剣の丘に花は咲く   作:五朗

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エピローグ 二人っきりの舞踏会

 ―――マチルダ、あの子のことを頼むぞ……

 

 ―――お父様……

 

 ―――すまない、このようなことになって……

 

 ―――そんな……

 

 ―――お前に苦労だけ背をわせてしまった私を憎んでくれ……

 

 ―――憎めませんっ……

 

 ―――私に、こんなことを言う資格はないが、マチルダ……

 

 ―――お父様……

 

 ―――幸せになってくれ……

 

 

 

「お父様っ!」

 

 ロングビルが目を覚ますと、そこは、見覚えがある場所だった。

 

「ここは、保健室?」

 

 周囲を見渡し呆然と呟いたロングビルは、ベッドの上にいる自分の身体を見下ろした。

 

「……あたしは死んだはずじゃ」

「―――死んださ」

 

 

 突然聞こえてきた声に慌て振り向くと、夜の闇に紛れるように、士郎が壁に寄りかかっていた。

 壁から身を放した士郎は、ベッドの上にいるロングビルに向かって近づいて行く。

 ロングビルは身構えることを忘れ、近づく士郎を呆然と見ている。

 

「あの場所で“土くれのフーケ”は死んだ。今ここにいるのは、魔法学院学長の秘書であるロングビルだ」

 

 ロングビルは、今だに信じられないような顔をして言った。

 

「どう、して」

「どうして助けたか、か?」

 

 ロングビルの言葉に続けるように言った士郎は、軽く微笑むと、ロングビルの頭に手を置くと、子供にそうするように優しく撫で始めた。

 

「―――あ……」

「借りがあるからな……」

「え、借り? っわぷっ」

 

 優しく撫でていた手付きを乱暴にかき混ぜるような手つきに変えた士郎は、一通り頭を掻き回すと、ロングビルから離れていく。

 

「か、借りって、一体何のことを?」

「俺の体面のため、本を持たせてくれただろ」

「なっ! そ、そんなことで……」

 

 あまりの事に、ロングビルは呆然としている。

 士郎はそんな様子を見て笑う。

 

「それに、オスマン氏からも頼まれたからな」

「えっ、オールド・オスマンから……?」

 

 ロングビルが、疑問の声を上げると、士郎は軽く頷くと言った。

 

「オールド・オスマンは、お前の正体を知っていた。それだけでなく、君の過去もな」

「オールド・オスマンが、何で……」

「詳しくは聞いてないが、昔、君の父親と懇意にしていたらしいな。子供の頃のお前に会っていたみたいだそうだ」

「そんな……」

 

 ロングビルが信じられないと言う様に呟くと、士郎は続けて言った。

 

「だから君がフーケだと知っていながらも、秘書として雇っていたそうだ」

「オールド・オスマン……」

 

 ロングビルが涙ぐみながら呟くのを聞き、士郎はこれからのことについて話し始めた。

 

「まあ、それでこれからのことなんだが。あの場所で“土くれのフーケ”は、俺が使った“破壊の杖”で死んだことになった。学院長の秘書であるロングビルは、その際の影響で気絶したことになっている」

「えっ」

 

 ロングビルが驚きの声を発するも、士郎はそれに反応せずに続ける。

 

「だから、お前は今まで通りにオスマン氏の秘書を続けてくれ」

「―――っ、……それでいいのかいあんたは? あたしがここから逃げないと言う保証なんてないだろ」

 

 ロングビルのその言葉に、士郎はフッ、と鼻で笑うと、ロングビルの頭を再度かき混ぜるように撫で笑いかける。

 

「そんなことがないよう、俺がずっと見ておくから心配するな」

「なっ、ちょ、そ、それって、ま、まさか。こっ、告は―――」

 

 ロングビルが何かを期待するように、顔を真っ赤にしながら詰め寄って確かめようとした瞬間、それを遮るかのように保健室のドアが開いた。

 

「ミス・ロングビルは目覚めたかの? ミスタ・シロウ?」

 

 入ってきたのは、オスマン氏であった。

 オスマン氏はベッドの上で身を起こしたロングビルに気付くと、そちらに歩みよってきた。

 

「おお、目を覚ましたのかね、ミス・ロングビル」

 

 ロングビルに近づいていったオスマン氏は、凄い目で睨み付けてくるロングビルを見て、ピタリと足を止めた。

 

「あ~ミス・ロングビル、わし、なんかした?」

「……いや、別になんにも」

 

 不貞腐れたように顔を背ける様子に訝しく思いながらも、オスマン氏はロングビルに話しかけた。

 

「ふむ、まあいいじゃろ。ある程度事情はミスタ・シロウから聞いておるじゃろ。ま、そう言うことじゃから、君は今後ともわしの秘書じゃからな」

「……オールド・オスマン」

 

 ハッと顔を上げ潤んだ声を漏らすロングビルに、オスマン氏は笑いながら言った。

 

「ひょひょっ、礼なら後でおっぱいでも揉ませてもらおうかのう」

「はぁっ?」

 

 先程までのしおらしげな様子は何処へやら? 一気にがらが悪くなるロングビル。オスマン氏は変わらず笑いながらロングビルに話しかける。

 

「ホッホッ。その調子なら大丈夫じゃな。今夜はフリッグの舞踏会じゃ。気にするものはおらんじゃろうし、今日のところはゆっくりと休んでおきなさい」

「フリッグの舞踏会?」

 

 ロングビルが疑問の声を上げると、オスマン氏は頷く。

 

「そうじゃ、ほら、窓から微かに音楽が聞こえるじゃろう」

 

 その言葉を聞き、ロングビルが耳をそばだてると、開いた窓から微かに音楽が流れてくるのが聞こえてくる。

 その様子を見たオスマン氏が、何かを思い出したかの様に手を叩き、士郎に話しかけた。

 

「おお、そうじゃったそうじゃった。ミスタ・シロウ。ミス・ヴァリエールたちが探しておったぞ、そろそろ行かんと、後が怖いぞ。それじゃ、わしはこれで失礼するよ。ミス・ロングビル。詳しい話は今度にしようかの。今は休んでおきなさい」

 

 そう言って保健室から出ていくオスマン氏を、士郎は苦笑いをしながら見届けると、ロングビルに向き直り話しかけた。

 

「さて、俺も行くとするか。ミス・ロングビル、言われたように、ゆっくり休んでいろ」

 

 そう言って、士郎が保健室を出ていこうとしたが―――ロングビルに外套を掴まれてしまい、動けなくなってしまった。

 

「ん? ミス・ロングビル、どうかしたか?」

「あっ……あの、シロウ……今から、その……舞踏会に行くのかい」

 

 上目遣いで聞いてくるロングビルに、士郎は頷いて応えた。

 

「ああ、どうもルイズたちが探しているようだからな。無視すれば後が怖いからな。少し顔を出してくる」

 

 保健室から出ようとする士郎を、ロングビルはまたも外套を掴んで呼び止めた。

 

「―――ちょ、待ってくれよシロウ。その前に少しだけあたしに付き合ってもらえないかい?」

「ん? ああ、別に構わないが……何に付き合えばいいんだ?」

 

 士郎の了解を得ると、ロングビルは嬉しげに笑い、ベッドから降りた。ベッドから下りたロングビルは、士郎の目の前に立つと、スカートの裾を軽く持ち上げ、恭しく頭を下げた。

 

「―――ミスタ・シロウ、良ければわたくしと一曲踊っていただけませんか」

 

 洗練された淑女からの誘いに一瞬目を見開いた士郎だが、直ぐに微かに口元に笑みを浮かべると、手を胸に当て恭しく頭を下げた。

  

「喜んで」

 

 二人が近付き、それぞれの体に腕を回すと、ロングビルが頬を染めながら恥ずかしそうに自身の服を見下ろした。ロングビルの今着ている服は、お世辞にも綺麗とは言えない汚れた服装だった。

 

「こんな服で、恥ずかしいんだけどね」

 

 ロングビルのその言葉に、士郎はベッドのシーツを素早く引き抜くと、それをロングビルの身体に巻きつけた。ロングビルの身体を包む白く清潔なシーツは、まるでウエディングドレスのようで、窓から差し込む月の光を受け、淡く白い輝きを見せる。

 

「―――ぁ」

「まあ、その……駄目か?」

「そんなっ……嬉しい」

 

 士郎に服を着せられたロングビルは、頬をさらに赤くしながら笑った。

 

「それはよかった」

「それじゃ」

「ああ、踊ろう」

 

 窓から差し込む月明かりだけをライトに、微かに窓から聞こえる音楽をBGMにして、二人の体は右に左にとゆくりと動き出した。

 

「シロウ」

「何だ、ロング……」

 

 急に士郎を呼んだロングビルは、それに応えようとした士郎の言葉を自身の指で士郎の口を塞ぐことで遮り、士郎の胸に顔を埋めながら恥ずかしそうに囁いた。

 

「―――マチルダ。あたしの本当の名前は“マチルダ・オブ・サウスゴータ”……二人っきりの時だけでいいから、マチルダと呼んで……」

 

 自分の胸に顔を埋めながら言う、ロングビルの頼みに、士郎は優しく笑いながら応えた。

 

「ああ、わかったよ……マチルダ」

「ありがとう、シロウ……」

 

 そんな二人を大きな二つの月が優しく見下ろしていた。

 二人っきりの舞踏会は、まだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 




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