震転のアイギス   作:3×41

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08 通学路にて

 翌日、ケムリはいつものように倉庫の中でヘッドギアをかぶり仮想空間の映像を目に映しながら朝の訪問を待った。

 足音が聞こえる。4、3、2、……

 

 ドンドンドン!

「起きろケムリ! ぼーっとするな! さっさと学校に行け!」

 

 白壁家の父が倉庫を叩く音を聞いて、ケムリはやはり何の感情も起こすことなく、むくりとその細い体を起こし、倉庫の部屋のそばにおいてある箱から栄養剤を2、3粒口に放り込んだ。

 

 あまり早く起きると、それはそれで白壁家の人間にとがめられる、遅ければ遅いで同上である。したがって、ケムリはこのようにして乱暴に叩き起こされて、速やかに起床した、ということを常に装うようになっていた。

 毛布のそばに畳んであった制服をすばやく着込むと、ケムリは倉庫の扉をガラガラとあけてその間から差し込む朝日に目を細めた。

 

 

 

 #

 

 

 

「おはようケムリ。偶然だね」

「ああ、おはよう雛守」

 

 ケムリが白壁家の門を出て登校路を少し歩いて雛守の家の前を通ると、ちょうど雛守が玄関を開けるところだった。

 二人はそのままいつものように一緒にしゃべりながら登校する運びになった。

 

「ほらケムリ、髪がはねてるよ。ちょっとみせて」

 

 雛守がケムリの髪に手を伸ばすと、ケムリは首を振ってその手をよけた。

 

「いいよ別に。どこか教えてくれたら自分でやるから」

「いいから。ほら」

 

 ケムリがよけた手がさらにケムリの頭を追尾し、半ば無理やりにケムリの跳ねた黒い髪をなでつけた。

 

「……ありがとう。悪いな」

「いいのいいの。それから宿題はやった?」

「僕はお前の子供じゃないんだけどなぁ……」

「あ! 目ヤニがついてる。ちょっとこっち向いて!」

「だからいいよ! 目ヤニはいいって!」

 

 二人はやや喧々としながら学園へ向かう電車の駅へと向かったが、これもいつものことである。

 

 

 

 #

 

 

 

 二人が駅につくと、駅はすでに人でごった返していた。

 人の波をかき分けながらやっと電車に乗り込むと、一人の男子がケムリ達のほうへと歩み寄ってきた。

 

「おはよう山田君」

 

 雛守がそういい、ケムリは軽く手を上げて挨拶した。

 

「おはよう雛守。あとケムリ」

「僕はついでかよ」

 

 ケムリが毒づくようにそういうと、山田は快活に笑った。

 

「そりゃそうだろ。雛守は金の卵で、ケムリはダチョウみたいなもんだ。まぁそれを言ったら、普通の高校に通う俺はなんなんだって話になるんだけどな。はっはっは」

「ほっといてくれよ」

「私は別に、今はケムリと同じクラスだし」

「そういえばダイアスからストーンズに移ったんだっけ? もったいないことするよな」

「僕もそれについては反対したんだけどね。雛守はダイアスの中でも3人しかいないダイアセブンのレーティングだったし。今からでも戻るべきだと思うよ」

「いいじゃないの別に。私のことなんだし」

 

 雛守にそういわれては、ケムリもそれ以上どうこう言うことはできなかった。

 ケムリ達の通う攻殻第三学園、通称三島学園は、A組からF組まであるが、これが生徒たちの間では、ダイアス、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、ストーンズ、とそれぞれ呼ばれている。

 ちなみにケムリ達の所属するF組はストーンズ、石くれである。

 

 それぞれのクラスでも、ワンからセブンまでのランクがあり、セブンが最高位である。

 それを各クラスでの試験や試合によってレーティングが決定するのだが、雛守に関してはもともとがダイアスのレベルセブン。三島学園にも3人しかいない最高位の中の最高位だったわけで、その雛守のストーンズへの移転はまさに学園を揺るがす晴天の霹靂だった。

 

「でもどっちにしてもうらやましいよ。攻殻系の学園に通えるだけで、進学にも有利になるしな。雛守はまだわかるけど、なんでケムリが合格したのかが不思議だよ。やっぱあれだろ? 学園側になんか握らせたんだろ?」

「人聞きの悪いことをいうなよ。僕はウルオス以外の成績は悪くなかったんだよ」

「でも肝心のウルオスの成績がダメなら。やっぱりダメじゃねぇか」

「うっ…… まぁ、それはそうかもしれないけどさ」

 

 

 

 #

 

 

 

「じゃぁ俺の駅はここだから、またなー雛守ー、ついでにケムリ」

「山田君もがんばってねー」

「……」

 

 雛守が見るものの心をやわらかく溶かすような笑顔で手を振り、ケムリは陰険な顔で軽く手を上げた。

 電車の扉が閉まると、すぐに再び電車が移動をはじめた。

 ケムリと雛守の通う三島学園はここから3駅向こうである。

 

「そういえばケムリ。来週はヒトトセのシルバーチームとのリーグオブリーグスがあるけど。フォーメーションは決めてる?」

「ああ、そういえばまだ決めてなかったな。でもほかの3人の意見も聞かないといけないしさ」

「でも一応自分のウルオス機の特性や得意分野もあるんだから、あらかじめいくつか提出する案は決めておくべきなの」

「そういうもんかな。ならいっそのこと雛守が全員倒してくれても僕らは一向にかまわんのだけどな。元ダイアセブンならできるだろ」

「私はストーンズの一プレイヤーの領分を越えることはしないって、最初に言っておいたでしょう? そんなことでケムリたちのレーティングが上がっても意味ないじゃない」

「そりゃぁそうなんだけどさ。お前のオリジン機も使わないし」

 

 リーグオブリーグスとは、ウルオスを使った5vs5の野外戦である。フィールドは森林や市街地など複数使って行われるが、ウルオスとその理念上は市街地での戦闘が多くなっている。

 相手のウルオス機を撃破判定をとることで得点し、さらに敵陣地にあるトークンやヒュージトークンを破壊することで高得点を得ることで得点を競う試合である。

 そのほかにもアリーナバーサスという1対1のウルオス戦もあるが、多対多のリーグオブリーグスがメインになっている。

 

 ケムリ達の言っているヒトトセ学園とは、ケムリ達の通う三島学園と同じく、ウルオス機動を必修としている攻殻系学園であり、そのほかに二峰学園、四乃憑学園があり、それらが中央によって“統合”されている。それによって各方面のスペシャリストの授業を効率的に生徒たちに受けさせることができるようになっており、三島学園にもヒトトセ学園やその他の学園の生徒が4つの学園をつなぐ専用リニア線によって頻繁に通っている。

 

 ケムリ達の相手のヒトトセのシルバーフォーとは、一登瀬学園のD組のレベル4のチーム、ということになる。

 ちなみに雛守はダイアセブンに昇格したときに研究都市の開発局のひとつからオリジナルウルオスを提供されているのだが、ストーンズに来てからは量産型のウルオスを使って

そのオリジン機を使うつもりはないようだった。

 リーグオブリーグスのフォーメーションに関しては、とりあえずチームのほかのメンバーの意見もすり合わせるといことになり、雛守が別の話を切り出した。

 

「そういえば昨日のことってケムリ知ってる? クレスト=アーバレスト社がテロリストに占拠されたって。あのクレスト社を狙うなんて、ちょっと信じられないよね」

「ああ、うん。本当だよな。どんなやつらだったんだろうね」

 

 ケムリは雛守の話に適当にあわせて言った。ケムリの学校外の活動については、当然ながら厳格な守秘義務が課せられている。それどころか、ケムリが国家公安省の攻殻13課に半ば非公式に所属しているということすら知らせていない。

 

「幸い公安局がなんとか鎮圧したみたいだけど。私たちもウカウカしてらんないよね。とりあえず授業をちゃんとこなして技術を磨いていかなきゃだよ。ケムリ、わかってる?」

「うん。学校はいい。すばらしいよ。ブラックホールもできないし、いきなりどつきあいをはじめて爆発もしないし。学校にすみたいくらいだよ。学校最高だ」

「……?」

 

 まるで中東かどこかの激戦区から平穏な日本に来たような毒気の抜けた調子でケムリがそういうのを聞いて、雛守は不信そうにケムリの表情を観察した。

 

 

 

 


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