独物語~ゆきのフォックス~   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

想像以上に早く、上がってしまった……。
今回は会話がすごく多くなっています。

それでは、ご覧ください。


ゆきのフォックス 其之陸

 雪ノ下の件については、明日由比ヶ浜と、雪ノ下のマンションを訪問することで落ち着いた。事態が常識ことになると、由比ヶ浜一人に任せるのは荷が重いからだ。結局、陽乃さんの狙い通りに動いている所が、とこか仕組まれている気がしてならない。

 

 

 にしても、狐耳か……。陽乃さんは夢で、白い狐に追いかけられたと言っていたが、やはり雪ノ下の体調不良と、陽乃さんの外面の喪失は関係しているのだろうか。

 

 

 そんな事を考えながら歩いていたら、腕が軽く何かと衝突する。どうやら誰かにぶつかったらしい。

 

 

 

「すいません」

 

 

 そう言って、衝撃の方向に顔を向けると、随分とエキセントリックな格好をしたお姉さんが、こちらを見ていた。

 

 

 小柄な体格にも関わらず、明らかに何サイズか上のサイズの服を着ているとともに、野球帽を横にしてかぶっている。アメリカにいるストリートギャングみたいな格好だなと思う。しかしこの人は、だらしないという印象を全くこちらに与えない。整った顔立ちをしているのもあるが、何よりその超然めいた雰囲気が、そのファッションを当たり前のものとして、こちらに認識させる。

 

 

 

「いやいや、謝る必要はないよ。比企谷八幡くん。君が今直面している問題の事を考えれば、前方不注意になっても仕方がない」

 

 

 

 一瞬、聞き間違えたかと思ったが、そんなことはない。確かにこの人は俺の名前を言った、それに今直面している問題とも。

 

 

 

「あ、あなたは、誰ですか?」

 

 

 思わず声が震えてしまう。本当はさっきの発言について聞きたかったが、その衝動を押さえて尋ねる。

 

 

 

「そうだね。君は私のことを知らないのだから、名前を尋ねるのは当然だ。……初めまして、私は臥煙伊豆湖という」

 

 

 

 その言い方は、まるで俺のことを知っているような言い方だった。しかし臥煙伊豆湖なんて、聞いたこともない名前だ。俺の人間関係の中だったら、聞いたことある名前の方が少ないけれども。

 

 

 

「では臥煙さんはどうして、俺の名前を知っているんですか?」

 

 

 

 そう聞くと臥煙さんは、まるでそのことが、宇宙の真理であるのように応えた。

 

 

 

「どうして? 変な事を聞くねー君は。私は何でも知っている。猫に魅せられたあの子は、何でもは知らないと言っているけれど、私は何でも知っている」

 

 

「何でも、ですか?」

 

 

「その通り。君が入学式の日に、同じクラスの由比ヶ浜ちゃんの飼い犬を、身を挺して車から助けた事も知っているし、その車に今は同じ奉仕部の、雪ノ下雪乃ちゃんが乗っていたことも知っている。そしてそのことについて、雪ノ下ちゃんが嘘を吐いていたことに、君が幻滅していることもね」

 

 

 

 本来だったら、見ず知らずの人の言葉なんて信用しない。親父の教えで、美人のお姉さんに声を掛けられたらまず疑えと言われているからだ。それなのに、臥煙さんの言っていることを信じなければならな

い。それは、その情報は多くても奉仕部の三人しか知っていない。

 

 

 あなたは何者なんですか、と言おうとした所に、臥煙さんがさらに言う。

 

 

 

「まぁこれは、名刺変わりと思ってくれていいよ、八幡くん。別に君をとって食おうとしている訳ではない」 

 

 

 

 そう言いながら臥煙さんは、道路に面している公園へ脚を向けた。

 

 

 

「立ち話もなんだろう? ベンチに座って話でもしよう」

 

 

 

 俺はその提案に断ることができず、臥煙さんの後を着いていった。 

 

 

―――――――

 

 

 臥煙さんと入った公園は、滑り台とブランコにベンチが数台あるだけの、小さな公園だった。てっきり、ベンチに座るのかと思っていたが、臥煙さんはなぜか、公園の隅にこじんまりと設置されていた、ブランコに座った。ブランコなんて小学生以来だから、どこか気恥ずかしい。

 

 

 

 臥煙さんは、ブランコで遊ぶことに全く抵抗はないのか、ブランコを漕ぎなら、星空を見上げていた。俺も同じように空を見上げてみたが、繁華街の光に浸食されているせいか、数えられる位しか、星を見ることができなかった。

 

 

 

「では、君の質問に答えようか」

 

 

 

 そもそも疑問を声に出していないのだが……。それもこの人が知っていることの一つなのだろうか。

 

 

 

「私が何者かということだが……、私は怪異の専門家だよ」

 

 

「怪異……ですか」

 

 

 

 怪異。怪しくて、異形もの。

 

 

 俺が上手く理解していないことを察したのか、臥煙さんが続ける。

 

 

 

「私の未熟な後輩は妖怪変化のオーソリティーと名乗っていたし、暴力的な後輩は陰陽師と名乗っている。良く嘘を吐く後輩は、怪異など信じないスタンスだったけれどね。まぁ、そういうものだと思ってくれていい」

 

 

 

 そう言われてようやく理解する。では雪ノ下や陽乃さんは、その怪異とやらに遭ったということだろうか。わざわざ専門家が会いに来る用件なんて、俺の周りではこのことしかない。

 

 

 臥煙さんはいつの間にか、ブランコを漕ぐのを止め、腿に肘をついていた。

 

 

 

「どうして、俺の所に来たんですか?」

 

 

「君にアドバイスでもと思ったんだよ。現在君が直面している問題は、君一人ではなかなか解決が難しいからね。持たざるものに救いを、君たち奉仕部の考え方に則ったということさ」

 

 

「まだ俺が何かすると、決まった訳じゃないですよ」

 

 

 

 臥煙さんがあまりにも、断定的に話すので思わず反論してしまう。

 

 

 すると臥煙さんは、嫌みったらしい笑顔を浮かべた。

 

 

 

「私が気に食わないからといって、嘘はいけないな、八幡くん。君は雪乃ちゃんと陽乃ちゃんに起こっている現象を、見逃すことはできないよ」

 

 

「ど、どうしてそんなことが、言えるんですか?」

 

 

 

 そう尋ねると、臥煙さんは間違って石を飲んでしまったような顔をして、大げさに驚いてみせた。

 

 

 

「どうして、だって? それは君が一番良く知っているだろう、八幡くん。君が、すぐ目の前で困っている人を、見逃せるわけがないだろう」

 

 

「見逃せますよ。今までもそうやって、生きてきましたし」

 

 

「だから、嘘はいけないよ。いや不必要に自分を卑下してはいけないよ、と言うべきか」

 

 

 そんなことはない。俺は自分のことを、正しく評価している。ずっと独りぼっちで居たんだ。誰も俺の事を見ないから、俺自身で自分を見つめてあげるしかなかったのだ。

 

 

「自分の人生を見つめ直してごらん。君は赤の他人の飼い犬を、自分が怪我するのにも関わらず助けただろう? おそらく今後会うことがないだろう、小学生の為にわざわざ一芝居打ってまで、その子の取り巻く状況を変えようとしただろう? そんなことが出来る君がどうして、半年同じ部活で過ごした仲間を見捨てるんだい?」

 

 

「それは、ただ身体が動いたからというか……」

 

 

「身体が動いた、そのことがどうしようもない程に、君の性格を表しているじゃないか。君は自分では、どうしても否定するだろうから、私が言ってあげよう」

 

 

 

 頭がくらくらする。まるでボディーブローを何発か受けたみたいだ。公園を包んでいる闇がだんだん消えていって、視界が臥煙さんに絞られていく。

 

 

 

「八幡くん、君はお人好しだよ。それも人並み以上にね。君の場合、目的の設定は善良と言って良い程に正しい。ただ君は手段が他人と異なっているから、捻くれていると評価されているだけだ」

 

 

 

 臥煙さんは優しく、包み込むように、話を続ける。

 

 

 

「だから別に雪乃ちゃんを助けることを、恥ずかしがらなくて良いんだよ。それは正しいのだから」

 

 

 

 なんだ一体。この人は一体何がしたいんだ。

 

 

 

「おっと、話が逸れてしまったね。青少年に教えを説くなんて私も歳を取ったもんだ」

 

 

 

 そこでようやく、金縛りが解けたかのように、身体の重荷な無くなり、視界が広がった。

 

 

 

「話を戻すよ。まぁアドバイスと言っても、人を紹介するだけだ」

 

 

「人ですか……」

 

 

「君も知っている人間だから安心して良い。人格面も……、まぁ基本的に大丈夫だろう」

 

 

 

 臥煙さんは人格面の部分だけ、なぜか逡巡してから言った。

 

 

 

「阿良々木暦くんのことだよ。私は彼とは友達だからこよみんと呼んでいるけれどね。彼に手を貸してもらいなさい。それが君にとって最も冴えたやり方だ」

 

 

 

 阿良々木先輩か……。あの人とは、そこまで話したわけではないが、同じ高校の人が、こんなおかしなことに足を突っ込んでいるなんて思いもしなかった。

 

 

 

「先輩も、臥煙さんと同じ専門家なんですか?」

 

 

 

 

「こよみんは、専門家ではないよ。専門家にするならば未熟すぎるし、本来はむしろ逆の立場にあるような人間だ」

 

 

「では何で、阿良々木先輩に任せるんですか?」

 

 

 

「理由は二つある。君たちの都合と、こよみんの都合。どちらから聞きたい?」

 

 

 

 

 

 そう言って、臥煙さんはにっと笑う。どちらから聞いても、変わらない気がする。そもそも、この人が本当の事を言うとも限らない。何でも知っているからといって、常に正しいことを言うとは思えない。

 

 

 

「阿良々木先輩の都合からお願いします」

 

 

「これについてはシンプルだ。蛇に対抗する手段を確保させるためだよ。狐は蛇も食べるからね」

 

 

 

 抽象的すぎて、何を言っているか分からない。これは臥煙さんが意図的に、ぼかしているのだろう。

 

 

 

「では、君たちの都合を話すとしよう。こちらはこよみんの事情よりも多少複雑だ」

 

 

 

 そもそも俺たちに関わる理由があるのだろうか? 怪異なんてものに巻き込まれる以上に、考慮する事案が見当たらない。

 

 

 

「あまり専門家が上手く立ち回り過ぎると、君たちが怪異に引かれる可能性が出てくるのさ。……噂になってしまうからね」

 

 

 

 臥煙さんは最後の部分だけを、俺の耳元で囁いた。吐息が耳にかかり、くすぐったい。

 

 

 急いで距離を取り、抗議の意味も込めて睨みつけても、臥煙さんは茶化した笑顔を崩すことはなかった。

 

 

 

「噂になんて、なるんですか?」

 

 

「ことわざであるだろう。壁に耳あり、障子に目あり、とね。人の口に戸は立てられぬ、という言葉もある。つまり私たち専門家が、鮮やかに解決をしてしまえば、その話は必ず噂となって流れしまうんだ。怪異譚なんて、言ってしまえば人の噂の集まりさ。退治したというオチもついている物語は、怪異譚として完結している。噂としてはもってこいだ」

 

 

「だから、噂が噂を呼ぶということですか」

 

 

「そうそして、噂にはおかしなことが、つきものだ」

 

 

 

 だから阿良々木先輩が手伝うと。上手く物語として語られないように、専門家ではない阿良々木先輩に役割が与えられたのか。

 

 

 

「だからといって、こよみんの手助けに期待するなとは、言っている訳じゃないよ。あぁ見えて彼は様々な怪異に出会っているし、オブザーバーもいる。きっと上手くやってくれるだろう」

 

 

―――――――

 

 

 

 その後、臥煙さんは話すべき事は、話したのかすぐにどこかへ行ってしまった。最後まで本当に良く分からない人だった。

 

 

 一人になって、どっと疲れが出て来た。あの人とは、二度と会話をしたくない。

 

 

 疲れた足を引きずりながら、家に戻ると、小町がソファーに寝ころんでいた。どうやら両親共にまだ帰ってきていないらしい。こんな時間まで働くなんて、本当に俺の親なのかと心配になる。立派な社畜じゃねぇか。

 

 

 

「お兄ちゃんお帰りー。なんか随分疲れてるね」

 

 

 

 小町の声が身体に染み渡り、癒される。

 

 

 

「お兄ちゃんは今日だけで、一生分話したんだ。もう休んでもいいだろう? 疲れたよ、パトラッシュ……」

 

 

「だ、ダメだよ、お兄ちゃん! 今お兄ちゃんが死んだら、誰が小町を養うの?」

 

 

 

 今の八幡的にポイントが低いぞ、とつっこむのも面倒で、俺はソファーの空いたスペースに倒れ込み、眠りについた。

 

 

 

 




今回の話は、

臥煙さん「こよみんに手伝ってもらいないさい」

の一言で表現できてしまいます。


つまり今回得るべき教訓は、どんなに字数を重ねても、話が進まない時は進まないということだ。


それでは、また次回。たぶん、少し遅くなると思います……。

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