1997年アメリカ合衆国
小奇麗で品のあるレストランでシュウは自分より一回りぐらい年上の男性と同じテーブルに着き座っていた。
「やあ、久しぶりだね。ミスターシラカワ」
男性は、にこやかにシュウに挨拶する。
「ええ、お久しぶりですね。グレイ」
シュウもまた、不適に微笑みながら彼、グレイ氏に挨拶した。
「では、我々の再会を祈って乾杯しよう」
「そうですね・・・」
シュウとグレイ氏は、テーブルの上に置かれているグラスを手に持ち、肩の高さまで掲げる。
「「乾杯」」
チンと鈴のなるような音が静寂な空間に響く。
「まさか、君が私の誘いを受けてくれるとは思わなかったよ。何せ何時も忙しそうだからな」
グレイ氏は、シュウが自分の招待を受けた事を意外だと言った。もっとも、その言葉の下には、自分の会社以外にも技術提供をしているシュウに対する皮肉も幾ばくか存在していた。
「あなたの誘いなら問題ありませんよ。身の程も知っている事ですしね」
皮肉を言われたシュウは涼しい顔で受け流す。目の前の人物は、シュウ・シラカワと言う人間の付き合い方を心得ているのでビジネスの相手としてはシュウも一目置いているのだ。
「おお、怖い怖い。・・・例のエンドングループの件、君が関わっているんだろう?」
グレイ氏の言うエンドン・グループはエネルギー関係の大企業であったが、つい先日、簿外債務の隠蔽を始めとする不正が明るみにでて、株価は暴落、会社は倒産してしまったのだ。
そして、グレイ氏はそれにシュウが絡んでいると見ている。この会社もまたシュウの技術提供を受けた形跡が見られ、それからしばらくして事件により倒産したからだ。
「さあ、どうでしょう?・・・あえて言うならば、何人たりとも私を利用する事は出来ないのですよ」
グレイ氏の追及をシュウは肯定しなかった。だが、己のポリシーを説明したのは、真相の証明とグレイ氏に対する警告だろうか。
「分かってる分かってる、ちゃんと君とはwin-winの関係で行こう」
「慧眼ですね」
もっともグレイ氏は、シュウと言う人間は一方的に利用されるのを嫌うが、契約に基づいた関係までは否定しない事を見抜いていた。いや、だからこそシュウは彼に接触したのかもしれないが・・・。
「・・・それで私を呼んだ理由は何ですか?」
時間の按配も良い頃にシュウは、今回の用件をグレイ氏に聞いた。
「おや、君ならとっくに知ってると思っていたが?」
「さあ、さすがに個人が極秘計画までは知ってるのはおかしいと思いますが」
「確かに、な。・・・では、一応説明しよう」
グレイ氏は、アメリカが主導するある事業に参画する事になったことを説明した。
そして、その事業はグレイ氏自身はボカして説明したが、案の定シュウは知っている。
それが国連の極秘計画、オルタネイティヴ計画に関係する物だと。
かつての外宇宙探査計画、ダイダロス計画の成功。 NASAがかつて深遠に飛び去ったイカロスⅠの信号を受信し、蛇遣い座バーナード星系に適合度AAの地球型系外惑星を発見したのだ。
これを受けてアメリカ合衆国はユーラシア各国の主張に配慮し、系外惑星への避難を加えた次期オルタネイティヴ計画修正案を提出した。
そして国連は、オルタネイティヴ5予備計画としてアメリカ案を選択したのだった。
「君には我が社が参画する移民船の建造計画に参加して欲しいのだ」
「なるほど・・・」
グレイ氏の会社はラグランジュポイントにおける巨大宇宙船計画に参画した。正に人類の命運を掛けた大事業だ。それゆえ万全を期するために最近世間を色々な意味で騒がしている『メタ・ネクシャリスト』シュウ・シラカワに力を欲したのだ。
・・・頼む相手が悪すぎだと思うが、それでも彼の力が欲しかった。
「念のために言っておくが、この話は此処だけの話だ。別に聞いたからって君を拘束するつもりは無い。・・・怖いからな」
「随分いきなりなお話ですが、まあ貴方の誠意と思っておきましょう」
そのために本来なら極秘計画である為、話を聞いただけで巻き込めるのにもかかわらず、それをしなかったのはシュウへの道理を通したのだ。
ここで強制しようとするのは本末転倒だからだ。
もっとも神出鬼没で組織に属していないシュウを権力でどうこう出来る筈が無いと知っているからでもある。
「それでどうだろうか?」
「私としては協力するのは吝かではありませんが・・・私も多忙な身でしてね。今までと同じではいけませんか?」
「・・・この箱舟には10万の人間が乗るんだ。出来れば最善を尽くしたい。だから、シラカワ博士、君の力が必要なのだ」
虚空に浮かぶ巨大な箱舟が運ぶ人間の数はおよそ10万人。それだけの人間を長期に渡って過酷な宇宙空間で輸送するのだ。失敗は許されない。
「・・・仕方がありませんね。これで我慢して頂けませんか?」
グレイ氏の懇願にやや沈黙していたシュウは、彼に懐から出した物を差し出した。
「これは、タブレットか。・・・技術だけ渡すのでは無く君自身が研究に関わって欲しいのだが」
それは本来ならこの世界に存在しないタブレット端末だ。シュウの持つ知識で作られたその中には宝が詰まっている。
「話は、中を見てからです」
「ふむ・・・。しかし、良くもまあ、この様な物まで作れる・・・!?」
タブレット端末に改めてグレイ氏は感嘆する。シュウがタブレット端末を使い技術を提供しているのは、自身の持つ技術力のアピールでもある。まあ、無駄に紙の資料を渡す手間を嫌ったというのもあるだろうが。
だが、読み進めていたグレイ氏は、そんなことなど頭の中から出て行った。その中に書かれていたのは彼の想像だにしない物だった。
「シラカワ博士・・・これは・・・」
「見ての通り。それの中身は宇宙空間における環境循環システムの資料ですよ。長期恒久的に宇宙で生活するのに必要な技術ですよ」
「だが、これは今までのとは格が違う・・・!」
シュウが渡したのは、コロニーなどの長期間、宇宙で生活する為に必要な環境循環システムの技術資料だった。今までシュウは新素材や新型部品などを各地にばら撒いていたが、これは今までばら撒いていた一世代進んだ代物では無く、遥かに進んだオーバーテクノロジーだった。
「この程度、私にとって造作もありませんよ」
もっともシュウ自身の本来の研究に比べると格段に劣る技術はシュウにとって差ほど重要な物では無かった。
「・・・君はまるで金の卵を産むニワトリ、いや猛禽だな」
「ふっ・・・」
グレイ氏は、シュウ・シラカワの恐ろしさとその生み出す代物を改めて認識した。
「・・・そういえば、君は何時出馬するのかね?」
ふと、思い出したかのようにグレイ氏はシュウに尋ねる。シュウは技術提供に当たって金銭の他に要求しているモノがあった。
それは、いずれ政治の舞台に出る自分に助力して欲しいという事だ。
シュウは色々と怪しい男ではあるが、このような理由を与えられた企業家などは安堵した。
それも当然だろう。これほどの技術を態々提供する理由がわからない状態よりも、こんな俗な要求があった方が安心出来る。そして、それこそがシュウの狙いでもある。
「まあ、時が来たら舞台には上がりますよ。時が来たらね・・・」
シュウは時を待ち続けていた。新たな時代の幕開けを・・・。
機甲士は、自由の為に世界の真理を見つめる。
***
日本帝国横浜白稜国連基地
「・・・・・・・・・」
横浜基地で飛び交う戦術機を栗色の髪をした女性は見ていた。その女性は、体形の均整が取れていて、女性の象徴が豊かである。だが、その美貌の顔に憂いを浮かべているのもまた一つの絵になるだろう。
「あら、まりも。どうしたのよ?」
その女性、神宮司 まりもに話しかけるモノが居た。
「ッ!?香月博士!」
まりもは、話しかけて来た人物、香月夕呼を見ると姿勢を正し敬礼した。
「あ~、別に良いわよ。普段どおりにしなさい普段どおりに。私がそういうの嫌いなの知ってるでしょ?」
香月博士は手を振りながらまりもに語りかけた。香月夕呼はまりもの上官でもあるが、まりもを振り回してきた長年の親友でもあるのだ。そして、夕呼は、その天才性により礼儀などの虚飾を嫌うタイプでもあり、部下のまりもにとって頭の痛い存在でもある。
「・・・はあ~。夕呼ったら、もう・・・」
「それでどうしたのよ?」
「・・・何人生き残れると思う?」
まりもは、目の前の戦術機、自分の教え子たちを見ながらまりもに言う。まりもの教え子は、VFA-01別名A01と言う部隊に所属しているのだ。
VFA-01
1997年、オルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊、すなわち特殊任務部隊A-01が発足した。
香月博士直属の非公式実働部隊であり、作戦実行のためにはコストを問われず、絶対の成功を求められる特殊任務部隊だ。
だが、オルタネイティヴ第四計画を完遂させるため、国連軍が表立って関与できない作戦であっても、超法規的措置により派遣される。その過酷な任務内容から人員損耗率が最も激しい事が予想される。
「・・・言っておくけど私は平気で効率的に使い潰すわよ」
「わかってるわ。わかってるけど・・・」
「まりも。これは必要なことなのよ。BETA達に勝つには、どんな手でも使わなければいけないのよ」
「・・・・・・・・・」
まりもは夕呼の言葉に返事をせず、目の前を見た。そして、祈った。教え子の無事を・・・。
(そう、その為には何だってしてやるわ。悪魔に魂を売ろうが地獄に落ちようが・・・!)
そんなまりもを見ながら夕呼は改めて決心する。世界を救う為に・・・。
女狐は、聖母を目指し、畜生道を往く。
***
一方、ラ・ギアスでも動きがあった。
16体のオリジナル魔装機が完成し、テュッティ・ノールバックが召喚され、更にはリカルド・シルベイラが大地の魔装機神『ザムジード』の操者に選ばれるなど、正に順風満帆なラングラン王国に一抹の影が過ぎった。
ラングラン新暦4955年ラングラン王国王宮
「クリストフ様と連絡がつかないだと?」
外務卿グラムは目の前の女性、サフィーネ・グレイスの報告を聞いて眉を顰めた。
「はい、エーテル通信機からの連絡が途絶えました」
ここ最近、サフィーネの持つ通信機にシュウからの定時報告が来ないのだ。
「やれやれ・・・さては、絆されたか?全く半分は地上人とは言え、王族で第三王位継承者の自覚を持って欲しい物だな」
外務卿は溜息を吐きながら、そう言った。彼はシュウ・シラカワが地上に情が沸き、出奔したと考えたのだ。
(シュウ様が地上に絆されて消息を断つ?ありえないわ。あの方はそんな人では無いわ。あの目はそんな目じゃない)
だが、サフィーネは、その意見を心の中で否定した。一目あったときからシュウ・シラカワという人間から目を離せなくなった彼女はシュウを知ろうとした。正に恋する乙女である。そして、サフィーネの知るシュウは、外務卿の言うような人間とは違うのだ。
(そう!シュウ様のあの視線!アストラル体まで射抜かれるような感じよね・・・でも・・・あれがまた感じるのよね~。う~、ゾクゾクするわぁ)
・・・もっとも恋する乙女であってもサフィーネはサフィーネであった。
(・・・とりあえず、この件はルオゾールに報告した方が良いかしら。気が進まないけど)
***
影。
その影がこれからどのような影響を及ぼすのか、この時点で知るモノは居なかった・・・。