気を落ち着かせるためにそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 私はその日、学校を休んで一日中ナノハの側で起きるのを待って居たが、その日彼女が起きる事はなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 「ふあぁ......」

 

 学校へ向かうバスの中、私は睡魔と戦っていた。 バスの震動が心地好く眠りへと運んでいこうとするのを必死に耐える。 頭を振って眠気を追い出そうとしても上手くいかない。

 

 「うわぁ、おっきいあくび.......アリサちゃん眠れなかったの?」

 

 「え? ああ、そう言う訳じゃないんだけど.......」

 

 「ごめんね.......私のせいで」

 

 「もう、そう言うのは禁止! それに結局すずかは悪くなかったじゃない、あんなのどうって事ないわよ」

 

 私の隣の座席に座っていたすずかが申し訳なさそうに私を見ていた。

 あの事件はすずかの他の人にはない遺伝子を狙った誰かの犯行だったらしい。 今朝、お父さんはなにやら嬉しそうになのはのお父さん達と出掛けて行ったし今頃犯人は冷や汗をかいてる頃じゃないだろうか。

  

 寝不足なのは多分別の理由。 昨日は学校の事も考えて早く寝ているし、恐くて眠れないという事もなかった。

 という訳であの事件は今の睡眠不足の直接的な原因とは言いがたい。

 

 直接的な原因は恐らく今朝の夢に違いないと考えている。

 誰かと何かが戦っている夢、うっすらとぼんやりしか見えなかったが妙にリアルだったと言うか.......そう、まるで本当に其処に私も居たような夢らしくない夢だ。

 簡単に言えば変な夢のせいで眠った気になれないのだった。

 

 すずかから昨日の学校の事を聞こうとした所でバスが止まった。 外の景色を見てバスに乗る人物を予想する.......頭に浮かんだのはナノハの顔だった。

 

 「なんでナノハがバスに乗るのよ.......」

 

 いや、何を考えているのかと自分で自分にツッコミをいれる。

 ナノハじゃない『なのは』だ、暫く全く同じ顔ばかり見ていたせいか認識が曖昧になってきているのかも知れない。

 あー駄目だ、今は全然頭が回らない。

 

 「わ.......わたしはバスにのっちゃダメなの.......?」

 

 「え゛?」

 

 今にも泣き出してしまいそうな震え声を聞いて視線を上に上げれば『なのは』が目に一杯の涙を貯めて此方を見ていた。

 すずかは私を何か信じられない物を見る様な目で私を見ている。

 

 さて、私が言った言葉は何だったか? 

 

 

 『なんでナノハがバスに乗るのよ.......』

 

 

 『なんでナノハがバスに乗るのよ.......』

 

 

 

 『なんでなのは(ナノハ)がバスに乗るのよ.......』

 

 

 

 ―――あれ?わたし、ナニいっちゃってるの?

 

 「わぁぁぁぁぁぁあぁあ!! 違うのよ!? これは違うのよなのは!? なのはじゃなくてナノハの話でなのはの事を言った訳じゃないのよ!?」

 

 「ひっぐ.......えぐ.......ふぇ?」

 

 バス中の視線が私に集まろうが知ったことではない、謝らないと、誤解を解かないと謝ら.......ららららららら!?

 

 「なのはじゃなくて!ナノハでナノハの事を言ったからなのはは関係無くて?ナノハがなのはでナノハがなのは?な、ナノなのなのナの.......!?」

 

 「あわわ、おちついてアリサちゃん! 頭から煙!煙が出てるよ!?」

 

 

 「えっと.......え?」

 

 その後、この奇妙な場は先生がただ事ではないと判断してバスを停めるまで続き、誤解も早々に解け私達の関係に傷が入ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 「「くっ.......くふふあはは.......ふふ.......」」

 

 目の前には必死に笑いを堪える少女が二人。 両方共申し訳なさそうに私の顔色を伺いながら、それでも堪えきれないとばかりに笑いを漏らしていた。

 

 「うぅ.......笑えば良いじゃない、笑えば.......」

 

 今回は全体的に私が悪い為、私は笑われるがままに笑われていた。 

 

 バスの珍事、ナノハなのは事件(命名すずか)は解決自体は早く終わった。 が、非常にあとを引く事件になってしまったのは間違いない。

 問題解決からお昼の今まで二人ともずぅぅぅうっとこんな感じなのだ。 

 

 私の顔を見るたびに二人が急いで顔を逸らすのはデフォルト。そこからすずかは私の名前が呼ばれる度に下を向き、なのはは隠しているつもりなのか恐らく思い出す度に関係無い時でも教科書で顔を隠す。

 笑っているのは間違いなかった。

 

 「だってアリサちゃんのあんな顔、初めて見たんだもん.......なんだかおかしくって」

 

 「そんな笑ってばかりで道徳の授業の話はちゃんと聞いてたの?」

 

 「くふふ.......うん。 ちゃんと聞いてたよ将来やってみたい事だよね?」

 

 まだ笑い続けるすずかをじっと見つめると何とか何時もの彼女に戻っていた。 外見だけはである、まだ肩がぷるぷると震えているのを私は見逃さなかった。

 

 「私は機械系に興味があるから大学の工学部に入ろうかなぁって思ってる」

 

 「忍さんの影響っぽいわね.......すずかも何時かは忍さんみたいになっちゃうのかしら?」

 

 「あー.......彼処までは流石に。 アリサちゃんは?」

 

 「私? .......私は」

 

 このままいけば家の会社を継ぐという未来が容易に想像できた。ただ、あの人達のあとを継ぐと考えると相当な重圧だ。

 

 私の家の会社は元々お母さんの家の方が経営していた昔からある小さな会社だったらしい。 

 それがお母さんが社長になった途端に一変、一躍世界的大企業の仲間入り。 

 何年か前に『お母さんとお父さん、教科書にのっちゃった♪』なんて言いながら経済学や現代社会の教科書を見せてきた時はお母さんすごいなー.......程度にしか考えてなかったが今ならよく解る。

 

 当時のえらい教授曰く『鬼才』

 当時の新聞紙曰く『世界覇者』

 当時の他の大企業曰く『怪物』

 

 まるで未来が見える様な行動に全世界が踊らされたらしい。 世界一の大企業のトップに立ち、世界一の技術を更に進歩させ続ける世界一幼く見える世界経済の支配者。 それが『アリス・バニングス』、私の母親。

 

 お母さんの事は簡単に調べる事ができるけど昔のお父さんについては私は何も知らない。

 まぁ、あのお母さんについていける人がマトモな人な訳無いけど.......初めて誘拐された時に助けてくれたのもお父さんだし。

 

 「うーん.......まだ保留中。 親は両方とも自分の好きにしたら良いって言うんだけどやっぱりね.......」

 

 「アリサちゃんの家は大企業だもんね.......なのはちゃんはやっぱり翠屋の二代目?」

 

 「にゃはは、私もまだ保留中かな? それも良いかなぁって思うんだけどコレが良いっていうのはハッキリしてなくて.......」

 

 ふと、なのはを見て考える。

 

 ナノハは自分の事をなのはのコピーとかそんな事を言っていたけど、この子も将来魔法が使えるようになってアニメみたいに世界の危機に立ち向かったりするのかしら。 

 

 「アリサちゃん? どうかしたの?」

 

 「なんでも無いわよ、ほら喋ってばかりだと昼休みが終わっちゃうわよなのは!」

 

 「あ.......あと5分しかないの!?」

 

 急いで口にお弁当の中身を頬張りハムスターみたいに頬を膨らませたなのはに私とすずかは思わず笑ってしまう。 

 なのはが喉を詰まらせてしまってもすぐに水が飲めるように水筒からお茶を出しながら私はなのはが食べ終わるのを待っていた。

 

 「将来かぁ.......」

 

 保留中とは言ったけれど、私は自分自身の未来を簡単に想像出来た。 きっと何だかんだ言って両親の会社で慌ただしく働いているに違いない。

 すずかだって忍さんの暴走を必死に止めてるのを想像できるし、なのはだって翠屋でお客さんに笑いかけているのを想像出来る。

 

 私は不安だった。

 

 多分、私達以上に障害が多いあの娘には。 

 

 家で寝ているあの娘(ナノハ)にはどんな未来が待っているんだろうかと.......。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ≪おはようございます、お寝坊さんなマスター≫

 

 

 

 

 

 




『No.21』

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