独物語~ゆきのフォックス~   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

久しぶりに連日更新になります。やっぱり書き貯めをしておくと、更新がめちゃくちゃ楽です。

これからはもっと計画的に生きていこうと思います。


それでは、ご覧ください。


ゆきのフォックス 其之拾伍

 

 夕方の神社は、それだけで幻想的な雰囲気を感じるが、夜の神社は何か物物しい。空から月の光が射し込んではいるものの、境内全体の包み込む暗闇には押し負けていて、辺りの輪郭がかろうじて見えるだけだった。

 

 

 境内に置かれた四体の稲荷地蔵も昼間とは違い、少し離れているだけで今にも動きしそうな雰囲気を醸し出している。

 

 

 視界が悪いせいか、周囲の音がよく聞こえる。昼間は何とも思わなかった風も、夜になると松を揺らしながら不気味な音を奏でている。昨日聞いていたときは雅にも聞こえていた松が揺れる音は、時間が経つとともに不協和音へと変わっていってしまっていた。

 

 

 

「やべぇよ! マジで先が見えねぇ。ほんとにでここでやんの? マジで怖ええ……」

 

 

 

 戸部がやかましく騒ぎ立てているせいで、俺の恐怖心がどこかに飛んでいってしまった……。

 

 

 葉山は割と平気そうにしているが、女性陣は三人とも怖がって、微妙に震えている。いつもは気丈な三浦も、少し腰を引きながら葉山の袖を掴んでいた。

 

 

 

 

 

「というか、夜に来たのが間違いだったな。せっかく来たんだし、お参りだけはしっかりやろう」

 

 

「で、でも、マジでやべーよ、隼人君ぜってえ何か出るって!」

 

 

「大丈夫だろ、別に変なことをしなければ、問題はないよ」

 

 

 

 葉山がそのまま本殿へ向かうと、残りやつらもしぶしぶ、といった形で葉山についていく。

 

 

 六人分の土を踏みしめる音が、発したと同時に暗い土へと吸い込まれていく。土の中はすでに秋が到達しているのか、靴を履いているのにも関わらず、冷たさが靴を通して足に訴えてくる。

 

 

 もともと小さい神社であるため、境内に入ってしまえば本殿までは大して時間がかからない。

 

 

 本殿に着いたはいいが、鈴も賽銭箱もないため、二礼、二拍手、一礼を本殿へ向けて行うことが決定し、とりあえず二礼だけをする。

 

 

 葉山たちはその場の雰囲気もあって、綺麗な礼をしているが、ここにいた神様は神様なので、俺は真剣に礼をすることができない。メッカよろしく、雪ノ下のマンションに拝礼したほうがまだ効果がありそうだ。

 

 

 二拍手の鋭い音が境内に響くと、すぐに沈黙が訪れる。

 

 

 特に願うこともないし、願った所でろくなことにならないので、夕食はラーメンが食べたいことを祈る。小町が作っておいてくれないかなあ……。

 

 

 その後、ゆっくりと礼を一つして参拝は終わる。 

 

 

 

「いやー、案外簡単だったべ。隼人君は何をお願いしたん?」

 

 

「……大したことじゃないさ」

 

 

「いやいや、そんなことないって。手を合わせてる時に横目で見たら、隼人君スゲー真剣な顔してたし」

 

 

「健康祈願とか、そんな感じだよ……」

 

 

「いやいやー。違うっしょ! 優美子も気になるっしょ?」

 

 

「……戸部、ウザい」

 

 

 

 三浦に注意されると、すぐに戸部は押し黙る。

 

 

「まあでも、これで目的を果たしたわけだし、帰りにどこかに寄るか?」

 

 

 

 葉山は腕時計をこちらに見せてくる。

 

 

 ぞろぞろと来た道を引き返す葉山たちの、一番後ろにつく。そのときに由比ヶ浜が心配そうな目をしていたので、軽くウインクをしてやる。……思い切りドン引きされたな。

 

 

 深呼吸を一つする。演技はあまり必要ではないが、それでもあまり不自然では怪しまれるので、気をつけなければいけない。

 

 

 少し暗くなったので空を見上げると、空にぽつんと浮かんでいる突きが、雲によって隠されていた。突きの光が弱くなったことにより、この辺りが、深い闇に包まれる。

 

 

 どうやら月の神様は、俺の味方をしてくれるらしい。

 

 

 葉山たちが稲荷地蔵を過ぎた後、少し後ずさる。そして静かに助走をつけると、思い切り稲荷様と台座の境目を蹴りつける。

 

 

 足に鋭い衝撃が走るとともに、盛大に音を立てて地蔵が崩れ落ちる。台座の一部がえぐれるとともに、台座に乗っかっていた稲荷様は地面に落ちて胴体と頭、そして四肢が綺麗にバラバラになっていた。

 

 

 ……おい、俺はこんなスーパーサイヤ人みたいな芸当を頼んだわけじゃねぇぞ。

 

 

 石の固まりが落ちる音というのは、想像以上に大きいらしく、全員が恐ろしい速度で振り返ると、崩れ落ちた地蔵と俺を見比べる。

 

 

 俺は俺で、想像以上に見事に崩れ落ちてしまったことへの驚きからか、何故かえぐれている部分を丁寧に撫でていた。流石にここまで破壊できるとは思っていなかったので、心苦しい。

 

 

 

「ヒ、ヒキタニ君……、今何したん?」

 

 

「いや、少し肩が当たって……」

 

 

 

 どう考えても肩が当たっただけじゃ起こらないことが起こったが、それは気にしない。とりあえず、このまま乗り切ることの方が重要だ。

 

 

 

「というか、これやばくない? 何かたたりとかありそう……」

 

 

 

 海老名さんが、不安そうに散らばった破片を手にとる。

 

 

 

「これって、そんな簡単に倒れるものじゃないべ」

 

 

 

 戸部がそう言いながら、稲荷様の一体にそっと触れる。撫でるように稲荷様の足に触れたのにも関わらず、稲荷様の足は簡単に折れ、胴体が無惨にも地面へ墜落する。

 

 

 

「へっ?」

 

 

 

 戸部の驚いた声と、稲荷様が割れる短い音が入り交じる。二体も地蔵が割れてしまったせいか、ほのかにコンクリートの不快な臭いが鼻腔を刺激する。

 

 

 

「ちょっ、戸部、あんた何やってんの?」

 

 

 

 流石に焦ったのか、三浦が慌てた声を上げ、四肢がもげている稲荷様に駆け寄る。

 

 

 

「いやいやいや、何もやってないって! 触ったら自然に倒れただんだよ!」

 

 

「マジでどうすんの? こんなことしちゃって大丈夫なの?」

 

 

「だから、オレは何もやってないんだって?」

 

 

「とりあえず、一旦落ち着こう」

 

 

 

 戸部と三浦のやり合いを、葉山が間に入って諫める。

 

 

 

「触ったら壊れるくらいだから、神主さんに話をして、謝れば分かってくれるかもしれない」

 

 

 

 その時、境内に一陣の風が吹き付ける。その風は俺を包み込むように撫でつけると、ただひたすらに松を揺らし続ける。

 

 

 ぼうっと稲荷様のかけらを触っていた海老名さんであったが、不意に立ち上がり松を見上げると、

 

 

 

「ねぇ……、風が止まない」

 

 

 

 その言葉にここにいた全員が空を見上げて、松を仰ぎ見る。先程の風は未だに止むことが無く、気味の悪さを境内に満たしていく。

 

 

 

「ちょっと、ちょっと! おかしくない?」

 

 

 

 神社の外、月の光が届かない先で、何かが軋む音が聞こえてくる。一つ、二つ、三つと、方向を変えながらその音が近づくとともに、女の甲高い悲鳴も境内に響き始める。最初は境内の東、ぽつんと松の間隔が開いている所。次は北西、ここからでは本殿を挟んだ先へ。その叫びは止むことがなく、だんだんとその間隔が短くなっていく。

 

 

 いくら待っても、風が止まらない。女の叫び声は、さらに悲痛さを増しながら、より大きく、より痛みを訴えかけるようにわめき続けている。一瞬だけ近くで聞こえた気がして、全員が一斉に振り返るが、そこには誰もいない。

 

 

 ついには、俺たちの周囲のあらゆる方向から、声が聞こえてくる。声からして、同じ女のはずなのに、全く同時に左右から聞こえたかと思えば、次には真上から絶叫が降ってくる。

 

 

 

「ねぇ! どうなっているの、これ? どうなの?」

 

 

 

 三浦がスカートの端を押さえつけながら叫ぶが、すぐに言葉が地面へと吸い込まれていく。

 

 

 風がさきほどよりも勢いを増してきている。近くの竹林から飛んできたのか、青葉が宙を舞っていた。どこかで風同士がぶつかって上昇しているのか、葉っぱがひらひらと上に向かっている。

 

 

 

「もう、なんだよ! これ? 謝る、謝るから、許してくれよ!」

 

 

 

 戸部のその言葉が通じたのか、さっきまで強烈に吹いていた風がいきなり止み、境内を再び沈黙が訪れる。

 

 

 

「終わったのか……?」

 

 

 

 葉山はすぐに辺りを確認しながらつぶやく。

 

 

 

「隼人ー、もう帰ろうよー、怖いー」

 

 

 

 三浦はそういって、わざとらしく、大げさに葉山にもたれ掛かる。

 

 

 俺も怖いー。あいつの変わり身が早すぎるだろ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

 

 葉山は三浦のその行為を当たり前に受け止めると、俺たち一人ずつの顔を順々に見渡すと、

 

 

 

「……今日はもう帰ろう。変なことに付き合わせて悪かった」

 

 

 

 などと宣った。自然と責任を持っている所が葉山らしい。

 

 

 

「そうだべ、そうだべ。まったく、ヒキタニ君のせいで、大変な目にあったわ」

 

 

 

 戸部が恨めしそうな声音で、怨めしそうな視線をよこしてくるが、無視する。

 

 

 そのまま参道を通って神社から出ようとすると、上空で松の葉が揺れる音が聞こえた。また風でも吹いたのかと思っていると、もの凄い轟音がいきなり響くとともに、地面を通して微細な揺れが足下から伝わってくる。

 

 

 何事かと思って振り返ると、俺の腹周りほどある松の木が、根本から折れている。枝が地面に叩きつけられせいか、折れて周辺へと飛び散っていた。大木の周りに細かい枝が散乱している様子は、どこか血まみれになった人間の死体を連想してしまう。

 

 

 ……流石にビビった。これは、人が死んでもおかしくないようなものだ。

 

 

 この事態には、葉山も海老名さんも口を開けて惚けている。

 

 

 由比ヶ浜も同じく惚けていたが、何かに気付いた様にはっとすると、倒れた松の根本を指さす。

 

 

 折れて鋭く尖っている幹のすぐ側、周りが暗闇に包まれている空間に誰かが立っている。

 

 

 そいつは、何もかも雪のように真っ白だった。肩まで伸びた透けるような髪も、こちらをじっと見ているその瞳も、整った美しい顔立ちも、そして身に纏っているその着物も、すべてが白に包まれている。

 

 

 この暗闇の中で月光に照らされている彼女は、こちらを一瞥すると、丁寧にお辞儀をした。

 

 

 するとその時に、ピンと立った白い狐耳が目に入る。

 

 

 そしてお辞儀から体を起こすと、目を細めてこちらに微笑み掛けてくる。その笑顔があまりにも美しくて、俺は思わず見惚れしまった。

 

 

 

「で、出たー!」

 

 

 

 戸部が叫びながら逃げ出すと、残りの連中もそれに合わせたかのように、神社の外へ走って逃げる。

 

 

 俺は未だ、白い女を見続けていたため、一人境内へと取り残される。

 

 

 境内の中は散らかっているものの、風はやみ、少し前の神秘的な空間へと戻る。

 

 

 念のために一旦道路に出て、葉山たちが遠くへ行ったことを確認にして、境内に戻る。改めて道路から見ると、神社はまるで、台風が来たかのような有様になっていた。倒れ込んだ松、地面へ落ちてバラバラになった稲荷地蔵、境内に散乱する竹の葉といった具合である。おまけに、妖怪みたいなやつがいるし……。

 

 

 

「お前が来るなんて、俺は聞いてないんだけどな」

 

 

「あら、たまたま比企谷君の所だけ、連絡がいって無かったのかしら?」

 

 

「どう考えても意図的だろ……。で、お前その白さは何なの? 腹の中と正反対になる薬でも飲んだのか?」

 

 

 

 一目見たときには髪の白さに思わず目がいったため、気付くのが遅れてしまったが流石に気付く。狐耳がなければ、雪女でも通るレベルで似合っていたな。

 

 

 

「髪や瞳などは、白狐さんのおかげよ。阿良々木先輩に聞いた所によると、症状が進行すると身体に変化が起こるらしいの」

 

 

 

 雪ノ下は、髪をかきあげながらそう言った。

 

 

 近くに寄ってみると分かるが、雪ノ下の白い髪は絹のように細く、髪の一本一本が綺麗に舞っている。

 

 

 

「この着物は忍さんに創ってもらったわ。吸血鬼って何でもありなのね」

 

 

 

 雪ノ下は両手を広げ、こちらに着物の袖を見せてくる。遠くからでは分からなかったが、雪ノ下の着ている着物には、銀色で花びらの模様が施されている。

 

 

 

「全くな、ありゃ反則だ。俺の策のほとんどが、あの吸血鬼幼女に頼りっきりだし」

 

 

 

 発案者が具体策を丸投げしたわけだ。……死にたい。

 

 

 折れた松に腰掛けて、一息つこうかと思ったが、雪ノ下を見てとりやめる。あの着物で腰掛けたら、せっかくの着物が汚れてしまうだろう。さすがに一人で座っているのも居心地が悪いので、そのまま雪ノ下の近くで立つことにする。

 

 

 

「というかお前、そんな目立つ髪でどうやってここまで来たんだよ?」

 

 

 

 その髪で歩いていたら、それこそ都市伝説になって、新たな怪異が誕生しそうな気がする。

 

 

 

「帽子をかぶって、サングラスを掛けてたの。この時間帯だったら、案外目立たないものよ」

 

 

「……そんなもんか。芸能人だって案外気付かれないって言うからな」

 

 

 

 そういえば、阿良々木先輩が姿を表さない。確かことが終わったら合流する手はずになっていたはずだったが。

 

 

 

「なぁ、雪ノ下。阿良々木先輩を知らないか?」

 

 

「私が出てくる前には、見たのだけれど。今は……分からないわ」

 

 

「そうか……」

 

 

 

 阿良々木先輩のことだろう、きっとどこかで慇懃無礼な少女でも見かけて、追い回しているのだろう。

 

 

 なんとなく空を見上げると、阿良々木先輩と会った時より見える星の数が増えている。視界の端で、俺と同じように空を見上げている雪ノ下が見て取れた。

 

 

 

「驚いたわ……。この街でも意外と、星が綺麗に見えるものなのね」

 

 

「そんなことはないだろ。ここは多少綺麗に見えるが、それこそ夏休みに行ったキャンプ地の方がよっぽど綺麗に見えるだろ」

 

 

「それでも、こんなに見えるとは思ってなかったの。この街はいろいろなものが溢れているから、見ることができないと決めつけていたわ。……だから、少し新鮮なの」

 

 

 そうやって優しく微笑んだ雪ノ下は、そのまま星を見続けている。

 

 

 それからしばらく、俺たちは静かな天体観測を続けていた。見えている星は少ないものの、雪ノ下が星に関する様々な逸話をひとつひとつ話をしてくれて、全く飽きることはない。

 

 

 お互いに首が痛くなってきた所でやめる。首を回すと、コキコキと音が鳴る。

 

 

 

「そういえば、小町さんには何て言って、でてきたの?」

 

 

「小町には、『友達の家に泊まってくる』と言ってある」

 

 

「……」

 

 

「おい、無言で俺から距離を取るな。他の理由が思いつかなかっただけだ。最悪、マンガ喫茶にでも泊まるさ」

 

 

 

 小町にはまだ、雪ノ下とのことは言ってないが、「ふーん」とか「へぇー」と言いながらも、何も聞かないで送り出してくれた。我が妹ながら良くできている。

 

 

 

「まぁ、いいわ。それよりご飯を食べに行きましょう」

 

 

「何で飯を食いに行くのか、全く分からないんだが……」

 

 

「何でと言われても……、食べたいのでしょう、ラーメン?」

 

 

 

 ……こらからお参りに行くときは、聞かれて恥ずかしくない願い事をしよう。

 




ご覧いただき、ありがとうございます。


とりえあず目標を一つ立てました。今週の日曜日までには、完結させようと思います。

予定はしっかりと立てたので、あとはそれを実行するのみです。


……これで逃げ場はなくなりました。



それでは、また次回。

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