[凍結中]魔弾の王×戦姫×狂戦士×赤い竜   作:ヴェルバーン

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ここからの数話は三日置きに投稿しますが、自分でもあまり納得がいっていません。

大筋を変えるつもりはありませんが、折を見て書き直す可能性、大です。


第五話 ティッタの一日

「ん、いい味」

 

 ティッタは味見用の小皿に口を付け、自分の口から洩れ出た言葉に満足した。

 

そして、ティッタはコトコトと煮立った鍋を、竈から下ろして皿に注ぐ。

 

 スープを注いだ皿を、川魚を香草で焼いた皿、ライ麦のパンを乗せた平皿と共に、盆に置く。

 

「スープは大丈夫。パンは焼き立てだし、メインの川魚も大丈夫。

あとは……ミルクと葡萄酒っと」

 

 最後に六つのコップに、ミルクと葡萄酒を零れないように注ぎ終え、ティッタいつもより一人分多い朝食を盛り付け終わり、食堂のテーブルに運ぶ。

 

 気持ちの良い朝に、思わず鼻唄を歌いながら、いつもより少しだけ早い朝食の用意をやり終えた。

 

 さぁ、あとは怠惰な主と同居人の男性を呼びに行くだけ。

 

 ティッタは未だぐっすり寝ているだろう主と、ちょうど一週間前からこの屋敷に滞在している便宜上客分の男性を思い浮かべた。

 

「カイムさん……かぁ……」

 

 思わず呟いた言葉が、ため息と共に食堂に消える。

 客分である男性を思い出しティッタは少し憂鬱になった。

 

 

 

 

 一週間前、ティッタの主──ティグルが町の主だった人物を集め、受け容れることを説明したその日にこの屋敷に来た男性。

 

名前をカイム。

 

 初めてこの男性を紹介された時ティッタは、警戒して身構えたが次いで喋れないと判り、羞恥心で顔を赤くした。

 

 その時は、説明不足な主を説教して誤魔化したが、今でも思い出すとカイムへの申し訳なさと、主への怒りの念が浮かぶ。

 

 ティッタは慌てて謝ったが、カイムのその瞳は何処か虚ろで、目の前のティッタを映していないかのように見えた。

 

 ティッタはその時から、何を考えているのか分からないカイムが、少し苦手だった。

 

 

「よし!」

 

 ティッタは憂鬱な気分を払うかの様に、声を出して気合いを入れ廊下に出る。

 

「今頃は、外かな」

 

 ティッタは屋敷の裏で鍛錬しているであろうカイムに、朝食が出来たことを伝えるため、屋敷の裏口から外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟、という音がした。

 

 ティッタは、屋敷の裏口の扉を少し開けて裏庭を覗くと、目的の男性、カイムが大剣を中空に薙いでいた。

 

 

 逆袈裟、右薙ぎ、左切上、唐竹割り……。

 

 

 カイムは順々に剣を繰り出し大気を切り裂いていく。

 

 淀み無い剣筋は、素人のティッタにも、カイムの実力の高さを窺い知れるものだった。

 

 

 左薙ぎ、袈裟切り、逆袈裟、刺突……。

 

 

 ティッタでは、両手でも振り回すができない様な大剣を、まるで小枝でも持っているかのように、片手で軽々と振り回している。

 

 大剣の一撃一撃が、大気ごとその空間を引き裂かんとするかのように、烈風を伴って襲う。

 

 

 右薙ぎ、逆袈裟、唐竹割り、左切上……。

 

 

 一瞬でどれだけの剣閃が煌めいているのか、ティッタの動体視力では分からない。

 

 ティッタの目には、日の光に反射して、剣が閃光のように光っているのが精々判る程度で、剣どころか繰り出す腕すらも霞んで見える。

 

 しかしその剣が生み出す暴風は、少し扉を開いたここまで確かに届いてくる。

 

 

 

 

 まさに斬撃の嵐としか形容することしかできないこの空間にティッタは身震いした。

 

 

 

 

 

 これが普通の剣舞だったら、ティッタもここまで恐怖しないだろう。

 

 しかし、カイムのその執念染みた鬼気迫る剣気に、ティッタは最初に目にした時、あまりの恐怖に腰を抜かした。

 

 以来、最初は覗き見る様にしてこの空間を伺うようにしている。

 

 

 滞在三日目から続いているこの鍛錬は、ティッタがそれまで変わらないと思っていた日常に出来た、初めての異常だった。

 

 

 扉を開け五つも数えていないだろう、カイムはティッタの存在に気付き、剣を止めてティッタの方を振り向く。

 気付かれたティッタは、恐怖を抑え扉から完全に出てカイムに近寄る。

 

 

 

 そして驚いた。

 

「お、おはようございます。カイムさん。

か、髪を切ったんですね。」

 

「……」

 

 カイムは微かに首肯する。

 

 初対面の時より、何年も手入れをしていないかの様な頭髪を整え、伸び放題だった無精髭を剃り、まるで生まれ変わった様な端正な顔を明らかにしている。

 

 相変わらず、髪の隙間から覗く白い濁った左眼は怖いが……。

 

 品のある雅な顔立ちに、思わず吃りながらも挨拶を交わす。

 

「よくお似合いですよ」

 

「……」

 

 ティッタの賛する言葉にまた微かに首肯する。

 

 しかし、瞳や表情に変化を見出だせない。これが嬉しそうな変化を見せるなら、ティッタも続いて言葉を発せられるが、滞在二日でこの男性の無感動さは判っている。

 

 ティッタは案の定無表情なカイムに、朝食の用意が出来たことを伝えると、カイムは剣を鞘に収め、手拭いで汗を拭うと剣を置きに一旦部屋に戻るため、ティッタに続き廊下に向かった。

 

 

 二人で廊下を歩いていると、話す話題がなく、気まずくなりティッタは早口でカイムに告げる。

 

「あたしは、ティグル様を起こしてきます」

 

 そう言い、早足でその場を抜け出す。

 ティグルの部屋がある二階への階段を上りきったとき、壁に背を預け胸を抑えて、盛大なため息を吐いた。

 

「ハァ~、緊張した」

 

 やっぱり苦手だと改めて思う。

 

 ティグルとティッタ、カイムの三人でいる時は普通に接せられるが、二人だけの時は思わず緊張して身構えてしまう。

 

 これが後半年も続くとなると思うと、ティッタの方が参ってしまいそうだ。

 

 

「悪い人じゃないとは思うけど……」

 

 

 しかし、やっぱり苦手だ。

 

 感情を映さない碧い瞳、常に無表情な顔。白く濁った左眼。

 

 今回はその顔立ちが思いの外、雅でびっくりしたというのが一番の収穫だろう。

 

 

 そこまで考えてティッタは頭を振る。

 

「ティグル様を起こさないと」

 

 あんまり長く待たせると、カイムさんに悪いし料理も冷めてしまう。

 

 余分な考えを脇へ追いやり、ティッタは自分の務めをはたそうと、ティグルの部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食の折、ティッタは朝食のライ麦のパンを摘まみながら、対面のカイムを盗み見ていた。

 

 背筋が伸びて姿勢がよく、スープの飲み方やパンの千切り方、魚の骨の取り方等、どれをとっても美しい。

 

 ティッタは貴族というと、ティグルとティグルの亡き父ウルス、ティグルの後見人代わりのマスハス卿しか知らない。

 

 しかし、カイムの食事の美しさは、その三人より確実に綺麗で、美しく洗練され、かつ気品があるように見えた。

 

 貴族よりも美しい食べ方をするこの人は何者なんだろう、と探る様な視線を向けると、ふいに視線が交差し慌てて自身の皿をじっと見遣る。

 

 カイムは別段どうとも思わなかったのか、それとも喋れないので仕方なく追及しなかったのか、朝食が終わっても何も言って来ることはなかった。

 

 思わずホッとしたティッタを、ティグルだけが不思議そうに見ていた。

 

 

 

 

 そんな忙しない朝食が終わり、ティグルがカイムに声を掛ける。

 

「カイムさん。今日もバートランの所に?」

 

 カイムは頷き肯定する。

 

 カイムは三日前からバートランに文字の読み書きを習っている。

 

 こちらの文字を書けないと知ったカイムを慮って、バートランが声を掛けたのだ。

 

 話せない、書けない、読めない、では大変だろうと。

 

 聞く所に依ると、文法自体に差異はなく文字と単語、熟語や独特の言い回し等を中心に習っているそうだ。

 

 ティッタもバートランから聞いている限りでは、覚えが早く自分より字が綺麗だと、悔しげに話されたことを覚えている。

 

 ティグルは続けて、カイムに二三話し掛けると自身の書斎に向かい、カイムも外出するため玄関に向かう。

 

 ティッタは一瞬執務を行うティグルに、いつも通りお茶を淹れるかカイムを見送るために玄関に向かうか迷ったが、今日は早いし、見送った後にお茶を淹れても問題ないと判断し、カイムを追い玄関に向かった。

 

 カイムは、今まさに玄関を出る所だったのか、扉に手を掛けていた。しかしティッタに気付いたのか、カイムにしては珍しく、その瞳に不思議そうな色を宿していた。

 

 カイムは扉に掛けていた手を下ろし、ティッタに向き直った。

 

「……」

 

 カイムの何かあったか、という問いたげな視線がティッタに突き刺さる。

 

「あ、いえ。お見送りを……」

 

 この後に続く、気の効いた台詞がティッタには思い付かず、結局定型通りの言葉を紡ぎ微笑んで会釈した。

 

「いってらっしゃいませ」

 

 

「……」

 

 珍しいものを見たという風情のカイムは、一拍遅れてティッタの言葉に頷くと、再び扉に手を掛け外に出た。

 

 初めてカイムの瞳に感情の色を見出だせたティッタは、綻び微笑んだ。

 

「無感情な人ではないんだよね……」

 

 満足気に呟いたティッタは、ティグルにお茶を淹れるため、台所への道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になり、夕食の用意を続けていたティッタは、調理の途中で少しばかり水が足りなくなってきたことを思い、鍋を竈から下ろして、井戸に向かい瓶に水を汲む。

 

 何度も釣瓶を往復し、漸く瓶が満杯になり重くなったそれを抱え、中の水を溢さない様に慎重に歩く。

 

 しかし、並々と波紋が浮かぶ瓶に注意を割きすぎたのが原因か、足下の小石に躓いた。

 

「きゃっ!」

 

 思わず悲鳴が洩れ、次いで衝撃に身を備えて身体を固くしたティッタだが、いつまで経っても見に迫る筈の衝撃と、瓶の割れる音が来ない。

 

 薄らと目を開けると、水瓶と自身の背に手を添えて、自身を支えてくれた男性の顔が横目に見える。

 

 

 カイムだった。

 

 

「カ、カイムさん!」

 

 いつの間に、と思うよりも早く身体が強張るが、慌てて頭を下げ礼を述べる。

 

「あ、ありがとうございます!

 

あっ!」

 

 しかし、瓶を抱えた状態で身体を曲げれば当然水が落ちる。

 

 カイムのズボンは、膝から下がびしょ濡れになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません。本当に……」

 

 ティッタは半泣きになりながら、瓶に水を汲むカイムを見ながら謝る。

 

 転びそうになった自分を助けてくれたのに水を掛けてしまい、そればかりか水を汲むのを手伝わせてしまった。

 

 ティッタは申し訳なさでカイムの顔を見れず、自己嫌悪の念を感じ俯いた。

 

 俯くティッタを余所に、釣瓶を落とすカイムは、唯黙々と瓶に水を運ぶ。

 

 カイムは別段気にもしていなかった。こんなこともあるか、と唯思うだけ。

 

 だが、ティッタはその方が辛く、もしかして怒っているのではと思い顔を上げられない。

 

 

 気不味いティッタを余所に釣瓶が水に落ちる音だけが響く。

 

 

 

 そしてティッタにとっては幸いなことに、瓶が満杯になったのだろう、カイムは手を止めて重くなった瓶を片手で抱え上げ台所へ運ぼうとした。

 

 そこで漸くティッタは顔を上げ、慌ててカイムに近寄った。

 

「あたしが運びます」

 

「……」

 

 しかし、カイムは首を振る。

 

 また転ぶと思っているのか、それとも力仕事は自分の方がいいと思っているのか、ティッタには判断が付かなかったが、折角の好意を無駄にしないためカイムを先導する。

 

「じゃ、じゃあこっちです」

 

 無言で歩く二人だが、ティッタの方はカイムの好意に、これまで感じていた苦手意識が若干薄れていた。本当に若干だが。

 

「ありがとうございます、カイムさん。

できたらお呼びしますから、夕食はもう少し待っててくださいね。

 

それと、水を掛けてしまい、申し訳ありませんでした。」

 

 深々と頭を下げるティッタに、カイムは気にした風もなく首肯し、着替える為に自身の部屋に向かう。

 

 そんな後ろ姿を見送って、ティッタはカイムの珍しい好意を思い返し、思わず口角が上がるが、頭を振り再び調理に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、寝る頃になるとティッタの部屋の灯りはまだ点いていた。

 

 ティッタは愛用の裁縫道具を脇に置き、黒い布地に針を通す。

 

 黒い布地は一見何の用途に使うか分からないが、ティッタは嬉しそうだ。

 

 縫い上げながら、ティッタは今日一日を思い返す。

 

「やっぱり悪い人じゃなかった」

 

 今日一日で、カイムの新たな一面を垣間見たティッタは、思わず顔が綻んだ。

 

「着けてくれるかな」

 

 ティッタは今自分が縫い上げている黒い帯の様な物体に目を向けた。

 

 ティッタから見た、帯のやや左よりは少し膨らみ赤い装飾が施されていた。

 

 黒い帯の正体は眼帯だった。

 

 朝ティッタが見た時、若干左目を隠す様に、あまり髪を切らなかったのが気になったのだ。

 

「よし、できた!」

 

 完成した眼帯を掲げ、達成感に思わず微笑む。

 

 一頻り満足したティッタは、ふいに込み上げてきた欠伸を噛み殺した。

 

「もう寝ないと」

 

ティッタは眼帯を机に置いて灯りを消し、裁縫道具を片付け寝床に入った。

 

「喜んでくれるかな」

 

 思わず洩れた自身の呟きに笑った。

 

 どんな表情を見せるのかな、無表情かな、それでも着けてくれるかな、といった思いが微睡んだ脳裏によぎる。

 

「喜んでくれるといいな……」

 

 ティッタはその言葉を最後に、意識を完全に手放し、すうすうと寝息を立てた。

 

 

 そんなティッタの呟きを机の上の黒い眼帯だけが聞いていた。




実は、最初はダークソウルの主人公をクロスさせる予定でした。



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