[凍結中]魔弾の王×戦姫×狂戦士×赤い竜   作:ヴェルバーン

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ストックは予定の半分までしか進んでおりません。かなり余裕こいてました申し訳ない。
原作軸ということで台詞が丸被りしないように結構気を使いますし、まして戦記ものなので主人公である二人が絡まない場面は多く、そこでも丸被りしないように気を使ってあまり進みません。


投稿しながら書き溜めますが途絶えてしまったら申し訳ない。
取り合えず今日の12時にも投稿しますが、それ以降は一日一回更新です。








第十一話

 朝の未だ日の出から間もない頃。緑の樹木も、段々と秋の色合いを帯びようとしている季節。

 ヴォルン伯爵家の屋敷の裏庭に、また一陣の剣風が草を薙いだ。

 

 脳裏によぎる仮想の敵を斬り払い、突き崩し、殴り倒し、蹴り抜き、薙ぎ払う。

 時に防ぎ、捌き、受け止め、弾き返しながら、目に見えない仮想の敵をその右目で睨み付ける。

 

 普段のカイムの鍛練風景を知る者が居れば、その表情に驚いたことだろう。

 普段の鍛練の時のカイムは、無表情に相手を睥睨し無駄な感情を悟らせず、執念を感じさせる剣気で対峙する。

 少なくともこの世界に来てからは。

 

 しかし、今のカイムは何処か迷いを帯び、焦燥感に駆られながら剣を振っている。

 息は乱れ顔は強張り、まるでその仮想の敵が自身の悩みの元凶であるかのように、剣の一太刀一太刀に確かな憤りを込めていた。

 

 ついには嘗ての世界での怨敵に斬り掛かるかの如く、剣に怒りと殺気を乗せ始めたその瞬間、不意に息を呑む様な悲鳴を聞いた。

 慌てて振り返り殺気を消すも、すでに遅く彼女は尻餅を着いていた。

 

 案の定、ティッタだった。

 

 ティッタは恐怖に身体を震わせ、怯える様な眼差しでカイムを見る。

 見られたカイムは瞳に何処かばつが悪い様な色合いを帯びるが、それもほんの一瞬の事。

 カイムはティッタに手を貸そうかと思ったが、反って逆効果になると思い至り彼女に近寄らなかった。

 カイムに出来たのは、ティッタが立ち直るまでに自身の汗を拭い、その間に彼女の感情が落ち着くのを祈るだけ。

 暫くそうしたティッタを尻目に汗を拭うカイムの祈りが功を奏したのか、彼女は佇まいを直し始め、少し恥ずかしそうにカイムに近寄り声を掛ける。

 

「し、失礼しました。朝食の用意が出来ました」

 

 それだけ告げると、ティッタはそそくさともと来た道を戻り始めその場を去った。

 カイムは何時もより朝食の準備が早いなと思い空を見上げると、日は完全に上がっていて、寧ろ何時もより若干遅いくらいだった。

 今日は何時もより早く始めたとはいえ、随分熱中していた様だと自嘲も露に顔に薄い笑みが浮かぶ。

 自分が行くわけでもない戦争に何を昂るのかと、自嘲の笑みが濃くなるが頭を振って意識を切り替える。

 

 一瞬俯いた顔を上げ、歩み始めたカイムにはいつも通りの無表情があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティグルは自身の寝台から跳ね起きた。

 この感覚には覚えがある。

 一番最近では忘れもしない、アンヘルとカイムに出会った日だ。暫く感じていなかった物騒な気配に、反射的に上半身を起こして自身の部屋を見渡す。

 

 しかし幾ら経っても異常がない事を確認すると、溜め息を吐いて再度仰向けに寝転がった。

 窓から覗く空の光が朝を告げているのを見てティグルは思わず呟いた。

 

「もう、朝か」

 

 ティグルは何時もより早く目覚めたようだ。狩りの日以外に、ティッタの手を借りずにこんな早く起きるのは随分久しぶりだった。知らず緊張していたのかなとも思うが、先程の感覚を思い出し否定する。

 

 あれは気のせいではなかった。まるで二年前の初陣の時、敵に殺意を浴びせられたかのような冷たい感覚。気のせいと片付けるには冷たすぎた。

 

「……カイムさんかな」

 

 原因に心当たりはあるが、確かなことは言えない。他に思い当たるのは何かあっただろうかと、つらつらと考えながら名残惜しげに寝台を這い出る。

 寝台から完全に出て寝衣を着替えると、気分をサッパリさせるために水を求めて自身の部屋から出た。

 扉を閉めたと同時に廊下から水桶を持ったティッタの姿が覗く。ティッタは驚きを露にしてティグルを見つめ近寄って来た。

 

「お、おはようございます、ティグル様。

 

今日は……やっぱり早いんですね」

 

 ティッタは今日という日に、やはり思うところがあるのかいつもより不安げな、悲しげな表情を見せる。

 ティグルは心配はいらないと言う様に、努めて明るく振る舞いティッタと朝の挨拶を交わした。

 

「ああ、おはよう、ティッタ。

今日は大事な日だからな。流石に寝坊はしないさ」

 

 本当は嫌な感覚で飛び起きたのだが当然口には出さない、余計に不安にさせるだけだ。

 ティグルの明るい口調に、ティッタも少しは安心したのか表情を緩め、二人で一旦ティグルの部屋に戻ると、今度はティグルの身嗜みについて言及し始める。

 

「さあティグル様、お水で顔を洗ってくださいな。

 

それから、襟が曲がっていますし、寝癖も付いていますよ」

 

 と、甲斐甲斐しくティグルの世話を焼き始めるティッタに、ティグルは顔を洗った後は身を任せるままだ。

 

 

 そうしてティグルの身嗜みが整うと、ティッタはまた不安げな表情に戻りそして意を決したようにティグルに話し掛ける。

 

「……ティグル様、あのっ!」

 

「うん?」

 

「やっぱりカイムさんとアンヘルさんにお願いして、付いてきて貰いませんか?

 

そうすればきっと……」

 

「ティッタ」

 

 ティグルは徐々に尻窄みになっていくティッタの話を、静かに遮った。

 

 この妹分は、時々分かりきった事を言ってティグルを困らせる事があるが、今のは見過ごせない。

 

 二人は正式な領民ではないのだ。戦いを強制することなど出来ないし、彼らも望んでいない。

 たとえ領民だったとしても彼らの意を汲み、出きる限り出兵の人選からは外すだろう。

 今回の人選は半分以上は志願者だが、残りの半分は二人の様に争いを好まず簡単に進まなかったし、それが普通だとティグルは思っている。

 そんな争いを好まない二人に、ティグルはティッタとこのセレスタを守ってくれと恥知らずにも頼み込んだ。本来なら一蹴されてもティグルは文句は言えない頼みだ。

 

 しかし、彼らは頼みを聞きティグルがいない間守ってくれると約束してくれた。

 そればかりか、生き残る可能性を上げるために領民に手解きもしてくれた。ティグルもカイムに大変世話になった。

 それだけでも感謝すべき事なのに、その原因である戦争に参加して欲しい等とどうして言えようか。

 

 ティグルは数週間前と同じく懇切丁寧にティッタに説き始めた。

 ティッタも分かっていることなのか黙って聞いているが、その表情に浮かぶ不安は拭えない。

 理解は出来ているのだろう、しかし感情では納得出来ず安心はできない。

 

 ティグルも彼女の不安は理解は出来るが、自分は考えを変える積もりもないしカイムとアンヘルも変えないだろう。

 

 ティッタの不安を解消する方法は只一つ、自分が戦から無事に帰ることだが、当たり前だが戦である以上死ぬ可能性もある。

 無論、五体満足で帰るつもりだが絶対に負傷しないとは言い切れないし、そんなことはティッタとて分かっているから、こんなに不安がっているのだ。

 

 ティグルが負傷して戻ったらティッタは二人を責めるだろうし、かといって怪我をしないと確約は出来ないしと、悩みながらを説き伏せるティグルにティッタが弱々しく口を開いた。

 

「……約束」

 

「だから二人に感謝を……え?」

 

「……約束、して下さいますか?

無事に帰ってくるって……そして、また四人であの森に行くって」

 

「ティッタ……」

 

 すがる様な視線と表情でティグルを見るティッタに、ティグルは思わず答えを返せなかった。

 親とはぐれた子供のように泣き出しそうな彼女の目は、何かを信じなければ安心できないのだとティグルは悟った。

 そんな約束がティッタの心の支えになるのならと、ティグルは彼女を抱きしめながら了承する。

 

「ああ、絶対無事で帰ってくる。

 

そして、またみんなで狩りに行こう」

 

「……約束、ですよ」

 

「ああ。

 

だから、ティッタも早く二人と仲直りするんだぞ?

その時まで気不味くならないようにな」

 

 ティッタはティグルの言葉に活力を取り戻したのか、ふふふと笑って今度は元気そうに答えを返した。

 

「はい、そうですね!

 

さあティグル様、食堂に行きましょう!

 

カイムさんも待っていますよ!」

 

 そう言って部屋を出ようとする彼女に、やはりティッタは元気な方が良いとティグルは改めて思う。

 

 廊下に出た彼女の背中にティグルは

声を掛ける。

 

「ああ、すぐ行くよ」

 

 相変わらず薄気味悪い家宝の弓に、代々の先祖に礼をすると、食堂に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイムとアンヘルは眼下の集団に目を向けた。

 集団はセレスタの町を出て、友軍と合流しながら主戦場であるディナント平原に向かう予定だ。

 

 カイムも集団を教練したが満足のいく仕上がりとは程遠い、自身の求める最低ラインに引っ掛かるかどうかと言った所だ。

 

 兵と呼べるのは二十数人、それも集団としてのものであり純粋なる個の兵士と呼べるまで教練出来たのは片手で事足りる。その兵士さえ二流程度の水準だが。

 残りの大多数は農民崩れと言っていい。

 

 この世界の兵士の水準は知らないし、元の世界の騎士に勝てるまでとは言わないが、せめてもう少し鍛えてやりたかった。

 

 敵に勝つ力ではなく、戦いに生き残る力を。

 

 短い期間では、学ぶ方も苦労するが教える方も苦労する。

 故にカイムは自分でも珍しく積極的に自らの技術を集団に教えた。

 彼らが一人でも多く生き残れるように、自分の持つ技術が彼らの命を一人でも多く救えるように。

 

 その甲斐あってか多少の成果は上げられた。

 だが実戦に投入するのにはまだ早すぎる。せめて全員が集団としての兵士になるまでは戦場に出したくなかった。

 

 彼らが配置されるのは後方だという話だが、そんなもの何の気休めにもならないとカイムは身をもって知っている。

 元の世界の敵はそういう油断を突いてきたし、カイム自身もまた敵のそういう油断を何度も突いてきた。

 

 

 

 この百一人の集団の内、何人が生きて戻れるのだろうか。

 

 

 その考えが脳裏を過り、頭を振る。

 

 

 今、歩兵達の軍旗が翻り出立の合図が出された。

 行軍を始めた集団を、かなり離れた丘の上から俯瞰する二人は無言で見送る。

 

 不意にアンヘルがカイムに首をもたげ、興味深そうな何処か愛おしむ様な視線で問い掛ける。

 

「お主、何処か変わったか?」

 

「……」

 

「関わりのない人間を心配するなど……」

 

 カイムの変化に嬉しげで、微かな笑いを含む問い掛けにカイムは無言で通した。

 

 確かに自分らしくもない。

 自分はただ、今の二人の日常に亀裂が走るかもしれない、その事だけを心配しているのだと、少なくともカイムはそう思っている。

 

 アンヘルはカイムの考えが分かっているのかいないのか、何処か楽しげな瞳でカイムを見ている。

 

 その金色の瞳がカイムには癪に障る。

 まるで、お前自身が気付いていない事に自分は既に分かっていると言いたげなその瞳が。

 

 カイムは努めてアンヘルの瞳を視界に入れないようにして集団を見る。

 集団は常人の目には人の集まり程度にしか見えないが、契約者であるカイムの目には顔まで識別出来る。

 

 ふとカイムは、自分達二人に骨を折ってくれた少年の姿を探す。

 自分達にこの日常の切っ掛けをもたらし、カイムにさんざん手を焼かせたその少年は程無く見つかった。

 片割れの鮮烈な赤とは違い、くすんだ赤色の髪の少年は馬上にて欠伸をしていた。

 

 思わず呆れるが、それ以外の佇まいは兵の手前もあり堂々としている。

 マントは上等だが革尽くしの装備には一集団の指揮官として、カイムが見てもどうかと思うが。

 武器は弓に矢筒、そして左腰に小剣を佩いている。

 弓はいい、カイムでさえ及ばない域に居る。問題は剣だ。

 あれだけ鍛練に付き合ってもそれほど進歩せず、しかしやる気だけはあったのかカイムも思わず熱が入ってしまった。

 だがそれだけ手を焼いても一般兵士程度、それも三流並みの向上しかしなかったので、戦場では使わない様注意したが弓だけで何処まで持つか。

 

 次いで、従者の老人や鍛練を施した者達を順に見る。

 今はどの顔も緩んでいて和やかだ。しかしこれらの表情が戦場に近付くにつれて、どのように変化するのか。

 

 精々生き残ってくれればと思う、その為に鍛えてやったのだから。

 

 カイムは自分でもどんな表情をしているのか分からないが、隣のアンヘルの視線を察するに、碌な表情ではないのだろうと確信した。

 

 アンヘルの視線を努めて無視し、次第に遠ざかる集団が、二人の目に完全に見えなくなるまで見送りは続いた。









次はちと長いです。感想返しは12時までにします。

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