剣の丘に花は咲く   作:五朗

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第四話 誓約

 朝日が昇る前の、朝霧が漂う草原の中に一人の男が立っている。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 男が何事か呟いた瞬間、何も持っていなかったはずの男の両手に、黒い剣と白い剣が握られていた。

 男が両手に持つ剣は、一見して尋常なものではない雰囲気を醸し出していた。

 男はそんな剣に一瞥することなく、一度息を大きく息を吸い込むと、裂帛の声と共に剣を振り出した。

 

 ―――ヒュッ、ピュッ、ピッ―――

 

 男が振るう剣の速度は、両手の剣を振るごとに上がっていき、かろうじて見えるだろう剣の軌跡が、もはや、認識できない速度になるまで上がっていった。

 それは、さながら風の精霊が舞踊るかのような光景であった。

 男の体は、一度も止まること無く滑らかに動き続け、最後に左手に握った剣を横に薙いで止まった。

 振るわれた剣に煽られた、朝露に濡れた草花が、草刈り機で刈られたの如く朝霧が煙る空に舞い上がった。

 男は、剣を振った状態で動きを止め、剣を握った左手の甲を見つめた。

 見つめている左手の甲に刻まれた、解析することが出来ないルーンに似た文字が、朝日が昇る前の薄暗い草原をぼんやりと照らしていた。

 

「ふむ、体が軽い……」

 

 そう呟いた士郎は、止まっていた体を動かし始めた。

 再度動き出したその動きは、先ほどの風の様な動きに似てはいるが、それよりもさらに洗練された動きであり、最早剣神が舞うかの如くであった。

 先ほどと同じ様に、剣を横薙ぎに振った状態で動きを止めた士郎は、先ほどとは違って顔を汗で濡らし、息を荒げながら呟いた。

 

「経験憑依による再現率が、上がっている」

 

 士郎は驚きながら姿勢を正した。

 

 経験憑依による再現率は、せいぜい二割がいいところだったが、下手したら五割は出来ているな。

 

 士郎は左手の甲に刻まれている、剣を握った際から光続けているルーンを見ながら呟く。

 

「十中八九これが原因だろうな」

 

 士郎は朝日が昇り始め、明るくなってきた空を見上げながら苦笑して、踵を返し、城の様な学校に向かいながら自分に言い聞かせる様に呟いた。

 

「まぁ、あれこれ考えても仕様がないか」

 

 そう言って、魔法学院に向かって歩いく士郎の後ろには、半径十メートルに渡り根元ギリギリから刈られた草原が、朝日に照らされながら風に揺られていた。

 士郎は、音も無くルイズの部屋に入り込み、ルイズが眠っているベッドの近くに置かれている、洗濯物が入った籠を手に取り、入ってきた時と同様に、音も無く部屋から出ていった。

 部屋から洗濯物籠を取ってきた士郎は、朝の訓練に行く前に、寮の屋根から確認した洗濯場であろう場所に向かって歩き始めた。

 もうそろそろ洗濯場に着くだろうと思った士郎の目の前に、洗濯物が手足を生やして歩いているのを見付けた。

 

「何でさ」

 

 思わず口癖が出てしまった士郎だが、よくよく見れば、黒髪の少女が体が隠れる程の洗濯物を抱えて歩いているだけだった。

 少女はふらつきながらも、洗濯場まで歩いていたが、その進行先に木の根が飛び出ていることに気がついていない。

 それに気付いた士郎は、少女に向かって走り出した。

 

「きゃっ」

 

 少女は士郎が思ったとおりに、木の根に足を取られ、洗濯物を辺りに散らばしながら倒れようとしたが、駆けよってきた士郎が、散らばろうとした洗濯物を拾いながら、少女を支えたことによって、少女は転けることなく、士郎の胸に飛び込んだ状態になった。

 

「あっ、あれ?」

 

 冷たい地面に飛び込むはずが、暖かく、どこかぼーっとしてしまう匂いに包まれたシエスタは、慌て顔を上げ、自分を支えたものの正体を確かめようとすると。

 

「すまない。 両手が塞がっていてね」

 

 と自分を見下ろしながら話し掛けてきた男と目があった。

 士郎は、自分の胸で受け止めた少女を見下ろし、話し掛けたが、少女は何も反応することなく、こちらを見つめ続けている。

 不思議に思った士郎は、再度少女に話し掛けると、少女は奇妙な声を上げて飛び離れていった。

 

「ふぇっ」

 

 士郎は、ルイズと同じような反応をした少女を見て、つい吹き出してしまった。

 少女は、そんな反応を見て顔を真っ赤に染め上げると、頭を下げながら御礼を言ってきた。

 

「あっ、ありがとうございました」

 

 そんな少女の反応を見た士郎は、少女が落とそうとした洗濯物を持ちながら笑いかけた。

 

「どういたしまして。それより怪我はないか?」

「はいっ、お陰様で無事でした」

「それは何よりだ」

 

 そう言って士郎は、洗濯場に向かって歩き始めた。

 歩き始めた士郎にシエスタは慌て声をかけた。

 

「まっ待ってください、あの、洗濯物を……」

 

 士郎は、そう言ってきた少女に笑いかけながら振り返った。

 

「また転けたらいけないだろう。俺も洗濯場に用事があるからな」

 

 そう、笑いながら言ってきた士郎に、シエスタはなぜか赤くなっていく顔を伏せながら呟いた。

 

「で、でも。私の洗濯物、量が多いですし……」

「気にすることはない。俺にとっては軽いからな」

 

 そう言って士郎は、シエスタが持っていた洗濯物を片手で持ち上げて、洗濯場に向かって歩き始めた。

 そんな士郎を見たシエスタは、士郎の前に回り込み、赤くなった顔を向けて笑いかけた。

 

「私はシエスタって言います。あの、あなたのお名前をお聴きしてよろしいですか」

「ああ、別に構わないが。俺の名前は衛宮士郎だ。ま、気軽に士郎とでも呼んでくれ」

「シロウ、様ですか……」

 

 士郎の名前を聞いたシエスタは、士郎の名前を口の中で転がす様にして呟いた。

 それを聞いた士郎は、赤くなった顔を向けてくるシエスタに笑いかけた。

 

「ははっ、俺は様付けされるような身分じゃないからな。遠慮なく呼び捨てで構わないぞ」

 

 笑いかけられたシエスタは、ますます赤くなった顔を隠すように伏せてしまい。士郎はそんなシエスタの横を通りすぎると呼び掛けた。

 

「それでは、洗濯場へ行くとするかシエスタ」

 

 声を掛けられたシエスタは、伏せていた顔を勢いよく上げて満面の笑顔で答えた。

 

「はいっ。分かりましたシロウさんっ!」

 

 そう士郎に言ったシエスタは、洗濯場に向かう士郎の後ろを追いかけ始めた。

 

 

 

 

 

「ルイズ、ルイズ起きろ」

 

 眠っているルイズの肩を優しく動かしながら、士郎は起こしにかけたが。「う~ん……むにゃむにゃ……もう食べれないわよ……」と言うルイズの寝言にこめかみに血管を浮かした士郎は、どこかから取り出したトラのストラップが付いた竹刀を取り出し、眠っているルイズ目掛けて降り下ろした。

 スッパーンっと気持ちいい程の快音がなると同時に、ルイズは、奇声を上げながら飛び起きた。

 

「ふんっみゃ~っ!?」

 

 士郎は奇声を上げながら飛び起きたルイズを、いつの間にか握っでいた竹刀を消して腰に手を当見下ろした。

 何が起こったか分からず、ヒリヒリする額に両手をあて、混乱した頭で、涙目で士郎を見上げたルイズは、自分を見下ろす男に驚き、震えた声で、「だ、誰あなた……」と問い掛けた。

 怯えた顔で話し掛けられた士郎は、あきれた顔をして、「寝坊するぞ、マスター」と言って、水の入った器を差し出してきた。

 その言葉を聞き、やっとルイズは、目の前の男が、自分の召喚した使い魔であることを思い出し、差し出された水の入っ

た器を受け取りながら文句を言った。

 

「起こすなら、もっと優しく起こしなさいよ」

 

 そのようにブーたれながら言ってきたルイズに。士郎は、タンスから持ってきた服をベッドの端に置きながら苦笑した。

 

「そう言われてもな、優しく起こしている内に起きないルイズが悪い」

「む~それでも、スッゴく驚いたんだからねっ」

 

 文句を言いながら顔を洗っているルイズに、タオルを持って近いてきた士郎が。顔を洗い終えたルイズから器を受け取りながらタオルを渡し、ルイズの頭を軽く叩きながら笑いかけた。

 

「驚いただけで、痛くはなかっただろう」

 

 そのように言われてルイズは、先程までヒリヒリしていた額に手を当てると、不思議そうな顔を浮かべ士郎に話し掛けた。

 

「本当だ痛くない……どうして?」

「さてな? 俺も分からん」

 

 士郎はそう言って、ルイズの顔を拭いたタオルを受け取ると、ルイズを急かした。

 

「そんなこと言ってないで、さっさと着替えろルイズ。急がないと俺が着替えさせるぞ」

 

 そう言いながらルイズの顔を覗き込むと、ルイズは顔を真っ赤にさせて顔を背けた。

 

「こっ子供じゃ無いんだからそれくらいやるわよっ、あんたは、あっち向いてなさいっ!」

 

 そう言ってルイズはベッドから降りると、士郎が置いた服に着替え始めた。

 

 

 

 

 

 ルイズと共に部屋を出ると、似たような木でできたドアが壁に三つ並んでいた。

 そのドアの一つが開いて、中から燃えるような赤い髪の女の子が出てきた。

 ルイズより背が高く、むせかえるような色気を放っている。彫りの深い顔に、ブラウスの一番上と二番目のボタンを外していることで突き出たバストの胸元を覗かしており、喉がなる程艶かしい。

 少女はルイズを見ると、にやっと笑った。

 

「おはようルイズ」

 

 ルイズは嫌そうな顔をしながらも、挨拶を返した。

 

「おはよう。キュルケ 」

 

 それを聞いたキュルケは、ルイズの後ろに立っている士郎を見上げ、呆れたような顔で言った。

 

「あんたの使い魔って死んでなかったのね?」

「そうよ 」

「あっはっはっは! まぁ、無事で良かったじゃない! 使い魔が死んでたら、本当にゼロになるとこだったわよ!」

 

 ルイズの白い頬に、さっと朱がさした。

 

「うるさいわね」

「あたしが召喚した使い魔は、怪我一つなく召喚されたのにね~。ねぇ、フレイム」

 

 そう言ってキュルケは、自分が出てきたドアを振り返った。すると、中から真っ赤で巨大なトカゲが現れた。

 キュルケがルイズに振り返り、自分の使い魔の素晴らしさを自慢しようとした瞬間。ルイズとキュルケの脇を、一陣の風が吹き抜けたかと思うと。キュルケの後ろからズドンッという音と共に、体が一瞬浮くほどの衝撃が走った。

 

「なっ、何よっ!」

「何っ!」

 

 後ろを振り返ったキュルケとキュルケの脇から覗き込んだルイズは、そこにとんでもないものを見た。

 なんと、士郎が虎程の大きさのあるフレイムをひっくり返し、その腹に馬乗りになって、いつの間にか持っていた剣で刺し殺そうとしていたからだ。

 それを見たキュルケとルイズは、大慌てで士郎を停めた。

 

「シロウ待って!」

「ミスタッ! やめてっ!」

 

 士郎はその言葉を聞き、降り下ろそうとしていた剣を停め、ルイズ達に振り返った。

 

「もしかして、何か勘違いしているか?」

 

 そんな士郎の言葉にキュルケとルイズは、高速で頭を上下させた。

 

「なっ、何やってんのよシロウッ!」

「そっ、その子はあたしの使い魔なのよっ! だから殺さないでっ!」

 

 そんなルイズ達の叫びを聞いた士郎は、慌ててフレイムの上から飛び退くとキュルケに頭を下げた。

 

「す、すまない、ミス・キュルケ。実はこういったものは初めて見たもので、ルイズの身が危険だと思い、つい攻撃してしまったんだ」

 

 士郎の心底謝っている姿を見たキュルケは、激しく動悸する胸を抑えながらも、なんとか落ち着きを取り戻すと士郎に向きなおった。

 

「いえ、ミスタ。大丈夫ですよ、あたしのフレイムはこのぐらい何とも有りませんから。それにミスタは、自分の主を守るために行動したのですから、誇るこそすれ、謝るようなことはありませんよ」

 

 キュルケはそう言って、笑いながら首を振った。

 

「すまない。そう言って貰えたら助かる」

 

 士郎も笑いながら手を出した。

 

「衛宮士郎だ」

 

 キュルケはそう言って差し出してきた手を握りながら、自分の自己紹介をした。

 

「キュルケ・アウグスタ・フレデ リカ・フォン・ アンハルツ・ツェルプストーよ。気軽にキュルケって呼んでくださって。ミスタ―――シロウ」

 

 士郎はキュルケの言葉を聞いて笑いながら頷いた。

 

「ああ、分かったキュルケ。これからよろしく頼む」

 

 そんな一連の出来事を見たルイズは、互いに笑顔で握手を交わす二人を見て、凄い勢いで二人に近づくと、士郎の外套を引っ張って二人を引き離そうとした。

 

「何握手をしてるのよっ! さっさと食堂に行くわよっ!」

 

 キュルケに向かって無言で頭を下げて謝る士郎は、ルイズに外套を引かれ、ずるずると引きずられながら廊下の向こうへと消えていく。

 ルイズと士郎の姿が見えなくなると、キュルケは艶かしく微笑み、先程士郎と握手をした手を掲げて細めた目で見上げ。

 

「エミヤシロウ……ねぇ……」

 

 士郎の名前を味わうように呟いた。

 

 

 

 

 

 食堂に着いた士郎は、ルイズのために椅子を引いてやった後、食堂にいる人達と一緒に祈りの声を唱和して、一人黙って食事を始めたルイズを見て質問をした。

 

「それでルイズ―――俺の朝食はどこだ?」

「ないわよ」

 

 ルイズは、背後に執事の如く控える士郎を振り返ることなく、黙々と朝食を取りながら答えた。

 士郎は、頭を掻きながらルイズに問いかけた。

 

「俺、何かしたか?」

 

 士郎のそんな惚けた答えに、ルイズはテーブルを叩きながら立ち上がり、持っていたナイフを士郎に突きつけた。

 

「あんたがキュルケにデレデレしていたからでしょっ! だ・か・らっ、朝食は抜きっ!」

 

 そう言ってルイズは音を立てながら椅子に座った。

 士郎が周囲の生徒たちを見ると、生徒たちは巻き込まれるのを恐るように、そっぽを向いて食事をしていた。

 士郎は豪奢なシャンデリアが吊るされている天井を仰ぎ呟いた。

 

「なんでさ」

 

 士郎の言葉に同意するように、お腹からクゥ~という音が鳴った。

 

 

 

 魔法学院の教室は、大学の講義室を石で造ったようなものだった。講義を行う教師のメイジが一番下の段に位置し、階段のように席が続いている。

 

 ふむ、時計塔と雰囲気が似ているな。

 

 士郎は遠坂と共に時計塔に通っていた時のことを思い出していた。

 

 まぁ、あそこも大概だったが、ここまで古風ではなかったか。

 

 二人が中に入っていくと、先に教室にいた生徒たちが一斉に振り向き、ルイズの後ろにいるシロウを見て顔を見合わせた。すると周りから、くすくすと小さな笑いが起きた。

 士郎が教室を見回すと、男子に取り囲まれ女王のごとく扱われているキュルケと目があった。士郎に気付いたキュルケは笑みを浮かべると、小さく片手を上げひらひらと振って見せた。それに気付いたルイズは、頬を膨らませながら士郎の外套を引っ張り、無言で足を進めた。教室の一番後ろの席に向かったルイズは、一度ふんっ、と大きく鼻を鳴らした後、ドカリと音を立てながら椅子に勢い良く座った。

 一目で私怒ってますと言った様子を見せるルイズの姿に、士郎は肩を竦めながらも黙ってルイズの後ろに立つと、腕を組んで背中の石壁に寄りかかった。

 

「シロウ、さっきも言ったわよね。キュルケにデレデレするなって。わたしの話をちゃんと聞いてたのっ」

 

 そう言って、ルイズが後ろに控えた士郎に振り向いた。しかしそこには、教室の中を物珍しげに眺めている士郎がいた。

 

「全く言ったそばからっ! ちゃんとわたしの言うことを聞きなさいっ!」

 

 額に血管を浮かばせながらルイズが文句を言うと、士郎は苦笑を浮かべた。

 

「ああ、すまないルイズ。伝説上の生き物がたくさんいるからな。ついつい見てしまったんだ」

「伝説上の生き物?」

 

 士郎の言葉に驚いたルイズは、疑問に思った。ここにいるモンスターは、確かに珍しいものもいるが、伝説に唄われるようなものはいなかったからだ。

 

「ああ、そうだ。俺のいた世界では、ここにいるもののほとんどが、各地の伝承や伝説で語られるだけのものだったからな。つい珍しくてな」

 

 士郎のそんな言葉にルイズは、キュルケとの一件を思い出した。たしかあの時、士郎はサラマンダーを見たことがなかったと言った。確かにサラマンダーは珍しいモンスターだが、あそこまで過敏に反応することではない。

 そこまで考えたルイズに、ある疑問が思い浮かんだ。

 

 あの時、シロウは一瞬でキュルケのサラマンダーを押さえ込んでいた。もし、おの時止めなければ、サラマンダーは確実に死んでいた。でも……それがそもそもおかしい。キュルケのサラマンダーはまだ子供だけど、それでも倒すには平民の剣士が十人いても足りない。シロウが言うには、シロウは異世界の魔術師だと言うけれど、昨日聞いた士郎の魔術では、唯の平民とそう変わらない気がするのに……シロウはサラマンダーを易易と倒した……士郎は何かを隠している?

 

 ルイズは周りを見回している士郎を横目で見ながら考える。

 

 それにあの時、サラマンダーのお腹に乗っていた士郎が持っていた剣……一体いつのまに取り出したの? そのまま食堂に行ったのに、あの剣は今は持っていない……。

 

 ルイズは、意を決して士郎を問い詰めようとした瞬間、教室のドアが開き中から中年の女性が入ってきた。

 女性は紫色のローブに背の高い帽子という、いかにも魔法使いといった格好で、ふくよかな頬が優しい雰囲気を漂わせている。

 女性は教室を見回すと、にっこりと微笑んで言った。

 

「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、さまざまな使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

 

 シュヴルーズはルイズの後ろに立つ士郎を見ると、ルイズに話しかけた。 

 

「特に、あなたは変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」

 

 シュヴルーズが士郎を見てとぼけた声で言うと、教室中がどっと笑いに包まれた。

 

「おいおい平民を召喚するなんて流石だなルイズッ!」

「まさかとは思うが召喚できなかったからって雇ったわけじゃないよなっ」

「“ゼロのルイズ”! 召喚したのは死体じゃなかっ―――」

 

 ―――ドンッ!!

 

 馬鹿にした言葉に、ルイズがぎりっと歯を鳴らして立ち上がろうとした瞬間―――教室に轟音が鳴り響いた。突然の轟音にルイズを揶揄う声を上げていた生徒たちは、びくりと身体を震わせると慌てて発生源である教室の後ろに顔を向け。

 

「「「―――ッ」」」

 

 息を呑んだ。

 教室の後ろ。石造りの壁の一部が陥没しており、そこを中心に壁一面に蜘蛛の巣状の罅が広がっていた。だが、生徒たちの視線はその今にも崩れそうな壁ではなく、その壁の前に立つ男―――士郎に向けられていた。

 魔法を教える学校である魔法学院では、魔法の失敗で最低限教室が壊れないように、椅子や机等は別であるが、壁などには“固定化”の魔法が掛けられている。そのため、ちょっとやそっとの魔法では、直撃を受けたとしても壁が壊れる事は滅多にない―――筈であるのだが。その壁が今、無残な姿を晒していた。

 青い顔をした生徒たちの視線が向けられる中、士郎は手についた砂埃を叩いて払い顔を上げると、ぐるりと教室を見回し困ったような笑みを浮かべた。

 

「すまない。耳元を飛んでいた虫が五月蝿くてな……つい手が出てしまった」

 

 すまなそうに頭に手を置いた士郎は、先程ルイズを馬鹿にしていた生徒にちらりと視線を向けると、スゥっと目を細めた。

 

「―――騒がしいのは嫌いなんでな。ああ、授業を中断してしまってすみませんミセス・シュヴルーズ。どうぞ授業を続けてください」

 

 士郎に促されると、シュヴルーズは震える手を叩き授業の再開を宣言した。

 

「……で、では、授業を始めましょう」

 

 気を取り直すように一度、二度と顔を振ると、シュヴルーズは杖を振り、机の上に数個の小石を出現させた。

 

「自己紹介が遅れましたが、私は今年度からこの学院に赴任しました、ミセス・シュヴルーズです。属性は『土』。二つ名は『赤土』のシュヴルーズ。これから一年、皆さんに『土』系統の魔法を講義します。では早速ですが、一年次の復習です。魔法の四大系統はご存知ですね?」

 

 シュヴルーズの質問に、金色の巻き髪にフリルのついたシャツを着た気障な少年が挙手し、立ち上がった。

 

「はい。『火』『水』『土』『風』の四つです。ああ、そしてなんたる奇遇! 僕の系統もミセスと同じ『土』! 二つ名を『青銅』のギーシュ・ド・グラモンと申します。お見知りおきを」

 

 ギーシュは芝居がかった口調で流麗に答え、ポケットに入れていた薔薇をくわえてシュヴルーズに流し目を送ると、満足したように席に着いた。

 

 随分と仰々しい奴だな。俺が原因とは言え、この状況下でこの振る舞い……大物なのかただの馬鹿なのか……ただの馬鹿だな。

 

 まだ凍ったような教室の雰囲気の中で、まるでそれに気付いていないとでも言うように振舞うギーシュを見て、士郎は何とはなしに過去の悪友を思い出した。

 だがこれが幸いしてか、シュヴルーズはギーシュのこの振る舞いに調子を取り戻し、気持ちを一新すると講義を続けた。

 

「ありがとうございます、ミスタ・グラモン。 先ほどミスタ・グラモンが言った四つと、今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。そして、五つの系統の中でも、『土』は最も重要なポジションを占めていると私は考えます。それは、私が『土』系統だからというわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません」

 

 ここでシュヴルーズが重々しく咳をする。

 

「そも『土』系統は、万物の組成を司る重要な魔法です。この魔法がなければ、重要な金属を作り出すことも、加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫にも手間取ることでしょう。このように『土』系統の魔法は、皆さんの生活に密接に関係しているのです」

 

 士郎は得心がいった。ハルケギニアでは、この世界での魔法は彼の世界での科学技術に相当するらしい。メイジが貴族として支配階級にいるのは、彼らが人間の文化的・文明的な社会生活を営むために欠かせないからだろう。

 そう理解した士郎は、遠坂が以前言っていた、「魔術は過去に疾走するもので、科学は未来に疾走するもの」だという話しを思い出した。

 

 やはり俺達の世界の魔術は、この世界の魔法とは根本的に違うようだな。

 

「そこで今から皆さんには、『土』系統の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。一年生のときにできるようになった人もいるでしょうが、先ほど言ったように基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致しましょう」

 

 シュヴルーズは、石ころに向かって杖を振り上げた。そして短くルーンをつぶやくと、石ころが光り出す。光が収まった時、机には石ころはなく、代わりにピカピカと光る金属があった。

 

「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」

 

 キュルケが身を乗り出し、裏返った声をあげた。

 

「違います。これはただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの……」

 

 もったいぶったようにまた咳をして、シュヴルーズは言った。

 

「『トライアングル』ですから」

 

 『トライアングル』と『スクウェア』……数が増えるほど、階級が上がるというとこか?

 

 士郎が壁に寄りかかりながらも授業を聞き、この世界について人知れず学んでいると、教室が騒然とし始めたことに気付いた。

 

「誰かに『錬金』をやってもらいましょうか……そうですね、ミス・ヴァリエール、あなたにやってもらいましょう」

 

 シュヴルーズがそう言ったとき、教室が再び騒然となった。

 不穏な空気を、士郎は敏感に感じ取る。

 

「先生! やめといたほうがいいと思いますけど……」

 

 キュルケが、珍しく困ったような声で言った。

 

「どうしてですか?」

「危険です! ルイズがやるくらいならあたしが……」

 

 キュルケの言葉に、教室の全員が頷いた。

 

「危険? 『錬金』の何が危険なのですか? ミス・ヴァリエール。失敗を恐れていては何もできませんよ。やってごらんなさい」

 

 ルイズは一度目を閉じた後、後ろに控えている士郎を見て、教壇に立つシュヴルーズに振り返った。

 

「やります!」

 

 ルイズは、緊張と決意を張りつけた顔で立ち上がると、教壇へ歩いて行く。 士郎は何も言わず、様子を見守る。

 

 「ルイズ、やめて!」

 

 顔面蒼白になったキュルケの制止にも、ルイズは聞く耳を持たない。恐怖にかられたクラスメイトたちが、一斉に机の下に潜る。その様子はまるで、避難訓練でもしているようであった。

 ルイズは教壇に立ち、石ころ目掛け呪文と共に杖を振るう。

 振るわれた先の石ころが、光を放ちながら膨れ上がるのを感じたルイズは、目を閉じ、爆発から身を守るかの如く縮こまったルイズは心の中で自分を罵倒した。

 

 何でっ! 何でダメなのっ、やっぱり……やっぱり私は、わたしは……っ。

 

 

 

 

 

 ルイズが石ころ目掛けて杖を振るった瞬間、士郎は嫌な予感を感じると同時に全身を強化すると、投影した剣を握り締め教壇に立ち尽くしているルイズに向かって駆け出した。

 

 ―――ドンッ―――

 

 爆音に縮こませていた身体をびくりと震わせたルイズは、襲い来るだろう衝撃に身構えたが、一向に襲ってこない痛みに訝しみ、恐る恐ると目を開けると、そこには両手を広げ、背中で爆発を受け止めた士郎がいた。

 

「ルイズ、無事か?」

「……ッ」

 

 呆然と士郎を見上げていたルイズは、不意に苦しげに顔を歪めると俯いてしまう。

 

「いっ、一体何事ですか?」

 

 ルイズと一緒に士郎から爆発から守られていたシュヴルーズが、爆音に目を白黒させながら士郎の背後に目をやると、そこには地獄絵図が広がっていた。

 教室は、まさに阿鼻叫喚の大騒ぎであった。マンティコアが飛び上がって窓ガラスを叩き割り、外に逃げ出し。割れた窓から巨大なヘビが侵入し、誰かの使い魔だろうカラスを飲み込み。

 

 ――ギャアギャアギャア――グルルル――バクっっ!――

 ――パネェパネェ――パァ・・パァネェ~――

 ――ああっ僕のカッペェーが~――

 ――ああっサラマンダー、そんなもの食べちゃダメよっ!ほらっペッしなさいペッ――

 

 

 あまりの惨状を前にシュヴルーズは、『きゅ~』と言いながら倒れてしまう。

 士郎は倒れたシュヴルーズを支えながら収拾も目処が全く付かない教室を見回し、

 

「あ~……流石にこれを黙らすには無理だな」

 

 溜め息をついた。

 

 

 

 日が沈もうとしている時間、生徒が誰もいなくなった教室の中、二つの人影が動いている。

 人影は、箒を持って無言で地面を掃わいているルイズとテキパキと掃除している士郎であった。

 2人はあの騒ぎのあと、教師に罰として放課後教室の片付けを命じられたのだった。

 教室の掃除が一段落すると、士郎は片付けをしている間、全く喋らずにいたルイズ話しかけようと口を開くと。

 

「ねぇ、シロウ……私が何で“ゼロのルイズ”って呼ばれているか分かる?」

  

 士郎に振り向いたルイズの鳶色の瞳には、今にも溢れそうな涙が溜まっていた。

 

「……」

 

 無言の士郎に、どこか歪んだ笑みを向けながらルイズは自分からその答えを口にする。

 

「一度もないのよ。私は生まれてから今まで、一度も魔法を成功させたことが無いの……」

 

 瞳から溢れた涙が微かに赤くなった頬を滑り落ち、乾いた石畳の上に水たまりを作り始める。

 

「小さな子供にも使えるコモン・マジックでさえ使えない」

 

 ルイズは震え始めた体を抱きしめながら続けた。

 

「どんな高名な先生に教えを受けても失敗して……」

 

 とうとう膝を石畳につけ顔を伏せながらも自白を続ける。

 

「トリステイン魔法学院に入学してからも、一度たりとも魔法は成功しない」

 

 そこまで言うと、ルイズは伏せていた顔を上げ士郎を見た。

 

「だから私は“ゼロ”なの……魔法が使えない……“ゼロのルイズ”……」

 

 そう言うとルイズは再び顔を伏せた。

 顔を伏せ、小さな体を震わせるその姿は、まるで迷子の子供のようであった。

 ルイズが冷たい石畳に座り込み、嗚咽を押し殺していると、体を熱く力強いものに抱きしめられた。

 

「ルイズ、それは違う。お前はゼロじゃない」

 

 優しく語りかけてくる、その言葉にルイズは顔を上げると、そこには優しく笑う士郎の姿があった。

 

「ルイズは全ての魔法を失敗してはいないからな」

 

 ルイズは溢れ出る涙に潤んだ、鳶色の瞳を士郎に向け聞いた。

 

「失敗して……いない……?」

 

 初めて耳にする言葉のように、ぽかんとした表情を浮かべるルイズに向かって士郎は頷く。優しくルイズの頬を両手で包み込み、親指で涙を拭ってやりながら答えた。

 

「ああ、そうだ。 何故なら俺がいるだろ……ルイズの魔法、サモン・サーヴァントで呼び出され契約した俺が……ここにいるだろ」

 

 ルイズは、自分の頬を包む士郎の手を、頬と手で挟み込むようにしながら思った。

 

 ―――ああ、ああ。そうだった。私は成功していたんだった……シロウを、召喚していたんだった。

 

 士郎はルイズと見つめ合いながら伝える。

 

「だからルイズ。お前はゼロじゃ無い」

 

 そんな士郎の力強い言葉を受けたルイズは、今の今まで押し殺していた悲しみを、士郎にぶつけながら抱きついた。

 

「しっ、シロウッ! シロウッ、シロウッ! わたしっ、わたしぃっ」

 

 ルイズは士郎の名前を呼びながら、言葉にならない声を上げ泣き出した。

 それはまるで、ようやっと出会えた親に迷子の子供が泣きついているかのような光景であった。

 

 

 

 

 

 日が沈み、教室の窓から夕焼けの赤が教室を染め上げる中、ルイズはバツの悪そうな顔を真っ赤にさせて、赤く充血した目を士郎から逸らしていた。恥ずかしげに顔を逸らすルイズに、士郎は口元を小さく緩めると、何気ない様子で告げた。

 

「ちょうどいい機会だ……ルイズ、誓約を交わさないか」

 

 士郎の言葉に、ルイズは慌てた様子で逸らしていた顔を前に戻す。

 

「せっ。誓約って?」

「昔、な。とあるサーヴァントと交わした誓約だ」

 

 士郎はルイズの頭に手を置き、撫でながら言った。

 

「あの時とは主従が反対だが。せっかくだからな」

「ま、まあ……シロウがどうしてもって言うのなら……」

 

 ルイズが顔を俯かせてぶつぶつと呟くのを聞いた士郎は、優雅な動作でルイズの足元に跪いた。

 

 

 

 

 

 夕焼けにより赤く染め上げられた教室に、夕焼けよりも赤い騎士が美しい姫に跪き、契約を宣言する。

 それはあまりにも現実離れした光景―――まるで神話の一幕。

 

 

 ―――これより我が剣は貴方と共にあり、あなたの運命は私と共にある―――

 

 

 自分に跪き、契約を宣言する士郎を見て、ルイズは理解した。

 保健室で寝ている彼にキスをした時は、まだ契約は完了していなかったと。

 今この時、この瞬間こそが、本当に契約が完了する時なのだと。

 

 

 ―――ここに、契約は完了した―――

 

 

 赤く染まった時の中、男が契約の完了を告げる。

 

 

 ―――ルイズ、お前が俺のマスターだ―――

 

 

 

 

 




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