アリサちゃんが........攫われた。
言葉にすればそれだけの事なのに私の頭はその言葉を何十回も繰返してやっと理解できた。
その頃にはデビットさんもリビングからとっくに出ていっていてしまっていて何も訊くことができなかった。
「ねぇ........レイジングハート?」
≪はい≫
「今のって本当の事だよね?」
≪.......どうやら本当の事の様です、屋敷内に反応が一切ありません≫
レイジングハートが淡々と告げた事はこの状況がドッキリではないことを教えてくれた。
どうすれば良いのだろう? アリサちゃんを探しに行く.......探しに行って、それで私に何が出来るというのか。
自分の手を見た、小さく頼りない手。 元の身体だって何も出来ないかも知れないのにこんな身体では出来る事はきっともっと無い。
私に出来る事は何も.......。
「ねぇ、レイジングハート? 私.......何も出来ないのかな? アリサちゃんの無事を祈る事しか出来ないのかな.......」
≪願って下さい≫
「.......え?」
≪望んで下さい、貴女は今何がしたいですか?≫
考えるまでも無い、私はアリサちゃんを助けたい。
きっと泣いているに違いない、きっと震えているに違いない。
≪願って下さい望んで下さい、貴女は何が必要ですか? 貴女は何を知りたいですか?≫
「アリサちゃんの居場所、解る? レイジングハート」
もしかしてレイジングハートなら、という考えが浮かんだ。 魔法の力が本当にお伽噺の様に都合の良いモノならきっと。
≪貴女がそれを望むのなら≫
それは突然だった。 レイジングハートが強い光を放ったと同時に視界がTVの電源を切った様に暗くなる。
次に視界が戻った時、私は誰かの後ろ姿を見ていた。
それが誰かを確認する前に視界が跳ぶ、屋敷の屋根、知らない人達の家、近くの海、すずかちゃんの家、学校。
それらを全てが同時に頭の中に飛び込んでくる。
どんどん見える物の数は多くなっていきやがて建物の中まで見えるようになってくる。
飲み屋でお酒を飲んでいるオジサン達や一人で家にいる小さな女の子、タクシーを待っているのか道路の端でイライラしているオバサンまで見えてプライバシーも何もあったものじゃないと余計な事を考えてしまう。
視界は大きく、広くなり続けてやがて一台の車を見つける。デビットさんが乗っている車だ。
車は制限速度を無視した速度で走り目立っていた為に簡単に見つける事が出来た。
デビットさんは真っ直ぐ何処かを目指していた、この先には何も無い筈.......いやあった。 廃墟だ。
恐らくは.......彼処に。
アリサちゃん........アリサちゃん.......アリサちゃん.......!!
視界は更に広がり廃墟の中を映し出す。
町外れの廃墟に縄で縛られたアリサちゃんとすずかちゃんの姿はあった。 廃墟の周りには沢山の恐そうな男がいて、アリサちゃん達はその最深部にいるようだ。
≪見つけましたね、マスター?≫
「うん、レイジングハート」
視界が私に戻る、世界が縮んだ様な奇妙な感覚に少し気持ち悪くなってしまうけど構わずに腕の中にあるレイジングハートを見つめる。
次に必要なモノ、レイジングハートはそれを聞くだろう。 私が欲しい物なんて一つしかない。
アリサちゃんは服をくれた、名前をくれた、居場所をくれた。 きっと私が解らないだけでもっともっと沢山の物をくれたに違いない、だから今度は私が!
「レイジングハート、私ね力が欲しいの。 アリサちゃんを助けれる力が.......大事な
≪貴女がそれを望むのなら≫
レイジングハートが再び輝き出す、眩い光の中から沢山の光を放つ文字が溢れだしてきた。 日本語でもなく、英語でもないその文字が何故か私の頭はスラスラと理解していく。
――― 我、使命を受けし者なり。
「我、使命を受けし者なり」
私は自然とその文字を口にしていく。 意思を込め願いを込め、ハッキリと。
―――契約のもと、その望みを解き放て。
「契約のもと、その望みを解き放て」
やがて文字は帯のようになって私の体にまとわりつくが締め付けず、私の体に周辺を覆い隠す。 光は激しく、しかし熱は感じない。
―――祈りは力に、願いは未来に
「祈りは力に、願いは未来に」
―――「そして不屈の魂は」
「この胸に!!」
≪
「この手に魔法を! レイジングハート!! セットアップ!!」
私を覆っていた光の帯が弾け飛ぶ。光が、新星のごとき光が急激に縮小していく。 光がやがて収まると私の服装は一変していた。
白を基調とし胸元には赤いリボン、所々に青いラインが入ったコスプレのような服。 アリサちゃんの着ている制服にも似たそれはなんというか私が着るには可愛らしすぎるような感じすらする。
≪マスター? 気分はどうですか?≫
「.......すごいね、コレ。 何だかなんでもできそうな気がする」
気分が高揚し本当になんでもできそうな気分にすらなってくる、一言で言えば全能感に私は支配されていた。
今ならきっとアリサちゃんを助ける事だってできる。
「行こう、レイジングハート! アリサちゃんを助けるんだ!」
≪そうですね、泣き顔を撮って後で話の種にしてからかいましょう。 悲劇ではなく後で笑えるような思い出にしてやりましょう!≫
待っててねアリサちゃん.......今助けるから!
暗い真夜中、下からは電気の光、上からは星の光を浴びながら私は空を飛ぶ。
そう、空を飛んでいるのである。 魔法少女が着るような服を纏い、可愛らしい靴から小さな桜色の羽根を生やし私は空を飛んでいた。
町の景色は瞬きする間にも過ぎ去ってしまう程に速く私の後ろへ吹き飛んでいってしまう。
アリサちゃんのいる廃墟までの距離は遠い.......しかしこの速度なら3分.......いやもっと早く着けるかもしれない。
「レイジングハート! アリサちゃんの場所の映像もう一度だせる!?」
≪もちろんです、マスター≫
たった3分でも私は心配だった。 3分とは言うが私が最後に映像を見た時間からもう5分以上は経過している、これでもたった8分かと思われるかも知れないが誘拐するような奴等の近くで縄に縛られ拘束されているのだ。 心配で心配で仕方がないのが当たり前である。
≪映像出力≫
レイジングハートの声と同時に私の視界が右目だけ切り替わる。
右目に映る暗い廃墟、私はその光景を見て言葉が出なかった。
アリサちゃんが
男に
押し倒されていた
男はアリサちゃんの服に手をかけ脱がそうとしているようだ、涙を流しながら何かを言葉にするアリサちゃん。
男がやろうとしている事を私はよく知っていた。
男がアリサちゃんに何をしようとしているのかをよく知っていた。
心が凍る、体の中の何かが荒れ狂う。
頭の中を奇怪な文字が埋めていきやがて円を描く。
≪.......! .......!?≫
レイジングハートが何か言っているが、頭は一杯で声なんて入ってこない。
頭の中占めていた円を前方に映し出す.......方角、距離、場所はもう解っている。
私は杖を前に向け言葉を口にした。
「ディバインバスター・エクステンション」
桜色の閃光が闇夜を引き裂いた。
◆◆◆
今日程に落差の激しい日は無いかもしれない。
夕方までは楽しいばかりだった、ナノハと一緒に服を買いに行きお昼も一緒に食べて.......帰り道で別れて.......すずかと合流した。
すずかにもナノハの事を伝えたかったという事もあったし元々遊ぶ約束はしていたのだ。
.......それがこんな事になるなんて予想なんて出来る筈がない。
私とすずかは黒い如何にもといった車に乗せられ、手足を縛られて何処か知らない廃墟まで連れていかれた。
―――ダメ
廃墟をみた瞬間身体が震えた、来ちゃいけない、入っちゃいけない。
―――ココニダケハキチャイケナイ
恐そうな顔をした男達を見て持ち堪えられた私の心が崩れかける。
まるで抱えられて荷物のように運ばれる中、私はずっと震え続けていた。
誘拐なんて始めてじゃない、前だって1回あったのに恐怖は下がる所か今が人生で一番怖いと断言できる程だ。
男達は私達を廃墟の奥に降ろすと話を始めた。
夜の.......吸血? 辛うじて耳に入ってくる言葉は単語、何かの暗号なのだろうか。
「アリサちゃん.......ごめんね」
「すずかが謝る事じゃ無いでしょ.......」
「ううん.......私のせいで.......私の.......」
ひたすら謝るすずか、何度か声をかけてみるが彼女の様子は変わらない。
まるで本当にすずかに原因があるような態度が私は疑問に思うが今はそんなことを考えるより何か打開策を考えなくては.......。
「おい、確か依頼は此方のガキだけだったんだろう?」
声が近くで聞こえた、視線をすずかから正面に戻せば男が近寄って来るところだった。
男の視線は私を見ていた、まるで品定めでもするように舐め回すような視線とはこういう事を言うのだろう。
突然、視界がぶれた視界が被る、此処がどこかと、此処何時かと被る。
ぶれた先の何処かでも似たような男が同じような視線をして近付いてくる。
ただ怖い、怖くて怖くて怖い。
「.......好きにしろ、どうせ帰れないんだ」
「へっ、そう来なくちゃ.......死ぬよりは幸せだろう? お嬢ちゃん」
男が肩を掴んだ、服を脱がそうとしているのが解る。
悲鳴さえあげれない、きっと痛い事をされるんだろう。 きっと怖い事をされるんだろう。
「アリサちゃん!アリサちゃんに酷いことしないで!!」
すずかの声が聞こえる、心配している悲鳴に近い声が廃墟に響く。 私が何をされるか彼女は解っているのかもしれない。
恐怖のあまり涙が頬を伝う、私は目を瞑って恐怖に耐えた、諦めも混じった行動だったのかも知れない。
「助けて.......」
口から漏れた願いはきっと叶えられる事はないだろう。
もう二度と会えないかも知れない家族や学校の友達の顔が瞼の裏に浮かんで.......最後に最近できた妹の顔が浮かんだ。
その瞬間空気が震えた。
身体を触っていた男の手の感触が消え、耳を塞ぎたくなるような音が聞こえた。
そして声が聞こえた、親友と同じ.......あの娘の声。
「良かった.......間に合った」
「ナノ.......ハ?」
目を開ければ目の前にいた、桜色の光の粒子を振り撒きまるで魔法少女モノアニメの主人公のような服装をした彼女は正に正義のヒーローのようだった。
「うん私だよアリサちゃん。 心配しないで大丈夫だよ、すぐに.......」
―――悪い人達はいなくなるから
驚きと、助かったという安心感でこの時は解らなかった。
まるでヒーローの様な彼女の声が、今まで聞いた声の中で一番冷たい、人を殺してしまうんじゃないか心配になりそうなくらい冷たい声だったことに。
『No.0』