ナノハなの!   作:すどうりな

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『1』


No.0 彼女は誰だ?

 ザーーー―――

 

 雨の音が聞こえた。

 

 

 

 ≪はじめまして、マスター≫

 

 どこか機械染みた声も聞こえた。

 

 

 

 「は、は............」

 

 夢だろう、夢に決まっている。

 

 これは夢だ、今視界に映っているモノはみんな幻で、みんな夢だ。

 夢の中で夢を見る、『二回』続けて見ているだけの悪夢に違いない。

 

 だから......だから夢なのだ。

 

 (わたし)は私のままだし私は私だ。

 

 叫びたくなる、違う(たすけて)と叫びたくなる。

 

 (わたし)は私の事を私となんて呼ばない言わない話さない。 精々大事な場所でだけだ。

 

 

 

 此処は何処だ。

 『一回目』の夢でみた街道とは違う。 家の位置、電柱の配置、あんな場所に十字路なんてなかった。

 

 こんな町は街はマチは織らない知らない解らない。

 

 あの十字路を右に曲がって十分の場所に私の家なんて無いし、何時もの学校に行く為には此処から少し歩いた場所にあるバス亭に行かなきゃいけないなんて事もない。

 

 

 『一回目』で色を変えた服はまた色を変えている。

 

 

 『一回目』で見た穴は何処にも無い、赤い紅い朱いアカい穴は何処にも無い。

 

 

 代わりに在るのは可愛らしい少女服。

 

 変わりに在るのは寸胴な幼い幼女体型。

 

 

 

 何だこれは? ナンダコレハ? なんだナンダ何だ?何ダ?何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何ナンダナンダ? 夢カ?夢か、夢だ。

 

 ≪マスター、此処は人目につきます。移動を≫

 

 機械音が再び響く、左手を見れば機械的な杖らしきモノがあった。

 

 「うる......さい......」

 

 苛立ちをぶつけるようにソレを地面に叩きつけた。

 

 が、思ったように力が入らずコツンと音がしただけで杖は凹みもしない。

 

 ≪.......≫

 

 しかし、それきり杖は喋らなくなった。

 

 

 

 頭をよぎるアカイケシキ、頭をよぎるダレカ(■■■)の記憶。

 

 違う違う違う違う違うのだ。

 

 私は私で私の私で私で私は私が私に?

 

 思考は纏まらず、歯はカチカチと音を発てる。

 

 身体が震える。

 

 寒くて、冷たくて、解らなくて、恐くて、怖い。

 

 

 「.......て」

 

 自分は■■■?私は■■■?■■■で?■■■?

 

 「たす.......けて」

 

 ダレダコレハ、ダレダワタシハ、ダレダ?ダレダ?ダレダ?ダレダ?。

 

 

 「助けてよ.......!」

 

 

 ココハ(ワタシハ)ナンダ(ダレダ)

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「.......酷い雨ね、今朝の天気予報はウソじゃないの」

 

 バケツをひっくりかえした雨とはこんな状況を言うのだろう。 車の窓ガラス越しに見える外は雨に覆われて、少し離れた場所でさえかなり見えづらくなってしまっている。

 これ程強ければ傘もほとんど意味をなさないだろう。 記録的豪雨とやらに違いない。

 

 「そう気を落とさず、もう少し降りだすのが遅ければ濡れていたかも知れませんから」

 

 「確かに幸運と言えば幸運なのかしら」

 

 執事の鮫島の言葉にも一理あった。

 確かに、買い物を終えて車に乗り込んだ瞬間に雨は降りだしたのだ。

 

 .......しかし心配だ。

 頭をよぎるのは親友二人の顔。 

 

 ここまで酷い雨は台風の時位にしか見た事がない。 彼女達はちゃんと家にいるのだろうか?

 

 車が十字路を真っ直ぐ進む。

 

 何気なしに左を眺めた。 道の真ん中、何かが置いてあるのが見える。

 雨で見えづらく初めはその大きさから中身の入った大きなビニール袋かとも思った。

 

 目を凝らしてみれば輪郭が見えてくる、小さな人の形、小学生くらいの.......何か長い、杖のような物を持っていて.......髪型はよく見た.......!?

 

 「っ!? 鮫島!戻って!!」

 

 知っている知っている知っている!

 何故此処にだとか、どうして傘も差さずにだとか、何で座りこんでいるのかとか言いたい事は山ほどある!

 

 車が後退し、十字路に停車する。

 ドアを思いきり開け彼女のもとに走る。

 ろくに左右の確認もせずに飛び出してしまったが私が跳ねられていない所を見ると大丈夫だったみたいだ。

 

 雨で全身が濡れてしまうが些細な事だ、今はこの馬鹿を連れて行くのが最優先。

 

 奇妙な杖を持ち、ずぶ濡れで彼女は其処にいた。 一体どれくらい此処にいたのだろうか? 肌は青白く唇は紫色、間違いなく危ない状況だった。

 

 「なのは.......!! あんた.......なにしてんのよ!!」

 

 ぴくっと、身体を震わせて私を見た彼女は泣いていたのか目が充血している。

 

 「アリサ.......ちゃん?」

 

 一瞬なのはの顔が恐怖に染まっていたのは気のせいだろう、決して私の顔が怖かったせいでは無い筈だ。

 

 逃げようとしたのか後ろに下がるなのはの腕を強引に掴む。 無理矢理立たせようとするがどうやら足に力が入らないのか上手くいかない。

 

 「失礼します」

 

 いつの間にか近くに来ていた鮫島がなのはの身体を抱き上げて車に運ぶ。 少しでも楽になるように後ろの席に寝かせたのを見て私も後ろに乗り込む。

 

 手を握って少しでも暖める。

 

 恐ろしく冷たかった。

 

 暖房が全快になり、車の中は一気に暖かく寧ろ暑いくらいだ。

 

 「鮫島、なのはの家に電話を.......」

 

 「やめてっ!!」

 

 「.......なの.......は?」

 

 「やめて.......」

 

 泣き出しそうな声で言った彼女の顔は酷く焦っているようだった。 握っていた手が痛いくらいに握り返されてくる。

 

 何かあったのだろうか、何かあったのだろう。 でなければあんなとこにいない、こんなことにはならない。

 

 鮫島に言って、なのはの家に向かっていた車を私の家に向かわせるように指示する。 

 

 

 自分の家から離れることで、まるで安心しているように安らかな表情になっていく彼女の顔が、何故かとても気になった。

 

 

 

 

 規則正しい息遣いが聞こえる

 

 家に着く前になのはは眠ってしまい、結局理由は聞かず仕舞いだ。

 

 相当疲れていたのだろう、鮫島に手伝ってもらい濡れている服を着替えさせたが起きる気配すら無かった。

 このまま死んでしまうのではないか、そう心配になってしまったのも仕方の無いことだろう。

 

 何時も笑顔だったなのは。そのなのはが道の真ん中で座り込み、あんなになるまで泣いていたのだ。

 

 私だって内心動揺しまくっていたということ。

 

 家を避けていた事から家庭の事情という線が濃厚なのは確かだ。

 

 家族間での大喧嘩だろうか? あのなのはが?

 

 有り得ない、と自らの考えを一蹴する。 喧嘩が有り得ない事という訳ではない。

 なのはは溜め込みやすい性格だということはよく知っている、感情的になって何でもない事でも喧嘩になってしまう事ぐらいあるだろう。

 

 有り得ないのはいくら大喧嘩をしたからと言って大雨の中、あの家の人達がなのはを放置するという所だ。

 

 普通であるなら、高町家総出での捜索になることは間違いない。 兄、姉、父は前に道場で見せてもらった人外ではないかと疑いたくなるようなスピードで街中を駆け回るだろうし、母はなのはの学校の友達全員に電話するに違いない。

 

 家に帰りたくない理由が例え喧嘩ではなかったとしてもこの大雨、あの家族なら友達の家にいるかどうかの連絡くらいは確実にする。

 

 おかしいのだ、どんなに考えを巡らせても予想すらつかない。 彼女の家族は言い方は悪いかも知れないがシスコンと親バカが非常識で武装したような人達だ、対応が遅すぎるような気がした。

 

 おかしいと言えば、なのはが眠るまで握り締めていたあの妙に近未来的な杖もおかしい。

 金属の感触がするくせにとてつもなく軽いのだ。

 アルミで作られた子供用のオモチャかとも思ったがそれにしては硬く、鮫島が調べてみたが中身が無いハリボテという訳でもないらしい。

 

 .......それに十分に一度のペースで杖の先に付いた赤い水晶玉のような物体が淡く光るのだ、ぼわーっと。 お化けでも憑いているのではないだろうか。

 

 「はぁ.......どうしたら良いのかしら」

 

 最善策は決まっている。 なのはの家に電話して一先ず私の家にいますと伝えれば良いのだ。

 ただ、この最善策は正しいのかと言われると言葉に詰まる。

 なのはは何か家に帰りたくない理由があるのだろう、なのはは何か家に知られたくない理由があるのだろう。

 

 知らせるのもダメ、知らせないのもダメ。 ため息をついてしまうのも仕方ない事だった。

 

 「ああ、もう! どうすれば良いのよ!」

 

 音量を小さく声を荒げるという自分で聞いても器用な事をしながら頭を抱えた。

 

 鮫島には既に連絡はしないように言っている、両親は家にいない、決められるのは私だけ。

 

 暫くの間私は自問自答を繰り返していたが出した結論はなのはが起きるまで待とうという保守的なモノだった。

 

 ~♪

 

 「まずっ!」 

 

 部屋の中で大音量で流れ始めた携帯を抱えて大急ぎで部屋を出る。 

 起きてしまわぬようにあんなに器用な事までしたというのに台無しにするとこだった。 

 

 携帯の画面を見てみれば、どうやらかけてきたのはすずかのようだ。

 

 『月村すずか』なのはと同じく私の親友だ。 二人とは家族ぐるみでの付き合いで、たまに三家族で旅行や泊まりに行ったりもする。

 

 「.......電話をかけないで、とは言われたけど電話に出るなとは言われてないわよね」

 

 屁理屈ではあるが悪い事ではないだろう。 すずかは私以上に口が固そうだし、こういう時は相談してみるのが良いと色んな人が言っている。

 

 それに、すずかなら何か事情を知っているかも知れない。

 

 もう一度なのはが寝ているかを確認して電話の通話ボタンを押した。

 

 「はい、アリサ・バニングスです」

 

 『アリサちゃん? よかった、雨が強かったからちょっと心配になっちゃって』

 

 「あ、すずか? 大丈夫よ、鮫島だってついてるもの」

 

 『うん、でもアリサちゃん今日はお買い物に行くって言ってたから』

 

 「心配し過ぎよ、確かに台風みたいな雨だったけど.......」

 

 さて、なんて切り出そうか。 未だに自分の中で話すべき派と話さないべき派が言い合っているあたり私は優柔不断の部類にはいりそうである。 

 が、話すべき派が圧倒的優勢なのは変わらない為決着はすぐにつきそうではあったが。

 

 『ほら、心配し過ぎ。言った通り大丈夫だよ』

 

 「.......?」

 

 誰と会話しているのだろうか? 彼女の姉の忍さん? 微かに聞こえるのは女の子の声だ、ただ小さすぎて誰だかはわからない。

 

 「すずか? 誰と話してるの?」

 

 『ああ、ごめんね。 今すぐ変わるから』

 

 

 

 『なのはちゃんと』

 

 

 

 

 「.....................え?」

 

 

 

 何を、何と、彼女は言ったのか。 なのは? なのはならすぐ其処のベッドで.......。

 

 『アリサちゃん大丈夫!? 濡れたりしてない!?』

 

 「..............」

 

 『アリサちゃん.......? あれ?聞こえる?アリサちゃん?』

 

 「なのは.......?」

 

 

 思考が空回る。

 何故、どうして、どうやって、ウソ。 そんな意味の無い言葉がぐるぐると頭を駆け回った。

 

 『う、うん。 私だよ? アリサちゃん本当に大丈夫?』

 

 「何でもないわ、何でもない、何でもないのよ」

 

 

 状況の整理がつかず頭がパンクしそうになる。 

 

 おかしいのは私か、それとも.......。

 

 

 「ごめん、ちょっと急ぎの用事ができちゃったから切るわね」

 

 『え? 本当に大丈夫なの!?アリs』

 

 「おやすみ、なのは、すずか」

 

 

 携帯の電源を落とし、ポケットに入れようとして落としてしまった。

 

 ドッドッドッと心臓の音はなりっぱなしで平常などと言ってられる状況ではなくなってしまった。

 

 

 なのはは、すずかの所だ。 心配で電話をしてきてくれるのだからきっと安全な場所にいるに違いない。

 

 二人の居場所はどちらかの家だろう、自分の家若しくはすずかの家にいるのだから、なのはの家族も私の所に連絡なんてしてくる筈がない。 

 

 なのはは今別の安全な場所にいて既に家には連絡済みという訳だ。

 

 つまり

 

 なのはは雨の中で泣いていたなんて事はないし、家に帰りたくないなんて私に言える筈がない。 私とではなくすずかと一緒に居るのだから当たり前だ。

 ましてや、なのはは双子じゃないから別の場所で電話をしながら私のベッドで寝るなんて事は出来ない。

 

 つまり

 

 なのはの格好をして、なのはの声で喋り、私を知っていたこの子は.......。

 

 未だに目を覚まさず、眠り続けているこの子は.......。

 

 

 この子は.......一体誰だ?

 

 

 

 




『No.0』

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