剣の丘に花は咲く   作:五朗

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第五話 ウェールズ・テューダー

 翌朝、士郎は朝日が昇る前に起きて城内を回っていると、すでにニューカッスルから疎開する人たちが歩き回っていた。そんな中、デルフリンガーがいきなり話しかけてきた。

 

「そう言えば相棒、ちょっと聞きてんだが」

「なんだ?」

「ここに来る前にさ、学園であの貴族の兄ちゃんが相棒のこと“ガンダールヴ”って言っていたよな?」

 

 突然話しかけてきたデルフリンガーに訝しげな顔をするも、士郎は頷きながら答える。

 

「ああ。なんだお前、何か心当たりがあるのか?」

「んまぁ。そうだな……ずいぶん昔のことなんだが、何か聞き覚えがあんだよなぁ……」

「なんだ、はっきりしないな?」

 

 唸るような声を上げるデルフリンガーに、士郎は苦笑していると、必死の形相で走り回る女性の姿に気が付く。

 

「マルクっ~! マルク~! どこにいるの~! マルク~!」

「どうしましたか?」

 

 士郎が女性に話しかけると、女性は勢い良く振り向き詰め寄ってくる。

 

「私の、私の息子のマルクが! ここで待っているよう言っていたのに! 居なくなっているんです!」

「何処へ行ったか心当たりはありませんか?」

「心当たりは……いいえまさか……でも」

「心当たりがあるんですね? そこはどこなんですか?」

 

 士郎が尋ねると、母親は首を振る。

 

「心当たりはあるにはあるんですが……こんな時に行くはずがないんですっ。だってあそこは……」

「どこなんですか?」

 

 首を振るばかりで、場所を言わない母親に士郎が再度尋ねると、母親はおずおずと顔を上げた。

 

「この城の一番上です、あの子はあそこから見える景色が大好きだったんです……でもこんな時に行くはずがないんですっ……でも、もうそこしか心当たりが……」

 

 自分の考えを否定するように首を振る母親の肩に手を置くと、士郎は力強く頷く。

 

「わかりました。私がそこを探してみますので、あなたはここにいてください。もしかしたら息子さんが戻ってくるかもしれませんから」

「あっ、ありがとうございます!」

 

 勢い良く頭を下げ、お礼を言う母親に軽く笑いかけると、士郎はすぐに踵を返すと走り始めた。

 

 

 

 士郎の姿が見えなくなると、母親は無表情になる。そして、いつの間にか母親……女の背後に立っていた男に命令する。

 

「作戦の第一段階は終了。対象が到着次第―――囲んで殺せ」

「了解」

 

 

 

 

 

 士郎が迷子の子供を探すため走り出した頃、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、ウェールズは新郎と新婦の登場を待っていた。

 昨日、ワルドから頼まれた、ワルドとルイズの結婚式のため、急遽準備したのだった。

 周りには他の人間はいない。皆、戦の準備で忙しいのであった。ウェールズも、すぐに式を終わらせ、戦の準備に駆けつけるつもりであった。

 ウェールズは皇太子の礼装に身を包んでいる。

 明るい紫のマントは、王族の象徴、そしてかぶった帽子には、アルビオン王家の象徴である七色の羽。

 扉が開き、ルイズとワルドが現れた。ルイズは呆然と突っ立っている。ワルドに促され、ウェールズの前に歩み寄る。

 ルイズは戸惑っていた。今朝方早く、いきなりワルドに起こされたと思うと、何の説明も無くここまで連れてこられたのだった。

 

 昨日の夜、士郎の言葉にショックを感じたルイズは、部屋に戻るなりベッドに潜り込んだ。なぜ士郎のあの言葉にここまで心が乱されるのか分からず、混乱の中いつの間にか眠りについたと思ったら、朝早くにワルドに起こされ、ここまで説明もないまま連れて来られたのだ。

 ルイズは昨日の士郎の言葉が気になり頭が一杯であったため、ワルドの後ろを深く考えず、半分眠ったような頭でここまでやってきていたのだった。

 

 ワルドはウェールズの前に着くと、そんなルイズに「今から結婚式をするんだ」と言って、アルビオン王家から借り受けた、新婦の冠をルイズの頭にのせた。新婦の冠は、魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれ、なんとも美しく、清楚なつくりであった。

 そしてワルドはルイズの黒いマントを外し、やはりアルビオン王家から借り受けた純白のマントをまとわせる。新婦しか身につけることを許されぬ、乙女のマントであった。

 しかし、そのようにワルドの手によって着飾られても、ルイズはあまりのことで反応できなかった。ワルドはそんなルイズの様子を、肯定の意思表示と受け取った。

 始祖ブリミルの像の前に立ったウェールズの前で、ルイズと並び、ワルドは一礼する。ワルドの格好は、いつもの魔法衛士隊の制服である。

 

「では、式を始める」

 

 王子の声が、ルイズの耳に届く。しかし、混乱の渦にまかれるルイズにはその言葉は、ハッキリと聞こえなかった。

 

「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」

 

 ワルドは重々しく頷き、杖を握った左手を胸の前に置いた。

 

「誓います」

 

 ウェールズはにこりと笑って頷き、今度はルイズに視線を移す。

 

「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」

 

 朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読みあげる。

 

 

 ここまで来て、やっとルイズは今が、結婚式の最中だということに気付いた。相手は憧れていた頼もしいワルド。二人の父が交わした、結婚の約束。幼い心の中、ぼんやりと想像していた未来。それが今、現実のものになろうとしている。

 

 ワルドの事は嫌いじゃない。少なくとも、好意を抱いていただろう。

 でも、どうしてだろう、心が踊らない、ただただ切ないだけ。

 どうして、こんなに気持ちは沈むのだろう。

 

 滅び行く王国を目にしたから?

 愛するものを捨て、望んで死に向かう王子たちを目の当たりにしたから?

 

 ……違う。どれも悲しい出来事だったけど、わたしの心をこんなに沈ませたのはそれじゃない……。

 

 士郎が昨日の夜、あんなに幸せそうな顔をして、女の人のことを話した時、どうしてあんなに悲しかったのだろう……?

 どうして士郎が「愛していた」と言った時、どうしてあんなにショックを受けたんだろう……?

 どうしてわたしは、あの場から逃げ出すように離れて行ったんだろう……?

 

 逃げたかった……?

 誰から……?

 士郎から……?

 わたしが今まで見たことのない顔をして、「愛していた」なんて言う士郎から……?

 どうして……?

 

 

 その理由に気付いた瞬間、ルイズの顔が、火がついたように真っ赤になる。

 いつもいつも、士郎に甘えている理由に気付く。

 しかし同時に疑問も沸き上がる。本当にそれは……今自分が考えているような気待ちなのだろうか?

 

 わからない……。

 でも、確かめたい……。

 何故なら初めて感じる気持ちなのだから。

 頭を撫でられたとき、抱きしめられたとき、お父様とは違った気持ちになった……。 

 胸の奥が熱くなって……踊りだしたくなるほどワクワクしたり…雲の上にいるようなふわふわした気持ちに……。

 何より、こんなに切ない気持ちになるのだから……。

 

 

 

 

 

 一方、ルイズが自分の気持ちに気づいた頃、士郎は黒尽くめの服を着た者たちに囲まれていた。

 その数実に十四人、その全ての者が杖を持っている。

 

「貴族派の者達か……なぜ俺を狙う、っということは……迷子の子供の話は罠か」

 

 士郎の言葉に貴族派の刺客は反応することなく、一斉に魔法を放つ。

 

「ちっ、面倒だな。ここは狭すぎる」

 

 城の天守閣は暴れるには狭すぎ、士郎の動きは制限される。

 士郎が囲みの一箇所に突撃し、囲みを突破しようとする。しかし、刺客は魔法を怒涛の如く放ち、士郎の突破を許さない。士郎はただ、向かってくる魔法をよけ、切り払うことしか出来ない。

 士郎が途切れることなく降り注ぐ魔法を捌いていると、唐突にデルフリンガーが叫ぶ。

 

「―――思い出したっ!」

「突然どうしたデルフ?」

「そうか……ガンダールヴか!」

「ん? ああ、例の件か、で、何か思い出したのか?」

「いやぁ、俺は昔、お前に握られてたぜ。ガンダールヴ。でも忘れていた。なにせ、今から六千年も昔の話だ!」

「しかし、この状況で思い出すか……もう少し空気を読んで欲しかったな」

 

 士郎はデルフリンガーと話をしながらも、飛んでくる“ウィンド・ブレイク”をよける。

 

「懐かしいねぇ。泣けるねぇ。そうかぁ、いやぁなんか懐かしい気がしてたが、そうか。相棒、あの“ガンダールヴ”か!」

「俺以外に“ガンダールヴ”がいるのか?」

「嬉しいねえ! そうこなくっちゃいけねえ! 俺もこんな格好してる場合じゃねえ!」

「話聞いてないな……」

 

 叫ぶなり、デルフリンガーの刀身が光りだす。

 士郎は一瞬、デルフリンガーに目をやると、静かに呟く。

 

「やっとか……なら、ならお前の力、見せてもらうぞっ!」

 

 士郎は光り輝くデルフリンガーを向かってくる魔法に向けると、魔法は刀身に吸い込まれる。

 そして、デルフリンガーは今まさに研がれたかのように光り輝いていた。

 

「破魔の剣……それがお前の本当の姿か……」

「ああ! ああそうさ! 相棒! これが俺の本当の姿さ! いやぁ、てんで忘れてた! そういや、飽き飽きしてた時に、テメェの体を変えたんだった! なにせ、面白いことはありゃしねえし、つまらん連中ばっかれりだったからな!」

「早く思い出しておけよ」

「しかたがねえだろ。忘れてたんだから。でも、安心しな相棒。ちゃちな魔法は全部、俺が吸い込んでやるよ! この『ガンダールヴ』の左腕、デルフリンガーさまがな!」

「はっ! ならばその力、存分に使わせてもらおう!」

 

 士郎はデルフリンガーを構え直し、戸惑う刺客たちの中に飛び込んでいく。

 

 

 

 

 

 

「新婦?」

 

 ウェールズがルイズを覗き込んでいる。ルイズは慌てて顔を上げた。

 式は自分の与り知らぬところで続いている。ルイズは戸惑った。こんな時頼りになるルイズの使い魔はここにはいない。

 

「緊張しているのかい? 仕方がない。初めての時は、ことがなんであれ、緊張するものだからね」

 

 にっこりと笑うと、ウェールズは誓いを再度続けた。 

 

「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と――」

 

 ルイズは気付く。誰もこの迷いの答えを教えてくれはしないと。

 

 自分で決めねばならぬのだ。

 

 ルイズは深く深呼吸し、決心する。

 

 ウェールズの誓いの言葉を、ルイズは首を振り遮る。

 

「新婦?」

「ルイズ?」

 

 二人が怪訝な顔でルイズの顔を覗き込む。ルイズは悲しい表情を浮かべると、ワルドに向き直り、再び首を振った。

 

「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」

「違うの。ごめんなさい……」

「日が悪いなら、改めて……」

「そうじゃない、そうじゃないの。ごめんなさい、ワルド……わたし、あなたとは結婚できない」

 

 いきなりの展開に、ウェールズは首をかしげた。

 

「新婦はこの結婚を望まぬのか?」

「そのとおりでございます。お二方には、大変失礼をいたすことになりますが、私はこの結婚を望みません」

 

 ワルドの顔に、さっと朱がさした。ウェールズは困ったように首を傾げると、残念そうにワルドに告げた。

 

「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」

 

 しかし、ワルドはウェールズに見向きもせずに、ルイズの手を取った。

 

「まだそんなことを言うのか君は……緊張しているだけなんだろうルイズ。きみが、僕との結婚を拒むわけが……」

「ごめんなさい。ワルド。憧れてた。もしかしたら、恋だったのかもしれない。でも、今は違うわ」

 

 するとワルドは、目をつり上がらせると、先ほどまでの優しい表情を、冷たくトカゲのような何かを思わせるものに変え、ルイズの肩を掴んだ。

 そして、熱っぽい口調でワルドは叫ぶ。

 

「世界だ! 世界だルイズ! 僕は世界を手に入れるんだ! そのために君が必要なんだ!」

 

 豹変したワルドに怯えながら、ルイズは首を振る。

 

「……なに? なにを言っているのワルド?」

 

 ワルドは両手を広げると、ルイズに詰め寄った。

 

「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」

 

 ワルドの剣幕に、ルイズは恐れをなした。優しかったワルドがこんな顔をして、叫ぶように話すなんて、夢にも思わなかった。ルイズは後ずさる。

 

「ルイズ、いつか言ったことを忘れたか! きみは始祖ブリミルに劣らぬ、優秀なメイジに成長するだろう! 君は自分で気づいていないだけだ! その才能に!」

「ワルド、あなた……」

 

 ルイズの声が、恐怖で震えた。ルイズの知っているワルドではない。何が彼をこんな物言いをする人物に変えたのだろう?

 

 

 

 

 

「ま、こんなものか」

 

 刺客が倒れている中、士郎はデルフリンガーを鞘に収めた。

 

「いや~。いつもながら相棒は信じられない奴だな……メイジ十四人を倒すなんて……相棒?」

 

 唐突に士郎が訝しげな顔をし、左目を手で抑えるのを見たデルフリンガーが、疑問の声を上げた。

 

「左目が変だ……っまさかこれは」

 

 ―――使い魔は、主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ―――

 

 士郎が左手のルーンを見ると、武器を握っているわけではないのに光り輝いていた。

 

 ルイズが言っていたのはこのことか? しかし、なぜ、急に……まさかっ!

 

 士郎は何かに気づくと、ルイズの下にいくため走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズに対するワルドの剣幕を見かねたウェールズが、二人の間に入る。

 

「子爵……君はフラれたのだ。いさぎよく……」

 

 しかし、ウェールズが伸ばしてきた手をワルドは跳ね除けた。

 

「黙っておれ!」

 

 ウェールズはワルドの言葉に驚き、立ち尽くした。ワルドはルイズの手を握る。

 ルイズはまるで蛇に睨みつけられたカエルのように動けなくなった。

 

「ルイズ! 君の才能が僕には必要なんだ!」

「わ、わたしは、そんな才能のあるメイジじゃないわ」

「だから何度も言っている! 自分で気づいていないだけなんだよルイズ!」

 

 ルイズはワルドから離れようとしたが、ワルドの手は、しっかりとルイズの手を握り締め、振りほどくことができない。苦痛に顔を歪めながらルイズは言った。

 

「そんな結婚、死んでも嫌よ。あなたはわたしをちっともあいしていないじゃない。ただ、あなたは、わたしの中にあるという、在りもしない魔法の才能が欲しいだけよ! ひどい、ひどいわ! そんな理由で結婚しようだなんて。こんな侮辱はないわ!」

 

 ルイズは一刻も早くワルドから離れるために暴れた。それを見かねたウェールズが、ワルドの肩に手を置いて、引き離そうとする。しかし、今度はワルドに突き飛ばされた。

 突き飛ばされたウェールズの顔に赤みが走る。ウェールズすぐに立ち上がると、杖を引き抜く。

 

「くっ、なんたる無礼! なんたる侮辱! 子爵、今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我の魔法の刃が君を切り裂くぞ!」

 

 ワルドはそこでやっとルイズから手を離し、ルイズにどこまでも優しい笑顔を向ける。しかし、その笑みは嘘に塗り固められていた。

 

「こうまで僕が言ってもダメかいルイズ? 僕のルイズ?」

 

 ルイズは怒りで震えている。

 

「いやよ! 誰があなたと結婚なんかするもんですか!」

 

 ワルドは天を仰いだ。

 

「この旅で、君の気持ちを掴もうと思っていたんだが……君のために……」

 

 両手を広げてワルドは首を振る。

 

「……こうなってはしかたない。目的の一つは諦めよう」

「目的?」

 

 ルイズは訝しげな顔をして首を傾げる。

 ワルドは唇の端をつりあげると、禍々しい笑みを浮かべている。

 

「そうだ。この旅における僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」

「達成? 目的? ワルド、一体何を?」

 

 ルイズは言いようのない不安におののきながら尋ねた。心の中で、不安がどんどんと大きくなっていく。

 ワルドは右手を掲げると、人差し指を立ててみせた。

 

「まず一つ目は君だった。ルイズ、君を手に入れることだった。しかし、どうやらこれは果たせないようだ」

「当たり前よ!」

 

 次にワルドは中指を立てた。

 

「二つ目の目的は、ルイズ、君のポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」

 

 ルイズはハッと何かに気づき、後ずさった。

 

「ワルド、あなたまさか……」

「そして三つ目……」

 

 ルイズの態度に何も反応せず、ワルドは言葉を続ける。そして、ワルドの『アンリエッタの手紙』という言葉で、全てを察したウェールズが、杖を構えて呪文を詠唱し始める。

 しかし、ワルドは二つ名の閃光のように素早く杖を引き抜き、呪文の詠唱を完成させた。

 ワルドは風のように身を翻らせ、ウェールズの胸を青白く光るその杖で貫いた。

 

「き、貴様……“レコン・キスタ”……」

 

 ウェールズの口から、どっと鮮血が溢れる。ルイズは悲鳴を上げている。

 ワルドはウェールズの胸を光る杖で深々とえぐりながら呟いた。

 

「三つ目……貴様の命だ。ウェールズ」

 

 どうっ、とウェールズは床に崩れ落ちる。

 

「貴族派! あなた、アルビオンの貴族派だったのね! ワルド!」

 

 ルイズは怒りで震えながら怒鳴った。

 ワルドはルイズの言葉に全く反応せず、冷たい声で応える。

 

「どうして! トリステインの貴族であるあなたがどうして!?」

「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境はない」

 

 ワルドは再び杖を杖を掲げた。

 

「ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの降臨せし“聖地”を取り戻すのだ」

「昔は、昔はそんな風じゃなかったわ。何があなたを変えたの? ワルド……」

「ふんっ、月日と、数奇な運命の巡り合わせだ。それが君の知る僕を変えたが、今ここで語る気にはならぬ。話せば長くなるからな……」

 

 ルイズは思い出したように杖を握ると、ワルドめがけて振ろうとした。しかし、ワルドになんなく弾き飛ばされ、杖と共に床に転がった。

 

「っう……たす、けて……シロウ……」

 

 ルイズは蒼白な顔になって後ずさる。立とうと思っても、腰が抜けて立てないのだ。

 ワルドはルイズの言葉を聞くと、意地悪く笑い首を振った。

 

「彼はこないよ……今はもう死んでいるだろうな……」

「えっ……どういう……こと……?」

 

 ルイズの理解できないと言った言葉を聞いたワルドは、杖と言葉をルイズに突き付ける。

 

「彼はもう死んでいるよ。彼に邪魔されては困るからね、同士に彼を襲わせている。いくら彼が強くとも、十四人のメイジに一斉に襲われればひとたまりもないだろうね」

「そんな……嘘よ……」

「嘘ではないよ……残念だよルイズ、君とならば僕は……」

 

 呆然とした顔を伏せ、震えるルイズを見下ろしながら、ワルドは呪文を詠唱する。

 

「助けてよ……シロウ……」

 

 ワルドは淡々と詠唱を続けている。呪文は“ライトニング・クラウド”だ。風系統の上級魔法で、まともに受ければ命はない。

 しかしルイズは動かない……いや、動けない。体の痛みではなく、士郎が死んだと言うワルドの言葉で、ルイズは動けなくなっていた。

 呪文が完成し、ワルドが杖を振り下ろそうとした瞬間、ルイズは絶叫した。

 

「シロウッ! 助けてっ!!」

 

 その瞬間、ルイズの絶叫と共に礼拝堂の扉が吹き飛び、外から赤い影が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、ありえない……」

 

 ワルドが呆然と呟く。

 扉を吹き飛ばし、間一髪飛び込んできた士郎に気づいた瞬間、ワルドは振り下ろすハズだった杖を力なく垂らした。

 

「シロウ……」

 

 ルイズは呆然と士郎の姿を見つめている。涙でぼやけてしまうが、それでもしっかりと士郎を見つめる。

 

「シロ――」

 

 士郎に声を掛けようと、ルイズが口を開くと同時に、礼拝堂の裏から四人のフードを被ったメイジが現れた。

 

「ワルド様、大丈夫ですか」

「作戦は失敗です、あいつ化け物だ、全員やられました!」

「お前たち、失敗したのか! 馬鹿な! 十四人もいたんだぞ!」

「すみません、しかしここで……っ!」

 

 現れた四人のメイジは、急いでワルドの前に出ると、壊れた扉の前で、何故か身動きもせず立ち尽くす士郎に杖を向けた。

 

 

 

 

 

 

 ルイズの危険に気付いた士郎は、目に映った光景から礼拝堂と当たりをつけ、礼拝堂に向かって急いだ。

 走る勢いそのままに、士郎は礼拝堂の扉を破壊し、中に飛び込んだ瞬間。士郎は目に入った光景を見て立ち止まった。

 

 

 

 

 

「ウェールズ……?」

 

 また……か……

 

 ―――何度も考えた……私がただの下級の貴族だったら、ただの平民だったらと―――

 

 また……だな……

 

 ―――しかし、今はなぜか、そんな考えは全く出てこないんだよシロウ―――

 

 俺は……間に合わない……

 

 ―――私は彼らと最後まで戦うっ! 私の誇りたる彼らと共にっ!―――

 

 気付いた時には……既に手遅れ……

 

 ―――シロウ、頼みがある……ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。アンリエッタに伝えてくれ……それだけで十分だ……―――

 

 伸ばした手が……届かない……

 

 

 

 

 

 

「死ねっ化け物が!」

「これで終わりだ!」

「死ね!」

 

 呆然と立ち尽くす士郎に、三人のメイジが襲いかかる。

 その瞬間、ワルドは氷の塊を背中に押し付けられた様な寒気を感じ、咄嗟に後ろに飛ぶ。

 三人のメイジが、士郎との距離を半分に詰めた瞬間。ドンッ! という爆発の様な音と共に、士郎の姿が消えた。

 

「はっ?」

「ぺっぇ?」

「かっ?」

 

 あまりの速さに、自分がどうやって倒されたか、三人のメイジ達は知ることは出来なかった。

 離れて見ていたワルドには、士郎の身体が一瞬ブレた瞬間、三人のメイジが吹き飛んだように見えた。

 

 

 一人目は身体を回しながら顎先に右肘を叩き込み、顎骨を砕くと共に、頚椎を捻挫させ。体を回す勢いを止めず、二人目の胴体最大の急所である水下に回し蹴りを叩き込み、地獄の苦しみを与えた。そして最後は、蹴り足が戻ると同時に左の裏拳を三人目の顔面に叩き込み、頭蓋骨にヒビを入れた。三人のメイジを一瞬で昏倒させた士郎は、次の瞬間にはワルドめがけて襲いかかったが、既にワルドは傍にいたメイジを掴むと後方に回避していた。

 

「化け物め! しかし! これならば! ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 

 後方に飛んで逃げるワルドは、着地までに詠唱を完成させると、地面に降り立つと同時に分身を始めた。

 現れた分身は、士郎の目の前に一人、左右に一人ずつ、左右後方にも一人ずつ、合計五人。本体を含めると六人が士郎を中心に囲むようにして現れた。

 

「この分身は、一つ一つが意思と力を持っているぞ……!」

 

 士郎を取り囲んだワルド達は、一斉に士郎に襲いかかる。

 六人のワルドに囲まれながらも、士郎は少しも動揺することなく、腰からデルフリンガーを引き抜くと、前方上空から襲い来るワルドに投げつけた。

 

「なっ? ガハッ!」

 

 投げつけられたデルフリンガーは、ワルドの水下付近に突き刺さり、勢いを減ずることなくそのまま天井まで飛び、天井を破壊する。

 

「武器を投げるとは! 馬鹿が!」

 

鶴翼(しんぎ)欠落ヲ不ラズ(むけつにしてばんじゃく)

 

 デルフリンガーを投げつけ、無手になった士郎に嬉々と襲いかかるワルドたちだったが、士郎が何事か呟いた瞬間、現れた黒と白の剣に気づき驚愕した。

 

凍結(フリーズ)解除(アウト)

「「「「「「何!?」」」」」」

心技(ちから)泰山ニ至リ(やまをぬき)

「ぎゃっ!?」

「がはっ!?」 

 

 士郎は現れた両手の剣を、後方に投げつける。

 投げつけた剣は、左右後方から襲いかかるワルドの胸を切り裂く。

 投げた結果を確認することなく、士郎は再び両手に投影した双剣を左右前方から襲い来るワルド達に投げつけた。

 

心技(つるぎ)黄河ヲ渡ル(水を分かつ)

「馬鹿な!?」

「カッ!」

 

 五人のワルドを切り裂いた士郎。その間わずか数秒、十秒にも満たない時間であった。

 

唯名(せいめい)別天ニ納メ(りきゅうにとどき)

 

 三度投影した双剣を両手に握ると、士郎はワルドに襲いかかった。

 ワルドはメイジの襟を掴み、盾のように士郎に向けながら、後方に飛んで逃げようとしたが。分身を切り裂いた剣が、そのまま自分を囲むように飛んでくるのに気付き、その場から動くことが出来なかった。

 

「なっ? これは!?」

  

 詰の状態に気付き、動けなくなったワルドに、士郎は両手に持った剣を振り下ろす。 

 

両雄(われら)共ニ命ヲ別ツ(ともにてんをいだかず)!」

 

 振り下ろされた剣は、盾にされたメイジとワルドの頭頂部に叩き込まれた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 ワルドと盾にされたメイジを床に叩きつけた姿勢のまま、士郎は動かずにいたが、急に両手に握っていた剣を宙に投げつけた。

 士郎が剣を投げつけた先、何もない空中を剣が切り裂いた瞬間、悲鳴と共にワルドが姿を表した。

 

「ひい!」

 

 ワルドは“ユビキタス”の魔法を完成させた際、タイミングを見計らって、分身の一体と位置を入れ替わったのだ。そして、魔法で姿を隠すと共に、士郎が開けた天井の穴から逃げ出そうとした。のだが、それは士郎に見切られていた。

 士郎は姿を表したワルドに向かって跳躍すると、タイミングよく落ちてきたデルフリンガーを掴み、ワルドに向かって振り下ろした。

 

「ぎゃっ!」

 

 姿を晒されたワルドは、恥も外聞も関係なく直ぐに逃げ出したが、あまりに早い士郎の動きに逃げるのが間に合わず左腕を切り飛ばされる。

 左腕を切り飛ばされたワルドは、しかし下に落ちることなく、なんとか“フライ”を保ち、天井の穴から逃げ出すことに成功した。

 

 

 

 

 

「……シロウ?」

 

 ルイズは混乱していた。士郎が現れた瞬間、嬉しさで目眩がするほどだったが、その後の出来事に思考が追いつけない。

 

 何が……起こっているの? あれは……誰? 一体……何が起こっているのよ!?

 

 ワルドが貴族派であることが分かり恐怖と悲しみ、そして怒りで混乱していた中に士郎が現れたかと思うと、さらに凄まじい強さを見せる士郎によりさらに混乱してしまっていた。

 

 

 

 

 

 三人のメイジが倒れている中、呆然と座り込んでいるルイズの前で、士郎がワルドの逃げた先を感情の見えない視線を向けていた。

 ルイズが焦点の合わない視線を士郎に向けていると、次の瞬間、士郎は手にしていたデルフリンガーを床に刺し、何ごとか呟く。

 

 

 

 

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 ……倒しきれなかったか。

 

「創造理念、鑑定」

 

 まあ……いい。

 

「基本骨子、想定」

 

 まずは。

 

仮定完了(オールカット)是、即無也(クリア・ゼロ)

 

 ……上空の艦隊をどかすか。

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 呆然と士郎を見つめていたルイズは、突然訝しげな声を上げた。

 デルフリンガーを床に刺したことにより、無手になった筈の士郎の手に、いつの間にか漆黒の弓を手にしていたからだ。

 しかし、次の瞬間、訝しげな顔をしていたルイズの顔が恐怖に引きつる。

 

 

 

 

 

 

投影(トレース)重装(フラクタル)

 

 ……さて。

 

I amthe bone ofmy sword(我が骨子は捻じれ狂う)

 

 ―――覚悟はいいか“レコン・キスタ”

 

 

 

 

 

「何……あれ……?」

 

 ルイズの胸中に渦巻く混乱は、士郎の手に現れた歪に捻れた矢に、今までで感じたことのない程の恐怖によって払われた。

 その矢を見た瞬間、ルイズは死を認識した……歪な矢に感じる莫大な魔力、脅威、威圧感……そのどれもが理解できなかった……、ワルドから感じた死の恐怖、それがそよ風のように感じるほどの恐怖を感じる。

 

 あれは何……? 

 理解できない?

 分からない?

 何なの?

 あれは一体ッ―――何なのよッ!?

 

 

 

 

 

 

 

「ハアッハアッハアッ……一体あいつは何なんだ……!? 何者なんだアレはッ!?」

 

 ワルドはレコン・キスタの船に乗り込むことに成功すると、舷側に膝を屈しながら寄りかかった。

 

「違う……違うっ……あんなものが“ガンダールヴ”のはずがない……ッ! あれは違うっ!? 一体なんなんだアレはッ!?」

 

 ワルドは残った右腕で必死に体を抱きしめると、顔を俯かせブツブツと呟き続ける。

 

 最初ワルドは、士郎のことをただの平民がルイズに召喚され、“ガンダールヴ”になっただけのものと考えていた、よくて精々傭兵程度だろうと。しかし、この旅の間、自身のみならず“ユビキタス”の分身をぶつけたが、そのことごとくがあしらわれてしまった。焦ったワルドは、必殺の思いでニューカッスルに侵入していた“レコン・キスタ”の仲間に命令し、士郎を襲わせたのだが、その必殺の罠さえ士郎は破ってみせた。

 そして止めは先ほどの士郎の動き、礼拝堂に現れた士郎の動きは常軌を逸していた。一瞬でメイジ三人を昏倒させただけでなく、“ユビキタス”の六人の分身さえ数秒で消し飛ばした。

 ワルドは信じていなかったが、伝説に言う“ガンダールヴ”は、千人の敵を打倒したと言われる。そして、士郎の動きはそれを信じさせるだけの強さがあった。

 

 だが、だからこそワルドは恐怖に襲われる。

 

 “ガンダールヴ”の力を振るう際、奴の手のルーンが輝いていた。その光が強ければ強いほど奴の動きは早くなった……なのに……!

 

「光っていなかった……ルーンは殆ど光っていなかったのに……」

 

 自分の考えが間違っていたのか、そもそもルーンが光るのは関係なかったのか、それとも何かを見落としていたのか、それとも……

 

「……まさか、奴は……あの時、“ガンダールヴ”としての力を使っていなかった……?」

 

 

 ワルドが信じられない、信じたくない考えを抱いた瞬間、凄まじいほどの悪寒と恐怖を感じ、突然立ち上がると、船の上から礼拝堂を見下ろした。

 

 

 ―――見えているぞ―――

 

 

「ヒッ!?」

 

 その時だった、士郎の声が聞こえたのは。

 船から礼拝堂まで優に三リーグ以上あるにもかかわらず、ワルドにはまるで、それが耳元で囁かれたような気がした。

 感じる危機に命じられるまま、ワルドは反射的に船から飛び降りた。

 

 

 

 

 

  

 士郎は感情の見えない顔でその歪な矢を弓につがえると、見えない何かを見詰めるように目を細め、何事か呟くと矢を放った。

 

 

 

 

 ――これは少しばかりきついぞ――

 

 

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 

 

 

 

 

 

「……えっ……何コレ……?」

 

 ルイズは感情の抜けた声でポツリと漏らす。

 ルイズの目の前には信じられない光景が広がっていた。

 

 ルイズの視線の先には、礼拝堂の天井を士郎がデルフリンガーで破壊したことから、“レコン・キスタ”の艦隊が並ぶ空が見えていたはずだった。

 しかし、その視線の先には何もなかった(・・・・・)全てなくなっていた(・・・・・・・・・)、ルイズの見える範囲の全てが消えていた。

 

 

 

 士郎が矢を放った瞬間、まず礼拝堂の天井が消えた、天井が消えたと思った次の瞬間にはレコン・キスタの艦隊が吹き飛ばされた。

 まるで強風に吹き飛ばされる枯れ葉のように、軽々と吹き飛ぶ艦隊の様子に、ルイズはただただ呆然と恐怖に震えていた。

 

 こ……怖い……シロウ……あなたは一体……なに……?

 

「シロウ……ぁ……?」

 

 しかし、空を見上げる士郎の瞳に何かを感じたルイズは、血と埃、瓦礫で汚れている床を震える体を無理やり動かしてでも、士郎に近づいていく。

 

「……シ……ロウ」

 

 何故かは分からない……ただ、自身が命ずるままに士郎に歩み寄る。

 信じられない力を見せた士郎に恐怖を感じるが、それを超える使命感にも似た予感に突き動かされたルイズは、士郎にゆっくりとだが、確実に近づいていく。

 

 何……で……

 

「ぁ……」

 

 ああ……分かった……

 

 何でこんなに、胸が痛むのか……

 

 何でシロウの、傍にいたいのか……

 

 何で、こんなに、悲しい、のか……

 

 

「……ルイズ」

「シロウ」

 

 

 士郎がルイズを見る。

 その瞳は……

 

「シロウ……泣かないで」

 

 悲哀に満ちていた。

 

「……泣いて、ないさ」

「……ぅん……そうだね」

 

 微かな笑みを浮かべる士郎。

 

 すると、

 

「馬鹿だね、あんた……」

 

 

 後ろから掛けられると共に、背中に感じる柔らかい感触に士郎が背後を振り返ると、そこにはフードを被ったロングビルがいた。

 

「……自分の主に心配かけさせないようにしな」

 

 士郎の背中をロングビルがきつく抱きしめていた。ロングビルは顔を上げると、潤んだ瞳で士郎を見上げていた。

 

「あんた今どんな顔してるのかわかってるのかい……? なんなんだいその顔……親とはぐれた子供じゃないんだから」

 

 言い寄るロングビルに、どこか戸惑った様子で見下ろす士郎。ロングビルは震える体で士郎をさらにきつく抱きしめる。

 

「自分じゃ分からないんだがな」

 

 頭を掻きながら首を傾ける士郎の頬を両手で軽く引っ張ったロングビルは、軽くステップするように後ろに飛んだ。

 

「だから……馬鹿なんだよ」

 

 周りに聞こえないほど小さな文句を、ロングビルは呟く。

 突然のロングビルの登場に、ルイズは士郎とロングビルの掛け合いを聞くと、訝しげな顔を士郎達に向けた。

 

「……そう言えばさっきからミス・ロングビルと妙に仲いいけど……ほんとにどんな関係なのよ……」

 

 ルイズは士郎とロングビルをジト目で見つめる。

 ロングビルは顔を真っ赤にさせて手と首を一緒に勢い良く振ると、慌てたようにルイズに言い訳を始めた。

 

「べっ、別に特別な理由は無いよっ! しっシロウの様子があまりにも……その……」

 

 冷や汗をだらだらと流しながら顔を背けるロングビルを訝しげに見つめていたが、ルイズは微かにため息をつくとロングビルに改めて問う。

 

「まあいいわ、でもどうしてこんなところにいるのですか? タバサとギーシュはどうしましたか?」

「……キュルケは自然にスルーか」

 

 ルイズの質問に小声で突っ込む士郎も自然に無視し、ルイズはロングビルの答えを待つ。

 ロングビルは、ルイズの質問に被っていたフードを外す。

 

「えっ? ああ。私はここに少し詳しかったので、偵察替わりに先にここに来たんですよ。ミス・ツェルプストーたちは、……ああ、これこれ」

 

 ロングビルは服の中から何かを取り出すと、それを士郎たちに見せた。

 

「宝石?」

「これがどうかしたのか?」

 

 ロングビルは服の中から取り出した宝石を士郎たちに苦笑いを向ける。

 

「ミス・ツェルプストーたちはこの臭いを辿って来ますよ」

「宝石の?」

「臭い?」

 

 ロングビルはルイズと士郎の言葉に苦笑すると、ルイズたちの疑問に答えようと口を開こうとした瞬間……。

 ぼこっと、ロングビルの後ろの地面が盛り上がった。

 

「何っ?」

「まさか……」 

「来たようね」

 

 その場にいた全員が、盛り上がった地面を見つめる中、ボコッと床石が割れ、茶色の生き物が顔を出した。

 

「ぁ…ギーシュの」

 

 その茶色の生き物は、ロングビルの持った宝石に顔を寄せた。

 

「あなた……ギーシュの使い魔のヴェルダンデじゃない! どうしてここに?」

 

 ルイズが驚愕の声を上げると、巨大モグラが出てきた穴から、ひょこっとギーシュが顔を出す。

 

「はあっ……やっと外かい、疲れたよ……」

 

 土に塗れたギーシュは、呆れた様な顔をした士郎たちに笑いかけた。

 

「ははっ。さすがヴェルダンデだねっ! それで今どんな状況なんだい?」

 

 ギーシュが穴の中から這い出てくると、ギーシュの後からキュルケたちが顔を出してきた。

 

「そんな事聞いてる状況じゃないでしょっ! 周りの状況を考えなさいっ! さっさと逃げるわよっ!」

「早く逃げる」

「逃げるってどうやって?」

 

 ルイズが疑問の声を上げると、キュルケがヴェルダンデが掘った穴を指差して言った。

 

「この穴の先にシルフィードが待っているわ。良く分かんないけど、逃げるには混乱している今の内よ」

「早く」

 

 

 ロングビルとルイズが慌てて穴の中に入っていくのを見た士郎は、血の海に沈む、事切れたウェールズに近づく。

 軽く目を閉じ黙祷した士郎は、ウェールズの嵌めた大粒のルビー、アルビオン王家に伝わる風のルビーを外すと、それをポケットに収めた。

 

「ウェールズ……せめてあなたの思いだけでも……」

 

 士郎はそう呟くと、ルイズたちが潜っていった穴に駆け戻った。

 

 

 

 

 誰もいなくなった礼拝堂に、寂しげな風が吹き抜ける……四千年続くアルビオン王国……その終わりを悲しむように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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