独物語~ゆきのフォックス~   作:フリューゲル

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いつもご覧いただき、ありがとうございます。

なんやかんやで、一番苦労したかもしれません。
ただただ、やっと本格的にクロスし始める気がします。

其之漆にて、やっとですね……。

それでは、ご覧ください。


ゆきのフォックス 其之漆

 

 郊外のショッピングセンターで由比ヶ浜と合流してから、徒歩で十数分の所に雪ノ下のマンションはあった。

 

 

 いかにも高級そうなマンションで、エントランスにはしっかりとした造りの、オートロックが設置されていた。重厚な扉は鎮座しているだけ、庶民の俺には威圧的に感じる。

 

 

 由比ヶ浜がインターホンで呼び出すと、数秒して自動で扉が開く。何回か既に訪ねて慣れているのか、由比ヶ浜はエレベーターまで真っ直ぐに向かって、乗り込み、迷わず十五回のパネルを押した。

 

 

 怪異の話は、まだ由比ヶ浜には話をしていない。これは、雪ノ下の問題なのだから、その話はまず雪ノ下に伝えるのが筋だろう。

 

 

 エレベーターを降り通路を進むと、一つだけ表札が出ていないドアの前で、由比ヶ浜が立ち止まる。おそらくここが雪ノ下の部屋なのだろう。

 

 

 インターホンを押すと、「はい……」と警戒した雪ノ下の声が、電子音となって発せられた。

 

 

 

「ゆきのん……。あたし、結衣とヒッキーだよ」

 

 

 

 由比ヶ浜が言うと、「……少し待ってて」と返ってくる。

 

 

 玄関扉が少し開き、雪ノ下が顔を覗かせる。雪ノ下の私服は夏休みに見ているが、部屋着を見るのは初めて新鮮だった。ただ、狐耳を隠しているのか、深めを白いサファリハットをかぶっていて、頭を隠していた。

 

 

 

「いらっしゃい、由比ヶ浜さん。あと・・・・・ひ、ひ、引き立て君?」

 

 

「なんで数日会ってないだけで、俺の名前忘れてんだよ……」

 

 

「ごめんなさい。あまりにも影が薄くて、つい指摘したくなったの」

 

 

 

「どうしてお前姉妹は、俺に謝るとみせかけて暴言を吐いてくるんだ……・」

 

 

 

 スペックは同じくらいだと常々思っていたが、性格も割と似ているじゃねぇか。

 

 

 廊下を進むと、明らかに十五畳以上あるリビングに出る。リビングからは別の部屋に繋がるとおぼしきドアが三つあった。俗に言う3LDKというやつか。二十年前のサラリーマンが見たら、むせび泣くような豪華さだな。

 

 

 よく考えれば、女子の部屋に入るのは初めてだった。となると、この一歩は人類にとっては小さな一歩だが、俺にとっては偉大な一歩になるわけか。いやここは、どちらかというか雪ノ下の家であるからノーカンだ。……いや、そもそも女子の家に入るのも初めてじゃねぇか。どっちも変わらねぇ……。

 

 

 しかしこの広い部屋を、雪ノ下は独りで過ごしていたのか……。四人家族が暖かく暮らす位の大きさなのに、この部屋には、雪ノ下しか住んでいない。

 

 

 ソファーに雪ノ下と由比ヶ浜が座り、俺はフローリングに敷かれていた絨毯に腰を下ろした。俺の家みたいな中流家庭の絨毯とは違い、質が高いのか、ふかふかで座り心地がいい。

 

 

 

「思ったより、元気そうだな」

 

 

「別にどこか、体調が悪いわけでもないもの。ただ学校に行くのが難しかっただけだわ」

 

 

 

 それもそうだった。おかしい所はあっても、悪い所はないわけか。

 

 

 

「ゆきのん。狐の耳は治った?」

 

 

「残念ながら、昨日のままよ。でも大丈夫、由比ヶ浜さんの心配する所ではないわ」

 

 

「大丈夫って、どうにかできる検討でもついてるのかよ」

 

 

 

 思わず声を荒らげてしまう。こんなおかしなことに巻き込まれて、それでも大丈夫なわけがない。

 

 

 

「別に、日常生活に支障はないもの。外出するにしても、今のように帽子をかぶれば問題ないわ」

 

 

「でも、ゆきのん。学校はどうするの?」

 

 

「そちらにしても、学校に申請をして、校内の着帽の許可を得るつもりよ」

 

 

 

 雪ノ下の言っていることは、現状の問題にどう対応するかどうかだけで、解決策にはまるで言及していない。

 

 

 

「じゃあ、耳がそのままだったら、どうするんだよ」

 

 

 

「その場合は、私の父が懇意にしている病院に、頼る予定よ」

 

 

 

 そう言って、雪ノ下は窓から見える、様々な色が混在した市街地に視線を移した。雪ノ下の横顔は、いつもと同じく、澄ました表情をしているように見える。

 

 

 

「……私たちにできることって、何かないかな? 小さなことでも、大丈夫だから」

 

 

「取り急ぎ、必要なことはないから安心して。特別何か必要な時には、頼るから」

 

 

 

 雪ノ下がそう言うと、由比ヶ浜は目を潤ませて、泣きそうな表情になる。

 

 

 

「違うの……、ゆきのん。別に特別とか、必要とか、そういうことじゃないの……」

 

 

 

 由比ヶ浜は雪ノ下に訴えかけるが、雪ノ下は由比ヶ浜が何を言いたいのかが理解していないらしい。雪ノ下の目には困惑の色が浮かんでいる。

 

 

 俺も由比ヶ浜が何を言いたいのかが、分からない。

 

 

 

「あたしは小さなことでも、ゆきのんと共有をしたいんだ。嬉しいことや楽しいことは、二人で分かち合って、嫌なことや悲しいことは、二人で分担できればいいなって思ってる」

 

 

 

 それは不可能だ。誰かの感情に、完全に同調することなんてできない。だからみんな、誰かの気持ちなんか分からないくせに、分かった振りをして、嘘を吐きながら生きている。そして俺と雪ノ下は、そのように振る舞うことができなかった。

 

 

 

「それは……、難しいわね。私は人の心の機微に疎いから、喜びも悲しみも一人分しか知らないわ」

 

 

 雪ノ下も俺と同じことを思ったのだろうか、そのようなことを言う。

 

 

 本当に誰かの感情を理解できるなら、俺も雪ノ下、そして由比ヶ浜だって、ここにはいない。雪ノ下は女子の嫉妬にかられることもなかったし、由比ヶ浜だって、人間関係に気を遣いながら、高校生活を過ごしていなかったはずだ。

 

 

 

「そ、そういうことじゃ、なくって……。うー、何て言えばいいか分かんない!」

 

 

 

 その時俺は、なんとなくだが由比ヶ浜の言いたいことが分かってしまった。しかし、それを口には出さない。これは由比ヶ浜だからこそ、届けられる言葉だ。

 

 

 

「あたしだって、ゆきのんやヒッキーが何考えてるか、よく分かんないし。あたしがいつも思っていることも、二人はよく知らないと思うけど……」

 

 

 

 由比ヶ浜は続ける。

 

 

 

「けど、誰かのことを分かろうとしたり、困っていたら、一緒に居てあげたいとか、そういうのがあたしは大事だと思う」

 

 

 

 由比ヶ浜は雪ノ下の手を取り、はっきりと微笑みながら伝える。

 

 

 

「だから、ゆきのんがどれだけ困っているか、あたしはきっと大体でしか分かんないけど、それでもゆきのんの力になりたいの」

 

 

 

 由比ヶ浜が言っていることは、話が飛躍いるし、論理的にも反論することは、雪ノ下ならば可能だろう。しかし、雪ノ下は由比ヶ浜の言葉を飲み込んでいるだけだった。

 

 

 由比ヶ浜は言っている。お互いが完全に理解することは難しくても、それでも近づこうとすることが大切だと。

 

 

 

「ありがとう、由比ヶ浜さん。もう少しだけ……」

 

 

 

 そこで雪ノ下の言葉が途切れるとともに、表情が変化をする。

 

 

 

「いやー、やっと出てこられた。やはり人前じゃなきゃ、出てくる意味もないしね」

 

 

 

 その言葉が雪ノ下の口から出てきたことに、気づくまでに時間がかかった。そして雪ノ下は、陽乃さんが連想させるような、人懐っこい笑顔を浮かべると。

 

 

 

「いえーい。初めまして。ピース、ピース」

 

 

 

 横ピースをしながら、そんなことを言った。

 

 

 ……それは無表情で言わなければ、可愛くないぞ。

 

 

―――――――

 

 

 雪ノ下が笑顔で、「いえーい」なんて言うものだから、どういう対応をすればいいか迷ってしまう。

 

 

 由比ヶ浜を見ると、目の前に起こったことに処理が追いつかないか、

 

 

 

「ゆ、ゆきのんが、あさっての方向に飛んでちゃった!」

 

 

 なんて意味の分からないことを口走っていた。

 

 

 

「おい、雪ノ下。お前どうした?」

 

 

 

 仕方がないので俺が雪ノ下に聞くと、雪ノ下がこちらを向とともに、手を頭に持って行き、帽子を外す。すると。昨日由比ヶ浜がメールで送った写真の通り、雪ノ下の頭から狐の耳が生えていた。

 

 

「やっぱ耳は直に空気に当たらないとね。暑苦しくって耐えられないよ」」

 

 

 

 生で見ると、狐耳がぴくぴく動いていて、嫌でもそれが生きているということを、こちらに認識させる。

 

 

 

「君は……、あぁ、君が比企谷君か。本当に腐ったミカンみたいな目をしているね」

 

 

「おい、人を不良生徒みたいに言うな」

 

 

 

 というか、こいつ誰だ。本当に雪ノ下の頭がおかしくなったのか?

 

 

 

 

「ゆきのん。どしちゃったの? 変なこと言ったなら謝るから……」

 

 

 由比ヶ浜もようやく、頭が回ってきたらしい、まともなことを言い始めた。

 

 

 

「ふうん、二人か……。人数としは少ないかなー」

 

 

 雪ノ下は部屋の中の隅々まで視線を向けると、納得したようにして頷く。その表情は、以前の陽乃さんとそっくりで、こうして見ると、あの姉妹は外見も結構似ているなと場違いながら思った。

 

 

 

「お前は、何だ?」

 

 

「私? 私はしがない神様だよ。いえーい」

 

 

 

 そうして雪ノ下は再び横ピースをした。

 

 

―――――――

 

 

 週明けの月曜日の放課後。俺と由比ヶ浜は緊張した面もちで阿良々木先輩を待っていた。

 

 

 結局あの後、「もうちょっとだけ、人を連れてきてね」と言って、雪ノ下は元の人格に戻った。

 

 

 ただ、それでも雪ノ下の狐耳が元に戻ることはなく、すぐに雪ノ下は、俺を睨みつけながら帽子をかぶり直した。

 

 

 ことわざの様に、三人集まっても特に知恵が出てきたわけではなかったので、阿良々木先輩が解決の方法を知っていることを伝えると、由比ヶ浜がすぐに力を借りることに同意した。

 

 

 雪ノ下は賛成こそしなかったものの、反対もしなかったので、月曜日に阿良々木先輩に相談することで落ち着いた。

 

 

 そして阿良々木先輩が来ることになっている今日、こうして奉仕部に俺と由比ヶ浜が並んでいる状況だった。

 

 

 先週と同じように、扉をノックをする音が聞こえる。そういえば、いつも返事は雪ノ下がしていた。

 

 

 

「ど、どうぞ……」

 

 

 由比ヶ浜が、おっかなびっくりで答える。

 

 

 

「失礼する」

 

 

 

 阿良々木先輩は、部室内を見渡すと尋ねる。

 

 

 

「今日は雪ノ下さんは休みなのか?」

 

 

「そうです。あと少し質問をしてもいいですか?」

 

 

「質問? 別にかまわないが……」

 

 

「阿良々木先輩が怪異に良く知っているというのは本当ですか?」

 

 

 

 そう言った瞬間、阿良々木先輩は目を細める。

 

 

「その話は、誰から情報を貰ったか聞いてもいいか?」

 

 

 

 俺が臥煙さんに、阿良々木先輩の手を借りることを、指示されたことを伝えると、阿良々木先輩は納得をする。

 

 

 

「それで、雪ノ下さんは一体どういう症状なんだ?」

 

 

 

 症状というと、病気になったみたいだな……と頭の片隅で思いながら、雪ノ下に狐耳が生えてしまったことと、突然雪ノ下がまるで別人のように喋り始めたこと、そして陽乃さんの対人用外面が消えてしまったことを伝えた。

 

 

 

 なぜか、阿良々木先輩が狐耳の部分に過剰に反応したが、おそらく気のせいだろう。

 

 

 

「どうですかね。おそらくは狐に関係したものだとは思うんですけれど……」

 

 

「狐か……。狐に関する逸話は、かなりあるしな。忍はまだ、睡眠中だしな」

 

 

 阿良々木先輩がぶつぶつと呟いていると、

 

 

 

「狐憑き。そやつは狐の神に祈り、そして取り憑かれてしまったのじゃ」

 

 

 

 そんな美しい声がどこからか聞こえた直後、目も眩むような金髪と、黄金色の輝きをした美しい瞳をもった幼女が、阿良々木先輩の影から飛び出してきた。

 

 

 

 




ご覧いただき、ありがとうございます。

多分次回ぐらいには、もう少し物語シリーズのキャラを
出せると思います。

ぜひ、次回も楽しんでいただけるよう、頑張りたいと思います。

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