やはり俺のアルドノア・ドライブはまちがっている。   作:ユウ・ストラトス

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取り敢えず出来たものをそのままに
行間調整とかは拗らせた風邪が治ってからします。


EPISODE.05 謁見の先で -Phantom of The Emperor-
第13話


わだつみからは別の揚陸艇が来て補給作業をしている為、軍人が右に左に忙しくしている。

 

さっきの火星カタフラクトが来た時の為に揚陸艦は沖に停泊して睨みを利かせている。

まぁ、さすがに撤退しちゃってると思うけどな。

 

腕を破壊されたスレイプニールの補修パーツを取りに行って来いと鞠戸大尉に命令された俺と界塚弟は揚陸艇から少し離れた倉庫まで来ていた。

この基地では陸上部隊の訓練用でしかスレイプニールは置いていないらしく、この辺は比較的静かなもんだ。

 

揚陸艦での移動である以上、補給となると陸上部隊の装備は必要ないんだろう。

こっちとしては好都合でもある。

 

「界塚弟、戦闘データの提示を求められたらこれを渡せ」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「一応はな」

 

界塚弟に渡したのはお姫様のところを削除済みのニロケラスとの戦闘データだ。

このあと、本隊と合流すれば遅かれ早かれ要求されるのであれば、こっちが先に提出してしまえば、痛い腹を探られないで済む。

 

もっとも、詳しく調べられるとバレちまうかもしれないが、さっきの戦闘データが有耶無耶にてくれる事を願おう。

まあ、バレてしまっても俺と界塚弟が面倒な事になるだけだ。お姫様がいらん正義感を出さなければ、軍属じゃないから、厳重注意以上の事はそうそう出来ないだろう。

 

実際の基データは別のメモリーに保管している。

お姫様ってカードが不発に終わり、戦争を止められなかった場合は自分たちでこの侵攻を押し戻さなければならなくなる。

その時は俺も界塚弟も、いやきっと高校生以上は全員徴兵されてることだろう。

ヘタレでお馴染みの俺としては保険は何重にもかけておきたい。

って、俺をヘタレ言うのは界塚准尉と雪ノ下だけだろ?えっ、ガハマさんもですか?

 

「にしても、何で俺までお前の壊した機体の資材搬入を手伝わなきゃならない」

 

「ユキ姉が韻子を危ない目に合わせた罰だと」

 

「それはさっき聞いた。だから何で俺まで?」

 

立案者責任だろうが、なんで俺まで巻き添えを喰らわなきゃならん。

 

「どうせ、火星カタフラクト対策で必要なものを搬入するかと」

 

「勝手に決めんなよ。まあ、やるつもりだったけど」

 

あのチャンバラ馬鹿がこのまま引き下がったままとは到底思えないんだよな。

貴族だとか騎士なんて名乗っている奴がプライドを汚されたんだ。リベンジをしに来るのは想定できる。

 

倉庫の中は陸上部隊が使う機材が整然と並んでいる。

右には歩兵用の銃火器や装備、奥にはKAT用の弾薬が木箱として積まれていた。

カタフラクト用の資材に関しては一時置場だったらしく、並びはとても整理されている物では無かった。

 

まあ、正直言ってしまえば、無傷のスレイプニールが2機あるのだから、今回壊れたものはパーツ取りに回してしまえば良い。

今はそっちはついでだ。それよりもチャンバラ仕様の火星カタフラクト対策に必要なモノと、自分たちの銃を探しに来ている。

 

歩兵用のラックから拳銃と弾を手に取り、持ってきていたバッグに入れる。

俺の機体に隠し持っている拳銃は一丁だけだ。

お姫様の正体に関しては臆病と言われるくらいで丁度いい。

 

「先輩は既に一丁隠してるんじゃないんですか?」

 

そう言いながらも界塚弟も同じように、ラックから拳銃を手に取り動作を確認しながら俺に尋ねる。

 

「そうはいってもな。弾は1マガジン分しかないんだ」

 

それに最悪の事態を想定すれば拳銃が一つでは心許無い。

流石に正規の軍人が表立って行動する事は無いだろうが、それでも警戒しておくべきだ。

それと見つかって没収される可能性もある。

 

「必要なのは俺とお前の分だ。あれはチビ侍女の分だな」

 

「エデルリッゾさんに持たせるつもりですか?」

 

「何があるか分からんからな。持たせない訳にいかないだろ」

 

正体がバレた時には自衛用に必要になる。

それくらい無いとあのチビも安心も出来ないだろう。

俺が睨むとビビッて引っ込むけれどアレでも一応侍女だ。

主人であるお姫様の命に関わる事であれば、俺ですら…相手が俺だったらそうでなくても撃ちそうだな。後でもう少し苛めておこう。

 

「それより、あいつまた来ると思うか?」

 

「あいつってさっきの火星カタフラクトですか?」

 

俺の考えじゃ、さっきの火星人がこのままで大人しくしているとは考えにくい。

ニロケラスのパイロットは俺たちを「クソネズミ共」と言っていた。

今回の奴がどう思っているかは知りようもないが、あんな機体一機で追撃してくるところから、やはり火星の軍人は地球陣営を見下していると思う。

そんな奴が俺たちに撤退に追い込まれて黙っているとは思えない。

他の奴が来る可能性もあるが、仮に今回のパイロットが俺たちを見下しているのであれば、そんなのはプライドが許さないだろう。

やはりさっきの白い機体が来る可能性が一番高い。

来ることが想定できているのであれば対応策を練って準備をする事が出来る。

 

「向こうの指揮官次第ではありますけど来ると思いますよ。でも、ここに居る時点で来ると確信していますよね」

 

「まあな……もう仕事したくない」

 

「そう言いながら準備してるんですから捻デレの鑑ですね」

 

「小町の造語を本気にするな」

 

可能性があるならやっておかないと死んじゃうんだから仕方ないだろ。

あっ、こうやって社畜って洗脳されていくのか?

 

「それにしても、さっきの戦闘で分からんことがあるんだが」

 

「先輩もですか?」

 

って事は、こいつも同じ答えに行きついているのか?

 

「可能性が高いのは多分アレだよな」

 

「でしょうね。他は幾つもの条件が揃わないと説明がつきません」

 

やっぱりか。

どうして、こう次から次へと、トラブルに愛され過ぎじゃね?

こんなにトラブルに愛されてもラッキースケベとか起きないんだけど。

 

「でも、隕石爆撃の影響で電離層だっけ?それがアレして通信できない状況だぞ」

 

「もしデリンジャー効果の事を言っているんでしたら、ありえません。もしそうなら地球も月の様な形状に抉れてます。時間も経ってますから粉塵などの隕石爆撃の影響は消えてると考えていいと思いますよ」

 

えっ?そうなの?

じゃ、あの授業で言ってたのは嘘かよ。

 

「ってか、よくそんな物理学知ってんな」

 

そんなの完全に高校での授業範囲じゃないだろうに

 

「先輩が知らない方が問題だと思います、機体の性質上」

 

「うっせ、理数系は得意じゃねーんだよ」

 

あんな記号ばっかりの公式なんて、俺の中じゃ異世界の言語と同じなんだよ。

 

「じゃ、ヨダカでも受信できないのは?」

 

「可能性が高いところとしてはこの日本ってエリア規模でジャミングの出力を上げているってところですかね。新芦原でのことで警戒レベルを上げたと考えるのが一番わかりやすいです」

 

「なるほどな。んじゃヴァースはどうやってんだ?」

 

「あっちの通信に関しては地球側の知らない技術の可能性もありますし、その辺は考えても対応しようが無いですよ。今ある機材じゃ調べようがないですから」

 

「むう、そらそうなんだけどな」

 

こっちが認識できないのであれば対応策なんて取れないのは事実だしな。

ニロケラスの外部カメラと同じって訳にはいかないか。

 

「まぁいいや。そっちは俺の方で手を打っておくわ」

 

これの内容的にはお姫様の正体に関わりかねない状況だし可能な限り早く対処する必要もある。

かといって、事が事だけにマグバレッジ艦長すら信用出来ないな。

そうなると、手札は界塚准尉と鞠戸大尉だけか。現実的な選択肢は鞠戸大尉一択ってのもきっついな。

 

「先輩、くれぐれも」

 

「言わなくても分かってるって」

 

鞠戸大尉に対応させるって事は、俺が気が付いた経緯を話さなければならない。

それ自体は問題ないんだけど、あの勘の鋭いあの人の事だ。

どっかでボロを出してお姫様の事に気が付かれないようにする必要がある。

知らなければどうってことは無いが、知ってしまっている以上、意識には出てしまう可能性がある。

 

「それより、喫緊としちゃ対火星カタフラクトだよな」

 

「そっちは僕に一つ考えがあるんですけど」

 

あのチャンバラ野郎に関していえば無理だと思うが極論は近づかなければいい。

あいつが対応できない数の手数で攻撃をすれば有効打を取る事は出来る。

撤退させるだけならやり様にも依るがいける。後顧の憂いを断つという事であれば撃破する必要があるが…そういう作戦ね。

 

「なるほどな。でも確実性はどうなんだ?」

 

「先輩のデータリンクを解析した感じでは可能です」

 

まぁそれならば、勝ち目も出てくる。

あの機体も大気圏飛行は無理だろうから来るとすれば輸送機で来るから、その対処は必要だけれどそれさえ何とかすれば、その作戦で行けるかもな。

一応、俺の方でも予備策を用意しておくか。

 

こっから先は海路だ。

必然的に戦場は空中か艦上、水中のどれかになる。

とは言っても、スレイプニールは足が着けばまだしも水中戦闘は出来ない。

当然、航空機でもないので空中戦闘も難しい。精々、跳躍してホバリングするのが関の山だ。

水中や空中での戦闘をするしかないのであれば、俺達としてはお手上げだ。航空戦闘機なんて乗ったことない。

最大の懸念は空中や水中からの攻撃。

そしてカタフラクトにしても艦体を大破、沈没させられることだ。

白い機体が来たとしても真っ先に艦体を輪切りにされては打つ手はない。

 

でもまぁ、相手はプロの軍人じゃない。騎士っていう痛い勘違い野郎だ。

手出しできない場所や状況で勝っても傷ついたプライドは満足しない。

そう考えると多分次もカタフラクトで馬鹿みたいに戦闘を挑んでくる。

つまり艦上での戦闘だ。

揚陸艦って事は言ってみれば形状としては空母と同じだ。カタフラクト戦闘は可能だ。

 

火星陣営の機体特徴を纏めると基本的なスペックは全てにおいて向こうが上。

単なる打ち合いじゃ武装面でも勝負にならない。

いくらパンチ力が高かろうが当たらなければ良い。

でも足の速さも防御力も上。

だったらそのパンチを打たせない方に考えるしかない。

フィジカルじゃ勝負にならないなら、メンタル面、つまり乗り手で勝つしかない。

幸いメンタルに関してこっちには界塚弟って大きなアドバンテージがある。

 

今まで見たアルドノア兵装は攻防一体だ。

能力にもよるがこっちの攻撃を通すには相手に認識させない事が重要だと思う。

戦闘においても人間関係においても自分の立ち位置ってのは重要だが火星のカタフラクト乗りはその辺が分かっていないように思える。

 

この基地は陸上部隊の基地でもある。

だったら本来は陸でしか使う事のない武器も保管されているはず。

ある木箱のラベルの表記は俺が捜していた対KAT兵器の一つだ。

 

「普通にやっても引っかかってはくれないだろうしなぁ」

 

これを補修パーツと一緒に積み込んで、下準備は手を借りるしかないとして、あと作戦上必要なのはあの艦長様の承認かな。

絶対に痛いよな。怪我くらいは覚悟しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

補給の完了した揚陸艇は沖に停泊している揚陸艦わだつみへと合流した。

揚陸艦の管制員のハンドサインに従い格納庫の指定のハンガーに自分のスレイプニールを移動させた。後は出ればいいのだが

 

「それで、この状況を説明願いたいのだが?」

 

このセリフはついさっきも言ったような気がするし、その時以上に俺の顔は真っ赤になっている事だろう。

 

「八幡さんが船倉かここに隠れてもらうって」

 

事の始まりは十数分前

まずは俺と界塚弟たちはマグバレッジ艦長立会いの下で身体検査と所持品検査を受けた。

界塚弟が鞠戸大尉、クラフトマンが何とかって軍人、網文は女子だから別でやるらしいが、なのに何で俺の検査の担当が界塚准尉だったのは断固抗議したいところだ。

マグバレッジ艦長に見られながら、界塚准尉に体をまさぐられる状況は男子高校生じゃなくても何かに目覚めてしまいそうで怖かった。

それと真っ赤になるほど、俺に触るに嫌なら断ってください界塚准尉。腰から下を確かめる時の力がアーマチュア関係なく痛かったですし、上半身調べる際も胸の辺りをペタペタし過ぎです。

 

何事もなく検査を終えた俺は、界塚弟たちを置いて先にヨダカに向かっていたのだが、船室に隠れていたはずのお姫様にいきなり押されて、コックピットに押し込まれた。

 

押し込まれた当初に比べればショック症状みたいな反応はしないけど、十数分でむしろ別の方向でヤバい事になってる。

まるでMAXコーヒーにでも漬け込まれてるかのような感覚がコックピット内を支配してるんだけどさ。

 

軍用のカタフラクトなんて快適性は考慮されていないんだから、いくら俺がまだ高校生で、そっちも小柄だと言っても無理があるんですよ。

制式採用のアレイオンみたいに複座式とかも無いですから。

 

「いや、言ったけどさぁ。何も俺の機体の必要なくない?」

 

何でしたらそちらの方がイケメンですよ。

眼も腐ってないし、将来有望ですよ。

 

「伊奈帆さんの方だと、韻子さんや伊奈帆さんのお姉さんが来てしまいます」

 

「ぐっ、たしかに」

 

流石にそういうのは鋭いな。

確かにブラコンと幼馴染ラブの2トップが直ぐにでも界塚弟を迎えに行くだろう。

ってか、実際に隣のハンガーではその光景が執り行われている。

あいつがコックピットに女連れ込んだとなればブラコン准尉と報われない幼馴染が、とことん問い詰め、表向き北欧美人の正体まで事が及びかねない。

 

「だ、だったら、船倉に隠れればよかったんじゃないか?」

 

「恐らく、ここが一番見つかる心配もない上に一番安全だと思います」

 

その代わりに俺の精神が一番危ないことになってるって。

いい匂いいい匂いいい匂いいい匂いいい匂い、ちょ、近い近い。

 

まあ、ステルスヒッキーは伊達じゃない。

ハンガーに着いた際に戦闘データの分析をしてコントロールに送るって名目で、今のところ出てこなくても不審には思われていないみたいで俺のハンガーには誰も来やがらない。

 

「それと船倉はニーナさんが居ました。」

 

ああクラインか。それは少し想定外だわ。

確かにクラインとか祭陽あたりは、救助隊に志願した時点で身体検査は終わっているはずだ。

合流した今、補給物資のチェックを指示されたって感じか。

あれだけ色々と大変な目に合っているのに作業させるとか軍人って鬼やな。

まぁ、揚陸艇から降りている今頃は身体検査が行われるから、船倉だと受け忘れが居ないか探しに来る可能性はあった。

機体の移動がある俺や界塚弟、網文、クラフトマンは先に軍人から検査を受けているから、確かにコックピットへの警戒は薄い。検査はスルー出来るだろう。

あとはタイミングを見計らってコックピットから抜け出せば何とかなるから、カタフラクトのコックピットってプランBを言ったけど。

 

「その分、こっちは狭いんだけど」

 

その為に今どのような状況にあるかと言えば、俺の上にお姫様が横になって座っているという完全に俺のMPにスリップダメージの体勢。

もう青魔法のゴブリンパンチしか打てない……ってMP0じゃん。

 

重なっている順番的にはさっきの膝枕の逆なんだけど逆にしたからと言って、ダメージが逆に行く事も無いんだけど!

むしろ破壊力がマジでヤバい。

ちょっと動かないでくれます?

太もも当たって非常に八幡大菩薩の危険が危ないから!

 

「それで、八幡さん」

 

「な、なんでシュカ」

 

そんな目の前で真っ直ぐに見つめないでもらえます。

目が綺麗だなぁとか、まつ毛長いなぁとか、思ってないんだから!

あ、クマが出来てる。寝てないの?ってめっさ見てるじゃねーか。

プロぼっちとしては、ここまでの至近距離でマジマジと、真っ直ぐ過ぎる視線は経験が無いんで手汗半端ないんだけど。

 

「私の代わりに死んでしまった方の事を教えてください」

 

「うぅっ、それが目的か」

 

「ここなら通信を切っていれば誰にも聞かれません」

 

なるほどね。

確かに秘匿事項を話すにはコックピットってちょうど良い。

動いている鋼鉄の箱の中なら外から聞き耳立てようが無い。

後は俺が通信をカットすれば済む話だ。

そんで俺には逃げ場がないっと……こんな密着状態から逃げられるほどの甲斐性も無いしな。

考えたもんだが、そのついでに俺への精神ダメージも考えてくれませんかね?

 

「事情が変わった。まだ、教えられない」

 

確かに揚陸艇ではああは言った。

この基地に来る前だったら教えていただろうけど、事情が変わった。

あのチャンバラ野郎の件で懸念が一つ出てきた。

幾つかの可能性の中で一つ、かなり厄介な想定される事態になりかねない。

こういう時は想定は常に最悪にだ。ここで無意味にリスクを背負う必要はない。

 

「八幡さん」

 

「ちょ、ちょっと、ま、待って、わかったから!話す!話します!話させていただきますから!服を引っ張らないで!」

 

近い近い近いから!マジで近いから!!

引っ張られるとより近づいちゃうから!密着度がヤヴァいから!!

エデルリッゾーーーー!マジで仕事してーーーーーーー!

それとお姫様の教育係は誰だよ。マジで殺してやる!!

 

「はあはあはあ……」

 

畜生、今日寝られねえよ。

どうすんだよこの感触とか匂いとか……この距離での匂いの破壊力半端ねえな。

マジで核弾頭レベルじゃねーか。

 

「その、事情が変わって話せない」

 

「でも今は!」

 

だからがっつくなって!

分かってる?服って布を何枚か挟んじゃいるけど触れてるんだからね!

 

「わ、わ、分かっているから…少しだけでも、離れてくれ」

 

「は、はい」

 

お姫様はようやく距離に気が付いたらしく少し離れて顔を赤くしている。

赤くするほど嫌なら、やらない選択肢を選んでくれよ。

ああもう、心臓ヤバい事になっているんだけど・・・・こんな心拍数だと加速世界に行けるんじゃない?

とにかく一度落ち着こう。

深呼吸は……駄目だ。お姫様からの香りで心拍数が加速する。

こうなったら平塚先生のメールを思い出すぞ。

………よし、少し冷静になれた。ってか怖い。

 

「基地に着く前とで状況が変わったんだ。さっきの火星騎士が追撃に来たことで分からない事がある。何個かある可能性の中には相当に厄介なものがある」

 

「厄介ですか?」

 

「ああ、確証は無いから言えないが、それが話せない理由でもある。お姫「八幡さん」・・・セ、セラムが口を滑らせるとは思っちゃいないが、今は少しのリスクも避けたいんだ」

 

うぅ、お姫様って言おうとした瞬間に笑顔は止めて頂きたい。

その笑顔って軽く黒いオーラが出てるからね。

 

「そう……ですか」

 

まったく、次から次へと罪悪感を生産しやがって。

この程度の情報を明かさなかったところで、何にも変わらないだろうけど、俺としても思い出したくはない。

次の襲撃に対して、自分のメンタルを管理下に置いておく必要があるんだから。

 

「ああ、一応言っておくが話さないとは言っていないからな。その問題が解決すれば…な?」

 

「分かりました」

 

ホント、このお姫様との会話は色々と心臓に悪い。

 

「それと、分かっているとは思うが揚陸艦の中では絶対に変装を解くな。何があってもだ」

 

「はい」

 

はあ、まあこれも忠告程度にしかならないんだろうな。

このお姫様もトレーラーでの囮といい、カタフラクト相手にケンカ売った件といい、肝が据わっているから最後の最後で無茶をする可能性が高い。

 

「それとここ出たら無理にでも寝ろ」

 

そういや、俺と界塚弟とかが寝てしまったけどこのお姫様の寝ているところは見ていないし、聞いてもいない。

 

「えっ?あの、でも」

 

新芦原で深夜のトンネルに現れたのは今更ながらにこれも理由に一つなんだと思う。

普通に考えればそらそうなるよな。暗殺事件からずっと命の危機にさらされ続けている状況だ。

まして、新芦原で正体を明かしてしまっていつまた追撃が来るかも分からないのだ。

そんなの鋼鉄の心臓を持っていたって眠れないのは無理もない

 

「難しいかも知れんが、ここで倒れられても困るからな」

 

暗殺派の人間がいつ殺しに来るかもしれないってのに悠長に眠れるとは思えないが、そこは界塚弟にでも警護させよう。

 

「先輩、セラムさんの件で…す…けど」

 

その時、ハンガーに界塚弟が訪れ外からハッチの開閉操作をしてコックピットを覗いた。何か界塚弟が固まったような気がした。

周囲をカメラで確認するが今は他の人間が居ない。

どうやら今なら大丈夫そうだ。

 

「ああ、界塚弟、ちょうど良かった。このお姫様をどうにかしてくれ」

 

「お姫様?」

 

「うっ、セ、セラムを連れて行ってくれ」

 

だから、たかが呼び方をそんなに気にすんの?

 

「……僕、お邪魔しましたか?」

 

「してないから。今、周囲に人居ないんだ。だったら、さっさと連れて行ってくれ」

 

ちょっと、視線が冷たい。

俺が連れて行くよりも、そっちの方が説明しやすいんだから。

これ以上は俺のメンタルがもたない。

心が圧し折れる前に早くしてください。

 

「分かりました。セラムさん、こちらへ」

 

「あっ、はい。すいません」

 

界塚弟に手を引かれコックピットから出ていくお姫様に軽く頭を踏まれた。

 

「いっつ」

 

「あっ、あの八幡さん、ごめんなさい」

 

まさか女王様じゃなくてお姫様に足蹴にされる日が来るとは思わなかったわ。

 

「先輩なら踏まれ慣れてるんで大丈夫です」

 

「人を特殊性癖持ち認定すんな」

 

俺を定期的に踏んでいるのは平塚先生と雪ノ下雪乃くらいなもんだ。

その両方とも俺が望んでいる訳じゃなく平塚先生曰く鉄拳制裁だし、雪ノ下雪乃曰く駄犬の躾らしい。

まったく、人をなんだと思っていやがる。

 

「比企谷菌の感染源で」

 

「ああ、もういい。そこから先は言わなくて」

 

まったく、ナチュラルに思考を読みやがって。

ヨダカのシステムを落としてコックピットから出ると、何でか界塚弟からの視線がいつもより冷たいような気がした。

 

「先輩、もう2時間くらい放置した方がよかったですか?」

 

「やめてくれ・・・・・色々な面で俺が死ぬから」

 

言葉がキツイ気がするんだけど、俺、お前になんかした?

そりゃ、さっきの状況なんて誰がどう見たって事案以外の何物でもないけどさ。

ホント、あと10分くらいあの空間に居たら脳が焼き切れていても不思議じゃないと思う。

 

「すいません。死なれても、ヒキガエルの干物とフグが用意できないんで」

 

「それ以外はそろうのかよ」

 

それ、ブドゥー教のガチのゾンビパウダーの材料だよね。

チョウセンアサガオの種子とかは手に入るのかよ。護衛艦すげぇ。

 

「ああ、先輩自身が材料でしたか?」

 

「ちょ、なんかツッコミきつくない?」

 

それとなんで俺のヒキガエルって昔の渾名を知ってるんだよ。

マジでどうした?

いつもに比べても罵倒のレベルが一つ上なんだけど、なんか怒ってる?

 

「そうですか?…そうですね…何でですか?」

 

「俺に聞かれても分かる訳ないだろ」

 

さっきキツく言ったのがまだ尾を引いているのか?

界塚弟自身も分かっていないみたいだし、俺が考えても無駄ではあるんだけどな。

 

「そうですね?」

 

「何で疑問形なんだよ」

 

そんな、さも分からないって顔して首かしげてんじゃない。

 

「えっと……あの」

 

ほら、お姫様も突っ込みどころが分からなくて、頭からクエッションマーク浮かしてオタオタしてんだろうが。

 

「ああ、セラムさん。すいません、それじゃ行きましょうか」

 

「ああ、それと姫さん一睡もしていないらしいから、そいつを無理やりにでも寝かせろ。」

 

「八幡さん」

 

「セラムさん、寝てないんですか?」

 

よし、界塚弟が反応したおかげで名前で呼び直しの展開から回避できたぜ。

 

「いえ、その」

 

「空部屋でも探して目を閉じて横になるだけでも良いから休んどけ」

 

実際に寝なくてもそれだけでけっこう体への負担は違うはずだ。

いつも教室で俺もガハマさん避けでやってるし、この前どっかの情報番組で言ってたから多分間違いない。

 

「界塚弟は迎撃作戦考えるついでにドアの外で警護でもしろ」

 

「それ先輩がやるんじゃないんですか?」

 

「俺なんかがやるよりはセラムも安心だろ」

 

俺みたいなゾンビが警護するよりも界塚弟の方が見た目的に無害そうだしな。

どうせチビ侍女も一緒だったらなおの事だ。

 

基地から揚陸艇に戻った時にまた少し五月蠅かったから、「あ゛?」って言って睨んだらポマードって連呼して振動してた。

それって大昔の都市伝説の呪文だよね?

火星にも居るの口裂け女?

 

「界塚弟、鞠戸大尉がどこ居るか知ってるか?」

 

「鞠戸大尉ですか?上に上がっていくのは見ましたけど」

 

「んじゃ、俺は鞠戸大尉にでも戦闘データを渡しに行くからセラムの護衛の方は頼むな」

 

はあ、もう働きたくないけど、追撃くるだろうしなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上って事で格納庫から甲板に行ってみると鞠戸大尉だけでなく耶賀頼先生も一緒だった。

先生、酒を止めに来たのかな?

 

「ん?なんだ比企谷、こんな寒いところで」

 

「それはお互い様ですよ。ってか、また酒ですか?」

 

「構わんだろ。救助隊の任は解けたんだからな」

 

そら、構いませんけどね。

てか、大尉の場合は任についてる間も酒煽ってなかったっけ?

まぁ、いいや。ここなら周囲に誰かいれば直ぐに分かるし、これからする話を酔ったままで聞いていられるとは思えない。

 

「良いわけが無いと思いますけど」

 

「先生、これくらい許してくれよ」

 

あかん、これ。

会話が完全にダメな奴だ。

 

「鞠戸大尉、話があるんですけど」

 

「何だ?改まって……深刻な話か?」

 

流石、種子島の生き残りで俺に補習と称して、あれこれ仕込んだだけあるわ。

俺の表情からいつもの弄りをしていい状況じゃないのが分かっている。

 

「はい、揚陸艦の、いえ、俺たちの命に関わる話です」

 

「それならマグバレッジ艦長の方が良いんじゃないのか?」

 

「僕は席を外した方が良いですか?」

 

「いえ、耶賀頼先生も同席してください」

 

耶賀頼先生にもこれを話すのはちょっとした賭けだが、鞠戸大尉だけでは対応できないかもしれない。

色々とリスクを背負う羽目になるが耶賀頼先生を引き込めれば、その意味は大きい。

医者ってのもさることながら専門の一つである心療内科、心理のエキスパートってのが大きい。

当然、これから話す事なんてやったことも無いだろうけど、他人の心が分からない奴がやるよりは確実性がある。

 

「これを認識しているのは俺と界塚弟だけです。かと言って確証もないですし、内容が内容なんで表だって動く訳にいきません」

 

「それで、俺と先生か?」

 

「ええ、この手が一番確実と判断しました」

 

「わかった、聞こう。その前に後方に移動しよう」

 

今の状況でも周囲に人間はいないが、さらに警戒して風下を指定するあたり、この人は軍人だ。もっとも、普段が酒飲みすぎるけど。

 

船尾に移動した俺は鞠戸大尉と耶賀頼先生に俺と界塚弟の感じた違和感とその推論を話す。

 

「さっきの火星カタフラクトの襲撃ですけど、可笑しくないですか?」

 

「可笑しい?」

 

「ええ、大尉だったらデータ見れば分かると思いますが、放棄されたとはいえ軍事基地にあの機体で攻撃してくることが変なんです」

 

「話を省略するな。アルドノアの特殊武装とは聞いている。どんな能力だ?」

 

鞠戸大尉だけじゃなく界塚准尉もまだ詳細な戦闘データを確認していないから違和感を感じないんだろう。

ってか、艦長辺りはそろそろ気がついても可笑しくないんだけどな。

 

「プラズマだとは思いますが詳しくは分析してみないと分かりません。分かりやすく言えばビームサーベルだけです」

 

「近接武器だけの機体だと?」

 

さすがだな。これだけで違和感を感じてくれると説明が楽そうだ。

とは言っても耶賀頼先生にも分かるように説明しないといけないんだけどさ。

 

「はい、鋼鉄をバターのように切り刻む光の剣を二本。恐らくはそれだけの機体です」

 

「何なんだ。その子供向けアニメの様な武装は」

 

まあ、ガチの軍人からしたらそう思いますよね。

 

「俺に聞かないでください。それよりも俺の見立てでは同時に対応できるのは条件によりますが精々一小隊ってところです」

 

「そんなもので放棄されたとはいえ軍事基地に殴りこんできたのか?」

 

「はい。事実、アパルーサ小隊はご存じの通りです」

 

「いや、それでも揚陸艇にはお前たちの訓練機があった。上空から偵察されているとしたら気が付かない訳がない。比企谷の見立てで1対7は対応出来ないんだな」

 

「条件にもよりますけど、無理ですね」

 

4機5機となると正直無理だと思うわ。

包囲してからの集中攻撃されたらあいつもジリ貧だろう。

 

「おい、それって……なるほど、それが俺にだけ話す理由か」

 

放棄されたとはいえ、ここは軍事基地でそこに敵勢力が哨戒している。

ニロケラスのような一対多戦闘でも問題ない特性ならともかく、一対多の戦闘に向かない機体だ。

単騎で攻撃してくるなんて、いくら見下していたとしても正気とは思えない。

確かにあの性能なら一小隊くらい難しくないのだろう。

問題はそこじゃなく、戦って勝てると判断した材料が何なのかだ。

 

「はい。おそらくですがこの揚陸艦 わだつみには火星陣営の工作員、スパイが居ると見るべきだと思います」

 

この基地を哨戒していた戦力が単騎で対応可能と判断したのは輸送機で来て、空から見て判断した?そんな手間のかかるような手段を取るとは思えない。

あの機体の特性上、航空戦力の前では無力だ。戦闘ヘリだとかが何機も残っていれば袋叩き似合いかねない

新芦原に現れたコウモリと同じタイプの輸送機が随伴してくるだろうが武装は大したものじゃない。乗り手によっては編隊を全滅せしめる事が出来るかもしれないが、航空戦というのは地上戦よりも大変だ。あんなブレード振るしか能のない機体はさっさと投下しないと只のデッドウェイトだ。

それなのに、ミサイルや砲火、果ては航空戦力に晒される危険を冒してまで来たは良いが、戦力多くて厳しいので帰ってきましたってやるか?

 

通信一本で条件をクリアできるのが内通者だ。これが最も可能性が高いだろう。

そうなると、誰がスパイかって事が問題になる。

新芦原からの避難民だと可能性が高いのはライエ・アリアーシュだ。

でも自分を殺そうとした連中に彼女が協力するとは思えない。スパイとして利用価値が残っているなら、ニロケラスがあそこまで追いかける訳無い。加えて彼女では合流する戦力が分からない。

それに新芦原でアルドノア搭載機を撃破した戦力にプラスして軍の戦力って事が分かっていれば攻撃を指示しないだろう。

 

引き替え、わだつみ本隊の奴らは俺たちの新芦原での事を知らない。

救援隊がカタフラクトを持っている事すら知らない可能性が高い。

そうなると、戦力は本隊から一番艇で来たアパルーサ小隊だけであると思っている。

 

市街地戦闘ならまだしも、軍事基地レベルの相手のフィールドで戦うなんて舐めているなんてもんじゃない。

放棄された事がブラフの可能性だってある。

それにあの機体じゃ強いが一度に対応できる数には限りがあるし、相性にも左右されやすい。

それが分かっているから、沖のわだつみからの攻撃で、あっさり引き下がった。

 

アパルーサ小隊と一番艇を潰した後、俺たちと戦闘を継続したのは動いたカタフラクトの数が対応可能だったからだ。

最初から1対7だったら戦闘を仕掛けて来るかと言われると無いだろうな。

つーか、俺なら絶対にやりたくない。

 

今の状況を幾つかの項目に分けて考えても、やっぱりスパイを疑うべきだ。

まぁ、これも想定はしていた。

俺が思うにお姫様の暗殺が周到に用意されたものだ。それはこの戦争が以前から計画されていた戦争と言う事だ。

そうでなくても休戦中という事は直接的な戦闘では無く冷戦状態だったんだから、スパイを送り込んでいないってのは楽観的だ。

 

「確証はまだありませんが、それが一番さっきの襲撃の違和感を説明する事が出来ると思います。本当に放棄されたかなんて攻撃してみるか内部の人間でなければ100%には分かりません。展開している戦力だけではない可能性も充分にあるのに偵察も無しにあんな子供の夢みたいな武装の機体だけで攻撃はとても正気とは思えない。だとしたら、知っていたんですよ。放棄された基地で戦力がKAT3機と揚陸艇だけだと」

 

「それなのに君達のカタフラクト4機の存在を知らないとなれば、スパイは本隊の人間に限られる」

 

「はい、これらはスパイがこの艦に紛れ込んでいる事で説明がつきます」

 

「比企谷君の説明で言えば、新芦原から行動を共にしていた人は可能性としては低いですね」

 

さすが、医者だけあって頭が良いや。

全部を説明しなくても分かってくれる。

 

「つまり、それ以外の乗組員全員が容疑者ってわけか。まったく、呪われてんのか?」

 

「呪いだったらどんなに気が楽か」

 

あんな二次元にか存在しないから、俺には何の関係も無い。

 

「呪いは存在しますよ。比企谷君」

 

「そうなんですか?」

 

「色んな答えが分かりやすい例としては、ノセボ効果って知ってますか?思い込みの力は条件によっては自分を殺してしまいます。誰かに呪われているって知ると普段の悪い事を全て呪いに結び付けてしまいます」

 

「それで体調崩して…負のスパイラルで自信を殺してしまうって事ですか?」

 

なるほど、一念岩をも通すというか気の長い手段だな。

それならこの状況は言ってみれば火星の呪いってわけ?

 

「ええ。比企谷君、理数が苦手な割に論理思考とか結構しっかりしてますよね?」

 

「いえ、そんな事ないです」

 

割にって何ですか、割にって!

高校レベルの理数なんて生きていくのに必要ない……と一昨日までは思ってたけど。

 

「それで、俺に探偵の真似事をしろと?」

 

「他に信用できる人が居ません。界塚准尉に出来ると思いますか?」

 

「まあ、無理だろうな」

 

その説明で分かってしまう界塚准尉っていったい……うん、考えない方が良さそうだ。

界塚姉弟から殺気を向けられたような気がするし。

 

「かといってマグバレッジ艦長じゃ、立場上行動できない」

 

「消去法で俺か」

 

「俺や界塚弟では権限がありませんし、大尉と耶賀頼先生の方が確度が高いと思います。方法などはお任せしますが、早く見つけ出さないと連合の秘密基地すらバレてしまいます」

 

小町たちもそこに居るんだ。

そんな事になればそれこそ目も当てられない。

 

「まあ、それは対応せざるおえんが……比企谷」

 

「はい?」

 

今まででここまでマジな声の大尉見た事ないな。

いつもそのモードだったらモテるんじゃないですか?

 

「お前、何か隠してないか?」

 

「……何かって何ですか?」

 

軍人で勘のいい鞠戸大尉と心療内科の耶賀頼先生。

この2人を相手する最大のリスクがこれなんだよな。

だからと言って、表向き北欧美人の正体を明かすわけにもいかない。

特に鞠戸大尉は軍人である以上、ヴァースの要人となれば引き合わせる訳にいかない。

 

「質問を質問で返すのはルール違反ですよ、比企谷君」

 

「別に何も隠しちゃいないですよ」

 

そんで、耶賀頼先生もある意味では鞠戸大尉よりも隠し事に関しては面倒な相手だ。

お姫様と会話させたら何を基に正体バレるか分かったもんじゃない。

 

「そういうならこっちの目を見て言うべきだ」

 

「別に大したことじゃないです」

 

俺のサトラレ能力なのか大尉のサトリ能力なのか知らんけど、思考を読まれる訳にいかないんですよ。

 

「大した事かは俺が判断する事だ」

 

「くっ」

 

どうする。

多分、何かしら話さないとこの場をしのぐ事が出来ない。

だとしたら、どうすればいい?

考えろ!考えろ!考えろ!考えろ!

今の俺の手札の組み合わせで有効なのはなんだ?

 

「分かりましたよ。言いますよ」

 

これしかないな。

これを切って組み立てる。

その上でこれが事実だと思い込め!勘違いは得意だろ!

 

「一昨日のヴァース皇女暗殺事件ですが、死んだのは影武者です」

 

「それは本当ですか?」

 

「はい、俺の目の前で息を引き取りましたから」

 

これは事実だ。

思い出したくも無いが、ここから先の話を展開するには必要な事だ。

くそ、泣きそうなくらい気分が悪い。

 

「影武者だと知っているって分かれば、避難民に紛れ込んでいたかもしれない暗殺犯に狙われかねないんで」

 

「それで、黙っていたってわけか」

 

「はい」

 

これは間違った情報じゃないから嘘にもならない。

ここを基にお姫様の話を避けて会話をしていけばいい。

身体検査を潜り抜けた今なら生存の可能性を示唆しても、この艦に乗っていないってのが認識されている。

 

「俺の知っている事実が元で自分だけじゃなく、小町とか避難民の人が危険に晒されかねない」

 

「それで、やたらと避難民を警戒していたのか」

 

「はい」

 

やばっ、思い出しちゃったよ。

吐きそう。

 

「鞠戸大尉、このくらいにしましょう。心療内科の医師としてこれ以上、心に負荷をかけさせるのは……まして多感な年齢です。大尉の様になりかねない」

 

「俺はそんな多感でもないですよ」

 

「傷には慣れているからですか?」

 

「なっ」

 

何で耶賀頼先生が文化祭での一幕での言葉を知っているんだ。

 

「壊れないからと言って傷を抉っていい理由にはなりません。それにその青くなった顔では説得力はありませんよ」

 

「くっ一応、一通り話します。ニュースで聞くアセイラム姫の人柄からみると、そんな騙し討ちします?この戦争の大義名分は火星陣営の自作自演のかも知れません」

 

「暗殺は地球との戦争の口実だけじゃなくて帝国内での反乱が目的ってことか。地球と戦争出来て、皇族の血を絶やせて一石二鳥か」

 

大尉ならその答えに行き付くと思ってましたよ。

色々と聞きたそうな顔をしてはいるけど、そこは耶賀頼先生がこれ以上の精神が疲弊しないように止めてくれている。

それならここからもう一度スパイの話に持っていく。

 

「もともとスパイはその為に潜入していたのかもしれません。そうなれば尚の事、軍人の方が怪しくなります」

 

光学迷彩の技術は鞠戸大尉も知ってはいるが、一度答えを出した問題を見直しをするのは一通り終わってからだ。

優秀であるが故に俺の「些細な隠し事」や、お姫様の生存の可能性よりもスパイって直接命に関わる問題の解決を優先する。

 

「…分かった。スパイの件は俺の方で考えておく。先生はどうします?」

 

「僕もお手伝いますよ。子供にばかり責任を押し付ける訳にいきませんから」

 

何もしなかった他の避難民よりも信用できるのはこういう所だよな。

 

「比企谷、言うまでもないが」

 

「他言無用ですよね」

 

ってか、それは俺がさっき言ったじゃないですか。

 

「いや、まあそれもだが少し休め」

 

「いえ、いつ次の襲撃があるか分かりませんから準備だけでも」

 

「それも俺がやっておく。次も出るつもりなら寝るのも仕事だ」

 

「……了解」

 

大尉にこう言われちゃ首を縦に振るしかないか。

もっとも、他にもやる事あるんだけどな。

 

「比企谷君、僕はこの艦の医務室の使用を許可されています。時間のある時にゆっくり話しましょう。君は少し精神を酷使し過ぎです」

 

酷使している訳じゃないんですけどね。

俺からしたら、詰将棋の如く決まった手順でカードを切っているに過ぎない。

間違えたら死ぬだけのクソゲーを。

ここで突っぱねてもメリットも無いしな。

 

「分かりました。時間のある時に伺います」

 

くそ、マジで気持ち悪いな。

この短時間でここまで体調に変化をもたらすってノセボ効果って凄いな。

確かにこれなら呪いもあるって言いきるのも分かる気がしつつ、俺は大尉と先生を残して先に艦内に戻っていった。


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