震転のアイギス   作:3×41

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 テッサとサラを会合へと見送った後、ケムリは攻殻13課の本部ビルへと戻り、その屋上にあるトレーニングルームへと足を運んでいた。13課作戦本部で宿題をやることも考えたが、今日に限ってはあのカタブツのダハクにいちいち間違いを訂正されるのも業腹だったし、学園でのウルオス機動のためにも、技術を中心に身体能力を鍛えておくことも重要なタスクのひとつである。

 

 というわけで、ケムリはトレーニングルームの一角で畳が敷き詰められている組み手場で、仰向けになって息をついていた。

 室内では公安のウルオスチームの屈強な男たちがトレーニングの器具でかなりの負荷のトレーニングをそれぞれに行っている。

 

「大丈夫か黒辻君? わるいな。俺もあまり手加減がうまいほうじゃないんだ」

「いいえ、大丈夫です。近藤さんに稽古をつけてもらえることなんて、滅多にありませんし」

 

 ケムリはそういって、息をつきながら起き上がった。

 とはいえ、運動着を着たケムリの体は、ケムリに対峙する近藤と呼ばれた男の隆々とした体躯にくらべても、ほとんど筋肉のないやせた体つきで、まともにやれば1秒でノックダウンされることが容易に推察できた。

 

「まぁ俺はこれでもウルオス第一小隊の体長だからな。しかし相手が黒辻君ならそう無碍にもできんし、部下たちも納得する。なんといっても、公安でも数少ないアイギスキャリアーだ」

「そうはいっても、僕はツースターですよ」

 

 ケムリが近藤に向かっていき、右手を突き出しながら受け答えする。

 その謙遜とも取れる様子に、近藤は小さく苦笑した。

 

「ハハハ、だからどうした。アイギスキャリアーが公安内に、いや世界中で何人しかいないと思ってるんだ? アイギスとウルオスでは、そもそもの戦闘力がまったく異なる、先刻のクレスト社の一件でも、君がいなければ俺の部下たちにどれほどの被害がでたかわからんのだぞ」

「それは、たまたまです……」

「かまわないさ。戦場で必然を期待するほうが間違っている」

 

 それからしばらく組み手を続け、ケムリが8回目のダウンをしたところで、そばから別の声がケムリの名を呼んだ。

 

「ただいまケムリ~。聞いてくれよ、あのハフィントンのやつがさ~…… おっと、取り込み中だったかな?」

 

 ケムリを呼んだ声の主は、どうも先ほど帰還したサラ=ハースニールだった。

 その口ぶりからすると、テッサを護衛する任務についてはとどこおりなく遂行されたようである。

 サラが二人のほうに歩きながらそういうと、ケムリより先に近藤が答えて言った。

 

「いいや、そんなことはない。こちらも書類の整理もあるんでね」

「それは重畳。しかし組み手なんて原始的なことをしてるんだね」

「あなたも一勝負どうだい?」

「え、私が?」

 

 キョトンとした様子でサラが言うと、近藤が肯定して続けた。

 

「相手がアイギス使いでしかも最高位のフォースターなら、こちらとしても相手にとって不足はないからな」

「私は別にかまわないけど」

 

 サラはトレーニングルームに入るにあたって、彼女のトレーニングウェアに着替えていた。

 全身にピッタリとくっつく黒のスーツは、サラの豊満なプロポーションをくっきり浮かび上がらせていた。

 

「近藤さん、やめておいたほうがいいですよ。こいつ手加減しませんよ」

「アイギスとウルオスでは勝負にならんが、生身ではそこはイーブンだ。俺も以前からアイギスキャリアーの身体能力がどの程度か知っておきたかったということもある。ハースニールさん、あんたは確かTOIXSの主席通過者だったかな?」

「そうだよ? といってもその年は3人しか通過しなかったけどね」

「簡単に言ってくれるが、参加者はウルオスキャリアーが100万人を超える試験だ」

「それはまぁそうなんだけどね。それじゃぁそちらからどうぞ」

「ありがたい。では……」

 

 畳の上にあがったサラがひらひらと手を振ると、近藤が正段に構えた。

 一方、サラのほうは力を抜いて直立したままである。

 ケムリの目にも、サラの体は普通の、というか雑誌のモデルのような体系で、筋力があるようにも見えない。

 逆に近藤のほうは、腕などはまるで丸太のようにはちきれんばかりに筋肉がつまっているようだった。

 ケムリにも近藤の打撃をまともに受けきれるようには見えなかったのだが

 

「しっ!」

 

 短く息を吐いて、近藤がしかけた。

 ケムリの目にも、本気の右正拳突きである。

 丸太のような腕が、高速でサラへと向かうと

 

 パン

 

 と、さらの左手がすばやくその右手へと添えられ、高速の正拳突きがピタリと停止した。

 あまりにサラが簡単そうに受け止めるので、ケムリは思わず目を疑った。

 

 近藤はその手をすばやくひき、次々に右水平チョップから左のアッパー、ひじと連撃を加えたが、そのどの攻撃もサラはまともに、そして完全に受け切ってしまった。

 

「でぇぇあ!」

 

 その意識の死角を突いた近藤が、右上段から蹴りを打ち下ろすと、今度はサラは左手のサイドでそれを受け止めた。

 そしてサラではなく、近藤がその反作用で体を浮かせたときには、さすがに近藤も驚きの息をもらした。

 

「なっ…… ガッ!?」

 

 そして驚く近藤が、次にまるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 サラの右手が目にもとまらないスピードで浮き上がった近藤のアゴをすれすれでかすめ、その意識を奪い取ったのだった。

 

「こ、近藤さぁぁぁぁぁん!!」

 

 ケムリがあわてて近藤にかけよる。

 

「もう聞こえてないだろうけど、私は筋肉を量じゃなく質で鍛えてるから、この人の数十倍の出力は楽に出せるんだよね」

「サラァァァァ!! きっさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「なんだよその怒り方は。別にどこも強く撃ってないし、綺麗に終わらせただろ。おーい、誰かタンカーを持ってきてくれないかー?」

 

 

 

 #

 

 

 

 近藤がタンカーで医務室へと運ばれた後、ケムリは今度はサラに、半ばせがまれるような形で組み手の相手をしていた。

 サラは筋力はケムリに合わせて、硬軟織り交ぜた打撃を打ち込むと、ケムリはそれをすべてさばいていった。

 

「やるなぁケムリ。私の打撃を受けきれる人なんて滅多にいないよ」

「僕は筋力が足りないんだよ」

「それなら問題ないよ。アイギスやウルオスの機動は力じゃない、テクニックとタクティクスだからね」

「そういえばさっきハフィントンさんがどうとかって」

「あ、そうそう。統合統括会合で、ハフィントンが13課の廃止を提案しやがってさ」

「そりゃ本当かい? どうだったんだ?」

「テッサが反論してポシャらせたよ。ハフィントンとしては軽いジャブのつもりだったようだけど、テッサじゃなかったら危なかっただろうね」

「へぇ、そっか」

「はい、隙ありだ」

「えっ」

 

 ケムリがそうつぶやくのと同時に、ケムリの突き出した右手がサラにつかまれ、次の瞬間には視界が反転し、気づいたときには畳に上でサラに組みしかれていた。

 ケムリは寝技をほどこうと必死にもがいたが、がっちりと決まってまったく抜け出せる様子がない。

 

「おいサラ! 寝技は反則だろ! どけよ!」

「そんな取り決めしてないだろ? 実戦で寝技は禁止なんてできるわけないじゃないか」

 

 ケムリがいくらもがいても、まったく拘束がとける気配がない。

 それどころか逆にサラの体の感触で、ケムリのあせりだけが増幅していった。

 

 それだけではなくケムリとサラのまわりでトレーニングをしていた男たちの圧力までふくれあがっていっているようにケムリには感じられた。“おまえらこんなところでちちくりあってるんじゃねぇ”と無言の圧力がケムリの体に複数突き刺さっているかのようだった。

 

「あれ? ケムリもしかして固くなってるんじゃない? どれどれ」

「どれどれじゃないよ! うわぁぁぁぁ!!」

 

 ケムリが間接が外れる勢いで暴れたので、サラのほうが拘束を解くと、ケムリはバババっとサラから距離をとった。

 

「ハァ、ハァ。あの、僕はちょっと休憩するよ」

「休憩ね。こっちはまだ動き足りないし、そうだなぁ」

 

 サラは少し考えると、そのトレーニングルームにいる男たちに聞こえるように大きい声で言った。

 

「私と組み手で勝負するやつはいないかい!? 私に一発有効打を入れられたら、今夜は私を好きにしていいぞ」

 

 なんて傲慢なものいいをするやつだ。ケムリはそう思ったが、しかし悲しいかな、その一言でトレーニングルームで訓練をしていた男たちが、いっせいにサラの周りへと集まり始めた。

 その数は100人以上で、その数にケムリが

 

「おいおい……」

 

 と、一人つぶやくと、サラはもうひとつ言葉を加えた。

 

「全員で来てもいいぞ! 早いもの勝ちだ!」

 

 というと、サラの周りに集まり始めていた男たちがサラにダッシュで殺到した。

 

「それでいい」 

 

 サラが笑いながら言うと、最初にサラに突っ込んできた男に正面からアゴを殴り失神させ、次に右手を突き出してきたその手をつかんで反対側の男に投げつけた。

 

 それからはまさにちぎっては投げ、ちぎっては投げという感じで、サラの周りに気絶した男たちの山がつみあがっていった。

 そしてそれが70人くらいになったときである。

 トレーニングルームの入り口のほうからしわがれた、野太い声が聞こえた。

 

「貴様らぁ、何をしとるんだ? 俺も混ぜてくれよ」

 

 その声がサラを囲む男たちに聞こえたとたんに、サラを除く全員が起立の姿勢になり。

 自然にその中の一人が

 

「雲将大佐に敬礼!」

 

 と叫ぶと、全員が同時に敬礼した。

 敬礼された雲将という男は、180cmほどの大柄で、白い髪を短く整えており、口には葉巻をくわえている。

 そしてその葉巻を口からはずして白い息を吐き出して言った。

 

「無害葉巻をつかっちゃいるが、誰か気にするやつぁいるか?」

 

 雲将が尋ねると、敬礼したままの男たちは、しかし何も言わず無言で肯定を示した。

 

「結構」

「なぁじいさん。ずいぶん遅かったじゃないか? もう会合はおわっちまったよ。お前のお姫様の護衛は私がおおせつかった」

 

 サラが雲将に言うと、雲将はもう一口葉巻を吸ってから言った。

 

「ふー。フラクタル統括が無事ならなによりだ。こんなじゃじゃ馬に護衛されて大丈夫かとそれだけが心配だった」

「へぇ」

「組み手をしてたんなら、俺もやってみようかと思うんだがかまわんかな?」

「私はじじいは好みじゃないんだけどね」

「俺だって変態女なんて願い下げだ」

「病院送りになってもしらないよ?」

「はっはぁ。そりゃこっちのセリフだ」

「ふ、二人とも、サラも雲将さんもやめなよ。ここは穏便に……」

 

 サラと雲将の二人をいさめようとするケムリを気にせず、サラのほうから雲将にしかけた。

 

 無言のまま、一瞬で雲将の眼前まで距離をつめたサラの上段からの足刀が振り下ろされると、雲将はそれを両手をクロスして受けた。その衝撃だけで雲将の立っている畳がベコンと音をたててめりこむ。

 

「ふんっ」

 

 次に雲将がサラの足首をつかんで畳へと叩きつけると、サラは両手で畳に手をつき、そのまま逆立ちのような形になり逆の足で雲将へと回り蹴りを放つと雲将はそれをしゃがんでかわし、下段から逆立ちしたサラへと右手の突きを放つと、サラは今度は両手で畳を押して飛んでそれをかわすと、空中から蹴りと手刀を雲将に放ったが、雲将はそれをすべて打ち落とした。

 

「じじいのくせによく防ぐじゃないか」

「なぁに。こんなものは蚊ほどでもない」

「言ってくれるじゃないか」

 

 サラが雲将から距離をとってそう言い交わすと、二人ともかまえをといた。

 遠めに見ていたケムリはどうしたんだ? と疑問に思ったが、次の瞬間には答えがわかった。

 

「どうもアレだよなぁ。やっぱり生身じゃまだるっこしいな」

「俺はどちらでもかまわんがな」

「へぇ。あとでほえ面かくなよ、くそじじい」

「ふん。身の程ってもんを教えてやろう。変態女」

 

 二人がそういうと、次にはほぼ同時に口を開いた。

 

「「アイギスを転送する」」

 

 雲将とサラの体を薄い硬軟強化外骨格のスーツが転送されはじめる。

 その様子を見たケムリを含む男たち全員は、ゾッと血の気を引かせると、

 

「おい! ヤバイぞ! 全員退避ー!!」

 

 と叫んで、次々にトレーニングルームから逃げ出した。

 トレーニングルームの出口では、ケムリが避難誘導しながら叫んだ。

 

「早く! 速やかに避難してください!」

 

 そしてそれから一拍おいて、攻殻13課本部がある巨大なビルの屋上が瞬間的に大爆発した。

 

 

 

 #

 

 

 

「くそっ、ひどい目にあった……」

 

 攻殻13課本部からの帰り道でケムリはそう毒づきながら歩いていた。

 あの騒ぎで一人も死傷者がでなかったのはさすがだが、フォースターのアイギスキャリアー同士のどつきあいなど、絶対に立ち会いたくないもののひとつである。

 ケムリは次はさっさと逃げようと心に決めていた。

 

 そしてゲッソリと疲れた様子でケムリがいわゆる自宅の門をくぐると、玄関のそばでゴルフのグラブを振る白壁家の父とはちあわせ、白壁家の父がケムリをギロリとにらんだ。

 

「……」

 

 ケムリはその視線に、なんの感慨もいだかず、ただ静かに、反対方向の庭にある倉庫へと歩いていった。

 

 


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