ケムリと雛守が、山田と別れた駅の3駅後の目的の駅で降車すると、駅のホームには三島学園に通う制服の生徒たちがチラホラ散見された。
あるものはタブレットで書籍データを読みながら、ある女生徒は昨今に珍しくきちんとした見なりで、またあるものは電子眼鏡に動画を再生させてそれを見ながら歩いている。これは少々危ない。
そしてその生徒たちは、電車から降りた雛森に対して、かなりの多数が一度は目線をやることにケムリは気づいていた。
ストーンズに堕ちた(正確には自分からだが)三島学園に3人のダイアセブンの内の一人、そして生徒たちの、特に男子からはその隣を歩くケムリに対して朝から放射レベル最大級の殺気が放たれている。
―――まずい。これは非常によくない。
ケムリがそのピリつくような感覚に目線を足元にやっていると、隣から雛守がケムリの顔をのぞきこんでくる。
「ケムリ、ボーっとしないで。始業ベルの30分前には教室に入っておくべきだよ」
「あ、あぁ。うん。雛守の言うとおりだよ。雛守はいつも正しいな」
「ケムリ、私としてはその認識は間違ってると言わざるをえないけどね。私を何だと思ってるのよ……」
「いや、超人だろ」
「女子高校生に超人とか言わないの。普通よ」
「普通の女子高生はダイアセブンになれないよ」
「そんなことないと思うけど。私だってたまたまだよ」
―――そんなたまたまがあってたまるか、そこらへんを歩いてる女子高生が普通に生活して、たまたま女子フィギアの国家代表になるようなことがありえるか? もしあれば、それこそ超人だろ。
ケムリはそう頭の中で思ったが、思っただけで口にはせず、雛守に連れられるままに第三攻殻学園、三島学園の通学路を歩いた。
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ケムリと雛守が三島学園の広い校門を通過すると、毎朝の光景であるところの、巨大なキャンパスが開けた。
国立大学と同等の広さがあろうかという敷地面積は、三島学園のような攻殻学園だからこそ可能となっている。
強めの朝日が差し込むキャンパスの道路には、部活のスポーツウェアを着た生徒がランニングをしているし、少し遠めの芝生ではリーグオブリーグスのチームが、これはウルオスを使わず、技術面を中心とした基礎体力の鍛錬を行っていた。
二人は、校門から少し歩いたところにある移動廊下に足を置き、そのまま手すりを持って動く床に移動をまかせて、F組、通称ストーンズの学園棟へと向かった。
「おはようアイリさん。黒辻くん」
「おはよう丸子ちゃん」
「おはよう高円寺」
ケムリと雛守がF組の教室に入って窓際の席へと向かうと、講義型の教室の横長の机にノートを広げていたメガネに三つ網の少女が二人に声をかけた。
高円寺丸子、ケムリ達のリーグオブリーグスのチームの一人で、引っ込み思案なところがあるおとなしい女生徒である。
そしてもう一人、
「おはようケムリ君。ちょっとウルオスの駆動系について新しい機構方式を考えてみたんだけど意見を聞かせてくれないかい?」
「おはようモトキ。僕にわかる範囲でならかまわないよ」
こちらは草薙基樹、四角い黒縁のメガネの男子である。
ウルオスのカスタマイズや機構方式についてはかなりの知識があるエンジニア気質を持つ。なお、ウルオスの操縦技術については第三世代型ウルオスを使うケムリに毛が生えた程度でしかない。
「そういえば穂村は?」
ケムリが教室を見回しながら雛守、丸子、基樹の3人に尋ねると、思い出したように基樹が答えた。
「ホムラ君なら、そういえば朝方キャンパスでゴールドの生徒たちと何か話してたみたいだけど」
「ふぅん。まぁ交流を深めるのはいいことだと思うよ」
「でさ、椎間板マテライトの電子制御系を、直列方式から並列処理にできないかって考えたんだけど……」
「ほうほう」
雛守と高円寺はケムリ達の前の席で宿題について雛守が高円寺に教えているようである。
始業10分前くらいになると、F組の講義室にも生徒がチラホラと増えてきた。
なんとも平和な光景である。昨日の喧騒が遠い異国のできごとのようだと、ケムリは心が洗われるようだった。
ここには秩序がある。ビルの屋上を爆散などさせたりしないし、超量子コンピューターに無遠慮に論理の穴をつかれたりもしない。ああ、なんて素敵なんだろう。
その聖人のように澄んだ表情になっているケムリに対して少し疑問に感じながら横から草薙がたずねた。
「そういえばケムリ君。宿題のほうは大丈夫だった?」
「うん。そっちのほうはなんとか、ウルオスのほうは僕はF組のみんなに迷惑をかけっぱなしだからね。せめてこっちはなんとかやらないと」
「あはは、そう気負わないでいいんじゃない? でね、この問4なんだけど」
「あぁ、第一世代のウルオスの登場とその兵器史における意義だね。この時代のマルチタスクパワードスーツがない時代の、特に市街地におけるゲリラ戦闘は……」
ケムリと草薙が窓際の机でそのようなことを話しあっているときである。突然、ケムリ達に程近い窓側の壁がピシ、とひび割れると、瞬間的に轟音とともに壁が装甲車の突進でも受けたかのように爆砕し、そこから1機の2M大のウルオスが横向きで突っ込んできた。
「ギャアアァァァァァァァァァ!!」
窓際のケムリの目の前で、ウルオスが高速で接近するのを視界におさめながら、耳ではおそらく高円寺のものと思われる悲鳴が聞こえる。
教室の壁を破壊し突入し、ちょうどケムリに衝突するかに思われたそのウルオスは、ケムリの正面で地面に跳ね返ると、そのまま盛大に跳ね返り、天井に衝突すると、次はまた教室の床へと跳ねてちょうど生徒たちに衝突することなく、教室の反対側の壁に衝突するとやっとのことで動きを停止した。
「なにが起こったんだ?」
「なんでウルオスが教室に突っ込んでくるんだ?」
「ていうか中の人無事なの?」
F組の生徒たちが、口々にいいながら、壁に突っ込んで停止したウルオスに視線を集中させていると、そのウルオスの正面ハッチがプシュっと開いて、中から一人の男子生徒がでてきた。
「いつつっ……」
「穂村君!?」
草薙がその男子生徒を見てそう口走った。
ウルオスから出てきた穂村と呼ばれた男子生徒は自分がウルオスと一緒に突っ込んできた教室にできた横穴を、正確にはその向こうをにらんでいる。
ケムリがその視線を追って教室の外を見ると、その向こう側にはもう1機のウルオスが教室の外から穂村に向かってウルオスの人差し指を突き出していた。
『わかったか? 俺とお前の圧倒的な実力差が。これに懲りたらストーンズがゴールドに喧嘩を売ろうなどとゆめゆめ思わんことだな』
「ぐぬぬっ……」
ケムリの見立てでは、どうもこのやや短絡的なところがある穂村は、ゴールドクラスの生徒とウルオスで1対1の戦闘をし、その結果自分のF組の教室へと派手にふっとばされたらしい。
おそらく、あのゴールドの生徒はあらかじめセンサーで教室の中の生徒の位置まで確認し、誰も負傷しないように絶妙の加減でもって穂村のウルオスを吹き飛ばしたに違いなかった。並大抵の精度でこれを行うことはできない。もっとも、一般的な傾向から見て、ストーンズの生徒がケガをしてもかまわないという判断があった可能性も否定はできないのだが。
「おいてめぇ! もう一回勝負しろ!」
倒れたウルオスから上半身を出した穂村が声を荒げる。
と、ちょうどその折、教室の前の扉が開き、一人の老人が教室に入り、教壇へとたった。
「あ、シリオ先生だ。もうこんな時間か」
草薙がマイペースな様子でそういって、腕時計を確認した。
その老齢の教師は、トントンと書類を教卓でそろえると、その壁が爆散し、ウルオスが突っ込み、騒然となった教室を端から端まで一瞥してから口を開いた。
「全員そろっているな。では、席につきなさい。燕のように速やかにな。授業を開始する」
老教師が授業を始めようとすると、教室の窓際の席で雛守が手を上げた。
教師が雛守の発言を許可すると雛守は
「あの、高円寺さんが気絶しちゃったんで、保健室につれていってもいいでしょうか?」
と、席の隣で泡を吹いて気絶している丸子を指して小声で許可を求めた。