基地にある応接室。品の良い、かつ軍事施設らしく華美すぎない内装は、落ち着いた印象を与える。その一室でシュウ・シラカワとビル・ゴア大統領は、ソファに身を沈め、向かい合っていた。
「そういう訳で私自身が直接判断すべきだと思ったのさ。人に任せるには大きすぎるからな」
「なるほど、道理ですね」
シュウは大統領の説明に頷く。シュウの想定では、あくまで政府高官との接触が想定内で大統領自身がこの段階で彼に会いに来る確率は低いと踏んでいた。
だが、大統領自身は、シュウ・シラカワが接触した友人からある程度、情報を得ていた。嘘を言わず、自由を偏愛する、しかし約束は守る。オブラートに言うとそれがシュウ・シラカワだ。そんなシュウが蒼い魔神は自分が作り出しました。G弾の問題を改善出来ます。と売り込んで来たのだ。怪しさ爆発で、事前に知りえた情報を知っていても半信半疑だった。それゆえに自分が直接見極める必要があると判断したのだ。
「さて、君はオルタネイティブ第五計画の主任に、いや、第五計画そのものを欲しているわけだが、この計画にはある問題は発生している。それは、分かっているのだろう?」
「ええ。ですが、私にとっては、問題ですらありませんよ。私のグランゾン・・・あなた方が言う所の蒼い魔神にも搭載されているグラビコンシステムを利用すれば、被爆地の重力場異常の問題は解消できます」
ビル・ゴアの投げかけた言葉にシュウは、事も無げに答える。ビル・ゴアの脳裏には副音声でその程度、私にとっては造作もない事ですと響いたかのように錯覚した。
「グラビコンシステム、だと?」
「先ほどお見せした現象を引き起こした重力場制御装置の事ですよ。理論上、空間転移すら可能とするコレを用いれば重力兵器の実用化も簡単ですからね」
「重力制御・・・それをあのサイズでか」
「はい。XG79のような欠陥品とは違いますよ。それにG元素も使用していませんからね」
現在、この地球で重力制御装置を搭載している機動兵器はXG79しか存在していない。しかも、その重力制御自体もG元素を利用しているし、その制御も完璧ではない。重力障壁であるラザフォード場が制御できず、搭乗者がミンチよりも酷いスープ状になったのは、ビル・ゴアも過去の報告書などで知っていた。
「・・・機密情報を知っている事に対し色々と言いたいことはあるが、G元素を使用していないだと?」
「その通りですよ。私の持つ重力制御術はBETAのようにG元素を頼りとしていません」
「普通なら信じられないが、先ほどその証拠を見たばかりだからな・・・確かに君ならG弾の問題点を解決できそうだ」
ビル・ゴアは、空間転移を実現して見せたグランゾンに確かに期待していた。警戒するべきだとは、わかっていても現在の苦境を脱するには、そして、目の前の技術が齎す国益の前には、勝てない。そのためには価値が下がりつつある第五計画を売りに出すのも悪くは無い話だ。
ちなみにグランゾンの空間転移は、もっと速やかに行う事が出来て、大統領たちが内輪で相談できる時間があったのは、技術を見せつける為だった。
「となると私の提案を受けてくれると?」
「その前に聞かせてくれ。君の正体と目的を」
いくら目の前にご馳走が並ぼうともそのまま飛びつくはずがない。無論、警戒しているからこそ現在、面談している訳だが。そして、正体不明のシュウ・シラカワの存在そのものに話を振るが。
「私は地球人ですよ、紛れもなくね。ただ、現在地上で知られていないことを知っている、ただそれだけです」
「ちきゅう人、ね?」
シュウは、煙に巻くように言う。大統領も判断が付かない。自分はBETAでは無いと主張しているのか、所属国を誤魔化そうとしているのか、それとも国家の枠組みに捕らわれていないと言い張るのか。
実際は、地球人と地底人(ラ・ギアス)のハーフだ。地底人と言っても地球の地底世界なわけだから、嘘は言っていない。嘘は。
「目的としては簡単ですよ。地球人類の主権の確立、それだけです」
「何だと?」
シュウにとって地上は本来母の故郷ぐらいの意味合いしか持たない。それが地球を守りたいと思ったのは、母への思いだけではない。英傑ビアン・ゾルダークの影響が大きい。
「あなたは私が何らかの組織に関わっているのかを不安に思っているようですが、それはありませんよ。あくまで私個人が貴方方へ協力しようと思っているだけです」
「・・・それなら日本でも良いのではないかね?」
「日本?確かにあの国はいろいろと興味深い点はありますが世界を主導する事は出来ませんね。自由民主主義の多民族国家そして地球世界を支える大国、USAで無いとBETA大戦における勝利と戦後の復興は成し遂げれないと私は思っています」
シュウの知る日本は色々なスーパーロボットを作り出したり、様々な事件が多発したりと特殊な地域の場合が多い。この世界でもある希少鉱物や特殊な能力者を生み出している日本列島は興味の対象だ。だが、日本の村社会根性では世界を主導する位置足りえないと判断している。そして、何よりもアメリカ合衆国は仮にも自由を国是としている国だ。他の国に比べるとシュウにとってそこが最善だったのだ。
「ふむ、つまり君は戦後社会を主導するのはアメリカだと言いたいのか?」
「出来れば地球圏統一国家の設立まで言ってほしい所ですがね。そもそも、この大戦の劣勢は人類同士の対立が大きな原因です。それは貴方も承知と思いますが?」
シュウ・シラカワ、地球に反旗を翻す組織に属したり世界のお尋ね者にもなっているが地球の統一機構そのものは否定していない。そもそも新西暦世界では、世界征服の理由は対異星人用の軍事政権の樹立が目的であったし、SDF艦隊やロンド・ベルにお前らが地球を支配して異星人に対抗すれば?と嘯いたりしていた男だ。
だからこそ、冷戦の真っ最中のまま、BETAに対抗している地上社会に不満を持っているのだ。
「それはわかっている。だが、世界国家思想か、随分とロマンチストなんだな、シラカワ博士は」
「そうですかね?必要性や実現性、夢物語で語れるほど小さいとは、思えませんがね。まあ、アメリカとしてはモンロー主義に回帰したい動きがあるようですからね」
「・・・そうだな。正直、BETAの問題が片付いたなら難民問題を片付けて、経済を立て直したいのが本音だからな」
「ですが、その為にも世界を主導しなければいけないと言うのも皮肉な点ですね」
もっとも国益や思想、主義の関係上、簡単に統一機関は作れない。ただ、現実問題、荒れ地になったユーラシア大陸を再生し、国境や国家再生を含めた国際秩序を再構築するには、それこそ人類そのものが団結しないと不可能だろう。ただでさえ国土を失い戦費が嵩んでいるのだ。これで再興費用の事まで考えれば首が回らないだろう。
そして、戦後社会を見据えて行動しているアメリカ合衆国とて度重なる戦費と戦死者、更に難民による問題。BETAの問題が無ければモンロー主義、すなわちアメリカ孤立主義にすぐさま移行しても可笑しくないのが現状だ。
「全くだ。・・・さて、君の考えはある程度は理解できた」
「それで面接の結果は、どうでしたか?」
「色々と言いたい事はあるが、合格だ。君の事は共通の友人から言い含められていたからな」
ビル・ゴア大統領とシュウ・シラカワは、ソファーから立ち上がり右手を相手に差し出した。
「これからよろしくお願いしますね。ビル・ゴア大統領閣下」
「こちらこそよろしく頼むよ、シュウ・シラカワ博士。我がステイツの為にもな」
「ええ。では、契約内容を詰めるとしますか」
「うむ」
シュウとビル・ゴアは、話を続ける。どこまで協力して、どこまで従うのか、特にシュウ相手なら尚更決めておかなければならないのだ。
***
基地の中央に待機したままのヒュッケバインやグルンガストの中には白銀武と鑑純夏が居た。周囲に居るラプター達を警戒しつつも直ぐに行動できるようにしていた。会談が失敗した場合、シュウを回収しなければならないからだ。
そんな緊張感が漂う中、通信が掛かってきた。
「武、聞こえますか?」
「シュウさん!大丈夫でした?」
「ええ、恙なく面接は終わりましたよ」
シュウの報告を聞き、画面に映っている純夏が安堵のため息をついてるのを武は見た。
「よかった・・・」
「それでですね。ビル・ゴア閣下の要望でヒュッケバインの性能を知りたいとの事で突然ですが実弾によるテストを行ってもらいます」
「っ、はい!・・・ところでビル・ゴアって誰ですか?」
ヒュッケバインのテストと言う言葉についに来たかと体を一瞬固くするが、シュウの話した内容で気になった内容があったの質問したら、呆れたような息遣いが武の耳に聞こえた。
「・・・武、新聞位読みなさい」
「いや、シュウさんのところにある新聞って全部英字じゃないですか」
「何をゆとりみたいな事を・・・後で日常生活に困らないだけの英語力を身に着けさせる必要があるようですね」
「うぇっ・・・」
勉強と聞いて思わず顔を顰める。他の世界の記憶を手に入れたとは言え、この世界では、まだ任官していない。そもそも横浜ハイヴから救助された時は、まだ高校生にもなっていない時だ。
「ちなみに純夏。貴女もですからね」
「うわ~、私にまで飛び火した!?」
純夏は、頬をふくらませつつ武を睨む。武に抗議の意を表しているのだが、当の武は可愛いなあと頭の中で呟いていた。ハイヴの中の極限状況、ラ・ギアスでの共同生活、そして平行世界からの結ばれた記憶、これらが積み重なり二人の想いに介入できる人物は殆ど居なくなっただろう。
「ビル・ゴア閣下は米国大統領ですよ」
「ふぁっ!?」
「ふぇっ!?」
シュウの言葉でラブコメチックな空気は一瞬で吹き飛ぶ。さすがに大統領がここに居るという事実は少年少女を驚かせたらしい。冥夜の姉と違って、ある程度距離感があるからこそ彼らにとって雲の上の人間だと、アメリカ大統領は思われているのだ。
「準備に少し時間が掛かるますが、その間貴方がたは、基地の誘導に従ってください」
「「は、はい・・」」
通信が切れると二人は深く息を吐いた。
「武ちゃん・・・何だか凄い事になって来たね」
「あ、ああ・・・俺も前の世界でBETAとの戦いで色々の所に行ったけど、アメリカでしかも大統領の目の前で戦術機の試験を行う事になるとは思わなかったなあ」
「うん。・・・それと武ちゃん、今乗ってるのヒュッケバインでしょ?確か戦術機と違うってシュウさん言ってなかった?」
「あー、そういやそうだな。確か、パーソナルトルーパーだっけ。機体もリアルバルジャーノンみたいだしなあ」
「ホント、シュウさん・・・と言より、ラ・ギアスって凄いね」
「ああ。つか、BETAも大概SFだけど、まさかファンタジーまで実在するとは思わなかったなあ、リアル世界」
この時、武は思った。いや、本当は助けられた時からうすうす思っていた。これだけの力があるのだから、もっと早く地上を助けてくれたらよかったのにと。
「そうだね。・・・でも、ファンタジーって割には妖精さんとかには会ってないけどね」
「そういや、そうだな。ファミリアとか言うのは居るみたいだけど、そういう定番の奴は見た記憶がないなあ」
「なんか夢がないよね、ファンタジーなのに」
「いや、一応現実だから仕方ないんじゃないか?」
二人が話している間も周辺の状況は動いている。グランゾンとヒュッケバインとグルンガストの三機を取り囲んでいた戦術機は、包囲を解き、テストの不測の事態に備えていた。基地側もターゲットのドローンの準備を進めていた。
そして、翻訳機を通して、指定位置に移動するよう通達が来たのだ。
「武ちゃん」
「ん?」
にっこりと純夏は微笑む。
「がんばってね」
「おう!」
操縦桿を前に倒し、ペダルを踏む。ヒュッケバインは、一瞬屈み、そして屈伸を利用して飛び立つ。
「さて、行くぞ!」
テスラドライヴにより慣性から解放されたヒュッケバインは、軽やかに空を舞う。