独物語~ゆきのフォックス~   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

気付けば、この物語も其之玖になりました。
玖というと、九頭龍閃を思い出してしまいます。
数字は揃ったので、威力はともかく、九頭龍閃は発動出来るかなと思います。

天翔龍閃を打てるようには、どれくらい書けばいいかわかりませんが、
完結までよろしくお願いします。


ゆきのフォックス 其之玖

 戦場々原先輩を先頭に、俺たちは行進を始めたが歩き始めたが、戦場々原先輩は開始三分で、

 

 

 

「私、雪ノ下さんのお家が分からないわ」

 

 

 

 と言い始めた。

 

 

 

「やっぱ知らねぇのかよ!」

 

 

 

 阿良々木先輩がつっこんでくれて助かった。戦場々原先輩につっこみを入れるのは、正直怖い。十倍ぐらいになって返ってきそうだ。

 

 

 結局、俺と由比ヶ浜が先導する形で、雪ノ下のマンションへ向かうことになった。この無駄な三分は一体何だったのだろう。

 

 

 

「阿良々木君、また誰かを助けようとしているのね」

 

 

「悪いかよ。困っている人がいたら、そりゃ助けるだろ」

 

 

「悪いとは言ってないわ。むしろ良いわ。私の彼氏が正義マンなんて、自慢できるじゃない」

 

 

「スパイダーマンならともかく、正義マンの響きは。あまり格好よくはないんじゃないか……」

 

 

「でもね、阿良々木君。誰でも助けるのは、この際何も言わないから、何でも背負うのは、やめて頂戴」

 

 

「背負うって何だよ? 僕は別に、そんなことはしていないぞ」

 

 

「責任を感じるな、と言っているのよ。怪異なんて基本的には、本人が望むからこそ現れるのよ。……だから、どんな結末だろうと、その結末は当事者が受け止めるべきなの」

 

 

「……分かっている」

 

 

「ならいいわ。それに、阿良々木君のそんな部分も、私は好ましく思っているから、二律背反というか、二兎追うものは一兎も得ず、みたいな」

 

 

 

 あのカップル、後方でイチャつき始めたぞ。俺があの二人の前に居なくてよかった。声だけ聞いていても、軽く胸焼しそうになるのに、映像で見たら、死にたくなりそうだ。

 

 

 俺の右斜め前を歩いていた由比ヶ浜が、歩く速度を緩める。俺はそのままの速さで歩いていたので、すぐに由比ヶ浜が隣に並ぶ。肩の辺りに由比ヶ浜の頭があり、なんだかむず痒い。隣に並んだことで、前を歩いていたときは見られなかった豊満な胸……ではなく、表情をのぞき見ることができた

 

 

 

「あの二人、凄く仲が良いね。……羨ましい」

 

 

「お前、あのやり取りを見て、羨ましいか?」

 

 

 

 正直、阿良々木先輩が振り回されているようにしか、見えないのだが……・。

 

 

 由比ヶ浜はこちらを向かずに、遠くを見ながら話を続ける。

 

 

 

「だって、お互いが凄い信頼しているのが、分かるもん。好きな人が自分のことをそう思ってくれるって、凄く嬉しいと思う」

 

 

 

 そう言う由比ヶ浜は、口を尖らせて、どこか拗ねているように見える。

 

 

 

「あたしの好きな人たちはまだ、あたしのことを完全に信頼してくれてないから……」

 

 

 

 雪ノ下が狐の件で由比ヶ浜を頼ったのは、少なくとも狐が憑いてから二日は経っている。おそらく由比ヶ浜は、すぐに声を掛けて欲しかったはずだ。

 

 

 

「だから早く、あたしのことを信頼して欲しいんだ」

 

 

 

 由比ヶ浜は少し前に進み、俺の正面に立つと、晴れた秋空の様な笑顔で、そんなことを呟いた。しかし由比ヶ浜だったら、雪ノ下が心を開ききるまでに、時間はかからないだろう。こいつは良い意味で馬鹿だから、いつの間にか体の力を抜いてしまう。

 

 

 

「そうだな……」

 

 

「ねっ、ヒッキー!」

 

 

 

 あの、由比ヶ浜さん……。少し目が怖いんですけど……。

 

 

―――――――

 

 

 阿良々木先輩と戦場々原先輩を、雪ノ下の元へと連れて行くと、すぐに人格が狐へと切り替わった。千年パズルよりも変わるのが早くねぇか?

 

 

 

「五人……? いや人じゃないし、四人か。ちょっと少ないけど、しょうがないかな?」

 

 

 

 狐は少し考えた素振りをしたが、すぐに納得したのか、視線をこちらに向ける。

 

 

 

「おい、狐。言われた通りに連れてきたが、なんか神託でもあるのか?」

 

 

「『狐』だなんて、酷いなぁ。それは私が君たちのことを、『人間』と呼ぶのと同じだよ。私のことは……、そうだね、白狐さんとでも呼んでよん」

 

 

 

 正直、狐に色を加えただけなので、大して呼び方は変わってないが、狐と呼ぶのも変な気分なので呼ばせてもらう。『狐さん』の名前は、なぜか人類的に最悪なネーミングな気がする。

 

 

 

「ねぇ白狐さん。私は多忙の身の中、わざわざこの時間を作って来たのよ。いなり寿司が欲しいなんて、くだらないことを言ったら、その場で祓うわよ」

 

 

 

 戦場々原先輩が、目を怪しく光らせるとともに、胸ポケットに刺してあるボールペンを手に取る。一瞬阿良々木先輩が飛び跳ねたのは、何故だろう。

 

 

 

「いなり寿司かー、それもいいね。お供え物にはやっぱり、いなり寿司だよね。でも本題は別なんだよ」

 

 

「別に、あなたと世間話をするつもりはないのよ。とっとその本題とやらに入りなさい」

 

 

 

 いつの間にか、戦場々原先輩が話しを仕切っていた。別に話をしてくれるなら助かるが、何かこれでいいのかという気持ちになる。

 

 

 

「そうだね。私もその為に、この子に憑いたわけだし」

 

 

 白狐さんが背筋を正して、それまで浮かべていた完璧な笑顔を消して、真剣な顔つきになる。それだけで、今までの俺が知っている、雪ノ下の表情に戻った。

 

 

 

「私はね、この町で死んでしまった稲荷信仰を、生き返らせたいんだ」

 

 

 

 それは、吸血鬼幼女からの情報と対して変わらなかった。「神は死んだ」と言った哲学者は誰だっただろうか、思い出せない。ただ、信仰は中世よりも誰かの心の指針にはなっていない。子供がサンタクロースの正体を知るように、神様はいつの間にか人々の心の中心から、片隅の置かれてしまっている。神が死んでしまった世界で信仰を取り戻すには、相当の労力が必要になるだろう。

 

 

 

「信仰を生き返らせるっていっても、具体的には、僕たちが何をすれば、生き返ったことになるんだ?」

 

 

「んー、そうだねー。どうしようか?」

 

 

「決めてねぇのかよ。それじゃあ、やりようがねぇだろ」

 

 

 

 神様のくせに、適当すぎるだろ。

 

 

 白狐さんは、唇に指を当てながら考えると、何か閃いたのか、澄んだ表情でこちらを見てくる。そんな目で俺を見るんじゃない。わっち、わっちにされるだろうが。……あれは狼だったな。

 

 

 

「例えば、死にたいなーって思ったり、鬼籍に入りたいなーって思ったり、自分の弔鐘を鳴らしたいなーって思ったときに、稲荷神社を訪ねて救いを求める、みたいな」

 

 

 

「その三つ、全部意味同じだからな。人間関係の悩みとか、恋の悩みでもいいだろ」

 

 

「まぁそれでも、いいかな。要するに、初詣や合格祈願、初恋成就みたいな祈りの対象を、私の神社にして欲しいわけ」

 

 

 

 適当な話し方をしている割には、難しいことを言ってくる。人が祈るためには、祠や境内の整備は必須だ。荘厳さ、威厳さを出すならば、それなりの空間づくりをしなければならない。神に祈るならば、祈りを届けられるような雰囲気が必要になる。教会にステンドグラスがあり、教会カンタータが流れるのもその一環だ。白狐さんの神社がどこにあるかは知らないが、廃れているということは、設備が良いとは思えない。

 

 

 

「私としては、良い感情と悪い感情、どっちでも良いだけど……。ただ神様だから、良い感情の方が集めやすいかなーって思うんだよ」  

 

 

「そうすれば、ゆきのんは元に戻るの?」

 

 

 

「契約完了、ということで私は満足して帰って、この子は願いが叶う。正にWINーWINの関係だよね!」

 

 

 

 その契約を果たすということは、陽乃さんの外面が戻らないことを意味する。陽乃さんは普段、俺たちのことを茶化してはいるが、ずるもしていないし、悪いこともしていない。だったらそれは、見過ごしていいことではない。

 

 

 

「ゆきのんは、白狐さんに何を願ったの?」

 

 

 

 由比ヶ浜は、俺が聞きづらいことを、怖々と質問する。

 

 

 

「この子のお姉さん、陽乃ちゃんだっけ? 陽乃ちゃんの様になりたい。それがこの子が私に願ったことだよ」 

 

 

 

 その言葉は、どこかで俺が予想していたが、何よりも聞きたくなかった言葉だった。

 

 

 

「なぁ白狐さん。一つ聞いてもいいか?」

 

 

「なんでも聞いて、吸血鬼さん。お姉さんが何でも答えてあげる」

 

 

 白狐さんの出自は知らないが、それでもお姉さんは、サバを読みすぎだろ。せめてお婆ちゃんと言うべきだ。

 

 

 なぜか阿良々木先輩の影から、視線を感じる。しかも視線のくせして、頬にチクチク刺さって痛い。視線に物理的威力あるわけないし気のせいだろう。うん、気のせいだ……。

 

 

 

「どうして白狐さんは、陽乃さんの人格を奪うことができたんだ? 神様と言ったって、他人に干渉するのは難しいだろう?」

 

 

「そんなのは、簡単だよ。余所から形の無いものを借りるなんて、狐からすれば朝飯前ってわけ」

 

 

 

 虎の威を借る狐――誰でも知っている有名なことわざだ。なら雪ノ下は適材適所、然るべき所に祈ったわけか。

 

 

 

「他に質問はない? だったら私はこれで、退散させてもらうから。じゃぁねー」

 

 

 

 白狐さんはそう言うと、目をつむりながら、こちらに手を振る。すぐに笑顔が消えて、いつも通りの雪ノ下の表情に戻る。雪ノ下はすぐに視線を巡らせて、辺りの状況を確認しているようだった。

 

 

 

「さて、ようやく私の目的を果たせる時が。来たようね」

 

 

 

 冒険の途中で、仲間を裏切った先生キャラみたいな台詞を戦場々原先輩が言った。

 

 

 

「だから、阿良々木君、由比ヶ浜さん。あと、ひ、ひ……そこの腐った死体、悪いけれども少し席を外して貰えないかしら」

 

 

 

「あんた今、俺の名前を思い出すのを、完全に諦めただろ」

 

 

「少し静かにして貰えないかしら、ヒレカツ君。私は雪ノ下さんに話があるの」

 

 

 

 常々思うが、俺の名前をしっかり言ってくれる人が、一体どれくらい居るのだろうか。なまえをよんで。

 

 

 

「あの、戦場々原先輩。私はまだ、状況が全く把握していないのですが」

 

 

 

 雪ノ下がおずおずと、戦場々原先輩に尋ねる。というか白狐さんが消えてから、展開が早すぎるだろ。雪ノ下がついていけてねぇぞ

 

 

 

「大丈夫よ、雪ノ下さん。先ほどの話は後で阿良々木君が、手取り足取り教えてくれるから安心して頂戴。だから今は、私たちのキャラクターが被っていることについて、対策を講じるのが先よ」

 

 

「戦場ヶ原、お前はそんなくだらない用事で、ここまで来たのか?」

 

 

「冗談よ、冗談、ガハラジョークよ。でも話をしたいのは本当なの」

 

 

「でも、先に雪ノ下さんに、今の話を伝える方が先じゃないか?」

 

 

 

 俺も阿良々木先輩と同じ意見だった。雪ノ下の体感は分からないが、意識が飛んでいても可笑しくない。だったら、空白期間を埋めるのは大切だ、

 

 

 戦場々原先輩は、阿良々木先輩の方を見ながら、スカートのポケットに手を入れる。スカートの構造は、男子にとっては神秘だと、場違いなことを考えていたのも束の間。戦場々原先輩の手には青紫のホッチキスがあった。

 

 

 

「早く出て行ってくれないと、お口にホッチキスを綴じちゃうゾ☆」

 

 

 

 戦場々原先輩はウインクをしながら、ホッチキスを構えていた。その先には阿良々木先輩の口がある。

 

 

 その瞬間、阿良々木先輩と由比ヶ浜が、玄関めがけてダッシュする様子が視界に入った。目に入ったのは一瞬で、俺もすぐに玄関に向かう。こんなに真剣に走るのは、夕暮れの土手で、青春ごっこをした以来だった。もちろんこの遊びは一人でやった。

 

 

 

「キャラが更正前に戻っている!」

 

 

 

 阿良々木先輩が走りながら、叫んでいた。

 

 

 なんなんだ、あの先輩、まじで怖えぇ。

 




ご覧いただき、ありがとうございます。

宗教というのは面白くて、神を信じていない人はいても、道徳を心に中に置かない人がないんですよね。
そして、道徳は宗教によって作られますし、風俗と宗教は密接に関係しています。

何か矛盾しているというか、世の中上手い具合にバランスが取れているな、
と時々思ってしまいます。
私たちも、浄土に行きたいとはなかなか思いませんけど、悪いことはしてはいけないと、
ある種の強迫観念がありますからね。

いきなり話は変わりますが、次回は幕間という形で、ガハラさんと
ゆきのんのやりとりを書きたいと思っています。

あの二人口調が似ているんだよなぁ。


それでは、また次回。

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