西暦1998年八月下旬日本帝国
BETAの本土侵攻は一ヶ月に及び熾烈な防衛戦の末に遂に帝都は陥落してしまった。
BETAの侵攻は、佐渡島ハイヴの建設に伴い長野県付近で停滞した。だが、その間にアメリカ合衆国は日米安保条約を一方的に破棄し在日米国軍を撤退させてしまったのだ。
アメリカが主張する条約破棄の理由は、度重なる帝国軍の命令不服従を主に挙げている。実際に戦略兵器の使用を主張するアメリカ軍に対し、帝国国防省が猛反対していたのは事実である。
その結果、日本帝国は、独力でBETAに対抗せざる負えなくなった。故に日本帝国は、停滞したBETAの再侵攻に備え、軍の再編成を急いでいた。
再編成される軍の中には、篁 唯依の姿があった。学徒兵である彼女は、軍の再編においては、後回しにされており、しばらく時間を持て余していた。そして、時間が空いている彼女に会いに来た人物が居た。
「唯依、良く、良くぞ無事に帰ってきた」
「お父様!?」
唯依は突然現れた自分の父親に驚く。彼女の元に訪れたのは彼女の父、篁 裕唯だった。
「おまえに何かあったら、私は・・・」
「お父様・・・」
父は娘を抱きしめる。この腕の中に唯依が居ると、生きていると、彼は心を震わせていた。
「裕唯、気持ちは分かるが、そろそろ良いか?」
「巌谷の叔父様!?」
親子の時間に水を差した人物、彼は髪を後ろに降ろし、顔の左側には一筋の傷跡があった。巌谷榮二、篁 裕唯の友人で、かつては斯衛軍所属の開発衛士としてF-4J・改『瑞鶴』の開発に携わり、模擬戦に於いて当時最新鋭のF-15C『イーグル』を撃破した伝説的な衛士でもある。
「ああ、すまないな、榮二。唯依、いや篁少尉」
「はっ、はい!」
友人の言葉に娘に会いに来たもう一つの理由を思い出した裕唯は、軍人として唯依に接する。
「君はあの蒼い魔神と接触したそうだな」
「はっ。私は、いえ私たちは戦場に介入した彼らによって助けられました」
「それは・・・彼にかな?」
裕唯は、唯依にあるモノを見せた。
「!?シュウさん!」
それはアメリカで発刊されている科学雑誌の一つだった。それにシュウ・シラカワの姿が写っていたのだ。もっとも、唯依も見た事のあるいつもの服装では無く、Yシャツにネクタイを締め、ベストを着こなし、その上に白衣を纏っていた姿だった。
「・・・閣下の予想が当たったか」
「シュウさ、いえ、シュウ殿をご存知なのですか?」
唯依は、思わず声を大きくして質問する。裕唯が呟いた言葉は小さくて聞き取れなかったようだ。
「まあ、な。彼はある分野で非常に有名だからな」
戦術機の開発に関わっていた裕唯が彼を知らない筈が無かった。いや、科学者であるなら知らない方が可笑しい。だからこそ最初にこの話を聞いた時、裕唯は信じることが出来なかった。彼が戦場に介入した事を・・・。
「シュウ・シラカワ博士。当時19歳という若さで十指に余る論文を発表した若き天才科学者だ。彼の研究はどれも世界の情勢に大きく関わっているからな」
「例としては、合成食料製造の改善、新鋼材によるコスト削減と性能向上・・・。上げればキリが無いくらい画期的な研究を発表している人物だ」
裕唯は、自分の知るシュウ・シラカワの人物像を娘に説明する。巌谷もシュウの補足を説明した。だが、彼らが説明した内容もあくまで表で発表されただけの物でしかない。ちなみにシュウは今年で21歳である。
「そんな凄い人だったんだ・・・」
「それで、だ。篁少尉、シラカワ博士に直接会ったことのある貴官が感じた彼の人柄と印象を聞かせて欲しい」
彼らが唯依に軍務として会いに来た理由、それはシュウという人間の調査だった。
***
日本帝国帝都東京
京都から遷都された東京の帝都城の一室で若い男性が書類と睨み合っていた。事務仕事をしている訳では無く、何らかの資料を見ている様だ。
「閣下、此処におられましたか。・・・何を読んでおられるのですか?」
若い男、斑鳩崇継に斯衛の軍服を着た男が話しかけて来た。
「ん、ああ・・・シラカワ博士の論文だ」
斑鳩は、視線を手にある資料・・・論文から離さず、自分の部下である男に返事をした。
「論文、ですか」
「彼の論文は非常に興味深い。ただの研究論文では無い。どうすれば産業に転用できるかまで記載されている」
「はあ・・・」
斑鳩は、シュウの論文を絶賛する。その論文は、理論だけでなく実践方法についても書かれていた。実際、これの影響力を大きい。まだ目に見えるほどではないが、食糧事情の改善や戦術機の量産体勢にも少しずつ、少しずつ影響を与えているのだ。
「だが、これではアレには・・・グランゾンには足りん」
「グランゾン・・・蒼い魔神の正式名称でしたな」
しかし、斑鳩の望む内容は、そこには載っていなかった。
「かろうじて関わりがありそうなのは『重力と時空の関係性』と言う論文ぐらいだ。今まで発表されてきた物だけでは到底グランゾンを作る事は出来ん」
「と言いますと?」
「おそらくシラカワ博士はまだ何かを隠している。それも何らかの目的の為に、だ」
「・・・・・・」
斑鳩の部下は自分の主君の言葉に思わず閉口する。彼もグランゾンの戦闘データは見ていた。その内容は現代常識からすると驚きの連続であり、それ以上があると言っている斑鳩の内容に一瞬寒気が走ったのだ。
(彼が主に活動しているのは米国だ。だが、我が国を助けるような理由は何だ?それに彼からは、米国の意思を感じない・・・)
そして、斑鳩もまたシュウ・シラカワと言う男を警戒していた。あれほどの力を持っていながら、シュウ個人については、あまり知られていない。いや、情報が無さ過ぎるのだ。
「そういえば、例の件はどうなった?」
シュウのことに思いを巡らしていた事で斑鳩は目の前の男に任せていた任務の事を思い出す。
「はっ、20代のシラカワ姓の子供を持つ女性の調査をしていますが・・・」
「シラカワ博士の関係者は、未だ見つからず、か」
「はっ・・・仰るとおりです」
「彼の言葉が正しければ、日本人の母親が居るはずだ。接触が難しい彼に伝手を得る為にも、シラカワ博士の親族を見つけ出すのだ」
「はっ!」
シュウとの崇宰 恭子との会話でシュウは自分の母が日本人だと言っていた。斑鳩はその言葉を足がかりとしてシュウとの繋がりを得ようと画策していたのだった。
***
仙台オルタネイティヴ第四計画司令部
再度のBETA侵攻に備えて、日本帝国政府は、仙台第二帝都への首都機能移設準備を行う。同時に、オルタネイティヴ4本拠地の移設の開始も行われた。
そして、白陵基地の衛士訓練学校も同様の措置が採られた。
だが移転は間に合わずして、BETAの東進が再開された。その結果、西関東がBETAの制圧下に置かれ、これにより横浜の帝国陸軍白陵基地は壊滅してしまったのだ。
しかし、不思議な事にBETAは帝都直前で謎の転進を行った。伊豆半島を南下した後に進撃が停滞、以降は多摩川を挟んでの膠着状態となり、24時間体制の間引き作戦が続いた。
その後、偵察衛星の情報により横浜ハイヴが確認される。つまり、この時のBETAの謎の転進は横浜ハイヴを建設する為だと一部の人間は気付いた。だが、彼らを持ってしても、なぜ佐渡島ハイヴが近くにあるにも拘らず、横浜にハイヴを作ったのかはわからず終いだったのだ。
だが、情勢はそのような事に思考を割く時間が無いのだ。日本帝国は今まさに喉元に刃を突きつけられた状態であった。そして、その状況だからこそ魔女が動いた。
「・・・それなら、人類史上初めてハイヴを手に入れるのは我々と言う事になりますわね・・・」
「!?」
仙台の会議室の参加者は、香月夕呼の言葉に目を見張る。
「今、米軍が自ら退いてくれたのはある意味僥倖・・・。この窮地を脱することが出来れば我々はハイヴと時間的猶予。そして政治的優位性を手に入れることが出来る」
夕呼は、目の前の高官たちに語りかける。
「我々が何をしようと米国は強引に介入してくるでしょう。ですが今の状況・・・彼らがどう絡もうと日本人の国民感情を逆撫でする結果になる。それはそれで我々にとって追い風となります。ここで動かなければ我々はこの地球を含めた全てを失う事になる」
会議の参加者たちは魔女の言葉に引き込まれていた。そして・・・。
「横浜ハイヴ攻略作戦を決行いたします」
魔女により引き金は引かれ、弾丸は放たれた。だが、本来そこに居る筈の捕虜に欠員が居る事を今の彼女は
***
「いやはや、お見事な演説でしたね。香月博士」
会議を終えた夕呼の目の前にコートに帽子を被った微妙に怪しい男が現れた。
「・・・何のようかしら?」
「ははは、いえ、古代アガルタの品が現地のお土産としてありましてな」
男は懐からヘンテコな歯車を取り出してひょうきんな事を言う。
「前置きは良いから本題に入りなさい」
「蒼い魔神の名前と衛士の名前が判明いたしました」
「!?・・・誰なの?」
目の前の男、帝国情報省外務二課 課長 鎧衣 左近は、香月博士の依頼で調べていた事の報告をした。
「蒼い魔神の正式名称はグランゾン。衛士はシュウと名乗ったそうです」
「グランゾン・・・シュウ・・・シュウ?」
夕呼は鎧衣の報告に眉を顰める。別に彼の報告に不備があったわけではない。ただ、シュウと言う名前が彼女の記憶を刺激するのだ。
「これに関して斯衛軍は、影ながら独自の行動を取っています」
「ふーん、で?」
「どうやら彼らも魔神を探しているようですね。しかも、彼らの狙いは何処だと思われますか?」
「もったいぶらずにとっと言いなさい」
夕呼は鎧衣をせっつく。だが、次に放たれる言葉が彼女の中の最後のピースとなった。
「・・・米国ですよ」
「アメリカ・・・ッ!シュウ、シュウ・シラカワ!!」
シュウはアメリカで様々な論文を発表していた。その中には重力関係もあり関係者の注目を集めてもいた。そして、彼女は常々思っていたのだ。彼の本来の研究は重力関係では無いかと。
シュウの論文の中で重力に関するモノは他の物とは何かが違う。夕呼は論文を読み比べて、そのような感想を得ていた。
「シラカワ博士ですか・・・確かに彼は妖しい雰囲気がありますな」
「鎧衣、シュウ・シラカワについて調べられるだけ調べなさい」
夕呼は、半ば確信していた。彼女の天才性がその答えを導いたのだろうか。
「これはこれは・・・中々難しい問題ですな。まあ、やってみましょう」
鎧衣は、中々の難題に苦笑いする。企業どころかFBIやCIAすら煙に撒くシュウ・シラカワを調べるのだから、ある意味当然であろう。
「シュウ・シラカワか・・・」
***
アメリカ合衆国もまた動き始めていた。
エリック・ワン博士は、携帯電話らしきモノで会話していた。
「うむ、遂にラプター先行量産型が実働部隊での運用を開始されたみたいでの。シーちゃんが手を貸したお陰でコストがかなり削減されておるから実戦配備も近いの」
『・・・・・・』
どうやら通信相手はシュウのようだ。エリック・ワンはシュウの残したエーテル通信機でシュウと連絡を取っているのだ。
「うむ、Hの方はシーちゃんのブラックボックスを組み込むだけで完成での。ただ、Gの方はサイズがサイズじゃから、まだ時間がかかるでの」
『・・・・・・』
GとH、それは何を意味するのだろうか?
「ホッホッホッ、言われるまででもないの。それよりもシーちゃん、日本では、かなり暴れたみたいらしいの」
『・・・・・・』
話題は日本での活動に移る。
「うむ。ワシの方にもグランゾンの戦闘映像の解析依頼が来ての。今や世界中の人気者じゃの。おっと人気者なのは前からだったの」
『・・・・・・』
未だ、シュウとグランゾンを結びつける事の出来ないアメリカ政府はグランゾンの解析を高名な科学者に依頼していた。その依頼先にシュウが居るのはある意味失笑モノだろう。
「それじゃあ、ワシはGの準備をして待っているでの。・・・シーちゃんの晴れ舞台をの」
しかし、その誤解が解ける日は、ゆっくりと近づいていた。そう・・・金星の名を冠する堕天使の戦いが起きる、その時が・・・。
ラ・ギアス組みの話もやるべきか・・・。