「それで? 穂村はなんだって朝っぱらからゴールドのやつとバーサスでやりあってたんだい?」
放課後、ケムリは彼のリーグオブリーグスの4人のチームメイト、雛守、草薙、穂村、高円寺と彼らのチームアリーナのスタンドのテーブルでそう尋ねた。
チームアリーナはリーグオブリーグスの1チームごとに与えられる広い訓練場で、ストーンズはひとつのビルの1フロアをアリーナとして使用している。それぞれの階層は完全に防音、耐衝撃処理が施されているので、そうそうほかのチームが騒ぎ立てたところでケムリたちのアリーナにそれが察せられるということはない。
建築技術と生産能力の飛躍的な発展があるとはいえ、ビルの1フロアを5人が使えるというだけでも水準は決して低くないが、これがプラチナクラスや、果てはダイアスクラスにまでなるとひとつのチームにひとつのビルが与えられる。それらのアリーナビルにおいては、もはや1チームではもてあますので上層階を彼らの寮として使用することを認可されているところまである。もちろん。プラチナやダイアスクラスにまで食い込める学生など、一握りの、さらにその中の一握りではあったのだが。
「いや、なんつうか、その場の勢いでな」
ケムリの質問に穂村はテーブルに乗せた肘で頬杖をつき、歯切れの悪い返事をしていた。
「なんでも朝のあのウルオスの生徒と付き合ってたF組の女子が一方的に振られたらしくてさ、穂村君それを聞いて朝からゴールドクラスに乗り込んだらしいんだよね」
隣で基樹が言うと、穂村はバツが悪そうにした。
それを聞いて丸子はあきれた様子で言った。
「それでほっぺが赤くはれてるのね。そういうのは当人たちの問題だから外野が介入するのは野暮だよ」
「はいはい。わかってるよ、反省もしてる。でもあの男はいつか倒してやる」
その穂村のくやしそうな様子に、基樹は小さく笑いながらヒラヒラと片手を振った。
「あはは。あんなにコテンパンにやられたのに、ぜんぜんやる気なのはむしろうらやましいけどね。そういえばそのときの様子が学園の監視カメラのアーカイブにあったんだけどみんな見る?」
基樹が言うと、穂村の反対1票に、残り4票が全員産生で基樹がテーブルの近くの壁の大きめのディスプレイにそのときの映像を再生した。
画面には、まず、2機のウルオスがF組の学園棟の中庭に出てきたところだった。
1体は両手にブレードを持ち、もう1体は片手にブレードを持っていて、片手のほうは穂村の機体である。
飛び道具はお互いに禁止が合意されているようだった。
「穂村の機体のほうが一回り大きいんだな」
「穂村君のウルオスはマッスルパッケージを大型のものを使ってるのよね。その分出力は高いけど、反応が鈍くなりがちなのが欠点かな」
ケムリが争う2機のウルオスの映像を見ながらそう言うと、雛守が解説した。
中庭で、穂村のウルオスが攻撃的にゴールドクラスのウルオスに斬りかかるが、2本のブレードで完全にいなされ、受け流されていた。
「ここだ。ここで穂村君がやられるよ」
「うるせーよ」
基樹が映像のある場面で指差すと、穂村が軽く抗議した。
その場面では、横なぎを払われた穂村のウルオスがその右手を高く掲げ、上からブレードを振り下ろすところだった。
そのブレードの撃ちおろしを、ゴールドクラスのウルオスは両手のブレードをクロスして受けた。
そして同時に穂村のウルオスが逆手の左腕を振りかぶっているところだった。
それを見てケムリが言った。
「なるほど。穂村のパワー型のウルオスの特性を生かしたね」
「でもダメだね。たぶんこれ、誘われてるんだと思うよ」
と雛守。
穂村のウルオスが左腕で拳撃を放とうとした。しかし、ゴールドクラスのウルオスは、穂村のウルオスの左腕が振られる前に、ウルオス背部のオーバードブーストを機動。ゴールドクラスのウルオスが爆発的な加速力で穂村のウルオスへと急疾走すると、体を横向きにしてウルオスの後背部からその全運動エネルギーを穂村のウルオスへとぶちかました。
ガゥン! という衝突音とともにゴールドクラスのウルオスの鉄山功により、穂村のウルオスが激しく吹き飛ばされ、学園の庭に、まるで水切り石のように2度、3度と跳ねると、その向こう側にあるFクラスの教室の壁面へと衝突し、そのまま轟音とともにその壁面を破壊しその奥へと吸い込まれていった。
「はい。ここまで。あとはみんなが知ってるとおり、僕たちがいた教室の外からウルオスが壁面を壊して入ってきて、そこから穂村が出てきたってわけ」
ちょうどそこで基樹が動画を停止させてそう言った。
「くそっ、いつかあいつはコテンパンに叩きのめしてやる。基樹、ちょっとウルオスバーサスの練習に付き合ってくれ」
「ああ、かまわないよ」
穂村と基樹はそう言うと、二人とも席を立ちスタンドフロアからアリーナフロアへと歩いていった。
その様子を見届けて丸子が
「穂村君はスポ根だなぁ。そもそもウルオス戦闘のメインは多対多なんだから、むきになってバーサス戦闘に力を入れることもないのに」
とこぼすと、ケムリが答えていった。
「まぁわからなくもないけどね。リーグオブリーグスでも1対1になることだってあるし。どっちかっていうと、あれは穂村の個人的なことだからね。仇討ちっていうのかな」
「でも女子のほうからもビンタをもらってるけどね。穂村君」
「それがあいつのつらいところだね」
「でも、銃撃戦になったら勝算も出てくるんじゃないかな?」
「うーん。確かにあのゴールドクラスの体術スキルは高かったから、接近戦はできれば避けたいところかもしれないけど。雛守はどう思う?」
ケムリが雛守に尋ねると、雛守は少し考えて
「うーん。そうだなぁ。あのオーバードブーストの機動から見て、あのウルオスはブースト機動にかなり特化してるんじゃないかな。だからたぶん、遠距離から攻撃しようとしても、気づかれたらオーバードブーストですぐに距離をつめられちゃいそうだよ。だから相手がその気なら、接近戦はなかなか避けられないんじゃないかな」
「なんてこった。じゃぁ穂村のあの訓練法は案外的を射てるのか」
「本人はそこまで考えてないと思うけどね」
ケムリが驚くと、丸子が横からそう付け加えた。
そして雛守がテーブルに立体映像の図面を呼び出した。
「さぁ、とりあえず私たちは来週のリーグオブリーグスのフォーメーションを考えておこうよ」
「僕は雛守が提案するフォーメーションでいいよ」
「あ、私もアイリちゃんが考えてくれたらそっちのほうでいいかも……」
ケムリと丸子がフォーメーションの案について雛守に丸投げするようにいった。
実際のところ、戦術立案についても雛守の能力はぬきんでていたので、彼らのいうことにも理がないわけではない。
「ダメだよ。フォーメーションを考えるときにウルオスの特性や戦術的側面との相互性をよく理解しておかないと、実戦でも即時対応できるかどうかがぜんぜん違ってくるの」
「わかったよ降参だ。雛守の言うことはいつも正しいからね」
「ひねくれたことも言わないの」
「了解」
アリーナでは穂村と基樹がそれぞれのウルオスに搭乗し、基樹が両手にブレードを持って穂村の相手をしている。それを横目に、ケムリと丸子も雛守と一緒にテーブル上の立体映像と取っ組み合いを始めた。
#
時間は正午過ぎ。研究都市の郊外の競技場のような研究施設に、攻殻13課のテッサ=フラクタルとサラ=ハースニールが足を運んでいた。円形の競技場の中心には、サッカーのピッチの変わりに、市街地を模した建造物が立ち並んでいて、それをテッサたちがいる閲覧室から、強化ガラス越しに見下ろす形になっていた。
「八剣総研の新型戦車か、わざわざウチにまでお呼びがかかるなんて、ずいぶんと広報に熱心なことだね」
試験場の閲覧席から模造市街地を見下ろすテッサの横でサラが言った。
「それはたぶん、私がいることもあったんだと思います。八剣総研の研究のお手伝いをしたことも少しですがありますし、それにアルバニたちの戦闘訓練も兼ねられるので、13課にも相応の見返りにはなりますから」
「ふぅん。テッサはずいぶんとあの戦車たちを気にかけるんだなぁ。あいつらが実戦で役に立つのかい?」
『あっ、サラさん。それは僕たちに対する人種差別発言では?』
「戦車だけどね」
サラがそう言うと、テッサの隣にひかえていた1機のアルバニが抗議した。
テッサは小さく笑って
「13課の問題のひとつに人員の少なさもありますから。この子たちがそれをある程度代替してくれれば、活動の幅も広がりますし、それにこの子たちの自律思考プログラムもずいぶんおもしろいんですよ。ダハクが開発に介入していることもあってか、最近はずいぶんと人間らしい思考もしはじめるようになりました」
「人間らしい思考? 機械だろうこいつらは?」
『あー! 今のは傷つくなぁ! 人権委員会に訴えてやるー!』
「ははっ、やれるもんならやってみろよ」
2人と1機が話していると、すぐそばから人影が近づいてきた。
その男は白衣を着てメガネをかけている男で、年は35くらいだろうか、まずはテッサに挨拶をした。
「ようこそフラクタル博士。高名なあなたにお越しいただけるとは光栄です。八剣総研を代表してお礼申し上げます」
「いいえ、こちらこそお呼びしていただいて感謝しています」
「攻殻13課に招待状をよこすなんてそちらさんもいい趣味してるね」
サラが言うと白衣の男はとんでもないと右手を上げて続けた
「フラクタル博士にお越しいただけるのであれば当然ですよ。わずか14歳でアメリカのあのNCT大学を主席で卒業し、その後は研究者としていくつもの論文を通し、目覚しい研究をいくつも発表していらっしゃる。われわれの界隈で博士を知らない人間がいるとすれば、そいつはもぐりですよ」
「ありがとうございます。ですが今日は私は研究者としてではなく、13課統括としてうかがっていることをご承知おきください。今回の試験内容は、たしか八剣総研の新型戦車でしたね」
「ええ、その通り。公安省の戦車との模擬戦闘も予定しています。こちらの戦車たちですね」
『コンニチハ。アナタノオナマエハナンデスカ?』
白衣の男がアルバニ6号のほうに目をやると、アルバニ6号はほとんどわざとらしい電子音にカタコトの音声で挨拶した。
「ははは。模擬戦闘は期待していますよ。もしよろしければ、フラクタル博士におかれましては、博士さえよければ八剣総研はいつでも博士を喜んでお迎えできるのですが……」
「お言葉はありがたいのですが、私は今は公安省に身をおくことを自分で選んでいますので」
「公安の研究部もしきりに研究部にもどるように言ってるけどこの子は聞かないんだよ」
横からサラがそう付け加えた。
「それは、残念です。試験はもうすぐ開始ですので、もう少々お待ちください」
白衣の男はそういって別の来賓者たちにあいさつをしに向かった。
各研究施設の所長や、商社の重役がその観覧席にはひしめいていた。
『ねぇテッサちゃん。僕ってあんな演技する必要あったノ?』
「ええ、ごめんなさいアルバニ。でもあなたのような人間に近しい人工知能の戦車はまだ世間に公表されてないから、これは仕方のないことなの」
『そっかー。まぁそっちはいいんだけどさ。僕も実地試験に参加したかったなぁ』
「今回は実地試験に向かったアルバニたちはAIを移して遠隔操作にしてあるから、あとで戦闘記録を同期してもらえますよ」
「おや、どうやらはじまるようだよ」
サラがテッサとアルバニを促して、観覧席から下方の模造建築群を見やった。
#
『相手は新型戦車だってー?』
『うひょー。腕がなるなぁ!』
『別に壊しても大丈夫なんだよね?』
『それはまずいんじゃない? さすがに観客を招いての戦闘訓練だからね』
試験場の模造建築群では、アルバニたちが4機でビルの間を走行していた。
AIは遠隔操作だったが、さすがに試験場でハッキングされることはないだろうという想定である。
4本の足から出た車輪で市街地の道路を走行し、4機がそれぞれ別の場所へと分かれた。
『よーし。テッサちゃんにいいとこ見せるぞー』
『余計なこと考えて足元すくわれるなよー』
1機の道路を走行するアルバニが交差点を横切ったときに、横手のビルの合間に1機の大型の敵影をその白い単眼にとらえた。
『……見えた! あいつだな』
#
閲覧席では、テッサとサラの横手に先ほどの白衣の研究者が戻ってきて、二人に新型戦車の説明をしているところだった。
「我々八剣総研の新型戦車、零式です。全長11メートル。かなり大型ですが、見かけほどの重量はありません。重装甲化と、相応の軽量化を同時に達成しています」
#
『よし! まずはボクが様子を見てみるね!』
ビルの横手から零式戦車の様子をうかがっていたアルバニ1号が、両手の内蔵型機関銃を前方に突き出しながら、道路へと飛び出して前進した。
『でや~!』
前進しながら、両手のマシンガンをダダダダダ! と掃射する。
空中を焦がすように疾走した銃弾は、全弾が零式の戦車の車体にガンガンとあたり、その1拍後に零式戦車の4つのガトリング砲門から嵐のような大口径ライフルが吐き出された。
『へ? アワワワワ!』
その音速の大口径ライフルの嵐に、アルバニの青い車体の装甲がチーズのように裂け、1秒とかからずバラバラに分解された。
#
閲覧席では白衣の研究員が説明を加えている。
「見てください。強力な単分子装甲に加え、サブウェポンとしての重装ガトリングは毎秒600発のライフル弾を掃射でき、それが4門、個別に稼働することができます。さらに車体後部にはミサイルポッドが32門搭載されており、ロックした標的を上空から破壊します」
#
『へ? ボク?』
アルバニ5号が上空を見上げると、零式戦車の車体後部から発射された3つのミサイルがアルバニ5号をロックオンし、上空から襲い掛かった。
『ギャアアアア。アラ、アララララ』
アルバニ5号が急発進し、ミサイルの爆撃から退避していると、横から零式戦車のガトリング砲撃がアルバニ5号を一瞬で撃破してしまった。
『隙ありー! てやぁぁぁぁぁ!』
それとほぼ同時に、零式戦車の横手のビルの上からアルバニ2号が飛び掛った。
しかし、そのアルバニ2号の視界は次の瞬間には細切れになってしまっていた。
零式戦車の車体の4箇所から伸びるマニピュレータアームから伸びるヒートブレードがその熱量でアルバニの車体を溶解させ、細切れにさせたのだった。
#
「ごらんのように小回りが利きにくい近接戦ではあの4本のヒートブレードが敵機体を八つ裂きにします。そしてあの主砲です」
#
白衣の研究員がそういった直後、零式戦車がビルに向かって主砲の戦車砲を発射するとビルを簡単に貫通した熱圧縮質量砲弾がビルをはさんだ向こう側で様子をうかがっていた最後のアルバニの機体をやすやすと貫通し大破させた。
#
その様子に、観覧席ではテッサとサラ以外の観覧客からは拍手が巻き起こっていた。
白衣の研究員は、その賞賛にひとしきり対応したあとでテッサたちに言った。
「いかがですかな。あれが我々八剣総研の試作戦車、零式です」
「いやはや、ここまで一方的とはね。むしろ相手の戦車のほうが役不足だったんじゃないか?」
『ぐぬぬぬぬっ……』
サラが答えて言うと、アルバニ4号が口を濁した。
テッサがそのアルバニの頭に白い手を置いて続けて言った。
「そんなことはありませんよサラさん。アルバニたちの基本スペックは軍用のウルオスに劣りません。あの戦車、零式といいましたか、かなりの体積はありますが、あれが実戦配備されれば市街地戦においても無視できない存在になることは間違いないでしょうね…… しかし気になる点があります」
「そうですか? 是非お聞かせください」
「あの戦車の兵装は大変な重武装です。それに電子制御系もハッキング防止だけではなく、反転防壁によってハッキング元を攻撃することもできると資料にあります。しかし、現在あの戦車の制御系は、この施設に操縦室を設置して遠隔操作で行っているそうですね?」
「その通りです。試験ではハッキングの危険性は排除した仮定のもとで、操縦室に10人の人員を配置して操作しています」
「だとすれば、実戦であの戦車に搭乗する場合は、とてもその操縦系を搭乗人数で操作することは難しくなるのではないですか?」
「確かに、痛いところをつかれました。今のところ、零式戦車の操縦系の問題をクリアする操縦アルゴリズムを組めるまでにはいたっていません」
白衣の男がテッサの言を認める。
「へぇ、なら実戦配備はまだまだ先か、よかったなアルバニ?」
それを聞いたサラがアルバニの青い車体をコンコン叩いてそう言った。
「いえ、そうはなりませんよ」
白衣の男が、メガネを持ち上げながら、誰に言うでもなくそうつぶやいた。
「零式戦車の操縦系。その問題も、もうじきにクリアされます。そう、もうすぐです」
その男の言葉は、どこか意味ありげだったが、そこから実際の意図するところを見通すことはできなかった。