名が好きですね。
このペースで考えると合計150話くらいになってしまいます。
長すぎです。
ですのでこっから巻きで行きます!・・・たぶん
Side 千乃
「菊里さん・・・」
心配そうに頭を撫でてくれるのは、菊里さんだった。
「なにかあったの?」
「っ・・・」
言ってしまってもいいのだろうか、という考えはすぐに解決した。
なんせ相手は、自分自身なのだから。
たぶん他の誰にも言えない心の内を、私は吐き出すように伝える。
あふれだす言葉は留まることを知らず、悔しさを、悲しさを、恐怖の全てを私は菊里さんにぶつけた。
ひとしきり吐き出した後、菊里さんが表情をゆがめていたことに気付く。
「そっか・・・話には聞いてたけど、やっぱり辛いわね」
「はい・・・」
「もう・・・あの子たちは千乃ちゃんのこと、思い出せないの?」
「いえ・・・何かきっかけがあれば・・・たぶんです、けど」
「ん・・・私さ、千乃ちゃんの話を聞いても、前までならたぶんどうでもいいことだって思って、そこで終わりにしてたと思う」
前まで、というのは生きる意味を、他者とのつながりを感じてくれる前のことだとわかった。
「でも、今は違うわ。人とのつながりの大切さ、尊さ、わかるわ。だから千乃ちゃんの今の現状の辛さもすごくわかる」
胸が痛そうに、菊里さんは言う。
「だからこそ・・・軽々しく千乃ちゃんに言葉をかけられない・・・」
「千乃ちゃんは、どうしたい?」
「っわ、私は・・・」
どうしたいのか。
その答えを、私はすぐに言えなかった。
いや、どうしたいかなんて決まってる。
前みたいに、皆さんといたい。
失われる前に戻りたい。
けど・・・その思いを言えない。
今回、失われてわかった。
やっぱり、忘れられることが怖い。
何よりも怖い。
私が覚えているのに、皆さんが私を忘れていく。
そのことだけでも、こんなに苦しいのに、これが逆になってしまったら。
私が皆さんのことを、忘れてしまったら。
その時の皆さんを、想像してしまっただけで、私はもうこれ以上ないくらい胸が苦しくなる。
だから、何も言えなかった。
菊里さんはそれすらもわかってるかのように微笑んだ。
いや、きっとわかってるのだ。
「千乃ちゃんがこれからどうするのか、それは千乃ちゃん自身が決めること。
その選択を、もしかしたら他の人は責めてしまうかもしれないけれど・・・それでも私は、私だけは受け入れるわ。
よくできたね、頑張ったねって褒めてあげるから・・・せいぜい悔いのないように、ね」
鼓舞するでもなく、無理に道を示すのでもなく。
菊里さんは、私の選択を褒めてくれると言った。
他の誰でもない、私自身が私を認めてくれると。
不思議と、力が入る。
それは和ちゃんや紬ちゃんに応援されたときのものとは全く違う感情だけど、やらなければと思った。
他でもない私が、二回目の生を願ったのだから。
すぐに私は電話を取り出し、ゆのさんへと連絡を入れる。
これから、私がやること・・・いつか皆さんが私を思い出してくれた時、怒られちゃうかな・・・それとも、褒めてくれるかな。
Side 唯
どうしたらいいの?
千乃ちゃんは泣いちゃうし、澪ちゃんも律ちゃんもムギちゃんも、なんだか様子がおかしいし。
病室を出る直前、3人の雰囲気が変わったのがわかった。
そのいやな予感が当たっていたらどうしよう・・・。
「ところで・・・私たちなにしてたんだっけ」
律ちゃんが言う。
澪ちゃんも不思議と頭を傾げている。
「えっと・・・ほら、KCのオーディションを受けに行ったんだろ」
「あっと、そうだった・・・よな?」
「えぇ・・・そうよね?」
「まぁ・・・惜しかった!ゆのさんもあと少しだって太鼓判押してくれたし、すぐに再挑戦だ!」
「まったく律は・・・でも、確かにいい演奏できてたし、次こそは・・・!」
「その前に・・・」
「「「ボーカルがいないと!」」」
・・・え?
「やっぱりボーカル無しは無謀だったなぁ」
「私たちのバンドだけいなかったもんね」
「律が言い出したんだからな」
「ちげーよ!澪が恥ずかしがってやらないのがいけないんだ!」
みんな、何を言ってるの?
「ま、ボーカルがいれば次で合格だろ!」
「さっそく探さなきゃ!」
「うぅ・・・知らない人が入ってくるのか・・・」
「ちょ、ちょっと待ってよみんな!」
「ん?どした唯?」
3人が不思議そうに振り返る。
「HTTのボーカルは、ゆっきーでしょ?」
「ゆっきー・・・?」
「唯ちゃん、それは誰?唯ちゃんのお友達?」
「唯の友達にボーカル志望の子がいるのか!?」
「みんな・・・何を言ってるの?冗談にしても、ひどいよ?」
恐る恐る、言う。
心臓がうるさい。
まさか・・・まさか!
「・・・私らの知り合いか?そのゆっきーっていう子」
「いや、私は知らない・・・」
澪ちゃん。
「私も・・・」
ムギちゃん。
「ゆい~・・・緊張してたのはわかるけど、まだ夢心地か?」
律ちゃん・・・・。
3人は笑って歩き出す。
そっか・・・。
ゆっきーの病気、進んじゃったんだ。
ゆっきーのこと、みんな忘れちゃったんだ。
この一年間の思い出から、ゆっきーが消えちゃったんだ。
涙が止まらないよ。
ゆっきー、なんにもわるいことしてないのに。
誰よりも、一生懸命だったのに。
でもなんで私だけゆっきーのこと忘れてないの?
ゆっきーに、会わなければ。
何故か、そうしなければ取り返しのつかないことになると、そう思ったから。
みんなと別れて、ゆっきーの病室へと向かう。
和ちゃんにも電話で伝えたらすぐに向かうと言ってくれた。
よかった、和ちゃんはゆっきーのこと覚えてた。
でもすぐ向かうと言っても、やっぱり時間はかかる。
私のほうが先に着くんじゃないかな・・・私はゆっきーになんて言えばいいんだろう。
病室の前で、足が止まってしまう。
ううん・・・考える必要なんてない!
友達なんだから、言いたいこといえばいいんだ!
「ゆっきー!」
そこにはびっくりしたような顔のゆっきーがいた。
「唯・・・ちゃん」
「ゆっきー・・・みんながゆっきーのこと、忘れちゃったのって・・・喪失病のせい?」
「っ・・・そう、です」
「ゆっきー・・・私、バカだからむつかしいことわからないんだけど・・・どうして?」
「どうして・・・?」
「どうして、ゆっきーはそんなこと知ってるの?」
「・・・?」
ぱたぱたと走ってくる音が聞こえる。
和ちゃんだ。
「千乃!」
息を切らせながらやってきた和ちゃんは、いつもの落ち着きがない。
それほどゆっきーが大事なんだ。
なのに・・・それすらも忘れてしまうかもしれないなんて。
「千乃、大丈夫!?体は!?怪我はない!?」
「は、はひ」
あまりの勢いにゆっきーがおろおろしている。
いつもの光景に、涙がにじんちゃうよ。
まずは、和ちゃんに教えないと。
今までの経緯を。
「そんな・・・」
今回失ったもの。
トム先生からの補足で、内臓器官の衰弱も見られたことも付け加えられた話を聞き終わった和ちゃんは、絶望のような顔をしていた。
そして、悩ましい顔を浮かべた。
さすが和ちゃんだ。
私が思いつく疑問に、和ちゃんが気づかないはずがないんだ。
「ゆっきー、さっきの話だけど、どうしてゆっきーは喪失病のことを知ってるの?」
我ながらおかしなことを聞くと思う。
「・・・えっと、?」
「・・・私も以前から疑問だったの。
唯の言いたいことは何故、世界初ともいえるその病気のことを、千乃は事細かに説明できるの?」
その瞬間、ゆっきーは目に見えて驚いていた。
「そ、それは・・・」
「トム先生から聞いたけど、神様が、って言ったらしいわね」
「ゆっきー・・・もしかして・・・ほんとうにもしかしてだけど・・・ゆっきーは」
急に頭に靄がかかったような気分になった。
・・・ゆっきーって誰だっけ。
そして、それを思い出したとき、背筋が凍る。
たった、今まで目の前ではしていた友人のことが、わからなくなってきてる。
見れば隣で和ちゃんも同じようにあせっていた。
「ゆ、ゆっきー!」
忘れないようにその名前を叫ぶ。
あぁ・・・でも、だめだ。
どんどん頭が真っ白になっていく。
ゆっきーといた記憶が、消えていく。
「あ、あはは・・・唯ちゃん、和ちゃん、ここまで来てくれて、本当に、ありがとうご、ざいます。
喪失病、のことなんで、わかるか・・・一度、体験してる、からです。
前の世界、でも、私は喪失病で、今よりももっと、寂しい世界、でした。」
「いや・・・いやよ千乃!」
「ゆっきー・・・忘れたくないのに・・・」
「私が、前の世界、で死んだあと、神様が、くれた二回目の、世界。
それが、今なんです。本当は、最後の最後、まで言うつもり、なかったです、けど・・・
お二人は、最後まで、覚えてくれてた、から・・・言っちゃいまし、た」
大粒の涙を零しながら、ゆっ・・・目の前の女の子は言った。
「きっと・・・神様も、わかってて、皆さんから私という、存在を消したんじゃ、ないんでしょうか・・・1年ごとの、リセット・・・3年後にまとめて、失うんじゃ、きっと私、耐えられないから・・・」
「あ・・・あぁ・・・」
もう目の前の女の子のこと、ほとんどわからない。
でも、何か大事な人だった。
だって・・・心が叫んでる。
「・・・1年間、本当に、ありがとう、ございました・・・唯ちゃんと和ちゃん、・・・がいなかったら、きっと私、こんなに幸せじゃ、ありませんでした。
唯ちゃん、のその笑顔に、何度も救われました。
和ちゃん、いたらない恋人で、ごめんね。
軽音部の、皆さんにも、言いたかったけど、こんな体だから、もうあの部室には、一人じゃ行けそうに、ありませんね・・・」
どうして・・・こんなに涙があふれてくるの?
「もし・・・もしも次の1年間でも、仲良く、なれたら、その時はどうか・・・」
Side 千乃
❝
【日記】
今日から新学期。
あれから昨日まで多忙の毎日でした。
私のことを忘れてしまったトム先生に事情を説明し、治療を続けてくれるようにお願いをしたこと。
治る見込みはないし、神様も私だけが喪失病患者だといったけど、もし未知の病気が流行した時に、もしかしたら私の治療データとかが役にたったらいいなぁと思ったから。
ゆのさんにも説明をして、ある一つの決断をした。
私は一人でも歌っていくこと。
と言っても最初はゆのさんも海馬社長も私のことを忘れてたから、思い出してもらうために会社のエントランスで歌ったりもして恥ずかしかった・・・このこともいつかきちんと日記に書こうと思う。
何はともあれ、私はプロとしてやっていくことを決めた。
どこまで行けるかはわからない。
途中で力尽きてしまうかもしれないけど。
この1年間のことは失われてしまったけど、それでも残ったものは少しだけどある。
そしてその中の一つ。
大切な、なによりも大切な約束。
夢は武道館。
世界一有名なギターにベース、ドラムにキーボード。
そんな素敵なバンドと、世界一のボーカルは共演をするのだから。
その約束の日まで、私は一生懸命歌い続けるよ。
そしてもう一つ決めたこと。
今日から新学期。
私は、軽音部には入らないということ。
4月1日 ❞
「うん、制服、も着れた」
忘れものの確認をして、身だしなみを整えて。
深呼吸。
今日から、また最初からスタートだ。
友達、できるかな。
軽音部のみなさんと、また友達になれるかな・・・。
和ちゃんと紬ちゃんと・・・またお付き合いできるかな。
不安は募るけど、負けたくない。
1年間で少しは鍛えられたみたい。
さぁ行こう。
2年生になりました。
校門でいきなりこけました。
恥ずかしいですね。
見栄を張らずに白杖を持ってきていればよかったと思います。
急いで立ち上がろうとしたものの、やっぱり体が弱ってるのでしょうか。
そういえば内臓器官がけっこう弱ってたってトム先生が言ってましたね。
なかなか立ち上がることができなくなってる私に、手が差し伸べられました。
「大丈夫ですか!?」
その声に、私は新学期早々1度目の驚きを。
真っ黒の髪を二つにくくり、大きな目に愛らしい表情の女の子。
以前、同じように私に手を差し伸べてくれて、音楽が大好きだといった女の子。
私の声を、きれいだと言ってくれた女の子。
中野梓さん。
まさか、この学校に入学をしていたとは・・・。
でも、本当の驚きはそこじゃなく。
「あ、あれ!お姉さん!?」
・・・なぜ、中野さんは私のことを覚えているのでしょうか?
神様「1年ごとのリセットは主人公のためやで~」
主人公が軽音部に入らない理由は簡単に言えば、辛い思いをしたくない、させたくないということに尽きます。
目の前で唯や和が取り乱した姿を、忘れるまで忘れることができないので…。