思ったより早く其之伍を書くことができました。
なかなか頭の中を文章にするのは、難しいですが、
楽しいので、どんどん書きたくなります。
それでは、ご覧ください。
流石に三日目も学校を休むとなると、由比ヶ浜がかなり心配をし出した。雪ノ下には、定期的にメールをしているそうだが、雪ノ下は体調が悪いと一点張りらしい。
国語の授業の後、平塚先生に呼び出される。
「雪ノ下が学校を休んでいるのは、知っているだろう?」
「えぇ。あいつが三日間も休んでいるんで、由比ヶ浜が心配をしています」
「君は心配をしていないのか? その言い方は、いささか冷たく聞こえるぞ」
「別に、心配していない訳ではないです。ただ雪ノ下の場合、殺しても死にそうにないから、心配をするだけ無駄というか……、そんな感じです」
平塚先生は一つため息をつく。その表情を見ると、俺に対してあきれているような様子であった。
「君は、本当に捻くれているな……。自覚がないようだから言っておくが、その感情は歪ながらも、雪ノ下への信頼に他ならないよ」
信頼……か。確かに俺は、雪ノ下に対して一定の評価をしている。あいつは、本来ならば誰もが嘘や欺瞞で覆い隠してしまう事実に、たった一人で向き合っていたのだ。建前や世辞で言葉を飾らずに、正しく生きてきたのが雪ノ下だ。だから彼女は今も一人で生きている。色々なものを剥き出しでいるからこそ、世の中が生きづらくなってしまう。
だからこそ俺は……。そこで思考は途切れる。
「その雪ノ下の件だが……、見舞いも兼ねて、溜まっているプリントを届けてくれないだろうか?」
「雪ノ下が俺に、見舞いをして欲しいとは思いませんけどね……」
そもそも俺は、雪ノ下の住んでいる場所を知らない。見舞いに行く、行かないではなく、そもそも行くことができないのだ。
「別に君に行けと、行っている訳ではない。由比ヶ浜でも良い。ただ、君たち二人が適していると判断したからこそ、頼んでいるわけだ」
平塚先生は、こちらの目を見て、はっきと伝える。平塚先生は、普段はとっつきやすい人だが、時々こんな風に大人になるから、カッコいいし逆らえない。
「……分かりました。由比ヶ浜に相談してみます」
おそらく、由比ヶ浜は二つ返事で了解するだろう。わざわざ俺が動く必要がないなら、由比ヶ浜に任せるとしよう。
―――――――
放課後、由比ヶ浜は俺の予想通り、雪ノ下のお見舞いへと行った。奉仕部の活動は、部員の二人が部活を休むのであれば必然的に休止になる。本来なら家に帰って、アニメの再放送を見るはずだったが、珍しく放課後に予定が入った
帰りのLHRが終わると当時に一件のメールが俺の携帯電話へ入った。俺の電話帳の登録人数は五人もいない。小町とアマゾンを除けば、メールをする人間はさらに限られてくる。案の状というか、やはりメールアドレスは知らないアドレスからだった。スパムかと思って開くと、
『雪ノ下陽乃です。今日の午後五時に会いたいのですが、ご都合はよろしいでしょうか? おそらく比企谷君の場合、空いているでしょうが、念のため確認させていただきます』
アポを取るついでに、罵倒をされた。しかも何で俺のアドレス知ってんだよ。なんか最近俺の個人情報が流出している気がする。顔なじみのない人に声をかけられるし。
本気で断ろうか考えたが、陽乃さんのメールがあまりにも丁寧すぎたのが気になった。遊び心に溢れているアドレスと、本文の文章がかみ合っていない。陽乃さんの性格からすれば由比ヶ浜みたいな、顔文字をふんだんに使ったメールの気もするが……。
雪ノ下が休んでいることも、多少は気になった。メールの通り、どうせ予定は入っていないのだから、放課後の暇つぶしにはちょうどいい。キテレツの再放送だったらいつでも見られる。
こちらから了解の旨と、待ち合わせの指定をすると、すぐに返信が来た。どうやら大丈夫だったらしい。大学生も割と暇なんだなと思ったが、よく考えれば、大学はまだ夏休みだ。流石人生のモラトリアム期間である。
そういうわけで、俺は学校から少し離れた、座席の大部分が喫煙できる喫茶店に向かっている。できる限り人に見られたくない為に、高校生が近づかない店を選んだわけである。
五時丁度に喫茶店へ行くと、陽乃さんは既に入り口から一番遠い席にいた。時間つぶしに本を読んでいるようで、俺が近づいても全く気づく素振りを見せない。
陽乃さんはいつも笑っている印象が強いた為あまり思わないが、こんな風に集中して本を読んでいるとやはり、雪ノ下と姉妹だということを感じさせる。
俺が席に座ると、さすがに気づいたのか顔を上げてこちらを見る。
「やぁ、比企谷君。こんにちは」
既に注文したのか、ブレンドコーヒーが陽乃さんの手元に置いてある。雪ノ下は紅茶を好んでいるが、陽乃さんはコーヒーのほうが好きなのだろうか。中身を覗いて見ると、ブラックだった。実に陽乃さんに、似合っている。
「どうも……。わざわざ呼び出すなんて、どうかしたんですか?」
すぐに、注文を取りにきたので、同じくブレンドコーヒーを頼む。店内に漂っている煙草の香りが鼻腔を軽く刺激して、少し気持ちが悪い。て自分で場所をしていなんだが、あまり長居したい場所ではなかった。
「いやいや、比企谷君。私を見てどこか変な所はない?」
そう言われて、陽乃さんをまじまじと見る。前に会った時のような露出が高い服装ではなく、清楚なサマードレスを着ていた。化粧がいつもより薄い気がするが、それを言って良いのだろうか。
「ごめん……あまり腐った目で見られると、気持ち悪いから止めてくれないかな」
「あんたが、見ろって言ったんだろうが!」
「その目の腐り具合は、どうやったって直せないから言っちゃいけなかったね……」
「何で俺、わざわざ呼ばれたのに罵倒されているんですかね……」
「ごめん、ごめん。目が腐っている部分以外は冗談だから、安心していいよ」
フォローでさらに追い打ちをかけられた。しかもフォローになってねぇし。しかし、おかしな所なら、一つだけ思い当たっている。
「俺からすると、変な部分がなくなったって感じなんですけどね。いつもの強化外骨格はどこかに落としたんですか?」
メールの時点で既に違和感があったが、直に会って見るとすぐに分かった、俺との距離感然り、化粧の仕方然りと陽乃さんが持っている人間関係における処世術が全く使われていなかった。
なにより、以前は常に絶やされなかった人懐っこい笑顔が、雪ノ下の様に落ち着いた表情へと変わっている。
「そうなの。一昨日くらいからかな。愛想笑いが上手くいかなくてね。変だなって思いながら過ごしたんだけど、気づくと薄化粧になっているし、正論をずばずば言うようになったりしてね。友達から訝しがられているの。まるで狐に憑かれたみたいだって」
そう言って、陽乃さんは、スプーンでコーヒーをかき混ぜながら、不機嫌そうに口をすぼめる。
「神様のイタズラじゃないですか? あまり八方美人になるなっていう」
「そうかもね。ちょうどこうなる前の晩に、夢を見たの」
「まさか本当に神様のお告げあったって、言うんじゃないですよね。どんな受胎告知ですか」
「お告げって訳じゃないけどね。真っ白で、雪の様な狐においかけられた夢を見ただけ。最終的に捕まった所で目を覚ましたんだけれど」
……狐か。稲荷信仰なんてあるくらいだから、神様であってもおかしくない。
「そして、朝起きたらこうなっていたの。不思議だと思わない?」
何か嫌な予感がする。あの陽乃さんが、ただ俺に愚痴を聞かせたいだけな訳がない。少なくとも、俺に何かさせる為に呼んだのだろう。
「でね、私はこの件に、雪乃ちゃんが関係していると睨んでいるの。雪乃ちゃん、一昨日から休んでいるんでしょう?」
どうして知っているんですか、という言葉を飲み込む。そのことは追求しても意味がない。問題は雪ノ下のことだ。言われてみれば、確かにそうだ。片や妹が体調を崩し、片や姉が不可思議なことに巻き込まれている。これは偶然か……?
「だったら陽乃さんが雪ノ下の見舞いに、行ってみればいいじゃないですか?」
雪ノ下ならば、今の陽乃さんの状態を見ても、そこまで違和感名なく対応できるだろう。
しかし、陽乃さんは大きな溜息をつく。
「いやいや。比企谷君なら私の言いたいことが、分かると思うんだけどね」
分かる。だが、なぜ俺がやらなければいけないのかが、分からない。
「葉山には、頼まないんですか?」
「隼人はダメかな。あの子は道徳的に縛られすぎて、こういう時には向かない。だからこそ隼人は雪乃ちゃんには近づけないし、近づいても燃えつきちゃう」
イカロスの羽の様にね。陽乃さんはそうつけ加えた。
葉山。葉山隼人。二年F組のトップカーストに位置する、サーカー部のイケメン。確かにあいつは集団の中心にいるせいで、誰よりも道徳という社会の規則に縛られている。みんなが幸福になる方法を信じて疑わない故に、とれる行動に限りがある。
「だからね。私を助けるつもりは、あまりなくても良いから、雪乃ちゃんの手伝いをするつもりで、軽く受けてくれないかな」
そう言って陽乃さんは、困ったように微笑んだ。その笑顔はいつも陽乃さんが見せる完璧な笑顔とは違ったが、驚くほど綺麗だった。成る程、魅了されるというのはこういうことか。
―――――――
その後、陽乃さんと別れ、帰り道を一人で歩く。時計は既に六時半を示している。夕食の時間に入っているせいか、いろいろな料理の香りが路上を埋め尽くして、どこかカオスを醸し出していた。
陽乃さんとはその後、狐のことについては話さずに、宮沢賢治や中原中也の話をしていただけだった。だから俺は、陽乃さんの依頼に返事をせずに帰ったし、陽乃さんも答えを求めなった。。
どうしようかと、考えていると携帯電話が震える。確認をすると由比ヶ浜からメールが来ていた。
内容はシンプルに一文と写真が一枚。
『どうしよう。ゆきのんが狐耳になっちゃった!』
添付された写真を見ると、狐耳が生えた雪ノ下が、恥ずかしそうに頬を赤らめ、少し上目遣いをしていた。
何これ?。すげぇ萌える。
ゆきのフォックス 其之伍でした。
文字数が右肩上がりで増えていって驚きます。
その分ボリュームが増すんですけど、執筆時間も同じくふくらみました。
それでは、また次回。ゆきのフォックス 其之陸にて。