また微妙に文体が変わっています……。一つの物語の中では、文体を統一するのは、当たり前なのですが、文章の練習も兼ねているので、直さずに進めます。
ポジティブに「成長したなぁ……」と思って頂ければ、嬉しいです。
それでは、ご覧下さい。
翌日の日中、なぜか平塚先生に、職員室へ呼び刺される。
勝手知ったる職員室とまではいかないが、すでに何回も呼び出されると、流石に周りを見渡すくらいの余裕が出てくる。
職員室は、教頭の机を上座にしながら、二つの机が向かい合う長い列が四つ作られている。教員の中では、比較的若い部類にはいるからか、平塚先生のデスクは、入り口に最も近い列に位置をしていた。
視線を巡らし、平塚先生が使っている机を観察すると、授業で配られる小テストや、文房具、メモ帳などが、あちこちに置いてある。教師という仕事柄、プリント類が多くなるのは仕方ないが、まぁなんというか……乱雑だった。机の上を探しても、ペン立てがないのはなぜだろうか? も、物を取りやすく配置してるんだよな、たぶん……。
ふと隣の机に目を移すと、A4のファイルが数枚と、ペン立てが置いてあり、どこかの机とは対照的に、整然とした机だった。
確かここは、三ヶ月前に結婚した、世界史の時田の机だったな。なるほど、これが持つものと持たざるものの違いということか。俺は世の中は残酷さを、また一つ知ってしまったのか……。なぜ差別が起こるのか、なぜ格差が生まれるか、なぜ結婚できないのか。その答えは、この二つの机に隠されていたのだ。この発見をするのに、尊い犠牲も存在した。だが俺は、この経験をしっかりと生かしていこう。専業主夫になるために、整理整頓だけは欠かさず行うことを平塚先生の前で誓うことが、俺ができるせめてもの、恩返しであろう。そしてそれがきっと、犠牲になった人への、弔いとなることだろう。
ありがとう、平塚先生。ありがとう、時田。俺はこの発見を、世の中の未婚女性のためになることを信じている。
「……比企谷、今おかしなことを考えなかったか」
思わず胸の前で、十字を切っていた。アーメン。
「いえ、何も。『結婚できない女、できる男』のタイトルで、本でも書こうかと思っていただけです」
すると、ただでさえ恐ろしい平塚先生の目つきが、目尻を上げ、さらに険しくなる。おそらく無意識だろうが、指で机をとんとんと叩いているのがとても怖い。
「やはり、今日の比企谷はどこかおかしいな……。授業中にもにやにやと笑っているし、いつもの保身じみた言葉も言わない」
「先生もそんなことを言うんですね。由比ヶ浜にはにやにやしてキモいと言われて、川崎からは全力で引かれて、海老名さんからは葉山への同性愛を疑われ、戸塚には可愛いって言われたんですよ。……ふへへ」
思わず顔が綻んでしまう。
今朝、戸塚と会ったときに、「おはようっ!」と鈴が鳴るような声で挨拶をされたと思ったら、戸塚はじぃーと俺の顔を眺めてきた。それだけで俺の心臓ははち切れんばかりに、リズムを打ち始めた。それから戸塚は三十秒ぐらい経った後、「今日の八幡は、笑顔いっぱいで可愛いね!」と花が咲くような笑顔で告げてきた。幸せって身近な所に落ちているもんだな。
「本当にどうしたんだ、比企谷? 何か良いことでも、あったのか?」
平塚先生の声が、こちらを案ずるものに変わってきたのに気づき、緩んでいた表情を元に戻す。
「良いこと、ですか……。まあ。そんな感じです」
昨夜のことは、ことさら吹聴するつもりもない。良いことだという点にはまちがいはないだろうが。
「ふむ……」、平塚先生は、思案顔になって、なにやら考えているかと思ったが、すぐに表情を柔らげる。
「少しは君も成長したじゃないか。素直に喜べるなんて、そろそろ高二病も卒業かもしれないな」
「あともう半年すれば、高校三年になりますしね。俺も成長しましたし、先生もそろそろ結婚で……ぐぇ」
そこまで言って、腹部に鈍い痛みが走るとともに、続けざまに耳を何かが掠める。視線を横へ向けると、いつの間にか平塚先生の腕が、俺の肩の上を通っている。
視線の先で、雀が木からどこかへ飛び始めたのが見えるが、たぶん何も関係はないだろう。入り口付近で職員室に入ろうとした女子生徒が悲鳴を上げながら引き返したり、近くの教師たちがなぜか、明後日の方向を見ながら仕事をしているのも、おそらくそれも偶然であろう。
「ところで比企谷、『パノプティコン』という言葉を知っているか?」
平塚先生が正拳突きの体勢のまま尋ねてくる。
「なんですかそれ? フランスの民族料理かなんかですか?」
こちらが返しても、平塚先生は体勢を崩す様子を見せない。腰が入った綺麗な型であるが、腰に負担がかからないか心配である。
「一望監視施設のことだ。イギリスの哲学者のベンサムが発案した刑務所の一種だ。功利主義ぐらいは知っているだろう?」
確か最大多数の最大幸福だったか。社会全体の幸福の数を最大化することを目的とするのだったはずだ。J.S.ミルがその後に精神的快楽の質について、論じていたな。
「何でそんな刑務所の話をするんですか?」
そろそろ先生の腕がプルプルし始めている。俺の精神衛生上と先生の肉体的にも、もうやめたらいいと思うのだが……。
「まぁ、聞け。その刑務所は、建物を円形に建設し、その中心に監視棟が設置したのだよ。ドーナツをイメージすると分かりやすいだろう。すると囚人たちの部屋からは看守の姿を見えない、しかし看守からは、二十四時間いつでも見られるような監視棟の作りだった。それにより囚人は常に看守の視線を、意識せざるおえなくなった。囚人からしてみれば、何か不穏なものを企てようにも、いつ看守が見ているか分からないからな。その結果、囚人はどうなったと思う?」
「囚人が真面目な態度になった、ですか?」
「その通り。囚人はいつからか、看守の視線を自らの内側に作ってしまう。その結果、囚人の生活態度を改めるようになる」
なるほど。監視カメラ設置の理論に、似ているものがあるな。
「何が言いたいのか、よく分からないんですが……」
「つまりだ、私が比企谷を常に監視していれば、君のその態度も少しは治るのではないかと、考えたのだよ」
愛が……重い……。というか発想が怖えぇよ。メールもそうだが、将来ストーカーになりそうな発言は、遠慮して頂きたい。
「素直に謝るんで、不穏な発言に許してください」
「ならいい。今後も発言には気をつけろ」
「イエッサー」と答えると、平塚先生は腕を引き、再び座り直す。俺も一息つき、姿勢を直す。
「ところで、雪ノ下の様子はどうだ? 見舞いには行ったのだろう?」
話の内容からして、どうやらこちらが本題だったのだろう。
「体調自体は大分良いですね。ただ、学校に行くには、もう少しかかりそうです」
「ふむ、ならば学校側に、改めて私から報告をしておこう。……それで、雪ノ下はどれくらいで、来られそうだ?」
正直に答えていいか、悩む。怪異の件が解決する見通しは、全く立っていないが、そのまま伝えたら、学校側が何か動く可能性もある。
「まぁ、何とかなると思います。由比ヶ浜も俺も、手助けをするつもりなので」
すると先生は、にやりと笑う。
「そうか、君も奉仕部の一員として、自覚で出てきたようでなによりだ。……話は以上だ。時間を取らせて悪かったな」
軽く挨拶だけをして、帰ろうかと思ったが、少しだけ驚かせたい気持ちがどこかから沸いてくる。結局この話を誰かにしたかったのかもしれない。
「まぁ……、友達なんで。雪ノ下を助けるのは当たり前じゃないですか」
そう笑顔で言って、回れ右をして出口へと向かう。
振り返った時に一瞬見えた平塚先生は、目を丸くして、口をぽかんと開けていた。どうやら、俺の企みは成功したらしい。
―――――――
放課後の部室は、初夏の頃に比べると、大分様変わりしていた。
夏にあれほど自己主張の叫びを繰り返していたセミは、秋の夜風とともにどこかへ飛んでいってしまった。その変わりに、夏の間どこに隠れていたのか分からないが、秋の虫たちが夜の合奏に向けて、チロチロと音合わせをしているのが聞こえてくる。
それとともに、雪ノ下が休んでいるのもあって、俺たちの座る位置もいつもとは違ってきている。由比ヶ浜はなぜか、いつも雪ノ下が座っている席へ位置している。いつもの場所に、いるべき人間がいないというだけで、視覚に強烈な違和感を覚える。
そして、由比ヶ浜はいつもと同じように、ニコニコと笑っているのにも関わらず、周りの空間がいつもとはまるで違う。
今週は例年よりも気温が高くなり、三十度を越えるかもしれない、と言っていたお天気お姉さんの言葉に偽りはなく、今日の天気は、涼しい気候に慣れ始めていた俺を茹らせていた。それにも関わらず、この部屋で寒さを感じるのはどういうことだろうか。さっきから鳥肌が立ってしょうがない。視線を巡らせ、外の運動部を見てみると、蒸し暑そうに汗を流していた。どうやら、この異常気象はこの部屋だけらしい。
「ねぇ、ヒッキー。あたしに何か言うことない?」
由比ヶ浜は先程と同じ言葉を繰り返した。
表情は先程と変わらず、機嫌の良さそうな笑顔を浮かべているのにも関わらず、言葉にどこか圧力を感じる。
肌に寒さを感じているのにも関わらず、冷や汗が一つ机へ滑り落ちた。
きっかけと言えば、やけに機嫌が良いことを、放課後にまで、由比ヶ浜からしつこく聞かれたため、昨夜の雪ノ下とのやりとりの触りだけを話したことだ。話をしている最中に由比ヶ浜は、「ふぅーん」だとか「へぇー」などと軽く相槌を打っていたかと思ったら、「あたしに何か言うことない?」と言ったのだ。
……どんな言葉を由比ヶ浜が求めているか、おおよその検討はついている。ただ、あの時は状況が状況だったのだ。素面の状態であんな言葉を吐いたのならば、迷わず東尋坊へ向かっている。
なんとか上手な言い回しを考えていると、ドアを短く二回叩く音が聞こえる。
「どうぞ!」
すぐに返事をするとともに、椅子を動かして窓に背を向ける形で座り直す。おそらく阿良々木先輩だろうが、客人に対して背中で返事をするわけにもいかない。
「失礼する……、ってどうしてそんなに膨れてるんだ?」
俺は頬を膨らませていないので、由比ヶ浜の方を見てみると、見事にむくれていた。
……言わなければいけないことは分かっている。ただ、由比ヶ浜の態度に甘えていて、こちらの心づもりができていないだけだ。
「この件が終わるまでには、覚悟を決めるから、それまで待ってろ……」
恥ずかしいので頬をついて、そっぽを向きながらも、一言づつ、丁寧に言う。正直言って、これだけでも顔から火がでそうになる。さっきまで寒かった部室は、季節がまた夏へと戻ったかのように暑い。
だが、これが今の俺の精一だった。我ながらヘタレすぎて、涙が出てくる。
「うんっ! 待ってる」
由比ヶ浜が嬉しそうに返事をするので、さらに恥ずかしくなってしまう。視線の隅で阿良々木先輩が、にやにやと含み笑いをしていた。
それでも後悔はしていない。由比ヶ浜から俺は、色々な物をもらったのだ。雪ノ下と向き合ったように、由比ヶ浜とも、しっかりと言葉を交わさなければならない。くれたものを返し始めるには、少し遅いのかもしれないが、それでも遅すぎることはないだろう。
「話はそろそろいいのか?」
阿良々木先輩の落ち着いた声で、思考を止める。
「雪ノ下さんの解決方法について、集めた情報を擦り合わせよう」
由比ヶ浜は図書館から借りてきたのか、稲荷や宗教、浄土といった語句が入った本を、何冊か取り出し始めている。
「一つ、案があるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」
その案は、俺の愚鈍な頭で考えた、ただの冴えないやり方だった。
ご覧いただき、ありがとうございます。
八幡を書いていると思うのですが、八幡のようなタイプの主人公は、ヒロインを攻略するよりも、ヒロインに攻略されるほうがあっている気がします。
つまり、ゆきのんと由比ヶ浜を主人公として、八幡を攻略するゲームがあれば面白いなぁーと思ってしまいました。
それでは、また次回。