剣の丘に花は咲く   作:五朗

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第一章 土くれのフーケ
第一話 召喚


 抜けるような青空の下、優しく頬を撫でる風を感じ、緑萌える草花の匂いが芳しい。そんな長閑な草原に……不釣合に過ぎる音が鳴り響いていた。

 

 

 

 

「あ~ミス・ヴァリエール、申し訳ないのだが、もうそろそろ、その……なんというか……」

 

 草原の中に見える、十代半ばと思われる少年少女達の中に、ただ一人いる頭が寂しい中年の男が、小柄な体をふるふると震わせ、涙を流さないよう懸命に我慢している少女に対し、恐る恐るといった感じに話しかけている。

 

「これ以上はその、さすがにね……体力も魔力も持たないだろうから」

 

 話しかけられている少女は、涙目になったその目で中年の男を睨みつけ、

 

「コルベール先生、あと一回……あと一回だけお願いしますっ!」

 

 コルベール先生と呼ばれた中年の男は、涙目で睨めつけるてくる少女をみて思い出す、公爵という大貴族の三女に生まれながらゼロと呼ばれ、馬鹿にされながらも腐ることなく、自分に出来ることをやり続け、筆記だけならば他の追随を許さない、そんな少女のことを、

 

「……ミス・ヴァリエール、あと一回だけですよ」

 

 

 

 目を伏せながらも、コルベールは少女に対し許可を出した。成功すればいいとは思うが、成功は極めて難しいと思いながらも、少女の頑張りを知っているからこそダメとは言えなかった。

 

「コルベール先生意味ないって、ルイズがいくら頑張ってもルイズはゼロだからさあ」

「そうそう、いくらやったて無駄だから……ゼロだし」

「もう帰っていいですか」

 

 周りにいる少年少女から口々に文句が出てくる、みんなそれぞれ文句を言ってはいるが、それも無理はないだろう。春の使い魔召喚は、進級に必要不可欠なものではあるが難易度はそこまで高くはない、その証拠にコルベールとルイズの他には大小様々ではあるが、少年少女等のそばにペアとなるように様々な生き物がいた。一、二回失敗した者もいたが、みな成功し、それぞれの使い魔と契約を済ませており、ルイズのように十回以上失敗した者はいなかった。よって、ルイズがいなければ今頃はもう教室に戻り、休めていたことから、周囲からのルイズへの批判は強かった。

 そんな周りを一瞥したルイズは、コルベールに向き直り、

 

「絶対に成功させてみせますっ!」

 

 と言い放った。

 

 ―――これが最後……これで失敗したら終わり……。

 

 ルイズの心の中は、周りに対する怒りと失敗に対する恐れ、そしてこの場から逃げ出したくなる辛さが渦を巻き、さながら嵐の如くであった。

 

 ―――気絶して構わない……今ある魔力を全て使っても……失敗して爆発に巻き込まれて死んでもいい……だからお願い……。

 

 晴天の下、草原に一陣の風が吹き、それに草花が舞い上げられている。

 

「どこかにいる私の僕よ!」

 

 ―――どんな生き物でもいい。

 

「神聖で美しく」

 

 ―――蛙や鼠でもいい。

 

「強力な使い魔よっ!」

 

 ―――力が全くなくてもいい。

 

「私は心より求め、訴えるわっ!」

 

 ―――お願い……どうか……。

 

「我が導きに」

 

 ―――どうかっっ。

 

「応えよっっ!!」

 

 応えてっっ!!!!!

 

 

 

 

 次の瞬間。これまでの比ではない、凄まじい爆音が周囲に響き渡った。

 

「うおおおーーーありえねーー」

「死ぬ死ぬしいいぬううーーー」

 

 ――キャンキャンキャン−グルオオーン−ゴッホっゴッホ−パネェパネェ――

 

 その爆音と衝撃、煙に驚いた使い魔たちがパニックに落入り騒ぎ立て、同じように爆発の被害を受けた少年少女達が、パニックに落入った使い魔から逃げ出し、辺はひどい混乱に落入っていた。

 そしてその爆発の中心には、白い煙が大量に煙っており、その中を確認することはできなかった。

 

「せ……成功した?」

 

 ルイズは、召喚時に魔力を大量に消費したことから立っていることができず、大地に膝を屈していた。

 

「いやどう見ても失敗だろっ!!!」

「ありえねええだろっさすがにこれはっっっ!!」

 

 周りにいる少年少女達から非難が轟々である。

 

「これは……どうなんですかねぇ?」

 

 コルベールも爆発の影響で爆心地が煙でよく見えず、召喚が成功している否か判断ができなかった。

 砂煙が漂う中、一陣の強い風が吹き、辺に煙っていた煙があらかた吹き飛ばされ、爆心地の中心が見ることができるようになった。

 

「あれっ、何かいる?」

 

 誰かのそんな言葉が聞こえ、周りの少年少女達の目が一斉に爆心地の中心に向けられた。

 少年少女達の目が向けられた先には、確かに何かがいた、まだうっすらと煙が煙っていることから、よく見ることができないが、確かに何かがいる。

 赤い何かが。

 

「くっ」

 

 ルイズは震える足でゆっくりと、だができるだけ早く爆心地に向かって歩いていく。

 

「私の……私の使い魔……」

 

 そして、ルイズが爆心地の中心に近づくとそこには、

 

「騎、士……?」

 

 騎士甲冑を身に纏った赤い男が倒れていた、

 

「し……死んでる?」

 

 男が赤いのは、赤い外套を身に纏っているからではなく、血に染まっていることに気づいたルイズは、後ずさりそうになった。

 しかし、まだ男が微かに息をしていることに気づいたことから、いそいでコルベールに振り返り、

 

「コルベール先生っ!! 早く医者をっ!! 水の使い手をっ!! 早くっっ!!!」

 

 必死に呼びかけられたコルベールは、自身の経験から一刻を争う事態だと悟り、周りに指示を出し始めた。

 

「ミス・タバサっ、風竜で急いで彼を学院まで送りなさいっ!ミス・モンモランシは一緒に風竜に乗って治療をしてくださいっ!」

 

 常にないコルベールの行動に、周囲の少年少女達は驚いたが、反論することなく指示に従って行動を始めた。

 

「コルベール先生っ、私も一緒にっ!」

 

 赤く血に染まった男を、風竜の背に乗せているコルベールに対し、ルイズは言い募った。

 

「こいつは私の使い魔ですっ!一緒に連れて行ってくださいっ!!」

 

 ルイズの必死の訴えに、断る理由は多々あるが、また、断らなければらない理由もないことからコルベールは、

 

「分かりました、しかし邪魔にならないようにしなさい」

 

 最低限の注意を言った後、許可を出した。

 

「ありがとうございますっ」

 

 ルイズはコルベールに礼を言いながら、タバサの使い魔である風竜に乗り込んでいった。

 

「ミス・タバサもありがとう」

「別にいい」

 

 先に乗り込んでいた風竜の主であるタバサに礼を言うが、タバサは感情に乏しい声でその礼に答え、

 

「モンモランシーもありがとう」

「後で治療代は貰うわよ」

 

 モンモランシーは、血に染まった男を必死に治療しながら答えた。

 ルイズは学院に向かって飛んでいる風竜の背に乗りながら、赤く染まった男を見つめる。

 

 平民?でも騎士のような格好をしている。それに微かに魔力が感じられるし……貴族?

 

 治療されている赤く染まった男を見ながらルイズは考え込む。

 

 いったい……何者なんだろう……?

 

 男の正体を色々と想像しながらも、やはり一番強く思うのは、

 

 せっかく召喚したんだからっ!絶対に死ぬんじゃないわよっ!

 

 男の無事であった。

 

 

 




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