震転のアイギス   作:3×41

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 黒辻ケムリは不幸な少年だった。

 幼少のころから、彼には家族の記憶がない。そして学校にいるとき以外はほこりっぽく薄暗い部屋にたたずんでいる記憶がほとんどで、ときおり外から聞こえてくるけたたましい笑い声に耳を塞いでいた。

 あえて一人家族がいるとすれば、彼の祖父だが、その祖父の記憶も5、6歳のころから途切れている。

 その黒辻ケムリの処遇がどうなったかというと、彼はその祖父の記憶が途切れてからほど近くして、遠縁の親戚筋の白壁家に莫大といっては大げさだが、かなりの遺産とともに養子となったのだった。

 ケムリには将来彼のものになるはずだった遺産が彼の父のものだったのか、祖父のものだったのか、あるいは別の誰かのものだったのかはわからなかったし、そもそもケムリにそのような遺産が残されていたことも知らなかった。その遺産は白壁家の両親が、ケムリが成人するまでという名目でその管理下におき、資産運用の失敗によりその半分を溶解させた後、少しずつロンダリングして今ではそのほとんどが白壁家の資産になってしまっていた。

 そしてこの黒辻ケムリは、今巨大な白壁家の豪邸の、その庭の隅にある小さな物置き倉庫の中で、そこを彼の部屋として17歳の青春時代を送っていたのだった。

 

「……」

 

 ケムリは喋らない。

 そもそも、小さな物置き倉庫の中で喋っても自分の声の跳ね返りがうるさいし、喋る相手もいないのでそれは当然だったが、ケムリは幼いころに祖父にもらった仮想空間ヘッドギアをかぶり、仮想空間の映像を目に映しながら、むっつりと押し黙って朝の訪問を待っていた。

 

 たぶんそろそろだろう。ケムリは仮想空間の映像を見ながら考えた。

 たぶんあと7秒。3、2、1……

 

 ゼロ。ケムリが頭の中でそう唱えたとき、突然に物置の扉がガンガンガンと叩かれ、次に野太い声が物置の扉越しに響いてきた。

 

「おいケムリ! いつまで寝てるんだ! 早く学校に行く準備をしろ! まったく、どんくさいやつだ」

 

 ケムリは白壁家の父がそう怒鳴るのを聞いて、しかし何の反論も、感慨すらも抱かずに、ヘッドギアを脱いでその細い体を起こした。

 とりあえず、高校に行かなければならない。

 そしてもうひとつ、今日は特にケムリにとっても憂鬱だった。

 今日は週に一度、必ず功殻機動13課に顔を出さなければならなかったからだ。

 

 

 

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 時は第三次世界大戦を経て、170年がたとうとしている。第二次世界大戦と異なり、連合国側として戦争に参戦した日本は、特段の被害を被ることも、また物資と兵力の投入によって過度に疲弊することもなくその戦争を乗り切ることができた。

 そしてささやかな戦後を経て、平時の経済活動が進行する間にも、科学技術は日進月歩の進展を遂げていた。

 黒辻ケムリにとっては、それらのどれもたいした問題ではなかったのだが、それでも祖父からもらったヘッドギアについては、文明の恩恵にささやかな感謝を感じてもいた。

 

 しかし科学技術の進展とは、ほぼ必ず、デメリットを助長するという側面がある。

 バイオ技術、サイコ技術、転送技術、さまざまな技術が新たに登場し、さらに進歩を続けたが、それらの技術は、必ずしも社会に安定をもたらしたわけではなかった。

 むしろ、社会は、劇的に、といっていいほどに不安定化した。そしてその原因は、進歩した技術が、その負の側面も伴いつつ、個人によって操れるレベルに達したことによる。

 数億パターンのウィルスが警備ロボットをハックして人を襲うこともあれば、バイオ技術によって培養された新種のバクテリアが人を獰猛なバイオ兵器へと変貌させる、そしてそういったいわゆるテロリズムの進歩と、それを防ぐアンチテロリズムの進歩は、遺憾ながら前者が飛躍的に後者を引き離してしまっている。

 そしてそういったテロリズムとは、ケムリが住む研究都市とも無縁ではいられないのが現状である。

 

 

 

 #

 

 

 

 黒辻ケムリは憂鬱だった。

 学校の授業を終えた放課後のことである。彼は帰りの公園に立ち寄り、自販機に硬貨を放り込んでジュースのボタンを押すところだった。

 

「ほら、また無駄遣い。感心しないなぁ」

「いいだろ別に、僕が僕の金をどう使おうが勝手だろ。ほっといてくれよ」 

 

 その公園は、15階建てで、ケムリがいる公園のフロアは最上階の15階だった。

 それぞれのフロアには木々が生い茂り、人々に安らぎを与えるという機能をはたしている、ケムリのそばでは掃除ロボットが草木の剪定をしてまわっていた。

 

 ケムリのそばで彼に忠告しているのは、彼の学校の同級生の雛守アイリという少女だった。

 彼女はケムリとはいわゆる幼馴染で、白壁家とは隣どうしの関係である。

 小さいころから世話焼きというか、面倒見のいい彼女は、いろいろと足りないところの少なくないケムリを助けてやることが多かったのだが、ケムリはそれ自体はありがたいと感じているが、"これ”は余計だなと感じていた。

 

「大体さ、僕らももう高校生なんだし、あんまり人目につくところでこうして男女が話すなんてどうなんだよ」

「え、なにそれ。ケムリってそんなに堅物だったっけ?」 

「いや、まぁ、どう受け取ってくれてもいいけどさ……」 

 

 アイリが怪訝そうに聞き返すと、ケムリは少しバツが悪そうに、手に持ったプラスチック製のジュース缶に目を落とした。

 

「あと特に宗像に見つかってもやっかいだしさ……」

「ん? 宗像君? 彼がどうかしたの?」 

「いや、なんていうのかな……」 

 

 要するに、嫉妬されるのである。

 この黒辻ケムリという少年は、幼馴染であるというだけで、雛守アイリと懇意にしてもらっている。

 そしてそれは、同じ幼馴染でケムリとは同じ敷地に住む白壁宗像よりも、ずいぶんと懇ろにしている。

 つまり雛守アイリはかわいかった。そしてケムリはそれを疎ましく思っている。

 

 こいつが学校の男子の気を、本人にその気がないにしても、引くせいで、僕にしわ寄せが来る。

 去年の運動会でケムリが転等し擦り傷を作ったときに雛守がイの一番にケムリの介抱を買って出たときには、ケムリの食事として白壁家の片隅の倉庫に放り込まれる缶詰が1ヶ月以上量が半減したものだった。

 

「そういえばケムリ」

 

 そういった事情をまったく知らない雛守は、別の話を切り出した。

 

「この前のウルオスのテスト、あなたかなり悪かったでしょう? ていうかF組でビリだったじゃない。それでA組には笑われるネタにされるし、F組のみんなの連帯点にも響くんだからね。第一ケムリのためにもよくないよ」

「わかってる。悪かったと思ってるけど、第三世代型の操作は苦手なんだよ」

「苦手って、私たちの学校は10年以上前から第三世代を使ってるって先生も言ってたじゃない。そういう言い訳も感心しないよケムリ。とにかく、私も練習に付き合ってあげるからさ、次のテストでは少しでも点数を上げなきゃ」

「え、いいよ。自分でやれるよ。だから高校生の男女が……」

 

 ケムリとアイリが言い合っている議題の中のウルオスとは、強化外骨格機動装置の名称である。

 進歩したメカ技術によって生み出されたウルオスは、50年前まで対テロ、紛争における戦車や戦闘機に並ぶ戦闘兵器であり、現在ではその機能の一部をアイギスが上位互換し、そして一部はケムリやアイリの通う第三攻殻付属高校の練習機となっている。 

 学園でもその実技訓練は個人点だけでなく、各クラスごとの連帯点にもかかわっているので、クラス内でも特に力が入る科目のひとつだった。

 そしてそれらの点数は、学園の卒業後の進路に大きくかかわってくるので、それなりに生徒たちも真剣に取り組んでいる。

 

 ケムリが雛守に異議をとなえかけたところで、その公園フロアの最上階の自販機のそばの二人に遠方から声がかかった。

 

「やぁ、雛守さんじゃないか。それと、誰だっけな…… ああ、F組の腰巾着か」

 

 敵愾心を隠さずそう言ってきたのは、ケムリたちと同じ高校の制服の三人の男子の中の一人だった。

 その男子生徒はケムリを簡単に一瞥すると、軽くにらんだ後、途端に興味を失ったように雛守のほうを向いた。

 

「なぁ雛守さん。君はいつまでF組にいるつもりなんだ? A組に戻ってきなよ。みんな歓迎するよ」

 

 別の男子がそれに同意して続けた。

 

「そうだよ。幼馴染だか知らないけど、そんな腰巾着たちと一緒にいたらせっかくの君の才能も腐っちまうぜ? 幼馴染なら、A組には宗像もいるじゃないか。そっちのほうが、国家公安庁への道もより確実になるしさ」

「うん、でも、それは私も何度も言ってるじゃない……」

 

 これもケムリにはちょいちょいと見かける光景のひとつだった。

 雛守は1年の後半に、優等生の多いA組からF組へと移動してきたのだ、それも、成績が振るわないという理由ではなく、自分の申告からである。

 その理由についてケムリは雛守から直接聞いたことはなかったが、当時のA組では、優等生ぞろいのA組でも特に優秀で将来国家公安庁への推薦も有望視されていた雛守がF組への転属を申し出たということは晴天の霹靂であり、ほとんどパニックのような状況になったのだった。

 そういうわけで、雛守はA組の生徒に会うとこのようにA組に戻ってくるように言われることがあったのだった。

 ちなみに雛守の腰巾着として名の低いケムリは、その場に居合わせると6割くらいの確率で敵愾心を露にされる。ケムリがそれを特段気にすることはなかったのだが。

 

 A組の男子生徒たちと雛守が問答をしている間に、ケムリのズボンの右ポケットのタブレットに通信が入った。

 ケムリがタブレットを取り出し、通信者の名前を確認すると、そこには“てっさ”とケムリによってぞんざいに登録された名前が表示されていた。

 ケムリはその名前を見て、吐き気のするような気分になりつつ、重い気分のまま通信を開放した。

 

『ケムリさんですか? こちら攻殻13課のテッサです』

 

 タブレットから、雛守よりも、さらに幼くあどけない少女の声が聞こえてくる。

 しかし彼女がケムリにとって良い知らせを運んだことは、今までに一度もない。

 

「知ってるよ。それでもしかしてだけど、なんかあったの?」

『はい。詳しくはおってダハクから情報をもらってください。第14研究特区のクレスト=アーバレスト社がテロリストとおぼしき集団に占拠されました。幸い人質は取られていません。現在警察庁も対応していますが、私たちの課はサラさんも雲将さんも出払っていて、クレスト社に近いのはケムリさんだけなんです』

「ああ、死にたくなってきた」

『お気持ちはお察ししますが、本当にすでに死人が出てしまっています。至急現場に向かってください。よろしくお願いします』

 

 通信先のあどけない少女の声にそう告げられると、ケムリはタブレットの通信を切り、ため息をついて、次に男子生徒たちと話している雛守に言った。

 

「ごめん雛守。盛り上がってるところ悪いけど、用事ができたから僕は先に帰らせてもらうよ」

  

 先に帰るというのは方便で、ケムリは公園フロアを1階へ降りると、そのままの足でダハクからタブレットに送られた膨大な情報にうんざりしながら地図だけ確認して車道を走るタクシーに向かって手を上げた。

 

 

 #

 

 

 

 ケムリが行き先をタクシーの運転手に告げると、運転手は死に物狂いでクレスト社に向かうのを嫌がったので、クレスト社近辺までなんとか向かってもらって、急いで電子領収書を切ってもらってから、ケムリは走ってクレスト社に向かった。

 

 ケムリがクレスト社の天にそびえるビル群のそばまで来たとき、すでにそこには警察庁が数十人で立体映像を囲んで作戦を協議していた。

 ケムリがそこに近づくと、陣頭指揮をとっていたようである警察官がケムリに怒鳴りつけた。

 

「おいお前! なんで子供がこんなところに来てるんだ!」

「あの、僕は……」

「いいからさっさと非難しろ。撃ち殺すぞ!」

 

 だいぶピリピリしているようだった。ケムリが警官の胸章を見て見ると、7階監査官、どうもキャリアらしく、最近配属されたに違いない。

 

 そのキャリア監査官の横から別の、おそらく彼の部下が

 

「ここは攻殻のアイギスに協力要請を出すこともできますが……」

 

 というと、監査官は怒りを抑えない様子で

 

「あんなわけのわからん兵器が信用できるか! この案件は警察庁だけにしか対応できん!」

 

 と部下に怒鳴り返した。 

 ケムリがいったん引き下がると、そのそばから電子音がケムリに話しかけた。

 

『やぁケムリ君じゃないか~。なんでもっと早く来てくんなかったのさ。もう第一突撃隊が全滅しちゃったみたいよ』

 

 ケムリに話しかけたのは、人間ではなく、ロボット、それも小型自律思考戦車、通称アルバニだった。車体のナンバリングを見るにこいつは3号である。

 運用としては試験段階だったが、攻殻13課のテッサの強い要望でこの課にだけ例外的に配属されることになったのだった。

「まじかよ……」と青くなってつぶやくケムリに、その白い単眼の自律思考戦車8本の足のひとつを腕のように掲げて続けた。

 

『うんうん。ていうかけっこう重装備だったから、警察庁のお偉いさんもそれで方がつくと思ってたようなんだけどね。10人全員瞬殺だったよ。いいところまで行ったんだけどね。その中の一人の電脳情報があるけど見るかい?』

「やだなぁ……」

『まぁまぁそういうなよ。その人間特有の感情は興味深いけど、それはそれとして貴重な現場資料なんだからさ』

 

 あっけらかんとした口調の自律思考戦車に少々辟易としながら、ケムリはその突撃隊員がテロリストに占拠されたクレスト社に向かい、絶命するまでの視覚情報のアルバニから自身の電脳殻への転送を許可した。

 すると次の瞬間にはケムリの視界がブラックアウトし、彼の電脳殻に転送された情報によって聴覚には怒号と悲鳴があふれはじめた。

 

 

 

 #

 

 

 

「止まるな! ゴーゴーゴー!!」 

 

 今となっては殉死した突撃隊の男が叫んだ。

 突撃隊は強化外骨格、ウルオスに身をつつみ、生身ではとても持てないような重機関銃を担いでクレスト社ないの巨大な研究区画を突破していた。

 

「研究データがクラックされて転送されたら終わりだ! データ保管殻のテロリストを押さえる! 生死は問わん!!」

 

 突撃隊のリーダーの男が叫んで、廊下の後方から追いすがるテロリスト3名を重機関銃の掃射でひき肉に変えた。

 テロリストもそれなりのパワードスーツを着込んではいたが、ウルオスのプラズマリアクターとは出力が比較にならないし、大口径の重機関銃の掃射を防ぎきるほどの外骨格などウルオスとアイギスを除けば現在確認されていない。

 

 とはいえ、10名の突撃隊のうち、すでに2名は殉死してしまっていた。ウルオスの強化外骨格でも、銃弾が蓄積すれば無傷でいることはできなかった。

 現在研究棟の突入地点からテロリストたちがデータのクラッキングを行っていると思われるデータ保管殻まで8割ほどの地点まで進行していたが、それにしたがってテロリストたちの攻撃も集中化し、苛烈になっていた。

 

 しかし、問題ない。ケムリの視界をそのとき持っていた突撃隊のリーダーはそう考えていただろう。

 ウルオス小隊は高度に訓練されている。2名やられたが、その時点で50名以上殺していた。そしてデータのクラックにはまだ時間がかかるはずだ。

 廊下の影でテロリストたちが向こうに築いたバリケードをCCDコードカメラで確認しながら、その突撃隊のリーダーが攻撃のタイミングを図っていると、ふいに、彼の後ろで別のウルオスに身を包んだ彼の部下が

 

「嘘だろ……」

 

 とつぶやいた。

 

 何かあったのか?

 

 そう思ったリーダーの男が首を90度ひねったところで、その男の電脳記憶は途絶えた。

 つまり、この時点でこの男は死亡したということである。

 

 

 

 #

 

 

 

「くそっ……」

『ね? 見た見た? この一瞬でウルオス小隊の8名が全員殉死したようなんだよね』

「おいアルバニ。この人らがどんだけ貴重かまぁ戦車にはわからないと思うけどさ、僕ら学園生から言ったら超絶優等生だった人たちなんだよ。全国1000万人の中で国家公安にウルオスキャリアーとして入れるのはせいぜい1000人くらいだからな。そういう才能が消えちまうのは……」

『んーまぁねー。僕らならAI殻が無事ならまた再建造すればいいだけだしねー。んでケムリ君、どうするの?』

 

 あっけらかんとした電子音のアルバニ3号にそういわれたケムリは、さきほどの監査官のほうを見ると、あいも変わらず怒鳴り声であれこれ指示を飛ばしていた。

 あれでは協力は難しそうだ。

 少し悩んでいる様子のケムリにとなりで白い単眼をグリグリ回していたアルバニが提案した。

 

『まじめなテッサちゃんは反対するかもしれないけど。たぶんダハクはボクと同じ提案をすると思うよ。ケムリがボクと一緒に強行突破! これだね!』

「ダメだよそんなの…… 僕があとでテッサにおこられちゃうだろ……」

『でもどうすんのさ? ダハクの計算では、あちらさんがデータをクラックするまでにあと1時間2分36秒くらいだって言ってたよ?』

 

 くそっ。再びケムリは脳殻の中で毒づいた。

 ダハクがそういうなら、絶対にそうなのだろう。多少の誤差はダハクでさえもとらえきれないとはいえ、そのほかの客観的データを何千万回の試算すれば、1時間2分36秒、いや、あと22秒くらいになったか。

 大体そういうことなら、おそらくもう一度ウルオス小隊が何個小隊か投入されることになるに違いない。

 さっきウルオス小隊を消したものがなんなのかわからない以上、それで出る被害がどの程度になるかケムリにはとても予想がつかなかった。

 

『どうすんのよケムリくーん。ボクのほうは準備できちゃってるんだけどなー?』

「くっ……」

 

 アルバニが背中のポッドをフリフリと揺らしながらねだるように言った。

 こいつ、本当に作戦のために言ってるんだろうな? もしかして単に自分の戦闘データを採集したいから言ってるだけなんじゃないのか?

 いずれにせよ。ケムリは冷静に考えをめぐらせた。

 このアルバニ3号の言うことにも理がないわけではないのだ、せめてウルオス小隊を強襲したものが何かだけでもあらかじめわかっておけば……

 

「わかったよ。ただしお前もあとでテッサに怒られろよ。テッサはお前らには甘いからな」

『お! やっと決断してくれたようだね! それにテッサちゃんのことは信用が違うんだよケムリ君。ま、それはいいか。それじゃ早く背中のポッドに入っちゃってよ! あと56分46秒しかないよ!』

 

 好戦的なアルバニと対照的に、不承不承という感じでケムリが自律思考戦車の背部のポットに乗り込むと、

 

『よーし! いっくよー!』

 

 とアルバニがケムリに告げて。

 目の前にそびえるクレスト社のビルと、ケムリとアルバニの間に位置する警察の作戦本部に向けて6本の脚部型車輪を回転させ、フルスロットルで突撃した。

 

「くっ……」

 

 自律思考戦車の加速による強力なGにケムリはうめき声を上げながら、ポッド内部のディスプレイにアルバニの単眼から送られてくる視覚情報が映し出されるのを見ると、さきほどの監視官が臨時作戦本部へと加速するアルバニに向かって

 

「なんだあれは! こっちに来るぞ! おい! ウルオス小隊はいないのか! あれをとめろ!」

 

 と周りに叫んだ。

 アルバニは一気に浮き足立った監視官たちに向かってさらに加速を強めながら陽気な様子で

 

『はいはいそのままそのまま~。動かないでねー』

 

 と言うと。アルバニの1tの車体が作戦本部に突っ込む寸前で、高速回転する車輪を持つ6本の脚部を縮ませ、上空にジャンプした。

 車体の中のケムリはというと突然の無重力状態に気持ち悪くなっていた。

 作戦本部の上空をビルの3階分くらい上空を飛翔した自律思考戦車は、次に作戦本部の向こう側に着地し、そのままクレスト社のエントランスへと加速した。

 

『ほいほい~。電磁迷彩起動~っと』

 

 クレスト社の門に入ろうかというところで、アルバニがそういうと、

 

 ブブン

 

 という電気音とともに、アルバニの姿が周囲の景色に溶け込んだ。

 スコープを使わなければこの状態のアルバニの迷彩率は99.9%以上である。

 

 ほどなくして、クレスト社のエントランスの目前まで迫ると、アルバニはそのエントランスには入らず、車体の前方の二本のマニュピュレーターアームから電磁アンカーをクレスト社のビルの上方に射出し、そのままビルの壁面を登ると、ウルオス小隊が全滅した74Fの窓をマニュピュレーターアームの内蔵機関銃で破壊し、そのままクレスト社内部74Fへと雪崩れ込んだ。 

 

『ほいほい到着~。ボクの装甲はウルオスと同等性能だからね。こっからはケムリ君におまかせしちゃうね~』

「そりゃ仕方ないかもしれないけど。そのテンションがちょっとうざいよ」 

『やだな~ケムリ君。リラックスだよリラックス』 

 

 自律思考戦車に毒づいても仕方のないということはケムリにもわかっていたが、しかしそう毒づきながらポッドから降りると、その広いフロアには窓が破壊されたことを受けてすでに7名ほどのテロリストが集まり、迷彩率99.9%の何もないように見える空間から、一人の少年が降りてきたことに驚きを隠さなかったが、

 

「アルバニ、下がっておいて」  

『合点承知のすけ~』 

 

 しかし次の瞬間には、テロリストたちが7名全員、装備していた機関銃の銃口を何のためらいもなくケムリに向けた。

 7つの銃口にロックオンされた瞬間のケムリは、すでに小さい声で何かつぶやいているところだった。

 

「ダハク、アイギスを転送しろ」

 

 ケムリがそういった瞬間、ケムリの住む巨大な研究都市の電気系統が一瞬完全に途切れた。

 

 

 


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