[凍結中]魔弾の王×戦姫×狂戦士×赤い竜   作:ヴェルバーン

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だから、作者の予定は信じるなとあれ程(ry








第九話 カイムの憂慮

「小娘、何を忙しくしておる。とうとう催したか?」

 

「そうなのか、ティッタ? 一旦下ろして貰おうか?」

 

「ち、違います! もう!

アンヘルさん、変なこと言わないで下さい!」

 

「……」

 

 

 

 時刻は日の出間近、アンヘルとカイム、ティグルとティッタの四人は、ヴォージュ山脈の麓の森目掛けて空を飛んでいた。

 

 目的はティグルの狩りで、カイムとアンヘル、そしてティッタはその付き添いだ。

 

 戦の準備で忙しい筈なのだが、その戦が近付くにつれて、余裕を無くしていくティグルを見かね、ティッタがアンヘルに内緒で頼み込んで来たのだ。

 

 カイムにも、アンヘルへの口添えを頼まれた。

 

 カイムは少しだけ考えて了承し、アンヘルの元に二人で赴く。

 

 アンヘルは本来ならそんな頼みなど一蹴するが、暫くカイムと見つめあって、その頼みを聞き入れた。

 

 

 だがカイムも予期せず、アンヘルは独断で条件を付けた。

 

 

「お主らも共に来い」

 

 

 カイムは、訝しげな視線をアンヘルに向けたが、短く嘆息すると了承した。

 

しかし問題はティッタの方で、仰天した彼女は、なんとかその条件を取り下げてもらうべく、

 

───自分がいたらティグル様が楽しめない。

 

───ティグル様に迷惑が掛かる。

 

───空を飛ぶのが怖い。

 

 と、必死に交渉したのだがアンヘルは首を横に振り

 

 

「なら諦めよ」

 

 

 と、考えは翻さない。

 

 結局根負けしたティッタは、ティグルに喜んで貰いたい一心で、お荷物である自分も、ティグルの狩りに付いていくことに決めた様だった。

 

 

 こうして三人は、ティグルの最後の気晴らしに付き合うことにした。

 

 

 

 翌日、ティッタはすべての話しをティグルに打ち明けた様なのだが、その喜びようは酷いものだった。

 

 その一日だけで

 

 書類を書き損じること、六回

 鼻唄を歌うこと、二十五回

 兵士との調練中の不注意で意識を失うこと、五回

 そして、ティッタを抱き締めること、十八回

 

 と、常人が見れば気でも違えたか、と思う程の喜び振りで、カイムとティッタを困らせた。

 

 ティッタは、ティグルの喜びに水を指すのは忍びないと思いながらも、自分も付いて行く事を忘れているんじゃないかと指摘したようだが、

 

「多分、大丈夫だろう。俺とカイムさんと、アンヘルさんもいるんだし」

 

 と、気にした様子はない。

 

 そんなティグルの様子に、カイムとティッタは少々不安になるが、面には出さず、黙々と準備を終えた。

 

 

 そんなこんなで、一泊二日の狩りが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小娘、手洗いは済ませたか?

 

催したなら早めに言えよ。

 

我の背で漏らそうものなら、只でさえ儚いお主の命が、その時点で潰えると思え」

 

 

「ティッタ、忘れ物はないか?

丸一日屋敷に戻らないんだ、戸締まりとかも大丈夫か?」

 

 

「もう! アンヘルさん、余計なお世話ですし、脅かさないでください!

 

ティグル様も! ちゃんとポーラさんがいるんですから大丈夫です!」

 

 

「……」

 

 アンヘルは主発前に、ティグルやティッタに事前に注意し、ティグルも、初めて付いてくるティッタを心配し何かと気遣い声を掛けていた。

 

 ティッタはそんな二人に喧しくも、返答を返している。

 

 カイムは、騒々しい様子のこの場を眺め嘆息した。

 ティグルは、久々の狩りに興奮して浮き足立っているし、ティッタは初めての飛行と狩りで頻りに不安がっている。

 

 カイムは、この二人を後ろにして飛ぶのかと思うと少々憂鬱になるが、行きと帰りだけだと思い我慢する。

 

 まあ、目的地に着けば少しはマシになるだろうと、いい加減この場のやり取りにうんざりしていたカイムは、早々にアンヘルの背に跨がる。

 

 跨がったカイムに、二人は慌てて後ろに続き、漸く全員アンヘルの背に跨がった。

 

「いくぞ」

 

 アンヘルはその赤い翼をはためかせて大空を駆り目的地である森へ飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地に着くまでの騒がしい一幕を終え、四人はヴォージュ山脈にある川に程近い麓に到着した。

 

 アンヘルはその巨躯が完全に収まる場所を事前に調査しており、ある程度森が拓けた場所に降り立った。

 

 ティグルは本来なら二日は掛かるこの距離を、たった四半刻(三十分)足らずで着いた事に喜び、時間ギリギリまで狩りを楽しもうと、早速狩りの準備に取り掛かる。

 

 ティッタは、空の予想以上の寒さに身を身を縮こまらせ、厚手の麻織りの服の上から、薄手のマントにくるまって身体を擦っている。

 それでも徐々に、ティグルのマントを受け取ったり、野営の荷物を出したりと準備をし始めた。

 

 そんな二人を尻目に、自分の野営の準備を終えたカイムは、初めての野営の準備に手間取っていたティッタを見かねて、手伝い始めた。

 

「あ、ありがとうございます、カイムさん」

 

「……」

 

 カイムは首肯してティッタの言葉に応え、ティッタ用の天幕を張り終えた。

 

 持って来た天幕は、ティッタの分だけであり、アンヘルの分は言うに及ばず、カイムとティグルは、布を敷いてそのまま寝る予定だ。

 

 ティグルも狩りの準備が調い、三人は漸く人心地着いた。

 

 さあ、狩りだと勇むティグルにティッタは、不安を浮かべた表情でティグルを窺う。

 

「あの、ティグル様。あたし、やっぱりここに残った方が……」

 

 ティグルは一瞬、きょとんとした顔でティッタを見るが、次いでティッタの気遣いに朗らかに笑いながら答える。

 

「気にしなくていいよ、ティッタ。

折角なんだから、一緒に行こう。

ティッタ一人位が増えてもあまり問題は無いし、分からない事があっても俺が教えるから」

 

 ティグルは彼女の気遣いに、遠慮は無用とばかりに彼女に手を差し出す。ティッタは一瞬迷ったが、決心してその手を取る。

 

 二人は、アンヘルとカイムの方に向き直り出発の声を掛ける。

 

「それじゃあ、アンヘルさん、カイムさん。

夜までには、ここに戻ってくるよ」

 

「行ってきます、アンヘルさん、カイムさん」

 

 二人の言葉に、アンヘルは首を僅かにもたげ、面倒臭げに二人を送り出した。

 

「我らは、此処に居る。精々励むがいい」

 

二人が森に向かい、その姿が完全に消えると、アンヘルがカイムに話し掛けた。

 

「やっと行ったな」

 

「……」

 

「そうよな。

 

ところで、お主は本当に良いのか?」

 

「……、…………?」

 

「我に否はない。愚かな人間同士、勝手にやっておればいい」

 

「……」

 

「そうか、では今夜にでも」

 

「……」

 

 アンヘルとカイムは会話を終え、今後の方針を確認すると、カイムはアンヘルの体躯に背を預け眠りに入る。

 

 アンヘルも、そんなカイムを柔らかい目で見遣り、カイムの温かさを感じながら眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が戻って来たのは夕刻で、そろそろ日も落ちそうな刻限だった。

 

 収穫は野兎が四羽に、牡鹿が一頭、昼食がてら獲った野鳥三羽と、大したものだった。

 特に牡鹿は、普通のものより一回りは大きく、ティグルも大満足のようだった。

 

 よく運べたなとカイムは思うが、ティグルは解体して運んで来たようだ。

 

 ティッタも、初めての狩りに興奮したようで、頻りに自身の手柄である野鳥の尾羽と、野兎を見ている。

 

 そう、ティッタも実際に弓で獲物を仕止めたのだ。

 

 ティグルの弓と矢を借り、ティグルが助言をしても、初めの数匹は外してしまったが、徐々に精度は上がり、八匹目にして野鳥を捉え昼食にしたそうだ。

 

 それから途中の沢で涼み、帰りがけに野兎と牡鹿を狩り、ここに戻って来た。

 と、ティッタがその時の感情混じりで、いまいち判り難い話しを、二人に聞かせながら夕食を作り終える。

 

 牡鹿は、後ろ足のモモ肉以外はアンヘルに譲り、他は三人で鍋にして食べた。

 

 アンヘルは、差し出された鹿肉に以外だと思ったのか、少し黙孝したものの結局普通に食べた。

 

 ティグルとティッタは、今日の戦果である牡鹿と野兎の毛皮、そして数枚の羽を一頻り見遣り、満足した様だった。

 

 ティグルは、今日狩りが出来たことに対して、カイムとアンヘルに礼を言い、ティッタも自分達を連れてきてくれたことを、二人に感謝した。

 

 アンヘルは、それらの言葉に「良い」とだけ答え、カイムは一度首肯したのみで、後は二人とも重苦しく黙ったままだった。

 

 ティグルとティッタは黙った二人を不思議に思うも、興奮と緊張で眠たくなったのか、半刻(一時間)程で床に入った。

 

 そんな様子の二人を、カイムとアンヘルは二人が完全に眠るまで、黙って眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──小僧、起きよ。

 

 

 アンヘルは眠っていたティグルに『声』掛け、ティグルが跳ね起きるのを、カイムとアンヘルの二人は黙って眺めていた。

 

「っな! 何だ!」

 

 ティグルは布を敷いただけの寝床で、毛布を跳ね上げながら上半身を起こした。

 そして、先程脳内に響いた言葉は、アンヘルの『声』だと察したようで、呆けた顔が納得した表情に変わる。

 

──此方へ来い、そして静かに話せ。小娘が起きる。

 

 カイムはアンヘルに並び、石に腰掛けながらティグルを待った。

 

 ティグルはカイムの目から見ても、慎重過ぎると言って言い程静かに寝床を出て、辺りを見回しながら、弓と矢筒を持って此方に近寄る。

 

 

「何かあったのか? こんな夜中に起こして」

 

 ティグルは驚きと困惑の表情を露にし、狼などの襲撃などではないと判断して二人に問い掛ける。

 アンヘルは、近付いて来たティグルに今度は肉声で目的を告げる。

 

「少し、お主と我ら二人で話したい事があってな」

 

「話したいこと?」

 

「ああ」

 

 ティグルは困惑したのだろう、こんな夜中に自分を起こして、余人を交えず三人で話したい事。

 

 確かに、不思議に思っても仕方ない。

 

 ティグルは、さぞ重要なこと事に違いないと察したようで、緊張気味に二人に問い掛ける。

 

「何かな? アンヘルさん、カイムさん」

 

 

 カイムは、そんなティグルを冷静に、感情を込めず、冷ややかと言っていい程に見る。

 

 話す内容が内容だ、自身への非難の視線は避けられないと判っているし、別段気にもしない。

 

 しかし、この決断を下した自分ならまだしも、こんな自分を肯定してくれたこの片割れに、そんな視線を浴びせたくはない。

 

 故にカイムは、冷然とした態度を崩さない。

 悪意や罵りの言葉は、自分のみが引き受けると、覚悟を露にした瞳でティグルを見遣る。

 

 そんな視線を感じたのか、ティグルは緊張した表情で冷や汗を掻きながら、アンヘルの言葉を待つ。

 

 アンヘルはカイムの考えを察したようで、一瞬逡巡し、次いでティグルに自身の思いを悟らせぬよう、敢えて冷淡な態度で口を開く。

 

「近々、戦があるようだな」

 

「ああ、この夏を過ぎる頃かな」

 

 アンヘルの言葉は、質問ではなく確認だった。ティグルもそう感じたのか、淀みなく事実を答える。

 

「お主も兵を率いて往くのだろう」

 

「バートランや領民のみんなを連れてだけど……」

 

 ティグルは連れていく者達に、若干申し訳なさそうにアンヘルの言に答える。

 アンヘルはティグルの感情を察したが、少し不思議そうにティグルを見る。

 

「……我らの力を当てせんのか?」

 

「え?」

 

「小僧、今の言葉に我らの名はなかった。

 

我らの力を当てにしていないのか?」

 

 カイムもアンヘルと同じく不思議に思った。二人はティグルが、自分達の名を出したのなら突き放す積もりだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 事実カイムとアンヘルは、このブリューヌ王国とジスタート王国との戦争に、参加しないと事前に決めていた。

 

 自分達には関係のない戦い故に。

 

 確かに、カイムは自分の事を、殺人に悦びを見出だす者だと自覚しているが、好んで殺すのは敵対しているものだけ。

 人を斬るのも、自身の目的に邪魔だと判断した場合のみ、それくらいの分別はついている。

 

 二十四年前は、自分の復讐と妹を守る事を目的に。

 三年前からは、アンヘルの解放を目的に。

 

 その過程で、人を斬って悦ぶのも仕方ないとしている。

 

──まあ、自身の目的の大部分は復讐が優先され、敵を斬ること自体が目的になることもあると判ってはいるが──

 

 

 

 この戦争で、敵が自分達に害を振り撒くなら迎え撃つが、好んで戦いに加わろうとはしない積もりだった。

 

 バートランや町の住民が、戦に赴くのになにも思わないでもないが、止める理由も、義理もない。

 

 所詮その程度の思いだ。

 

 ティグルが自分達を戦の勘定にしているなら、早いうちに正しておこうと。

 

 

 

 そんな事をカイムが考えていると、自分達の雰囲気が変わり自分達の意図を察したのか、ティグルがアンヘルの問いに答える。

 

「ああ! そう言うことか!

 

今回、二人の力を借りるつもりはないよ。これは俺の国の問題だ。

傭兵ならまだしも、二人は旅人ってことで逗留しているし、領民にもそう説明してる。

 

二人が心配するような事にはならないさ」

 

 

 

 ティグルは、自分達が戦いに参加しないことで領民が文句は言わない、と言いたいのだろう。

 若干、意図するところはずれているが、内容はカイムにとっても満足できるものだった。

 

 しかし、満足したと感じた瞬間、カイムの胸に痛みが走った。だが、その痛みは一瞬で直ぐに消え去ったが。

 

 カイムが痛みに驚いている間も話しは続き、アンヘルがティグルの答えに納得したかのような言葉を告げる。

 

 

 

 

「成る程な。

 

では精々、得物を磨いておくことだ。

 

その弓以外に、何を得物としているかは知らぬが」

 

「いや、弓以外は持って行かないよ。

只の荷物になるから。

それに後方だろうし、これ以外はからっきしだからなあ」

 

 ティグルは、自分の左手に持った弓を掲げながら、これしか取り柄がないことを幾分残念そうに、アンヘルに話す。

 しかしアンヘルは、そんなティグルの考えに苦言を呈し、珍しく戒めるように語りかける。

 

「戦場で其の様な事を言っている場合か?

 

矢束が尽き、弓が折れたならばお主は赤子同然ぞ。

後方であろうと奇襲の危険性はあるのだ。

 

カイムやあの老人に、多少なりとも手解きを受けよ。

 

お主の命は、この領を背負っておるのだぞ」

 

 

 

 アンヘルとティグルの話しは続き、カイムは先程の痛みを気のせいだと断じた。

 自分のこの感情は、只の一時の気の迷いだと結論付け、二人の話しに集中する。

 幸い、アンヘルに気付かれた様子はない。余計な心配事は増やさない方がいい。

 

 二人の会話は続く。

 

 

「いや、そうは言われても……。

カ、カイムさんやバートランがどう思うか」

 

「と言っておるが、カイム。

 

お主はどうだ?」

 

「……?」

 

 

 若干及び腰のティグルに、アンヘルは無情にカイムに返答を促す。

 

 しかし自身の考えに埋没していたカイムは突然の事に、一瞬何の事か分からず眉間に皺を寄せ、アンヘルに問う。

 

 アンヘルはやや、呆れながらも話しの内容を聞かせ、再度返答を促す

 

 

「やれやれ、お主話を聞いて居らなんだな。

 

この小僧、弓以外に取り柄はないそうだ。

それ故、お主が稽古を付けるという話だ。

 

どうだ?」

 

「カ、カイムさん、無理はしなくていいから」

 

 明らかに慌てているティグルと、それをやや楽しげに見ているアンヘル。

 話しの内容を理解したカイムは、少し考えて首肯する。

 この世の終わりの様な表情をして、カイムを見るティグルと、自身の提案が通り、満足げなアンヘルが印象的だった。

 

「そ、そんな、どうして……」

 

「決まりだな」

 

 アンヘルは、どれ程ボロボロに痛めつけるか、といった風情でティグルを困らせ。

 ティグルも自身の待遇と、訓練内容を必死で確認する。

 

 終いには、あまりの五月蝿さにティッタも起き出して。

 

 話しの内容を煮詰める二人と、寝惚け眼でティグルを説教するティッタに、カイムは静かに目を閉じ眠りに入る。

 

 

 

 この日常を守りたいなどと感じた、自身の思いに必死に蓋をしながら。

 

 




という訳で、二人はディナント平原の会戦には参加しません。

まだ焦らします。

みんなすまない。カイム達が暴れるザイアン戦まで待ってて。たぶんそんなに掛からないから。

次は短めです。

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