[凍結中]魔弾の王×戦姫×狂戦士×赤い竜   作:ヴェルバーン

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第十六話

 一刻(約二時間)後

 

 

「ほ、本当に大丈夫なんだろうなあ!?」

 

「喧しいぞ、老僕。声を荒らげるな。

此処は敵地だとあれ程言ったであろう。

 

それに、カイムも一人程度なら問題にもならんと言っておる。

潜入手段も実際に見せた。

お主もそれに納得しただろう。

 

まだ不満なのか?」

 

「いや、だけどなあ!?」

 

 

 日付を跨いだ頃合いに、バートランの悲鳴が空に響き渡る。

 バートランは一刻程前の会話からこの調子だ。

 

 バートランはカイムの『代案』を聞いて「正気か?」と自身の考えに難色を示した。

 なら、他に案があるのかと二人が問えば渋面を作り「ない」と答える。

 二人はさらに、これ以上譲歩する積もりはないことを伝えると、バートランが渋々ながら了承の意を示したので彼の回復を待って共に向かうことにした。

 

 それが一刻前

 

 だが、バートランはアンヘルに騎乗した今も不安を隠せない様で、頻りに声を張り上げている。

 

「おい。カイム! いいか、絶対に落とすんじゃねぇぞ!」

 

 死んだら祟ってやるからな、と耳元でがなり立てるバートランを歯牙にも掛けないカイムは、遥か真下の『点』と言っていい公宮と城下町を俯瞰する。

 

 準備が整った。

 

「老僕、いい加減に口を閉じろ。

 

 

そろそろ始める。

 

 

 

───行くぞ……!」

 

 

 

 

 アンヘルは突如その体躯を翻し、翼をたたんで落下する。

 

 カイムとバートランの身体が持ち上がりかけ、アンヘルの背から離れようとするのを二人は跨がった脚に力を込めて懸命に堪えた。

 風を切る音が耳を支配し、叩きつける風が顔に当り、髪が逆立ちうねる。

 

 そして、否やはりと言うべきか。

 バートランの体が浮き上がりカイムがその首根っこを掴み引き寄せる。

 吹き付ける風に涙が零れそうになるが、睨むように目を細め風が入るのを防止する。

 そして、朧気だった公宮の外観が形を確かなものになり、思わずバートランの身体を掴む手に力が入った。

 

 徐々に近付いてくる公宮の庭にアンヘルの咆哮が響き渡り、八つの火球が着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ! 始まったか……」

 

 響き渡る咆哮と連続する衝撃。

 ティグルの居る部屋がビリビリと震えた。

 

 ティグルは昂る緊張によって、弓を握る手に力が籠り、弓の握りと革の手袋兼弓懸(ゆがけ)の擦れる音が鳴る。

 

「っ……落ち着け……!」

 

 ティグルは手の力を弛め自制する。

 

 そして、これで見納めとなるかもしれない今の自分の小さな部屋を見渡した。

 と言うより、それしかできなかった。

 

 家具は寝台しかなく、廊下へ繋がる扉に埋め込み式の窓。

 窓は脱走を防止するためか、小さく高い位置にあり空しか見えない。

 今夜は曇天ではないが綿の様な雲が多く、風は凪いでいた。

 廊下からは、今の咆哮に起き出した公宮の者達の喧騒が木霊している。

 

 思わず耳を澄ます。

 

「……大丈夫かな?」

 

 ティグルは耳をそばだてながら不安の言葉を洩らし、自身を救出しに来た三人の事を心配する。

 

「……カイムさん」

 

 常に無表情で感情を面に出さない男性。

 しかし、面に出さないだけで、接すれば確りと感じ取れる。

 外見からは想像できないが意外と義理堅く、自身に熱心に剣を指導してくれた。それが役立ったとは言えないが、何かと気に掛けてくれて感謝している。

 

「……バートラン」

 

 子供の頃から自身の家に仕えてくれている従者。

 いつも親身になって亡き父とティグルに尽くしてくれた老齢の男性。

 父が亡くなってから、自身の側にはいつも彼がいた。今もその身体に鞭打ってここに来ている。

 

「……アンヘルさん」

 

 いつもカイムと共にいる竜。

 傍目には判りにくいが、常にカイムの事を思い気遣い労っていて、その献身的な姿勢は自身の侍女を想起させる。

 言動は常に高圧的で初めは恐ろしかったが、その心は高潔で誇り高く今では頼もしさを感じている。

 

「……テナルディエ、公爵……!」

 

 ティグルは四半刻前にアンヘルから届いた『声』の内容を思い出し、改めて怒りが湧く。

 彼らの軍勢が自身の領地を荒らし回り、領民達に非道を働く未来を想像して、ティグルは吐き気がした。

 

 しかし、今は込み上げる憤怒を飲み込んで息を吐く。

 

「……フゥ」

 

 自分を助けるために来てくれた三人には申し訳ないが、今は脱走の手順を確認することしかできない。

 そして、

 

「今は、信じて待とう……」

 

 彼らを信じることしかできない。

 歯痒いが、アンヘルの『声』によればカイムとバートランは程なくこの部屋に来る予定だ。

 それまで手順の確認と、三人を信じて待つことに終始する。

 刻々と時間が過ぎる中、ティグルは四半刻(約三十分)前の事を思い起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━起きておるか、小僧。

 

 ガバッ、という擬音が付けられる程の勢いでティグルは寝台から跳ね起きた。

 

 次いで何が起きたのかを即座に理解した。

 瞬時に頭が覚醒できたのは、その脳裡に直接響く独特な感覚に覚えがあったからだ。

 これがティッタの肉声なら、こんなにも容易く起きられなかっただろう。

 

 

   アンヘルの『声』だ。

 

 

「っ、アンヘルさん!」

 

 ティグルは懐かしさと歓びが入り交じった声音で、その『声』の主を呼んだ。

 

 アンヘルの言葉は続く。

 

━━━寝ておったのなら起きろよ、小僧。

━━━起きておったのなら、周りに人が居らぬ処に行け。

━━━行けぬ場合は……そのまま聞け。

 

「大丈夫だ、アンヘルさん。

この部屋は俺一人だけだから」

 

 ティグルは捕虜生活で慣れ親しんでしまった、自身の殺風景な部屋を見渡しながらアンヘルの声に応える。

 

 しかし、見渡すと……何故か違和感が。

 

 何かが……ない?

 

 

 

━━━ああ、それから……。

 

「!? ああ、……なんだ?」

 

 ティグルは、何かが足りない気がするなと首を捻る。

 しかし、アンヘルの言葉が続き違和感を一旦思考の隅へ追いやる。

 そして、出てきた言葉に表情を一変させた。

 

 

━━━その場にはカイムが居らぬ故な、お主の言葉は我には届かぬ。

 

━━━よって、今からお主に一方的に話す際、相槌などを打って周囲の不審を買うような言動は慎めよ。

 

 

 くれぐれもな、という意地悪気なアンヘルの言葉と声音に一拍置いて。

 ティグルの顔は羞恥心で真っ赤に染まり、怒りでぷるぷると身体に震えが奔る。

 

 思わず、

 

「もっと、早く言ってくれ!」

 

 と大声で怒鳴りそうになったが、そんな事をすればアンヘルの言葉通り、監視役がこの部屋にすっ飛んで来るだろうと思い止まり、必死に口を噤む。

 

 

 違和感の正体はカイムだった。

 

 

 いつもは喋れないカイムが、その言葉を代弁するためにアンヘルの『声』を使い、会話を成り立たせている。

 カイムが居ない時に、こうして室内で『声』を掛けられたのは初めてだったので会話が成立していないとは全く気付かなかった。

 そして、アンヘルの指摘で今やっと違和感の正体と、会話が成立していない事実が判明した。

 

 ティグルは、当たり前の様に返事をしていた先程の言動が気恥ずかしかった。

 

 次いで、このやり取りで悦んでいるだろう竜を想像する。

 アンヘルは時折、こうして自分をからかってくる事がある。

 自身の鍛練内容を決める時には、随分と恐々とさせられたのは記憶に新しい。

 

 鍛練自体は自分にも必要だと分かったから文句も言わなかったが、アンヘルが愉快気に列挙する内容の酷さにはそこまでする必要があるのか、というものが数多くありティグルも必死に抗弁した。

 最後にはカイムの「戦まで時間がない」という言葉に助けられ、鍛練はそこまで酷くはならなかったのだが。

 

 ティグルはそれらの事を思い出し、何も今こんな所でからかわなくてもと、カイムの存在に気付かなかった自身を棚上げし、羞恥と怒りで憮然とした態度を取りながら、寝台に胡座をかいてアンヘルの言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

━━━さて、我はあのお喋りな小娘の様に無駄話をする心算はない。

━━━しかし、此れからの行動はお主の心持ち次第で、我らの足を引っ張る可能性もあるからな。

━━━故に些か面倒だが、お主が気になっているだろう事から説明してやる。

 

━━━心して聞け。

 

 

 アンヘルの声音が、からかう様な口調から気怠げなものに切り替わる。

 ティグルは思う所が多々あるがそれは一旦置き、態度を改めて訝しい表情で耳を傾ける。

 

 それにしても行動? アンヘル達の足を引っ張る?

 

 そもそも何をしにここへ?

 

 ティグルの頭に疑問が尽きない。

 

 

 

 

━━━先ず、お主に取っては一番気掛かりな報せからいくぞ。

 

━━━身代金についてだが、期日までには用意出来ない事が昨日、判った。

 

 

「っ!……」

 

 ティグルは、アンヘルの言葉に思わず身体を強張らせた。

 その事実に残念な気持ちもある。

 しかし、やはりという納得の気持ちもあった。

 アンヘルの『声』が聞こえた時点でそれを想定して納得の思いが強まったが、こうもはっきり言われると流石に胸にくる。

 

 つまり、ティグルはこれからムオジネルに奴隷として売り払われ、自身を買った者に鞭打たれながら労働し、満足な食事も取らせてもらえない事が確定した訳だ。

 

 その未来を想像すると今から身が竦む思いだ。

 

「……無理だったか」

 

 

━━━我らも、老いた人間……、マスハスと言ったか?

━━━それらも色々と手を尽くしたが、提示された金額には届かなかった。

━━━まだ期日まで幾許か日数がある筈だが、此れは確定だ。

 

 

「……マスハス卿」

 

 ティグルは無事に生き延びていたマスハスに安堵し、手を尽くしてくれた事に感謝する。

 

 アンヘルの『声』は続く。

 

 

━━━そして小娘については、戦の勝敗が決した後も、お主の無事を願い毎夜神殿に祈りに行っている様だ。

━━━身代金を集めようと、村々を駆け回ってもいたな。

 

 

「……ティッタ」

 

 呟く声が震える。

 彼女のその姿が目に浮かび、思わず目頭が熱くなった。

 そして、出立前の彼女との約束が果たせない事を、本当に申し訳なく思う。

 

 

━━━お主の領地の住人に関しては、概ね平穏の様だ。

━━━今の所はな。

 

 

「? まあ、よかった……のか?」

 

 アンヘルの何処か含みがある言い方に眉を顰めるが、こちらの声は届かないためそれしか言えなかった。

 領民にこれから何かあるのか、それとも深い意味などなくただ現状を述べただけなのか、どちらとも取れる声音だった。

 

 それにしても、自身の従者の名前が出てこない。

 まさか、ディナントで……、と最悪な予想がティグルの脳裏を過る。

 

 しかし、その予想は意外な形で裏切られた。

 

 

━━━そして、我らと老僕は今、此の地へ来ておる。

━━━お主の救出のためにな。

 

━━━全く、お主は本当に世話が焼けるな。

 

 

「! 救出!? バ、バートランも!? 」

 

 アンヘルは何処か感嘆混じりの声色だ。

 

 しかし、ティグルはアンヘルのしみじみとした口調も気にならない様子で、自身の声が伝わらないことも忘れ、アンヘル達と従者の行動に驚きの声を上げた。

 

 

 

━━━続けるぞ?

━━━身代金が用意できぬと判明したのが昨日だ、と我は言ったな?

━━━まだ期日まで時間がある。

━━━にも拘わらず、お主の救出を今夜決行するのには理由がある。

 

━━━それは、

 

 

 ティグルは途中「今夜」という部分に驚愕しながらも、出てくる言葉に集中する。

 一字一句聞き逃すまいと、息をするのも忘れてアンヘルの言葉を待つ。

 

 

━━━お主の領地に近々軍勢が攻め入るためだ。

 

━━攻め入る軍勢の名は、テナルディエ公爵と言っていたな。

━━━目的は、お主の領地を焼き払うことだと。

 

「?…………っ!」

 

 

 ティグルは一瞬、アンヘルが何を言っているか分からず眉を顰め、中空を睨みつけた。

 

 そして言葉の意味を理解し、自身の顔が怒りで歪むのが分かった。

 身体が熱くなり、握り締めた拳は脚絆を巻き込みながら震え、身体が強張り歯軋りの音が鳴った。

 

 ディナントでマスハスと話した内容を思い出し、噛み締めるように呟いた。

 

「……テナルディエ公爵なら、やりかねない……!」

 

 しかし、ティグルの心情などお構いなしにアンヘルの『声』は続く。

 

 

━━━領民に関しては、自領に連れていくか奴隷にするかのどちらかの様だ。

━━━そして既に、公爵の軍勢は己が領地を発っておる。

━━━また、他の公爵もお主の領地を狙っておるそうだ。

━━━詳しくはマスハスを預かった手紙に書いておるだろうが、彼奴はそちらを抑えるのに手一杯だとも。

 

 

「クソッ!」

 

 

 思わず、ティグルの口から悪態の言葉が洩れる。

 マスハスにではない、そのテナルディエ公爵と他の公爵──恐らく、ガヌロン公爵だと当たりをつけ──にだ。

 

 そして、領民の処遇にも。

 

 アンヘルのどうでもよさそうな声色も気にならず、思ったより時間がない事に焦り、寝台から出て狭い室内を落ち着かない様子で動き回る。

 

 そこでふと、アンヘルの言葉を思い起こし、自身の救出は今夜決行だと気付く。

 

 ティグルは最後の希望に縋る様な面持ちで、アンヘルの言葉を待つ。

 

 

━━━時間がないことは理解できたか?

 

━━━よって今から四半刻後、お主の救出を行う。

━━━決行の合図は我の咆哮と、炎の着弾だ。

━━━お主の部屋の場所が分からぬ故、迎えにはカイムと老僕が行く。

━━━カイム達がお主の部屋の扉を叩く際、我がお主に『声』を飛ばす。

━━━まあ……、鉄格子の填まった牢屋であれば見付けやすいのだがな。

 

 

 ティグルは恐ろしい事を想像させるなぁと、思いながら自身の待遇に感謝した。

 

 確かにそういった部屋はこの公宮にもあるだろうが、それも重犯罪人用だと想像がつく。

 そして大抵、地下にあるだろうということも簡単に判断がついた。

 

 一応伯爵で良かったと、ティグルは変な所で安堵した。

 

 

━━━まあ、良い。

━━━すべては四半刻後だ。

━━━扉を叩く際の『声』に注意を払え。

━━━我の『声』が聞こえなかった場合は敵だと思い、警戒しろ。

 

━━━だが、敵であっても掴み掛かる様な愚は犯すなよ。

━━━大人しく時間を稼げ。

━━━不審に思われないようにな。

 

━━━お主のいる場所からの脱出方法は、合流した時に説明する。

 

━━━我からの連絡は以上だ。

 

━━━精々、音と衝撃に備えておけ。

 

 ではな、という言葉を最後に言い残し、本当に言いたいことだけ言って、それ以後ティグルに話しかけてこなかった。

 

 

 

 それが四半刻前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今ティグルは身なりを正し、寝台に腰掛けながら扉を見詰めている。

 

 愛用の弓は左手に、空の矢筒はすぐ脱出できるよう扉に程近い所に置いて、すべての準備は完了している。

 

 扉の向こうの喧騒が耳に届き、胸がざわつく。

 

 

 そんな時間が四半刻程、経つかどうかという時。

 

 

 失敗して捕まったのか? 疑問が脳裏をよぎるなか。

 人の気配が自身の部屋の前に来たのを感じた。

 

 そして、───扉が叩かれた。

 

 

 









次は土曜日に更新します。

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