バカとテストと召喚獣~すべてを知った僕となにも知らない君~ 作:唐笠
明久SIDE
「いったい、この短時間でなにがあったんだよ…」
「いや、それは……」
雄二が対面に座る僕と姫路さんに呆れたように言うが、僕にもどう説明したらよいかわからないのだ。
「……瑞希、なにがあったの?」
「な、なんにもありませんよ」
雄二の横に座る霧島さんが姫路さんに尋ねるが、姫路さんは明後日の方向を見ながら見え見えの嘘をつく。
「……瑞希、嘘はダメ」
「う、嘘なんてついてませんよ…」
「……なら私の目を見て言って」
「うぅ…」
そう言って姫路さんは伏し目がちになってしまう。
あくまでも目を合わせないつもりのようだ。
それにしても、姫路さんが嘘をつくのが下手なことは小学生の時の経験や人柄でわかっていたけど、ここまではだと思わなかったよ…
「……瑞希は嘘が下手なんだから観念した方がいい」
「明久もだぞ。さっさとはいちまえ」
そう言って僕と姫路さんに目を合わせようとしてくる雄二と霧島さん。
もはや、隠し通すことはできないしバレるのも時間の問題だろう。
「実を言いますと――――」
そう僕が観念した時、姫路さんが口を開いた。
〜さかのぼること1時間前〜
「んー
どれにしたらいいのかな…」
意味ありげな言葉を残して去っていった姫路さんとわかれた僕は、自室の洋服ダンスの中と睨み合いながら悩んでいた。
雄二には姫路さんに見られても恥ずかしくない私服でこいと言われたが、いったいなにを着ていけばよいか皆目検討がつかない。
それに、当時の僕は遊びに仕送りの大半を使ってしまっていたので私服のレパートリーも限られているのだ…
「はぁ…
当時の僕は本当になにをしてたんだろうね……」
今さらながらだが、当時の自分の無計画さを嘆きたくなってきた。
なぜあんなにゲームや漫画につぎ込んでしまったのだろう…?
………………………………わかっているさ…
いや、失ってから気付いてしまったんだ……
寂しさを…踏み出せない自分の不甲斐なさを紛らわすためだったって……
まったく、本当に僕はバカだったんだよね……
後悔してから…失ってから気付くなんてさ……
「次はそんな後悔はしない…」
そう自分の決意を再確認するように呟くと、僕は一着の服を選ぶ。
僕が僕を捨てた日に着ていた服を……
あれから数分後、僕は雄二との約束通りに文月学園に向かっていた。
そして、程なくして姫路さんとわかれた道で僕は立ち止まる。
「明日から…ここで…」
先程、姫路さんとわかれた場所で交わした約束を思い出すと自然と足が止まっていた。
簡単に言えば、僕の食生活を哀れんだ姫路さんが明日からお弁当を作ってきてくれるというもので、それは姫路さんの優しさからだと察しがつく。
しかし、最後に姫路さんが残したあの言葉―――
「明日の朝から楽しみにしてる…か……」
いったい姫路さんはなにを思ってあんなことを言ったのだろうか?
僕をからかった?
いや、あの時見せてくれた笑顔でそれはないだろう。
じゃあ、料理を作るのが楽しみとか?
ありえないこともないだろうが、それを僕に伝える意味がない。
それにそれなら、なにも朝に限定しなくてもよいはずである。
もしかして僕と登校するのが…
いやいや、さすがに思い上がりも甚だしいというものだろう。
いくら姫路さんが僕に優しくしてくれたからといってそんな筈があるわけない。
「うん…
そんなわけないよね…
姫路さんが…僕なんかに……」
「私と吉井君がどうかしたんですか?」
独り言のように呟いた僕の言葉にかけられる可愛らしい声。
振り返らなくても誰だかなんてわかる。
さっき、ここでわかれたばかりなのだから…
「ひ、姫路さん…」
ぎこちなく振り返れば、そこには私服姿の姫路さんがいた。
それは奇(く)しくも、僕と同じであの時の服装だったんだ…
「こんにちは吉井君♪」
「姫路さん、どうしてここに…?」
聞きようによっては物凄く失礼な言い方だが、今の僕にそこまでの機転がまわる程の余裕はなかった。
「文月学園に用事があって向かっていたら、吉井君を見つけたので走ってきちゃいました」
「ひ、姫路さんも学校に用事があるんだね。僕もなんだよ」
なにこのデジャブ…
というか、ここまでになると何者かの陰謀を危惧せざるおえない。
そう、例えば雄二とかの……いや、廊下で姫路さんと衝突した時の雄二の表情からしてその可能性はないと言っても過言ではないだろう。
「難しい顔しちゃってどうしたんですか?」
「あっ、いや、なんでもないよ。
ただ、今日雄二とあったこと思い出してね」
僕の顔を覗き込むように回り込んでいた姫路さんにドキッとしながらも、その場をやり過ごそうとする。
「雄二…?
あっ、吉井君が学校で仲良くしていた人ですね」
「う、うん。
そうだけど、姫路さんと雄二って面識あったの?」
じゃなかったら、とっさに誰だかわからないと思うんだけどなぁ…
「あっ!?
い、いえ、面識はありませんけど吉井君が帰り際に雄二って呼んでいましたから」
「……そういえばそうだったね」
たしかに僕は雄二の名前を帰り際に呼んだ。
機転もよく、記憶力も優れる姫路さんのならではの推測といったところだろうか?
「そんなことより早く学校に行きましょう。ね?」
「う、うん…」
やけに焦り気味の姫路さんに半ば引っ張られるように僕たちは文月学園を目指した。
〜文月学園〜
「じゃあ、姫路さん僕はここで」
「また明日の朝会いましょうね♪」
「うん///」
文月学園に着いた僕に向けられた翳りのない笑顔に恥ずかしさを覚えながらも、僕は雄二の待つ教室へと向かうために姫路さんとわかれる。
たしかに教室で待ってるって言ってたはずだから早くいかなきゃね。
そう思いながら教室の扉を開けると、そこには机に肘をついて何かを考えていた雄二がいた。
「雄二、お待たせ」
「おう、明久か。
意外に時間がかかったな。姫路とでもイチャついてたか?」
「そ、そんなわけないじゃないか!」
意地悪く笑う雄二に僕は一連の出来事を思い出して顔が火照ってきたのを隠すようにつっかかる。
「その調子じゃ、まだ想いは伝えられてないんだろ?」
「な、なんのことかなぁ?」
「ごまかすなよ。
お前が姫路に好意をもってるのなんてバレバレなんだからさ」
「うっ……」
まさかこの時代の雄二にこうまで早くバレるとは思わなかった…
きっと、頭が良くなっても単純なところは変わってないんだろうなぁ……
「で、実際どれくらい好きなんだ?」
「どれくらいって…」
なにを基準にしてどう説明すればいいのか検討がつかない。
「そうだな…
じゃあ、お前は姫路のためならどこまでしてやれる?」
「僕が姫路さんのために……」
果たしてなにがしてあげられるだろうか?
過去を変えて助けてあげること?
違う。これは僕が勝手にやっていることであって、姫路さんが望んだことではない。
なら、僕が姫路さんにしてあげられることって……
「…………難しい話はわかんないけどさ、僕はこう思うんだ。
姫路さんのためならなんでもしてあげられる。
姫路さんのためなら普段はだせない力がだせる。
なにがあろうとも、決めたことを果たし通してみせる。
例え、それが僕の独り善がりになろうとも僕が正しいと思った方法でね……」
「…………そうか…
やっぱり、そう応えるんだな…」
そう言う雄二の顔は笑っていた。
笑っていたのに、泣いているように見えたんだ…
なんで…そんなに悲しそうな顔で笑っているのさ……
「っと、時間くっちまったな。明久、着いてこい」
「ちょっと待ってよ雄二!僕の服装ってこれでいいの?」
この10年間、タイムマシンの研究以外のことをろくにしていなかったため、ファッションとかそういった類いのものに自信がないのだ。
「んなこん知るかよ。
お前がそれでいいと思ったらそれでいいんだろ」
「そ、そんなぁ…」
「時間に遅れるから早くしろ」
「もう、待っててば!」
僕を気遣う様子もなく歩き出してしまった雄二を僕は追い掛けるように走る。
本当に雄二に頼って大丈夫だったかなぁ……
〜数分後〜
「ねぇ、雄二となんかとこんな所入りたくないんだけど…」
僕は目の前にある『ラ・ペティス』と書いてある喫茶店を見ながら雄二に言う。
「バカ言え。
俺だってお前とだけだったら入りたくないわ」
「じゃあ、中に誰かいるの?」
「妙な詮索はいいからさっさと入れ」
「うわぁ!?」
雄二に後ろから背中を押され、僕は半ば強制的に入店させられてしまう。
ざっと店内を見回してみるが、どう考えても野郎二人でくるべき場所じゃない。
こんな所に野郎二人でくるのはブラを被る変態な先輩なくらいなものだろう。
って、そんな変な人なんているわけないよね。
「二名様でよろしいでしょうか?」
見ればグルグルツインドリルの女の子が注文書らしきものを持って僕と雄二を見上げていた。どこかで見た事がある気がするけど気のせいかな…?
「いや、先に来てるやつらがいるから相席で頼む」
「わかりました」
そう言うと、その女の子は厨房の方に戻っていってしまった。
「行くぞ明久」
「うん。ところで先に来てる人って誰なの?」
「すぐにわかるから我慢しろっと、待たせたな翔子」
僕の前を歩く雄二が立ち止まったかと思うと、傍の席に座っている二人の女の子の内の一人に話しかけてる。ん?
翔子って、たしか雄二の奥さんの名前じゃ……
元の名字は霧島だっけかな…?
「……私たちも今来たところ」
「ならちょうどいいか。
ほら、お前もさっさと座れよ」
そう言って雄二が霧島さんの隣にすわ――――
「姫路さん!?」
「吉井君!?」
僕の前に立つ雄二がお互いの死角になってわからなかったが、霧島さんの向かい座っていたのは姫路さんだったんだ。
「明久、早く姫路の隣に座れ」
「ひ、姫路さん隣いい…?」
「ひゃ、ひゃいどうろ!」
姫路さんの方もいきなりのことに驚き過ぎて呂律がまわっていないようだ。
だけど僕の座るスペースを空けてくれたので、僕もそこに腰掛ける。
「………………………………」
「………………………………」
まずい…
今日あった一連のことが恥ずかし過ぎて顔もあわせられない……
二人っきりならまだしも、第三者がいるとなるとその緊張はそれの比ではない。
そんな僕らを見るに見かねたのか、雄二が呆れたように口を開いた。
「いったい、この短時間でなにがあったんだよ…」
こうして現在に至るわけなのである。