[凍結中]魔弾の王×戦姫×狂戦士×赤い竜   作:ヴェルバーン

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第七話 マスハス卿の災難

 マスハス=ローダント伯爵は、自身の領地の屋敷で、溜め息を吐いて内心頭を抱えていた。

 

「……竜か」

 

 もう一度、手元の紙を見遣る。

 差出人は亡き友人の息子からで、内容は近況報告。

 主な内容としては昨今の情勢、自身の健康、領民の様子。

 

 そして、自身の領地で喋る竜と喋れない男を受け容れたこと。

 

 最後の内容については、マスハスも知っていた。

 領民や商人が、遠くで見たと部下から報告が上がってはいたが、見間違いや噂話の類いだと判断したのだ。

 

 しかし、彼からのこの手紙の内容。

 

 俄には信じ難い事ではあるが、彼が自分に嘘をつくとも思えない。

 となるとやはり真実という事になるのだが、やはりマスハスには信じられない。

 

 百歩譲って竜はいい、いやよくないが、まだいい。だが、喋るとはどういうことだ?

 そして、そんな竜を受け容れるとはどういうことだ?

 捕らえたでもなく、保護したでもない。

 受け容れた。

 

 そして、喋れない男との関係は?

 

 全くもって意味が分からない。

 

 

 

 

「この忙しい時に……」

 

 思わず呟いた苛立ちの言葉に、知らず歯噛みする。

 

 今このブリューヌでは戦の機運が高まっていた。

 相手は隣国ジスタート王国。七人の戦姫を擁し、黒竜旗を掲げる強国だ。

 そのジスタートとの戦に、マスハスも兵を連れ参陣しなければならない。

 表向きの原因は河川の氾濫によるいざこざだが、本当の理由は王子殿下への箔付けだ。

 全くもって下らないとは思うが、王家に忠誠を誓う騎士でもあるマスハスは断れない。

 恐らくは、この夏も過ぎる頃に出兵すると思われるが、早まる可能性だってある。

 

 思わず、何もこんな時でなくてもと呟きそうになるが、差出人である彼だって忙しいだろうに、それでも報告を上げてくれたことに感謝する。

 

 

 

 

「竜か……」

 

 

 再度呟き、自身の灰色の髭を撫でる。

 それにしても、どうしたものか。

 

 いや、本当は分かっているのだ。

 只、決心が付かないだけで。

 

 もう一度、深く溜め息を吐いた。

 

「行くか……」

 

 明日、亡き友人ウルスの息子、ティグルが治めるアルサスの領地に向かう事に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスハスは供も連れず、二日掛けて馬を飛ばし、漸くセレスタの町に到着した。

 時刻は昼過ぎ、夏の陽射しは、老齢のマスハスには堪えるが、そうも言ってられない。

 門番が慌てて出迎えてくれるが、マスハスの挨拶はおざなりだ。それよりも町の様子が気になって仕方ない。

 門番に竜の事を尋ねると、

 

「ああ、竜殿の事ですね。

東の森にいらっしゃいますよ」

 

 と返ってきた。

 危険はないのかと尋ねるも、門番は笑ってこう答えた。

 

「いい人……竜ですよ。

訊かれたことには、面倒臭げにでも答えてくれますしね。

領主様の言う話の通り、礼儀もって接すれば大人しいもんで……。

 

本当に面倒臭げにですけど……」

 

 マスハスは、信じられない面持ちでその場を後にした。

 

 

 

 

「普段通りじゃな……」

 

 馬をティグルの屋敷へ進めながらその道中、町の様子を観る。しかし、どこも異常は見当たらない。

 大通り。広場。商会の平常振り、露店商や、道行く人の表情。

 

 東の森に竜がいるとの事だが、住民に緊張した様子は感じられなかった。

 

 

 

 これはわしの杞憂か、と思うより早くマスハスは、ティグルの屋敷へ到着した。

 門を潜り厩舎に馬を入れ、玄関に向かう。

 

 ドアノッカーを数回叩き、待つこと二十を数えた辺りで侍女であるティッタが、驚きと共に出迎えてくれた。

 

「マスハス様! ようこそお出でくださいました。

 

出迎えにも出れず、申し訳ありません。

今日はティグル様に御用事ですか?」

 

「おおティッタ、元気そうじゃな。

急に来て悪かったのう。

今日はティグルにも用事があってな」

 

 出迎えてくれた平素と変わらぬティッタに、マスハスは顔を綻ばせながら、彼女に急な来訪を詫び用向きを伝える。

 

 マスハスに息子はいるが娘は居らず、それもあってかティッタを娘の様に思い、何かと気遣い、可愛がっていた。

 町の住民と同じく、常と変わらぬティッタに安堵し、続けて知らず心配そうな視線で彼女を見遣る。

 

 彼女の主──ティグルヴルムド=ヴォルン伯爵の手紙には、三ヶ月ほど前からこの屋敷に、同居人が増えた様だが彼女の表情から不安の念は感じられない。

 いったいどういうことだ? と考え込むマスハスにティッタは

 

「申し訳ありませんが、応接室で少々お待ちください。

ティグル様は今お昼寝をしていますので、急いで起こして参ります」

 

 と、主の自堕落さを少し恥ずかしそうに、頬を赤く染めながら告げて、マスハスを応接室に案内した。

 

 応接室まで案内されたマスハスは、やれまた昼寝かとティグルを呆れながらも待ち、その間夏の暑い気温を涼めるため、開け放たれた窓から見える裏庭に目を遣った。

 

 手入れが行き届いている裏庭には、夏だというのに余分な雑草が微塵も生えていない。さすがはティッタだ、と思いながらも他に目を遣ると、不自然な空間が目に入った。

 そこだけ円形のように草がなぎ倒され、中心には何度も踏み均したのだろう土の色が見え、草が一本も生えていない。

 

 はて、と疑問を持つより早く扉が開く。

 

 くすんだ赤髪に寝癖を付け襟を曲げながら、屋敷の主にしてこのアルサスの領主、ティグルヴルムド=ヴォルンが漸く入ってきた。

 

 

 

「お待たせして申し訳ありません、マスハス卿。寝ていました」

 

「見れば分かる。寝癖が付いておるぞ、襟も曲がっておる」

 

 慌てて起き、急いで着替えてここに来たのだろう、ティグルの焦った様な口調に思わず皮肉げに返す。

慌ててティッタが直すも、寝癖の方は思いの外強く付いたのか一向に直らない。

 ティグルは仕方なく諦め、そのままの体勢でマスハスに急な来訪の目的を問う。

 

「それで、マスハス卿。今日は何の御用でこちらに?」

 

「何の用でだと? おぬしの手紙に書いてあった、竜の件についてに決まっておろうが。

 

受け容れたとはどういう事じゃ?

領民に被害が出たらどうするつもりじゃ?

今現在領民をどう宥めておるのじゃ?

 

と、挙げれば切りがないが取り敢えずは、

 

大丈夫な様じゃな」

 

 気楽な質問に途中語気が強まったが、最後の方で安心したように住民の様子を思い出して、ティグルに確認する。

 

 ティグルも語気を強めたマスハスに、一瞬叱られた子供の如く身を縮ませたが、最後の確認の問いには辛うじて頷いた。

 

「はい、なんとかやっています」

 

「そうか。

 

実際の所、何があったんじゃ?」

 

 だが、まだ心配げなマスハスはティグルに詳しい説明を求める。

 

 喋る竜とは? 喋れない男とは?

 それらが一体何処から? 何の目的でアルサスへ?

 

 疑問は尽きないが、まずはティグルの説明を聞いてから判断しようと思い、ティグルが口を開くのを待つ。

 ティグルも、自分を心配してくれている老伯爵に、若干ばつが悪そうな面持ちでいる。

 

 ティグルは、ティッタが冷茶を運び終え、退室するのを待ってから静かに語り始めた。

 

「あれは、三ヶ月程前の事なんですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という次第です」

 

 ティグルが一通り話し終わり、マスハスは話の内容を吟味した。

 

 竜と男は安住の地を求め、此処より遥か東からやって来た。

 アルサスへは、その地を見つけるための情報を求めて。

 男は喋れないが竜は喋ることができ、男の意思を代弁する。

 そして、竜が使う『声』。

 

 これが吟遊詩人の話しならば、「成る程、面白いな」と言って笑えたかもしれないが、ティグルは領主であり吟遊詩人ではない。

 門番の話しと町の様子を見なければ、この話しを与太話と切って捨ててもおかしくない程だ。

 

 

 

 マスハスは暫く黙り込んで口を開いた。

 

「おぬしはそれを信じるのか?」

 

「はい、少なくとも凡その所は」

 

 背筋を伸ばして、何処か威圧する風なマスハスの態度と口調に、ティグルは身動ぎもせずにそう言った。

 マスハスは、自分を真剣な瞳で見詰めるティグルに、威圧を解きながら

 

「そうか」

 

 とだけ返し、威圧を完全に解いて何処か安心したようにソファに背を預ける。

 

 ティグルはマスハスが、自身と自身の領地を常に心配してくれているのを知っているためか、立ち上がり感謝の言葉を告げ、頭を下げる。

 

「はい。

ですが、マスハス卿の心配はごもっともな事です。

気に掛けてくださり、ありがとうございます」

 

 何処か消沈したマスハスを気遣う様な発言だ。

 

 子供の成長は早いな、と今年で五十五歳になるマスハスは染々思う。

 

 友人であるウルスが死んだ時、この若者は十四歳だった。この町と四つの村々の代表者に「まあ、なんとかやっていきます」と能天気に返したあの日が嘘のようだ。

 

 そんな感慨を懐くマスハスは、頭を下げるティグルに微笑しながら面を上げさせ、自身の心配が杞憂だったことを理解する。

 

「よい、わしの杞憂だったようじゃ。

二人と領民に被害がなければ、それでよい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 ティグルはもう一度マスハスに礼を述べ、ソファに座る。

 

 そして、マスハスはもう一つの懸念事項をティグルに問う。

 

 こちらは、あまり心配しなくてもいいかもしれないが、ティグルが下手を打っていた場合、彼がかなり困った事になる。

 

「ついでに聞いておくが、その竜と男、まだ王宮に知らせておらんじゃろうな?」

 

 そう、今この事を王宮に知らせていた場合、ティグルがかなり厳しい立場に置かれる事になる。

 

 ティグルと親しい、マスハスでさえ信じられなかったのだ。王宮が虚言と判断しても無理はない。

 

 王宮にこの話を持ち込んだとしても、この忙しい時に、そんな与太話を持ち込んだのはどこの貴族だ、とあまり良い顔はしないだろう。

 

 王宮が思わないにしても、大貴族は必ず機嫌を損ねる。王宮の手を煩わせる不忠者はどこの領主だと、必ず糾弾して来るに違いない。

 

 何れ周りに露見するにしても、今は戦の準備の真っ最中。

 特に、レグナス王子の初陣ということもあり、ブリューヌ王国は神経を尖らせている。

 

 時期を見計らわなければ、周りの不信を買い、話しそのものを信じてもらえないばかりか、不興を買い戦の先鋒を努める事になるかもしれない。

 只でさえティグルは、ブリューヌでは蔑視されている弓を使うという事で、周りからよく思われていないのだ。

 

 マスハスは、ティグルに微笑を続け自身の灰色の髭を撫でながらも、眼だけは真剣に、事の次第を確認する。

 

「はい、今はまだ知らせていません。

知らせるなら、戦が終わってからの方が良いだろうと判断したのですが……」

 

 ティグルは、自身のこの判断にあまり自信がないのか、何処かマスハスの顔色を窺うような視線で見る。

 

 そんなティグルにマスハスは苦笑し、自身の思いはすべて杞憂だったと悟り、ティグルの判断は正しい事を告げる。

 

「そうじゃな。その方がよかろう」

 

 二人の間にやっと人心地ついた空気が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからはティッタも交え、取り留めのない話しを交わし、同居人である男性や喋る竜について話が及ぶ。

 

 

 ティッタは男性の事を

 

──最初は恐いと思っていたけど、実は優しい人、

 

 

──夜なべして作った眼帯を、ちゃんと着けてくれた、

 

やら

 

──剣や槍がとっても強くて、バートランさんでも勝てない

 

など

 

──二週間で読み書きを覚えた凄い人、

 

 

 と、凡そ好意的に語る。

 ティグルもティッタの話しに相づちを打ちながら、大体その通りだと述べた。

 

 では、竜の方は? と問うと、ティッタは突然怒りを露にして顔を赤くし、憤懣やる方ないと言った風情で語り出す。

 

 

──ティグルの事を「小僧」と呼び、自分の事を「小娘」と呼ぶ、

 

 

──「お主は自分の主に懸想しておるのか?」とティグルの前で公然とティッタに問う、

 

やら

 

──「あんな小僧の何処が良いのだ」とティッタに嘲笑交じりで言い放ったり、

 

など

 

──「お主のような年頃の娘は、皆こうも口喧しいのか? それともお主だけの特性か?」と、さも不思議そうに、嫌味ったらしく言う、

 

 

 と、余り好意的ではないようだ。

 マスハスは熱く語るティッタを手で制し、ティグルに確認の意味で目線を遣ると「ティッタの自分への好意はともかく、すべて事実です」とマスハスに笑いながら告げる。

 

 その言葉にティッタは一瞬残念そうにしたが、今はそれよりも喋る竜への怒りが強いのか、なお気炎を上げてその時の状況を語り出す。

 

 

 ある日、アンヘルに、

 

──「お主も苦労するな、だらしのない主を持って」

 

 だらしなくなんてありません

 と反発すると、

 

──「事実であろうが、お主が溢す愚痴の節々から感じ取れるわ。

時には主君の不興を買おうとも、諌める声を上げたらどうだ?」

 

 そ、そんなことありません!

 それに、大きなお世話です

 と返すも、

 

──「この部下にして、この主君あり。他者からの諫言は、謙虚に受け止めよ。

 

主の品格が疑われるぞ」

 

 っ! あ、あなたという人は!

 

──「我は竜だ、人ではない。間違えるな」

 

 っ! ~~~~~っ!

 

 

 

 

 

 存外仲が良いようだ。

 

 ティグルも自身の事を、二人に話の種にされたのを知らなかったのか、決まり悪げに「仲が良いんだな」と呟くが、ティッタに「良くありません!」と大声で断言され口を噤み、ティッタは話しを続ける。

 

 それらの話しは、ティグルやマスハスにとっては苦行に等しい時間だったが、ティッタが二人の心情に気づいた様子はない。

 

 ティッタにしては珍しいことだが、話がなかなか進まないので手で制し、それ以外で何か困ったことはないか尋ねる。

 

 ティッタの眼には、まだ言い足りないのか怒りが浮かんでいるが、それでもマスハスの問いには答えてくれて「戦があるんですか?」と少し消沈し、呟くように訊く。

 

 マスハスはティグルと目配せし、詳細な事は語らず、戦の時期についてだけ告げる。

 

「うむ、秋の始めごろにな」

 

「ティグル様やマスハス様も……ですか?」

 

 不安そうなティッタを、安心させるかのようにティグルが宥める。

 

「多分、俺達は後方だよ。そこまで心配しなくていい」

 

「そう……ですか」

 

 若干安心したようだが、それでも完全には不安は拭い去れないのか、眼に力はない。

 ティグルはあれやこれやと慰める言葉をティッタに掛けるが効果はない。

 

 マスハスはこの話題を変えようと思い、先にも話しに挙がった男性に会いたいと願い出る。

 だが、男性と竜は近隣の地形を確認しに出ていて、あと二日は帰らないという。

 

 

 

 

 

 しかし、話題を逸らすのに成功したのかティッタの瞳にも力が入り始め、ティグルはマスハスに感謝と尊敬の念を送る。

 

 そして、ティグルも話しに乗り今度は、竜のことを話題に出す。

 

 マスハスは一瞬、ティグルに余計なことをと言いたげな視線で見遣るが、ティグルに気付いた様子はない。

 案の定、ティッタは再度怒りを露にし、竜への怒りの言葉を口にする。

 

 遅まきながら気付いたティグルは話しを変えようとするがもう遅い。

 

 ティッタの舌は、留まること知らないかの如く良く動き、竜への不満が次々に口から飛び出る。

 

 

 結局マスハスとティグルは、嵐が通り過ぎるのを待つ船乗りの様に、ティッタの言葉を一刻(二時間)程聞き続けて、漸く解放された。

 





感想は、今回ちょっと忙しいんで、明日の12時までには返します。

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