今回はゆきのんとガハラさんの会話のみです。
八幡がでないともあって、一人称ではなくなりますのでご注意下さい。
次回からはまた、八幡視点でお送りします。
雪ノ下雪乃と戦場ヶ原ひたぎは初対面である。名前くらいなら、それぞれ聞き覚えはあるかもしれないが、それだけである。だから互いのことを良く知らないのは、当たり前であり、雪乃が何を話せばいいか、分からなくいまま困惑しているのも、当然の帰結である。
比企谷八幡たちが去った後、ひたぎは玄関へ向かい、サムターンン式の鍵を閉めて、ご丁寧にU字ロックまで掛けた。
「あの……、いくらなんでも、厳重すぎませんか?」
ひたぎが一体、何を警戒しているかのが、分からないが一応聞いておく。そう聞いている今も、ドアノブを回しながら、鍵が掛かっていることを確認している。
「阿良々木君が、入って来ないようにしているのよ。彼は一応吸血鬼なのだから、その気になれば、霧になって入ることも可能だわ」
「それでしたら、ロックを掛けても、意味がないと思います」
それもそうね――そう言ってひたぎは、U字ロックを元に戻す。それだけかと思ったが、鍵まで開けていた。極端から極端に走る人だと、雪乃は思ったがそれは口に出さない。
ひたぎが天板がガラスで出来ているテーブルにそばに腰掛けたので、雪乃もそれに倣う。
そうしていると、客に対してお茶を出してないことに気付いて、雪乃が腰を上げかける。しかしひたぎが、
「気を遣わなくても結構よ。由比ヶ浜さんと比企谷君は分からないけれど、私と阿良々木くんは、この後すぐに帰るつもりだから」
と言うので、再び絨毯の上に座る。
自分が他人よりも容姿に恵まれていると、普段から自覚をしている雪乃だが、だからと言って他人への評価が不当に低いわけではない。綺麗なものを美しいと思えるし、優れている人間を優秀だと過不足なく評価ができるくらいには、真っ当な感性を持っている。
そのため戦場ヶ原ひたぎが、一般的に美人に分類される外見だということも、一目見て思った。そして隙が無いというのが、ひたぎの佇まいをみた雪乃の第一印象であった。
隙が無いというよりも、芯がぶれないと言ったほうが的確かもしれない――対面に鎮座するひたぎを眺めながら、雪乃はそんなことを思う。ひたぎは、自分が何を優先すべきかがはっきりしている。
絨毯にお尻をつけ、足を外に出すという、所謂女の子座りをしているが、背筋は真っ直ぐに伸びていて、視線の高さはちょうど雪乃と同じぐらいだった。ひたぎに対して雪乃は正座を崩した横座りだった。
座高が同じ位なのだろうか、お互いお尻をペタンと絨毯に付けているのに目線が合っている。先程立っているときにすでに分かっていたが、雪乃よりひたぎの方が背が高い。雪乃は女子の平均身長くらいなので、ひたぎの方が女子の中では大きいほうなのだろう。
ただ、身長に差があるのにも関わらず、目線が合うということは座高が同じなのだろう。そしてそれは、足の長さに違いがあることを意味する。
つまり、ひたぎの方が足が長い――そのことについて雪乃は、素直に羨ましいと思う。胸だって、慎ましい雪乃に比べると、ひたぎの胸は随分豊かだ。そのことについてもやはり、羨望の眼差しを向けてしまう。女子であるなら誰だって、スタイルが良いとうことには、憧れを持ってしまう。雪乃にしても、その例外ではない。
「さて、それでは何から話しましょうか?」
雪乃はそれに答えない。こんなものは懸詞のようなものであるし、こちらに返答を求めているものではないからだ。
「別にあなたが怪異に遭ったからといって、私に被害があるわけもないし、別に積極的に解決しようとも思わないの」
「では、私に何のご用があるのでしょうか?」
「まぁ、先輩からの助言と思ってくれていいわ。あなたが狐に憑かれたように、私は蟹に行き遭ったわけ……」
蟹に行き遭うとは、どういうことだろうかと雪乃は首を傾げる。怪異とはある種、妖怪やお化けみたいなものだと雪乃は認識しているが、蟹の妖怪に心当たりはなかった。
『さるかに合戦』であれば知っていたが、あの作品は、蟹は被害を受けていたので、おそらく違うだろう。
「だからと言って、狐を祓うのに役に立つ情報を、私が持っているわけではないの。その点は承知しておいて」
「いくら何でも、そこまで頼るつもりはありません」
「……そう。なら、先ほどの白狐さんの話も、私が語る必要はないわね。まぁ、あなたは知っているようだし」
その言葉に、雪乃は息を呑む。嘘を吐いているわけではなかったが、それでもまだ明かしていない情報を言い当てられるのは、どこか落ち着かない。
ただ、状況を掴めていない、というのは本当だった。そもそも白狐が表に出て来てしまえば、雪乃は何も出来ない。ある種夢を見ているような状態であるため、知っているだけであって、触れば霧散してしまう程度だ。
「しかし、どうして話の内容を覚えていると分かったのですか?」
「別に確信はなかったわ。ただ、あなたは自分で祈りを捧げたわけなのだから、白狐さんが出ているときでも、意識はあってもおかしくないと思ったわけ。怪異は自ら願うからこそ、現れるものだし」
由比ヶ浜結衣は、雪乃を被害者だと思っている節があるが、雪乃はそうは思っていない。雪乃と陽乃に起きた事件は、実行犯は白狐であっても、発端は雪乃である。
住宅街の外れに、まるで打ち捨てられたかのように、誰にも気付かれずひっそりと佇んでいた稲荷神社を発見し、ふとした気まぐれで、神に祈ったのは雪乃だ。
ならば被害者は雪ノ下陽乃であり、加害者は雪ノ下雪乃とも言えるだろう。
「まぁ、その点は由比ヶ浜さんや比企谷君には黙っていたほうが良いかもしれないわね」
しかしそれは、嘘を吐くことと同じかもしれないと、雪乃は思う。先ほどは話す時間がなかったと言えなくもないが、隠し通すことは嘘と同義だろう。
「それは、少し考えさせて頂きます」
ただの先延ばしかもしれない――雪乃は自虐的に考えるが、ひたぎは「そう……」と、平坦に返すだけだった。
「黙っておくなら、私の名前を使いなさい。私から聞いたことにすれば、あの子たちも納得いくでしょう」
その点には素直感謝する。
「しかし、どうして戦場ヶ原先輩は、私へ良くしてくれているのでしょうか。僭越ながら、私たちは初対面です。そこまでして頂く理由がありません」
「あなたがとても可愛らしいというのは、ダメ?」
うふふ、とひたぎが上品に口を手で隠しなが笑う。
「ダメです」
「そう、なら本当のことを言うわ」
これが異性同士なら、このまま恋に発展するかもしれないわね――そんなことをひたぎは付け足す。異性同士ならただの臭い台詞で終わると雪乃は思ったが、恋愛に関してなら、ひたぎの方が経験があるので、自分の考えが正しいとは限らない。零と一では、限りなく差が存在する。
「あなたが、私の友人に似ているからよ」
そう言われても、雪乃は特に何も言えない。似ていると言ったところで、顔が似ているのか、それとも性格が似ているのかが、分からない。
「似ているのは、性格だけれどね。羽川翼さんというの。羽川さんは自覚がないようだけれど、彼女有名だから、雪ノ下さんも知っているでしょう?」
当然雪乃は知っている。雪乃が二年生の中でもかなりの優等生であるが、羽川翼は学校一の優等生だ。そもそも、朝礼であれだけ表彰されているのだから、同じ学校にいて知らない方がおかしいだろう。
普段から学年一位を取っている雪乃であるが、それでも羽川翼の成績には及ばない。学年一位なのは当然として、五教科六百満点のテストで六百点を平然と取るような人間なのだ。雪乃自身、翼よりも優れているとか、劣っているとか、そうステージで競う人間ではないと思っている。
「私は、羽川先輩と似ているとは思っていません」
「いいえ、良く似ているわ。羽川さんはなかなか人に頼らないし、あなたもきっと、人に頼らないわ」
「別に頼らないわけでは、ありません。ただ私が招いたものについては、自分で行うようにしているだけです」
雪乃は誰かの手を借りることを、否定しているわけではない。分業や集団での作業の効率性を認めているし、互いの弱点を補うことで、世の中が上手く循環していることも、知識として持っている
「その点が似ているのよ。問題に直面しているくせに、誰かに助けを求めることをしないの。あなたも、羽川さんも。弱さを許容できないというか、原因を自分に求めすぎていると言えばいいのかしら」
そのことに関して、否定できずにいると、ひたきぎはさらに続ける。
「だから一つ言わせてもらうけれども、無理に助けを求めろとは言わないから、差し伸べられる手ぐらいは素直に掴みなさい」
「すでに由比ヶ浜さんや、比企谷君には頼っています」
「それでは足りないのよ。助けられるなら、しっかりと助けられなさい」
しっかりと助けられる――雪乃はひたぎの言葉を反芻するが、意味を理解することができなかった。
「これは私の考えなのだけれど、何か危機に面したとき、助けてくれる人は意外とたくさんいるの。その時にその手を取るにしても、振り払って自分の力で解決しようともかまわないと私は思うわ。それこそ自分の問題だもの、そのくらいは選択ではできるでしょ。だからこそ、誰かに助けられるのなら、誰に助けられるかが重要になるの」
ひたぎはこれを伝えにきたのだろう。ならば雪乃はしっかりと聞いて、噛みしめようと思う。この先輩は見ず知らずの後輩に、これを伝えるために来てくれたのだから。
「私が怪異に遭って、そのあと二年程悩まされていたの。その間、私が拒絶をしなければ、私を助けてくれようとした人は、何人かいたわ」
二年という数字とは、どれくらい長いものなのか。雪乃が白狐に憑かれてから、まだ一週間も経っていない。それでも短い人生のなかでも、これほど長いと感じる時間は経験したことがない。それが二年ともなると、全く想像がつかない。
「その人たちに頼っても、阿良々木君のように上手くは解決できなかったと思うけれど、それでもどこかで解決するのではないかと私は考えているわ。だけれど、私は阿良々木君に助けてもらって、本当に良かったと思っているの」
ひたぎはそう言いながら、ガラスのテーブルを優しく撫でる。その手つきだけで、今ひたぎが誰のことを想っているかが、思いつく。
「誰かの手を借りていれば、もしかしたら早く怪異の悩みから解放されていたかもしれない。でもね、たとえ一年早く重さを取り戻してことができたとしても、私は今年の五月に阿良々木君に助けられて良かったと、今でも思っているわ。阿良々木君と出会うことができて本当に良かったの」
そう言って、ひたぎは大きく息を吐く。その頬は多少赤みがかっていて、気恥ずかしいことを言っていたことが見て取れた。正直目の前で、こういう表情をされると、こちらも当てられてしまう。
「あの……、のろけられても困ります」
「いや、別に阿良々木君のことを自慢したいわけではないわ。ただ、あなたがもし誰かを頼るのであれば、しっかりと心を預けられる人に自分の意思で頼りなさい。結局どこかで解決するのだから、良かったと思うような選択をしなさい」
言い終わるとともに、ひたぎは立ち上がる。それにつられて雪乃も立ち上がり、窓の外を眺めると、日は落ち掛けていた。
夕焼け空に染まっていた町並みは、いつの間にかほの暗い闇と室内から漏れ出す光のコントラストに様変わりしていた。いつの間にか、日が落ちるのが早くなっいることに気付く。もう夏は過ぎ去って、秋へと季節が移り変わっている。
「そろそろ、日が暮れることだし、帰らせてもらうわ」
「そうですか。色々教えていただき、ありがとうございました」
ひたぎが玄関を開けると同時に、雪乃が頭を下げて礼を言う。そのためひたぎの表情を伺いしることは出来なかったが、最後にひたぎは、
「まぁ、がんばりなさい」
そう言ってドアを閉めた。
雪乃は結衣に、今日は帰った方が良いとメールで伝えると、寝室へ向かい、ベッドに倒れ込む
今日はもう少しだけ、戦場ヶ原先輩の言葉を染み込ませよう――そう思いながら雪乃は、ベッドの柔らかさに身体を預けた。
ご覧いただき、ありがとうございます。
実はこの話はずっと書きたかった話でした。
もう少し細かく描写をしたかったのですが、私の実力不足もあり、今の段階だとこれが精いっぱいです。
とりあえず今は完結へ向けて書こうと思いますので、それまで暖かく見守っていただければ、幸いです。
では、また次回
P.S.
ゲームの発売日って、どうして延期するんですかね......