西暦1998年夏日本帝国
光州作戦の損耗が回復する間もなく、重慶ハイヴから東進した大規模BETA群が朝鮮半島から日本海を横断し北九州沿岸部に上陸した。
それに遅れて中国地方日本海沿岸部に散発上陸したBETA群に挟撃され、本土防衛軍西部方面部隊が壊滅してしまう。
結果、約1週間で九州、四国、中国地方が制圧されたのだった。
日本帝国軍の事前の想定では四面を海に囲まれた四国の戦力が側面から戦線を支える想定であったが、あまりに速いBETAの侵攻に本州と四国を結ぶ巨大橋群の爆破が成らず、地続きと同様の浸透を許してしまった。
そして、シュウはそんな情勢の日本に居た
「ふむ、降格および左遷ですか・・・。これでカードが増えましたね」
どこかの山中に、その青年は居た。紫の髪に魂すら見通すような眼差しを持つ男、シュウ・シラカワだ。彼は光州作戦の報告書を読んでいた。自身が関わった彩峰中将の進退が気になっていたのだ。
「さて、問題はこれからですね。・・・日本防衛作戦に参加するか、否か」
今、日本は、BETAの侵攻を受けて一週間以上経っていた。しかもBETAが、台風と時を同じくして日本に上陸したのが災いして一般市民の避難すら満足に行うことができず、九州・四国・中国・近畿がわずか一週間で壊滅してしまったのだ。犠牲者は日本人口の30%もの人数が失われたのだ。
「さて、どのタイミングで介入すべきか。ある程度グランゾンの存在を露見させておく必要がありますが、物には限度がありますからね」
シュウは、これからの事を考え、どの手段が最善か思考を重ねていた。だが、そんな時、グランゾンはある反応をキャッチする。
「この反応は・・・ラ・ギアスとのゲートが開かれたようですね。このタイミング・・・彼ですか」
グランゾンは、ラ・ギアスと地上を繋ぐゲートが開かれた事をセンサーからキャッチしたのだ。シュウは、このタイミングでゲートが開かれる事柄を一つだけ知っていた。
「折角ですから見に行きますか。この世界の魔装機神と彼を・・・」
***
日本近海洋上にそれは居た。白銀に輝く騎士の様な装甲、背後には鎧から生えた翼が生えていた。鳥を思わす、その姿。地上で普及している人型機動兵器戦術機とは、似ても似つかない機体。その機体の名は、風の魔装機神サイバスター。
「さて、地上に出てきたのは良いけど、どうっすかなあ・・・」
「・・・マサキ、勝手にこんニャ事していいの?」
「見つかったらヤバイんじゃニャいか?」
サイバスターの中には、緑の髪の、まだ15歳の少年と白と黒の二匹の猫が居た。少年の名は、マサキ・アンドー、二匹の猫は彼のファミリア、シロとクロだ。マサキ・アンドーは、サイバスターに搭載されている地上とラ・ギアスを繋ぐゲートを生成する能力で地上に帰ってきたのだ。
「うっせえな。バレなきゃいいんだよ」
「ここ日本でしょ?マサキの故郷の」
「ああ・・・何か知らねえけど、気付いたらここに来てた。未練はねえつもりだったんだがな」
マサキ・アンドーは地上人だった。彼は魔装機神の操者として神聖ラングラン王国に召喚された人間だった。彼は、天涯孤独でありラ・ギアスで生きる事を決めていたが、今、彼が日本に居るのは心の奥底に眠る郷愁の念だろうか。彼が自分自身の知られざる思いと対面していると、地上から彼に向かって迫ってくる影があった。
「ニャンか飛んで来たよ。地上のロボットみたいだニャ」
サイバスターに接近してきたロボット、戦術機の衛士は、その姿を見て驚嘆する。
「空を飛ぶ人型・・・!戦術機には見えん。いったい、あれは・・・!?」
戦術歩行戦闘機Tactical Surface Fighter、通称戦術機。
光線属種の登場により、無力化された航空兵力の空洞を埋め、対BETA戦の最終局面、即ちハイヴ攻略用の決戦兵器として開発された"人類の刃"である。しかし、高い運動性や兵装の汎用性が、様々な評価を得るに至り、通常戦闘に於いても有効な対BETA兵器として運用されている人型機動兵器。
戦闘能力は、パーソナルトルーパーどころかMSにも劣る機体だが、この時代の技術力でこのような機動兵器を作り出せるのは賞賛に値するだろう
「警戒されてる。攻撃されちゃうかも」
「帝国軍とやり合うつもりなんてねえよ」
その機体は、日本帝国軍に所属しているF-15J
「アンノウンに告ぐ。君は日本帝国の領空を侵犯している!所属と官姓名を明かし、投降しなさい!」
「俺は日本人だよ。日本人が日本の空を飛んで、何が悪いってんだ」
「日本語だと・・・?そちらの機種を明かして、目的を答えなさい」
「知るか!」
マサキ自身もわからなかった。決別したはずの故郷に来た事も、ここで何をしたいかすらも、彼にはわからなかった。
「・・・警告に従わない場合は撃墜する」
「ヘン、付き合ってられるかよ」
そういうとサイバスターは、加速して空域を離脱した。そのスピードは戦術機どころか飛ぶことが専門の戦闘機ですら追いつけないような速さだった。その速さを言葉にするなら、まさに疾風と言うしかないだろう。
「な・・・!?何だ今の急加速は・・・ど、どこへ行った?」
陽炎の衛士は、ロストしたサイバスターを探すべくレーダーを見る。しかし・・・。
「バカな!?レーダーから消えただと!?」
陽炎のパイロットは、急速で離脱したサイバスターを追跡するためレーダーを見るが、レーダーはサイバスターを捉えることは出来なかった。
***
「精霊シールドを張っておいたから、もうレーダーには映らニャいぜ」
サイバスターは、東京の街中に居た。サイバスターは精霊シールドを張る事で地上で使われてるレーダーから逃れることが出来るのだ。
「それはいいけど、こんニャ街のどまんニャかに来る事ニャいでしょ」
「いいじゃねえか、早朝だから人もいねえしよ・・・って、結構人が居るな」
マサキが辺りを見渡すと街の中には早朝だが大勢の人が居た。
「車とか、踏み潰さニャい様に注意してね、マサキ」
「んなドジ踏むかよ」
「それにしても、なんか立派ニャ街な割には、みすぼらしい所だニャ」
「そうね。浮浪者がたくさん居るわね」
シロとクロが言うように日本の経済の中心と呼ばれる東京であるにも関わらずそこに居る人たちの服装はヨレヨレでみすぼらしい感じがするのが殆どだった。
「あ?ここ、東京だよな?つか、あれは・・・まるで難民じゃねえか」
マサキが東京の人たちの変わりように驚いているとレーダーがある反応をキャッチした。
「!?ニャんか来るよ!すごいスピード!!」
サイバスターの目の前にちょうどサイバスターよりも一回り巨大な人型機動兵器が現れた。
その四肢は戦術機どころか魔装機と比べても太く、そこから闇色の魔神の力の程を示していた。
「ほう・・・これは・・・サイバスターじゃありませんか。まさか地上で出会えるとは思いもしませんでしたね」
闇のように深い蒼色の魔神からサイバスターに言葉が投げかけられた。地上では知る人が居ないはずのサイバスターの名を伴った言葉で。
「な、何だてめえ!?何でサイバスターの事を知ってやがる!?」
「あなたはマサキ・アンドーですか?それともランドール・ザン・ゼノサキスとお呼びした方が良いですか?」
闇の巨神は、マサキ・アンドーのもう一つの名前すらも知っていた。
「俺の質問に答えろ!!何で貴様はサイバスターを知っている!?」
「私もラングランの人間だからですよ。私の名は、シュウ・シラカワ。もっとも、これは地上での名前ですけどね」
そう、彼はシュウ・シラカワ。そして、搭乗機はグランゾン。サイバスターが転移したのを察知し、追跡したのだった。
「ラングランの・・・じゃ、それも魔装機なのか?」
「いえ、これは私自らが開発に関与したロボット、グランゾンですよ。戦術機とも魔装機とも異なる対異星人用の機動兵器です」
グランゾンは、魔装機では無い。だが科学技術だけで作られた機体ではない。科学と魔術が合わさり生み出された機械仕掛けの魔神なのだ。
「ところで、他の魔装機神操者の方々が見当たりませんが、どうされたのです?」
「うるせえな、あんな奴らの事なんか知らねえよ。俺は一人が好きなんだ」
シュウがマサキに“あの時”のように尋ねるとマサキは同じように答えた。
「なるほど・・・しかし、この時期、こんなところで騒ぎを起こすのはやめていただけませんか」
グランゾンは周りを指し示すように腕を動かす。
「今は私が視認忌避の術を使っていますから、サイバスターとグランゾンが他人の目に映ることはありませんが・・・」
シュウが話したとおり、街中であるにも関わらずサイバスターは人々の耳目をあつめていなかった。
「これ以上あなたが勝手なマネをすれば、斯衛軍が本格的に動き出します」
だが隠れ蓑の術と同じく戦闘行為を隠蔽できるほどは持っていない。
「今、日本は危機的な状況に陥っています。それなのに無用なトラブルを起こすつもりですか?」
「おい!危機的な状況ってどういうことだよ!?」
マサキは思わずシュウの言葉に食って掛かる。日本の危機、それは彼にとっても聞き逃すことが出来ない言葉だからだ。
「・・・ここでは、落ち着いて話も出来ません。先導しますから、着いて来てもらえませんか?」
「・・・・ちっ、分かった。ただし、ちゃんと教えろよ」
「ええ、それはもちろん」
そう言うとシュウはグランゾンを飛び上がらせ街を離れて行った。サイバスターもそれに続き、街は何事も無かったかのように元の姿を取り戻す。
***
人里離れた山中にグランゾンとサイバスターが着陸した。そして、情報を伝えるためお互い機体を降りて顔を向かい合わせた。これは、シュウがマサキに余計な警戒心を抱かせないようにしようとした為でもある。
「あんたが・・・シュウ・シラカワか」
「ええ。改めて、始めまして、マサキ・アンドー」
彼らはお互いに自己紹介をする。この時点で彼らは敵対していないとはいえ、マサキはシュウに対して不信感を持った。それが何に由来する物かは彼自身に分からないまま・・・。
「さて、まず結論から言いましょう。現在、日本はBETAの侵攻を受けています」
「なんだって!?もう、奴らはそんなところまで・・・」
マサキは、驚愕する。自身がラ・ギアスに召喚された時から予想はされていたことだった。だが、いざ、その事を聞くと動揺は隠せなかった。
「ええ。つい一週間前にBETAは台風と共に上陸。この一週間で3400万人もの人命が失われたそうです」
「さ、3400万人だと!?日本の人口の三割じゃねえか!」
その被害の多さにマサキは絶句する。たった一週間で多くの命が失われたという事実に彼の心は揺さぶられた。
「そして、現在帝都にて防衛作戦を実行しています。あなたが先程見た難民達は京都から脱出した人たちです」
「まじかよ・・・」
マサキが見た東京の住人。それは京都から疎開してきた人たちだった。そして、彼らは何時難民となっても可笑しくない状況だった。
「それであなたはどうしますか?」
「どうするって・・・?」
マサキはシュウが何を言いたいのか良くわからなかった。だが、次にシュウが行った事はフェイルロード・グラン・ビルセニアがマサキに言った事と本質的には同じだったのだ。
「私自身は無用な混乱を起こして欲しくはありませんが、あなたは魔装機神操者です。あなたは世界の為に何をするべきか、今どう行動するべきか決めないといけません。戦火により滅び行く故郷を見捨て、ここで知った事を忘れてしまうか。それとも、自ら剣を取って命を救うために立ち上がるか」
「それって、つまり、魔装機神操者の義務ってことか?」
「ええ、世界のために最善といえる行動をする。そのためには全てを捨ててでも成し遂げなければならない。・・・あなたはどちらを選びますか?」
シュウはマサキに選択肢を突きつける。これはシュウ自身の指針を決めるためでもあった。まだ、魔装機神操者の領域に到達出来ていない彼にとってマサキの決定は非常に重要な物だったからだ。
「・・・地上とラ・ギアスはお互いに影響を及ぼしあうんだったんだよな?」
「ええ。地上とラ・ギアスは、密接な関係にあります。実際、近年のラ・ギアスは地力の低下や出生率の低下が問題になっていますが、これの原因はおそらく地上の惨状でしょうね」
シュウは近年のラ・ギアスの状況を語る。ラ・ギアスは地上と密接な因果関係にあるのだ。例としては地上で有名なアインシュタイン博士は、ラ・ギアスにも存在しており慈愛の魔術師として名を知られている。
「なら、俺は戦うぜ。」
「ほう・・・」
シュウはマサキの決断に息を溢す。
「それに決別したとは言え、地上は俺の故郷だ!BETAなんかにやらせてたまるか!」
「それがあなたの決定ですか」
シュウはマサキのまっすぐな回答にどこか懐かしい物を見るような目をする。
「ああ、そうだ。・・・お前はどうするつもりなんだ?」
「そうですね、折角ですから私もお手伝いしましょう」
「はあ?」
シュウの返事にマサキは、目を白黒させる。彼がこのような事を言うとは想像も付かなかったからだ。
「どうしました、そのような顔をして?」
「い、いや、止めないのか?」
「魔装機神操者が決めた事を止める権利を私は持っていませんよ。それに地上は私にとっても故郷ですからね」
マサキはシュウが何気なく言った言葉に思わず聞き返した。
「なんだって?」
「母の出身がこの日本帝国ですので、私自身もそれなりに愛着があるのです」
「母親だと?」
「母の事が知りたいのならウェンディにでもお聞きなさい」
「お前、ウェンディを知ってるのか!?」
シュウの口から自分の知っている人の名前が出る。この見るからに怪しい雰囲気を出す人物が知り合いの知り合いだったとはマサキには想像も付かなかった。
「・・・私もラングランの人間だと説明したはずですが?私のラングランでの名前はクリストフ・グラン・マクソードと言います」
「なるほど、確かにラングラン式の名前だな・・・ん?グラン?」
「グランって確か王族のミドルネームじゃニャかったか?」
「というとフェイル殿下たちの親戚ニャのかな?」
マサキは、シュウのラングランでの名前が確かにラ・ギアスの物だと納得することができた。だが、一つ聞き逃せないような爆弾も放っていたが。
「そろそろ行きますよ。現在、帝都防衛第一師団と斯衛第二連隊が防衛線を構築しています。ただ、在日米軍との雲行きが怪しくなってきています」
「アメリカと?どういうことだ?」
「それは移動しながら話しましょう」
シュウとマサキはそれぞれ己の乗機に乗り込む。
そして、彼らは西を目指す。目的地は西日本、帝都京都である。そこで彼らは何を見るのか?彼らは歴史を、シナリオを変えることが出来るのか?
今、彼らの地上における初めての戦いの幕が上がろうとしていた。