何とか時間を見つけて書きました。
よろしくお願いします。
琴吹病院の朝は早い。
都心部から少し離れた場所に位置するこの病院は、都会の喧騒から離れ、静かであるといえるが朝の静寂はその比ではない。
鳥のさえずりや蝉の鳴き声、時折吹き抜ける風が葉を揺らす音、それ以外は全くと言っていいほど聞こえない。
そこに音が流れる。
勤務している従業員の方々はもちろん、患者の朝も早い。
ラジカセから流れる音楽にのり、子供達は元気に体操をしている。
先頭には大柄で人のよさそうなトム先生が、眠そうな顔で体を動かしている。
この朝のラジオ体操はこの病院の習慣であり、ほとんどの人が参加している。
ラジオ体操が終わり、汗を拭く者や世間話をしながら部屋へと戻っていく者が多くいる中、子供達はある場所へと向かっていく。
「お姉ちゃん、遊んで~」
Side 千乃
遊んで。
そう言われて私は振り向く。
そこには子供達が笑顔で走ってきていました。
紬さんに紹介されて、この病院に通って2週間くらいでしょうか。
最初は持ち前の人見知りバリアーでうまく話せなかったのですが、ここの子達はみんな元気で見ているだけで私も元気になりました。
まるでここの子達が全員、律さんみたいな・・・そんな感じです。
そんな子供達の中で、とりわけ特徴的な5人の子供達。
ちょっとおませなシンちゃん、しっかりもののカザマくん、泣き虫のマサオくん、不思議な頼りがいのあるボーちゃん、かわいいネネちゃん。
初めて私がここに来たとき、最初に声をかけてくれたのがこの5人組でした。
この病院内でこの子達は少し手がかかるけど、いつも元気でみんなを笑わせたり勇気をわけたりする中心的な子なのです。
だから、私にも気にかけてくれて・・・本当は立場が逆で私がそういうことをするべきなんでしょうが・・・どこか大人びた子達で助けて貰っています。
他の子たちのお話や、施設の案内、色んなところで本当によくしてもらっています。
仲良くなれてると、思ってもいいのかな・・・。
そして今日もこうして声をかけてくれてくれるのでした。
シンちゃんを筆頭に集まってくるのですが・・・止まる気配がありません。
え?と思っているとなんとその体のどこに力があるのかと思ってしまうくらい、高くジャンプをし、飛び込んできます。
あまりの光景にとっさに目をつぶってしまったのですが・・・訪れると思っていた衝撃はいつまで経っても訪れず・・・。
恐る恐る目を開けてみるとそこには和さんと紬さん、信代さんが立っていました。
シンちゃんを抱えて。
「・・・シンちゃん?そういうのは危ないから止めようねって前、お・は・な・し・・・したわよね?」
「次ぎやったらお仕置きとも、言ったわ」
「元気があるのはいいことだけどね。」
紬さん、和さん、信代さんが順に言います。
「え、えっと・・・オラ、用事おもいだした」
じゃ、そゆことで。
きびすを返して行こうとするのですが、掴まれた腕は硬いようで、そして3人から目に見えるようなオーラが・・・特に紬さんと和さんからですが。
「千乃に飛び込んだのが運のつきだな」
「澪ちゃんに飛び込んだ時は律ちゃんが注意したからね~」
「うぅ・・・」
律さん、唯さん、澪さんはその光景を見て言います。
あのお祭りのあと、詳しい話を和さんと信代さんに話しました。
本当は信代さんには言うつもりはなかったのですが、信代さんと話していたら安心するといいますか、和さん、紬さんとはまた違ったあったかさを感じたといいますか・・・気づいたら話していたのです。
しかし、信代さんは動じることなく、いつもと同じように接してくれました。
そして、話してくれて嬉しい、私も力になるよって、そう言ってくれたのです。
お祭りを楽しみ、皆さんと別れる時、通院していることを伝えたら、次の日から皆さんが一緒に病院についてきてくれました。
それ以来、私なんかよりもすぐに皆さんはここに馴染んで、今ではこういう光景は当たり前になっているのです。
ふらふらと、シンちゃんが歩いてくる。
「ひどいめにあったぞ・・・母ちゃんみたいだった」
うんうんと頭を抱えてる姿にカザマくんが注意をしているがそれをどこ吹く風で交わすやりとりは長年連れ添った友達同士だからこそ、というのがわかる。
この子達を見ていると、ここが病院だということを忘れられるくらい、元気な気持ちをもらえる。
「千乃、そろそろ診察じゃない?」
和さんが私に言います。
「え~・・・千乃お姉さんもう行っちゃうの?」
「ごめんね・・・終わったらすぐ帰ってくるからね」
「大丈夫よ千乃ちゃん、それまでは私達が遊んであげるから」
フフフと笑う紬さんにシンちゃんはビクっと体を震わせます。
「千乃、ついていかなくて大丈夫か?」
「はい、すぐそこなので大丈夫です」
「いってらっしゃ~い」
ラジオ体操をしていた中庭をぬけ、病院内に入る。
やっぱり意識をしてしまう。
ここが境目なんだなぁ・・・と。
診察自体は30分くらいで終わった。
トム先生はどうやらなにも進展がないことに申し訳なさそうな雰囲気で。
私としては、神様にもらった時間が3年間だということをあらかじめ了承はしてるので、むしろこっちこそが申し訳ない感じで・・・。
もちろんもっと長く生きたいという欲もあります。
和さんと友達になって、軽音部の皆さんと一緒に音楽をすることができて。
信代さんに出会って、こうして夏休みにいっしょにいることができて。
できることならもっと一緒にいたいと思ってる。
このことを、私は最近よく考えてしまう。
そして決まって少し悲しくなってしまう。
診察が終わって皆さんと合流すべきなのですが、今いくとまた心配をかけてしまうかもしれない。
顔に出やすいのでしょうか、紬さんと和さんにはすぐばれてしまうのです。
だから少し遠回りをしてから皆さんのところに戻ろう、そう思い普段行かない棟へと繋がる階段を上ります。
ぼやける視界にも慣れてきて、白杖ありとはいえそれなりの速さで歩くことに抵抗がなくなってきました。
皆さんには、お願いだから気をつけて歩いてくれと言われますが・・・。
琴吹病院は、さすがと言うべきでしょうか、かなり大きくて敷地内にいくつこ建物があります。
そしてそのどの建物も通路が繋がっています。
気づいたら自分がどこにいるのかわからなくなってしまっていました。
なにをしているんだか・・・自分でため息をついてしまいます。
屋上に上ろう。
そうしたら自分の位置がわかるだろうし、綺麗な空を見るとこの陰鬱とした気持ちも少しは晴れるだろうと、そう思ったのでした。
階段を上る。
一生懸命上った先にはきっと綺麗な空がある。
そう思うから頑張れる。
きっと人生も一緒なんだ。
何か目標があるから人は生きていられる。
その目標は人それぞれだけれど、みんなその目標に向かって頑張っている。
私だってそうだ。
もっと友達と一緒にいたい。
プロになりたい。
そう思って頑張っている。
最上階、そこに屋上に続く扉はなく。
真っ白な、本当に真っ白な部屋が一つあるだけでした。
最上階を全て費やして一つの部屋が存在している。
そういえば以前、トム先生や紬さんが言っていました。
ここにはいろんな患者がいると。
もしかしたらここには、いわゆるお金持ちのお嬢様が入院しているのではないか。
それか一般の病院では入院することが出来ない、入院することが大ニュースになってしまうような有名人がいるのではないか・・・。
想像は止まらず、勇気のない私はそれを確かめることは出来ず、その場から離れようと、上ってきた階段を下りようとしました。
しかし。
「入ってきて」
ただ一言。
そう言われました。
律さんとか唯さんだったら迷わず入れるのでしょうか。
和さんや紬さんだったら臆することなく入ることが出来るのでしょうか。
私は・・・。
「失礼します・・・」
音があまりたたないように、恐る恐るドアをスライドさせます。
その中にいたのは、怖い顔の人でもなく、またテレビで見るような有名人でもありませんでした。
とは言っても、私は世間のテレビ事情に詳しくはなく、目が悪いので確信はありませんが。
女性でした。
どこにでもいそうな、綺麗な女性。
その顔は優しげで、にっこりと私を見て微笑んでいます。
髪は長くもなく短くもなく・・・しかしそんなことなどうでもいいほど、綺麗な紙をしていました。
入院している人に間違いはないはずなのですが、モデルさんのように綺麗でした。
「かわいい子が来たわ。今日はいい事が起こりそうな気がしてたの」
ふふ、と笑うそれは一枚の絵のようで、私の周りにはいないタイプの女性でした。
きっと紬さんや和さんが今よりももっと大人になったら、こういう女性になるんだろうな・・・とそんな事を思ってしまいます。
「良かったら少し、お話をしない?」
でも・・・なんていうんでしょうか。
「えっと・・・」
「あなたのお名前、聞かせて」
「湯宮・・・千乃です」
「そう、あなたが。いい名前ね。ぴったりだわ。私は菊里。榊菊里。よろしくね、千乃ちゃん」
「はい・・・よろしくお願いします」
この人・・・菊里さんは。
「千乃ちゃんは最近この病院に来たのよね。トム先生から聞いてるわ。子供達の相手をしてくれてるんでしょう?この最上階の部屋にまでよく中庭の声が聞こえてくるの。楽しそうで一回話してみたかったの」
目の前にいる菊里さんは、笑っているのに。
「ここにいるってことは病気なんだろうけど・・・どう?千乃ちゃんは生きてて楽しい?」
心は笑っていないのだ。
一度も、私が来てから、ただの一度も私に興味なんてない。
「聞かせて?」
そう問われて、私の心は氷のように冷たくなっていくのを感じました。
「・・・・・難しい質問だったかしら。まあどうだっていいのだけれど」
そしてまた笑い、手招きをする。
「この部屋に誰か来るのはこの病院のスタッフ以外、あなたが始めて。だからもっとお話しましょうよ。外の世界って今どうなっているの?嘘みたいに薄いテレビがあるってきいたけど。あとアメリカのお店が日本にはいっぱいあるんでしょう?自分たちの国なのに好き勝手荒らされて特定の市場は独占状態だとか。あ、携帯電話って知ってる?私が最後に見たのはこんな分厚いやつだったのだけれど、今はどうなってるの?もしかしてそれも薄くなってたりするのかしら」
菊里さんはそう言って私を見るのですが、やはりその口から出る言葉には重さは感じられなく、たとえるならば暇つぶしのようなそんな気さえしてしまいます。
だというのに笑顔で、ひどくアンバランスで・・・。
「私も・・・詳しくはわかりません・・・」
「あれ、最近の若者はそういう流行のものには敏感だって聞いたけれど。」
「私、ついこの間まで入院してましたので・・・」
「ふぅん。どのくらい?」
普通なら躊躇するであろう質問を、しかし菊里さんはなんでもないように聞いてきます。
ここに紬さんや和さんがいなくて良かったと、思いました。
きっと、険悪な雰囲気になってしまうから。
「えっと・・・小学生の入学式から、高校生になるまで・・・です」
そこで初めて、菊里さんは私に興味を持ったように思えました。
「9年間。」
何かを数える仕草をして言います。
「千乃ちゃん、私も同じ。なんだか運命を感じちゃうわね」
「え?」
「9年間、私はこの部屋から一歩も出ていないの」
それは。
あまりにもな言葉でした。
まずはじめに思ったことは、同じだ、ということ。
私が入院して、周り全てを恨んで、けど何も出来ずに生かされ続けてたあの時。
菊里さんもここで。
「交通事故。飲酒運転でトラックにはねられてそのあとダメ押しで轢かれたわ。ふふ、ニュースでよく聞く話だけれど、いざ自分がなってみるとおかしくて。目が覚めた時にはここで見たこともないくらいのチューブに繋がれてて周りは機械だらけ。意味がわからなかったわ。トム先生に事情を聞いて、琴吹さんのご好意でここに置かせていただいてるの。私の親が琴吹さんと懇意にさせてもらっててね」
「紬さんのご両親と・・・同じ会社で働かれているんですか?」
「知らない。あの人達のことはもう覚えてないなぁ」
「え・・・と・・・?」
「目が覚めてから一回も会ってないの。まったく・・・酷い親よね。たった一人の娘が事故に遭ったって言うのに見にもこないなんて」
「・・・・・」
「嘘、少しだけ覚えてるわ。確かそこそこのお金持ちだった。取引相手で琴吹家と繋がりがあったんでしょうね。だから私はここでまだ生きてるのだから。」
一息。
「でも、私は早く死にたいの」
菊里さんに会ってから何度目の体験だろうか。
菊里さんが何かを言うたびに私の心は冷たい氷を削るような感覚に陥るのです。
「な・・・なんでそんなこと、言うんですか?」
わかってる。
その答えは私が一番わかってる。
だって、私も思っていたから。
「んー。千乃ちゃん、おいで」
近くに招かれる。
私は逆らうことなんて出来ず、自然と近づいていって。
菊里さんは綺麗だ。
その顔立ちはそう表現するのが一番だ。
それはつまり、顔には傷がないということで。
「いいもの見せてあげる」
自分の服を脱ぎ、その体をあらわにする。
当然、その美貌に相応しいシルクのような肌が現れるとおもっていたのですが。
そこにあったのは。
何度も何度も縫われた痕があり、肌は変色していて、とてもじゃありませんが普通の人は見続けることが出来ないであろうものでした。
顔が綺麗だからこそ、その対比がより際立っている。
「・・・もっと驚くと思ったのだけれど。」
「・・・私も、似たようなもの、でした・・・」
「千乃ちゃんも、か。つくづく似たもの同士ね私達。でも、そのわりには元気そうに見えるけれど?」
生まれ変わることが出来たから。
言えるはずもなく。
しかし言いたい。
この人は私だ。
私と同じなんだ。
菊里さんはデリカシーのないような質問をして、普段なら苦手な人になるのだろうけど、何故だか私はもっと話したいと、そう思ったのです。
「いいのよ。ここには誰もいない。いるのは私達だけ。『私』だけ。何でも言いなさい」
「あ・・・」
私の口からこぼれた言葉は止まらず、全てを話していました。
他の誰にも言っていない、生まれ変わったことも。
与えられた時間が3年間であることも。
だって、相手は『私』なんだから。
「・・・・そっか。凄い体験ね、羨ましいとは思えないけど」
「・・・・」
「わかってるんでしょう?最後は消えてなくなってしまうって。私には耐えられないわ、2度も味わうなんて」
そう。
私のもっとも恐れること。
それを菊里さんは理解してくれた。
「・・・私の体ね、首から下は全部他人のものなの。臓器も肌も知らない誰かのもの。
機械も入ってるわ。親が一応の体裁を保つために、私を生かし続けてるの。きっとこう思ってるのよ。『手は尽くした』って」
その言葉に私はとうとう堪えきれなくなって涙が流れてしまう。
「この病院から・・・ううん、この病室から出たら多分1時間くらいで死んじゃうわ。今の私はこの機械と琴吹家、あとはトム先生の日々の検診によって生かされてるのね」
あぁ・・・どこまでも一緒なんだ。
菊里さんはどこまでも私と同じ。
「こんなの、生きてるなんていえない。私は目が覚めてからずっとそう思ってきたの。だから早く死にたい。」
「でも・・・それでも・・・菊里さんはここに・・・」
初めて、ここで反対を示す言葉を口にした。
この菊里さんの言葉を飲み込んでしまうと、私の今まではなくなってしまう。
気づかないふりをして逃げてきたものに追いつかれてしまう。
精一杯の勇気を振り絞っていった。
「誰とも遭えない、一人じゃ何も出来ない。単純な話、停電が一回でも起きれば私はそれだけで死ぬわ」
また笑う菊里さん。
菊里さんの心を知ることが出来て、この笑顔を改めて見て思う。
悲しい。
「それに・・・親にも捨てられて、私を知る人はもう私だけ。死んだら榊菊里はいなくなってしまう。誰の心にも残らず」
「じゃあ!誰かの心に残るように頑張ればいいじゃないですか!」
私らしくない大声。
否定しなければ私が否定されてしまう。
「無理よ。私は普通の人とは違う。榊菊里のものはこの頭だけ。他は全部寄せ集めのボロ人形。そんな化物には誰も仲良くなんてなれないわよ。気持ち悪がられるだけ。それに、しんどいのよ。」
その言葉だけはダメだ。
聞いてはダメだ。
けれど。
「普通の人と、こんな私。恨んでしまうわ、羨んでしまうわ。どうしようもない違いに私はいっそう惨めに思えてしまうもの。だから私は誰とも接しない。誰とも関わりたくない。そうすれば、幸せを知らなかったら不幸を知らずにすむもの。これが私なの」
もう涙は止まらない。
なのに、どうしてだ。
「・・・こういう生き方もあるのよ」
こんなに心が安らぐのは。
世界の全てに拒絶されても、この人にだけはわかってもらえる。
「でも千乃ちゃん、あなたにだけは興味がわく。だから、ねぇ聞かせて。」
「あなたの9年間は、幸せだった?」
神様「新キャラ登場・・・けどどうしようこれ」
更新遅くなってすいません。
今回は新しいキャラが登場です。
このキャラと関わる事で主人公はまた葛藤して、物語を加速する材料になればいいなと思います。
次もなるべく早く更新します。
よろしくお願いします。