ナノハなの!   作:すどうりな

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『1』


No.2 彼女達の父親

 

 

 

 「良いから! 洗ってあげるって言ってるでしょ!」

 

 

 産まれたままの姿のアリサちゃんが私の服に手をかけ脱がそうとしていた。 此処は更衣室、扉一枚先にはお風呂。 傍から見れば女の子二人がじゃれあっている微笑ましい光景にしか見えないかも知れないが私にとっては一大事であった。

 

 「アリサちゃん!? 私これでも元々は男で.......」

 

 「だから! 教えてあげるって言ってるじゃない! 女の子の身体の洗いかた知らないでしょ! 乱暴に洗ったら大変な事になるかもしれないのよ!」

 

 「一緒に入ったほうが大変な事になっちゃうよ!」

 

 主に私の精神が、である。 というか今でさえ出来るだけアリサちゃんを見ないようにしているというのにここから更に一緒にお風呂に入ろうと言うのだ。

 

 .......私は恥ずかしくて死んでしまいそうだった。

 

 

 アリサちゃんの男らしい言葉を聞き、安心感から思わず泣いてしまったあの日から一日が経った。

 申し訳無いという気持ちもあるが現状ではアリサちゃんの好意に甘えるしかなかったのだ。

 

 施設のお世話.......というか、国のお世話になるわけにはいかない。 この杖『レイジングハート』が言うには私は見た目だけではなく遺伝子レベルで『高町なのは』と同じらしい。 

 つまり、遺伝子検査をされれば彼女の家族に迷惑がかかってしまう。 

 

 .......迷惑と言う話であればアリサちゃんに大きな迷惑をかけてしまっているが、何度も蒸し返すと今度は叩かれる位はされそうなので考えないでいた。

 

 そして、何故今一緒にお風呂に入ろうという事になっているかと言うと間接的には鮫島さんのせいだったりするのだ。

 

 「ナノハ様は元男性とのこと、日常生活でも性別の違いで困ることが沢山ありそうですね」

 

 確かにと私が納得していた横で深刻そうな顔をしているアリサちゃんに気づくべきだったかもしれない。

 

 アリサちゃんは「私が教えてあげるわ」と言って学校を一日休んでまで私に男性の時とは違う女性の事を教えてくれた。

 男性の時とは違う服の着方やらを説明されたのだが大方予想通りで拍子抜けしていたのだ。

 

 .......そして今現在のお風呂の入り方の練習がやってきたのである。

 

 

 一緒に入らないと心配だと言うアリサちゃん。

 一緒に入ると何か大切な物が音を発てて崩れてしまいそうな私。

 

 それとアリサちゃんの性格も含めれば言い争いのように大きな声を出してしまうのは必然だった。

 

 「さぁ.......観念しなさいナノハ」

 

 「た.......助けてレイジングハート.......」

 

 ≪大丈夫ですマスター。 現在超高画質で録画しております、何時脱いでもらっても構いません≫

 

 「レイジングハート!?」

 

 逃げ道無し、仲間無し、助け無し、ついでに杖は常識無し。

 

 私の杖よ、まだ地面に叩きつけたことを根にもっているのか等と考えながら私の心を守る防壁は一枚ずつ剥がされていった。

  

 

 

 「今の私は女の子、女の子、女の子、私は女の子。可笑しくない、不思議じゃない、間違ってない、女の子女の子女の子.......」

 

 今の私と何時かの自分を切り離して隔離する。 

 そう、私は女の子、女の子ナノハ、だから友達と一緒にお風呂に入るくらい何ともない。 全国の自称紳士さん達が追い求める理想郷は私自身、アイアム幼女。

 

 「.......ちょっと強引すぎたかしら?」

 

 ≪何時かはマスターが越えなければいけない壁です、仕方無いという事にしましょう≫

 

 「私女の子私女の子私女の子.......」

 

 「.......髪の洗いかたをちゃんと覚えてくれたかどうかも怪しいわね、これ」

 

 

 女の子わたし女の子.......

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 「あれ? アリサちゃん、お風呂は?」

 

 「やっと帰って来たわね.......」

 

 あれだけ嫌がっていたお風呂だが何時の間にか終わっていたようだ。 あれだろうか? 心を無にするという何処かの武道の奥義を羞恥心から覚えてしまったのかも知れない。 

 

 「まぁ、昨日の落ち込んだ顔よりは遥かにマシなのかしら」

 

 「えっと.......私何かしちゃったかな?」

 

 「はぁ........覚えてないならもう良いわよ、昨日のむかつく顔より遥かにマシだったもの」

 

 アリサちゃんは飽きれ顔で溜め息をついた。 悪いことをしてしまったかな? とも考えたが次の瞬間にはアリサちゃんが「明日はちゃんと覚えておきなさいよ?」なんてさりげなく言っていたから罪悪感が吹き飛んでしまった。

 

 うっすらと思い出されるお風呂の記憶。 残念ながらその記憶は自称紳士達にとっては理想郷でも私にとっては恥ずかしい記憶でしかない。 それが明日も........? 気が遠くなりそうだった。

 

 「ナノハ? また壊れた声つき人形みたいにはならないでよ? けっこう大変なんだから........あ、つながった」

 

 私が現実逃避をしかけていた中、アリサちゃんは携帯を弄って何処かに電話をかけていたらしい。 何処に電話しているのだろうか? 頭の中にオリジナル(なのは)の顔が思い浮かび思わず身構える。 

 

 「あ、お父さん? 私だけど今は大丈夫? よかったー。 うん、ちょっと紹介したい人が出来て........」

 

 「........!?」

 

 「あはは、出来れば翠屋にもよってきて欲しいかな。 え? うん今家にいる、うん、大丈夫。 じゃあまたね」

 

 「あ........あ........アリサちゃん?」

 

 てっきりオリジナル(なのは)に連絡するとばかり思っていた予想は完全に裏切られる。

 私が固まっている中アリサちゃんは母親にも同じような電話をかけていた.......色々と勘違いされそうな電話を。

 

 「ん? どうしたのよナノハ、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしちゃって」

 

 「ど、どうしたって........あんな電話じゃ勘違いされちゃいそうだよ?」

 

 私が苦笑いしながらそう言うとアリサちゃんはニヤリと悪い顔をして口を開いた。

 

 「ええ、わざと勘違いされるように話したもの。 戸籍は早いほうが良いでしょ? こう言った方が早く帰ってくるからそう言ったのよ」

 

 常日頃から娘をほったらかしにする両親へのちょっとしたサプライズだとアリサちゃんはそう話す。

 私の為にというのは間違いなさそうだが、イタズラが成功したようなあの顔は両親への不満もあったからというのもあるだろう。

 

 私のせい、というのは変わらない事実なので今から土下座の練習でも始めた方が良いかもしれない。

 

 ≪........≫

 

 「レイジングハート?」

 

 ≪.......何でもありません≫

 

 何か言いたそうにしていた自分の杖が少しだけ気になった。

 

 

 

 

 「僕を馬鹿にしている........という訳じゃなさそうだね」

 

 目の前には眼鏡を掛けた金髪の男が座っていた。

 見た目だけで言うなら二十代前半。 眼鏡から除く碧眼の目は、まるで全てを見透す様で正直怖い。 

 

 見た目の年齢に合わない目を持つこの人の名前は『デビット・バニングス』、アリサちゃんの実の父親だった。

 

 「ドッキリをするためだけに忙しい中帰ってきてもらう程、私はガキじゃないわよ」

 

 「だから翠屋に........。 僕としてはドッキリでも良かったんだけどね........可愛らしくて」

 

 「........駄目かな」

 

 「アリサを疑う訳じゃない、でもそれは黙っている君次第だよ。 ナノハちゃん」

 

 「ひゃい !?」

 

 突然名前を呼ばれ思わず変な声を出してしまった。

 空気に飲まれていたのだ、彼が出す独特の雰囲気に。 刃物の様に鋭いそれは何故アリサちゃんがちゃんと話せているのかが不思議な程重く苦しいモノだった。

 

 「今から君に幾つか質問する、君をどうするかはその答え次第だ」

 

 「は、はい........」

 

 

 「じゃあ一つ目、君がアリサに言った情報に間違いはない?」

 

 私は大きく頷く。 当たり前だ、嘘はついていない。

 

 「うん、二つ目。 君はアリサをどう思ってる?」

 

 「........友達で、恩人だと思っています。 右も左も解らない私を助けてくれた恩人だと」

 

 「うんうん、なるほど、よくわかったよ」

 

 デビットさんは質問を切り上げてニコリと笑った。 たった二つの、それもこんないい加減な質問で、ホントに大丈夫なのか。

 

 「戸籍は何とかしよう、家も生活も僕が保証する」

 

 「お父さん!ありがとう!」

 

 「ありがとうございます!」

 

 「アリサに頼まれたら嫌とは言えないよ、実を言うと質問だってただの好奇心だったんだから。 ........もし初恋の人だなんて言われたらどうしようとは思ってたけどね」

 

 鋭かった目は優しい目に変わり、刃物のような雰囲気はあっというまに霧散してしまった。 

 これが彼本来の姿なのかも知れない。 少しギャップが激し過ぎる気もするが人を使う仕事には必要な事なのだろう。

 

 「うん、話は纏まった事だしアリサはもう寝なさい。 僕は戸籍の件でナノハちゃんとお話しがあるから」

 

 「........ナノハに変な事しないでよ?」

 

 「はは、信用が無いなぁ僕は。 僕がロリコンと勘違いしてるんじゃないかい?」

 

 「どうだか、お母さんの見た目を知っている人全員に聞かせてあげたいわね、その言葉」

 

 「僕は妻一筋だよ」

 

 何か聞き捨てならない言葉を残してアリサちゃんは部屋を出ていった。

 アリサちゃんに心配される程容姿が幼いらしいアリサちゃんのお母さんも気になってしまうがデビットさんの性癖の真偽も気になってしまった。 

 なんという爆弾発言だろう。

 

 「まったく、娘に嫌われてるのかな僕は」

 

 「そんな事は無いと思いますよ? アリサちゃん、ちょっと寂しがってるようですし」

 

 「はは、もう少しで纏まった休みが取れそうだからその時は家族旅行にでも行こうかな?」

 

 「アリサちゃん、喜ぶと思いますよ」

 

 デビットさんは案外話しやすい人のようだ。 本当に始めの雰囲気が無ければ誰も彼を一企業のリーダーだとは思わないに違いない。 それに私の普通では考えられない話をアッサリと信じたのはアリサちゃんをそれだけ信頼していたという事だろう、そう考えた。

 

 「ところで戸籍の件なんだが、心配はしなくて良い。 これでもそう言うツテは普通よりは多い方だ、明日には用意出来るだろう。 ただ条件がある」

 

 「条件.......ですか?」

 

 「ああ、その杖を明日の朝まで貸してくれないだろうか? 恥ずかしながらそう言う格好の良い機械を見ると特撮モノを思い出してね、触ってみたく、話してみたくなってしまう」

 

 ≪.......そうですね、私も彼とは話してみたいです≫

 

 「レイジングハート? 構いませんけど........ちょっと変な所があるので迷惑をかけたらすいません」

 

 まさかレイジングハートからも話したいと言い出すとは思わなかったので驚いた。 アレだろうか? 機械も自分に興味のある人物には興味を持つのかも知れない。

 私はレイジングハートをデビットさんに渡すと鮫島さんに案内されるまま部屋を後にする。

 

 ........本当に迷惑をかけなければ良いんだけど。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 「何処までが嘘だい?」

 

 ≪嘘は一つもありませんよ≫

 

 それは奇妙な光景だった、ソファーに座り対面しているのは杖と男。

 杖はその先端に配置された赤色の水晶玉らしきモノを光らせ感情の僅かな起伏すら解らない機械音を発生させていた。

 

 対する男は笑顔だった。 張り付けた仮面のような笑顔だ、先程まで少女達に向けられていた笑顔とは全くの別物。 もしこの場に人がいれば身動き一つ取れなかったに違いない、気絶する人間すらいるかも知れない程の圧力が放たれていた。

 

 「なるほど、『嘘』は無いと。 では何処まで答えてくれるんだい?」

 

 ≪訊かれなければ答えようがありません≫

 

 「........君の目的は何だい?」

 

 ≪私のですか、マスターの願いを叶える事ですが≫

 

 「具体的に聞いているんだ」

 

 ≪具体的にするのはマスターです、私は道具ですから。 道具はマスターの、使い手の為に行動します≫

 

 道具故に感情など無いのか、強大な圧力を前にしてさえ杖は一切堪えた様子は無い。 ただ淡々と質問に対し答えるという作業を繰り返していた。

 

 「マスターの為なら何でもすると?」

 

 ≪当然です≫

 

 「それが僕の娘を傷つける行為だとしても?」

 

 ≪当然です≫

 

 「ナノハちゃん次第、という事か」

 

 ≪はい≫

 

 男は疲れたのだろう、頭を押さえていた。 男........デビットは溜め息をついて圧力を再び霧散させる。

 やりにくい、それがデビットの正直な感想だった。

 

 ナノハちゃん次第と言われてしまえば何も言えない、恐らくどんな質問をしても同じように答えるのだろう。 相手は機械とそう変わらない、なんとやりにくいことか。

 

 しかし、デビットには確認しなければいけない事があった。 

 確認しなければ杖と話している意味すらない。

 

 「君は........君は僕の娘達を利用する気か?」

 

 ≪........否定はしません、利用するでしょう≫

 

 「........」

 

 ≪しかし、ナノハが私に求めるなら私はありとあらゆる障害を破壊しましょう、殲滅しましょう、蹂躙しましょう。 ナノハが私に望むなら≫

 

 今までの淡々とした声とは違う、機械音なのは変わらないが確かに感情のこもった声だった。

 慈しむようなそれが、デビットには自身と同じ親が子に向ける感情と似たようなものに思えた。

 

 「ようやく感情を表した、ただの道具じゃないんだね」

 

 ≪さて、どうでしょう?........それにしても娘()ですか≫

 

 「ああ、娘達だ」

 

 ≪マスターもアリサも驚くでしょうね≫

 

 「今から楽しみにしているんだ、教えないでくれよ?」

 

 ≪ええ、勿論です........私も楽しみですから≫

 

 

 男は笑っていた、仮面のようにではなく心から。

 

 

 ―――どうやら娘は、良い友人達を見つけたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ところで、アリサと風呂に入ったようだね?」

 

 ≪ええ、記録媒体の準備が用意され次第何時でも≫

 

 「此処にあるよ........話が早くて助かる、最近一緒に入ってくれなくなっちゃって」

 

 ≪ふふふ.......親バカですね、まぁ私も言えた物ではないですが≫

 

 

 

 

 

 

 




『No.0』


※タイトル修正

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