震転のアイギス   作:3×41

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 被占拠状態のクレスト=アーバレスト社に黒辻ケムリが単独潜入してから10分後、つまり、クレスト社の深奥のデータ保管殻の機密データがクラックされ、転送されるまで残りおよそ40分と迫ったところで、クレスト社の1階の2箇所から、そしてクレスト社の最上階176階からそれぞれ3つのウルオス小隊が突入し、その三つのウルオス小隊とテロリストたちの銃撃音がクレスト社の74階を進むケムリのアイギスのパッシブセンサーも捉えていた。

 

 ウルオス小隊の突入は、しかしそれが間に合うか、かなりギリギリだとケムリの素人目にも判断された。

 入り組んだクレスト社を、テロリストを制圧しながら進む手際こそ百戦錬磨の3つのウルオス小隊は鮮やかだったが、いかんせんテロリストの手法は地雷、トラップ、はては自爆まであらゆる手をつくして3つのウルオス小隊の突入を食い止めていたからだ。

 

 くそっ。ケムリは壁の中で再び毒づいた。

 となりとケムリ自身にも、この作戦の駒として役割が大きくなってきてしまう。

 なぜなら、今テロリストたちが守るデータ保管殻にもっとも接近しているのはいち早く74階から突入したケムリだったからである。

 この点で、アルバニ3号とダハクの計算はまたしても正しかったことになる。

 だが、そのあおりを受けるのがなんで僕なんだと、ケムリは雑念を頭にうずまかせざるをえなかった。

 

 

 #

 

 

「74階で異常発生。対処に向かった6人が全員やられている。死者はなし。だがしばらく使い物にはならない模様」

 

 データ保管殻から中間ほどの地点を哨戒するテロリストの男の一人が、通信機から連絡を飛ばした。

 すでに屋上と地上から突入してきたウルオス小隊は1/3ほどまで進入してきている。

 やつらに対応するには、“アレ”を使うしかなかったが、いかんせん74階に侵入した“ソレ”が何かわからない以上、74階のデータ保管殻の守りを手薄にするわけにはいかなかった。

 

「なぁ。侵入してきたのは“なん”だと思う?」

「さぁな。とにかく俺たちのやることは、データ保管殻に来るやつはネズミ1匹生かして通さないってことだ」

 

 哨戒は、網羅性よりも強靭性を高めて4人ずつで行っていた。

 屋上と1階付近での戦いも死闘であることには違いがないが、哨戒任務につく彼らもまた正体不明の侵入者?に対していわく言いがたい疑心暗鬼のような感情にとらわれていた。

 

 そのおり、目の前の廊下のずっと向こう側の角から、

 

 ヒョコ

 

 と、青い車体と白い単眼の戦車が顔を出した。

 

「おい! なんだあれは!」

「とにかく撃て! 蜂の巣にしろ!!」

 

 4人組の男たちのリーダーが言うが早いか、男たちの構えたマシンガンが火を噴き、回転しながら疾走するライフル弾が向こう側の廊下の角から顔を出したアルバニの車体にガンガンと当たると

 

『ひぇぇぇぇぇ!』

 

 という電子音とともに、青い戦車があわてて頭を引っ込めた。

 

「なんだあれは!? 西側から侵入したのはあれか!!」

「本部に連絡しろ! とにかく追うぞ!」 

 

 リーダーの男が叫ぶ。

 そしてテロリストの男たちが本部に連絡をしようとしている間に男たちのいる廊下の天井が波打ち、そこから黒に青いプラズマラインのスーツを着たケムリが降ってきた。

 

「!?」

 

 その何かを男たちが認識しようとしたときには、すでにケムリの右手の物質透過性を最大にしたプラズマソードが横に青い円を描き、4人のテロリストたちの体を貫通し、神経系をやいて全員の意識を奪った。

 

 倒れた4人の男たちの中心でケムリが立ち上がると、先ほどの廊下から自律思考戦車アルバニがガシャンガシャンと音を立てて走ってきた。

 

『いやーナイスコンビネーションだねー。ボクたちいいタッグになっちゃうかもよ?』

「僕は嫌だよ。それでデータ保管殻はこの先?」

『なんだよつれないなぁケムリ君は。たぶんそうだと思うよ。あと半分くらいかな?』

「やっと半分か。例のアレについては何かわかったかい?」

『うーん。ダメだねー。連中、なにかを使ってるんだろうけど、けど少なくとも74階にボクたちが侵入したことで、そのなにかはたぶんこの階から離れてないはずだよ』

「それは怪我の光明だな」

 

 しかし、連中が使ってるのは何だ? そうケムリが考えた次の瞬間に、その答えを知ることができた。

 ケムリが少し考えながら床に目を落としていると、目の前のアルバニの、さらに向こうの廊下の壁に、四角状に赤い線が入っていくのがケムリの目に入った。

 

「なんだ!?」

『へっ?』

 

 アルバニ3号が自分の後ろを見るケムリに、つられて振り向くと、そこには赤い線が入った壁を轟音とともにぶち破った“巨人”が、右手に持った赤熱したヒートブレードを真横に振りかぶっているところだった。

 

「逃げろアルバニ!」

 

 ケムリが回避行動をとりながら叫んだところで、巨人のようなメカが横なぎに赤熱したヒートブレードを振るい、アルバニの車体を横一文字に真っ二つに溶解させた。

 

『ぐわ~~~!!』

 

 青い自律思考戦車が断末魔をあげて6本の脚部を折ってその場で停止した。

 ケムリはその機械の巨人に対峙しながら毒づいた。

 

「くそっ。あいつらアーマードスーツなんて持ち込んだのかよ!」

 

 アーマードスーツとは、ウルオスなどよりもさらに大型の、4、5メートルのパワードスーツである。本来、紛争地帯などでゲリラ戦をメインに運用される兵器で、戦車に並ぶ装甲と、市街地に適した俊敏性がある。しかしそれをこの都市に持ち込み、クレスト社内に徘徊させるとはいかれたアイデアだった。皮肉にも、クレスト社の研究棟の廊下はかなり広いので、この巨大なアーマードスーツが暴れるにはうってつけの空間になってしまっている。

 

 おそらく。先発のウルオス小隊は、こいつにやられたのだろう。

 今のように、廊下をぶちやぶって突如として現れたアーマードスーツが、赤熱したヒートブレードを横一文字に振るい、8名のウルオス小隊員たちを融解させきり飛ばしたのだ。

 そしてその赤い凶刃が再びケムリに向かって振りかぶられた。

 

「くっ」

 

 ケムリは轟く風きり音とともに急接近する赤い刃に後ろに飛んで回避すると、そのまま物質透過モードを起動し、背後の廊下の壁へと飛び込み、となりの廊下へと飛び出した。

 

「はぁっ…… はぁっ……」 

 

 ケムリが振り返ると、しかし、そこにはすでに赤い四角の切り込みが入り、次に廊下の壁が破壊され再び金属製の巨人がこちらの廊下に侵入してきた。

 

「ダメか!?」 

 

 どうやら振り切るのは手間だし、ウルオス小隊が“こいつ”に対峙すれば、さすがに多少の被害が出る可能性がある。

 さすがに地形が悪すぎるというのがその大きい理由のひとつである。

  

 ケムリはそのアーマードスーツから距離をとると、アンチフィールドに守られたむき出しの頭部でアーマードスーツの動きを注意深く凝視しながら右手を少し右側に広げて叫んだ。

 

「ダハク! セカンズ(レベル2)アーム・グラビトロンを転送しろ!!」

 

 ケムリがそう叫んだ、が、反応はなかった。

 しかしケムリが言った反応があるかわりに、ケムリのアイギスの通信装置に機械的な通信が入った。

 

『ネガティブ。ダハクは現在の黒辻ケムリの戦況にセカンズアームの必要性を認めません。攻殻13課は、超過戦力を無駄に投入することを……』

「ああもう!」

 

 ケムリが毒づきながら通信をシャットアウトした。

 あの“カタブツ”の計算ではそうかもしれないが、あのアーマードスーツの操縦士を殺さずにかつ無力化するという前提では計算が異なるのだ。

 しかしそれを言い合っている暇はない。

 すでにアーマードスーツはこちらに走ってきている。まるで巨大な金属塊が突進してきているようだった。

 

「ちくしょう」

 

 となると、あの凶刃をくぐるより他はない。

 プラズマソードであの操縦士の神経系を焼くのは簡単ではないだろう。アーマードスーツの装甲は等身大のウルオスよりも、巨大な分多重にアンチングが施されているからだ。

 そういうことだから、起動系を破壊するしかない。

 すぐそばまで迫ったアーマードスーツに対峙したケムリは、左手を開いて

 

「デコンポーズランス起動」 

 

 と言うと、音声認識で瞬時にアイギスの左手の掌に青いプラズマ力場が発生、その瞬間にも、アーマードスーツのヒートブレードが廊下の壁を融解させながら、ケムリに向かって高速で振るわれた。

 

 ガン!!

 

 と、まるでチタン合金を殴ったかのように、高速で迫ったヒートブレードの刃を、ケムリのアイギスの黒い右手が、4本の指が上から、そして親指が下からブレードの刃を砕いてつかみ、その場にビタリと停止させた。左手のデコンポーズランスにエネルギーを割いている現状では、こうしたほうが適切とケムリは判断した。

 そして左手の掌に起動したデコンポーザーのプラズマ球を、巨大なアーマードスーツのわき腹に叩き込むと、そのプラズマ球がアーマードスーツの外殻ごと、駆動系を破壊し、アーマードスーツを起動不能にした。

 これでもうこのアーマードスーツはお釈迦だ。

 

 アーマードスーツの両足が駆動系を失って折れて地面に崩れると、ケムリははぁ~と息を吐いて先ほどのアルバニ3号がやられた地点までもどって被害を確認した。

 

「だいじょうぶかアルバニ?」

『う、うん。AIはなんとか無事みたい』

 

 横一文字に真っ二つにされたアルバニだったが、しかしAI系はその下に位置していたようだった。

 

『ごめんねケムリ君。でも上半分の装甲がやられちゃったから、ボクはここで死んだフリをしてることにするね』

「それって通用するのか? まぁさっきはそれでAIが無事だったんだし、とりあえず僕はデータ保管殻に向かうよ」

 

 ケムリはそう言って右手のマニピュレーターアームを振るアルバニを背に研究棟深奥のデータ保管殻に走った。

 

 

 

 

 

 


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