バカとテストと召喚獣~すべてを知った僕となにも知らない君~ 作:唐笠
明久SIDE
寒さもピークを過ぎた3月の朝、いつもより少し早く起きた僕は歩いていた。
そう、僕の大切な君との待ち合わせ場所に向かって…
ちなみに待ち合わせといっても、ロマンチックなものではない。
一緒に登校する。ただ、それだけのことだ。
なのに、僕の心は浮いていた。
他でもない、君と共にいられる毎日が僕にとってかけがえのないものだから…
一度は失ってしまった、僕にとってなくてはならないものなのだから……
すれ違う人が何事かと振り返るほどに浮き立っている僕。
そんな状態で軽い坂道を登っていくと、いつも通りに君はそこで待っていた。
いつもより早く出てきたのに待っているなんて、いったいいつからいるのだろうか…?
「おはよ姫路さん♪」
「あっ、おはようございます明久君♪」
端からしたら何気ない挨拶。
だけど、僕たちのことを少しでも知っている…そう、例えば雄二なら―――――――
「いつの間に名前呼びになったんだ?」
そう、こんな風に疑問を―――――――
「って、雄二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「さ、坂本君!?」
まさかの雄二登場…
当然のことながら、僕と姫路さんは不測の事態に慌てふためいてしまう。
「よっ、二人して相変わらずだな」
そう言ってニヤニヤとこちらを見てくる雄二には、昨日なにがあったのか大方わかっているのだろう…
それにしても、こういう時に一番会いたくないやつに会ってしまったものである。
「姫路、明久のことを名前で呼ぶなんて何かあったのか?」
「そ、それはですね…」
雄二のやつめ…
直前まで、あの場にいたのだから解っているだろうにイヤらしいやつだ……
「……一歩前進」
うんうん、たしかに心なしか僕と姫路さんの距離も近付いた気が……
「って、なんで霧島さんまでいるのさ!?」
足音もなく、ひょっこりと雄二の後ろから顔を出すものだから心臓に悪いことこの上ない…
でも、未来の夫婦はこの時からこんなに近くにいると思うと羨ましいよね…
それに引き換え、僕と姫路さんの仲の進展はほとんどないと言って等しいのだから、やはり高望みというものだろうか……
「……私はいつでも雄二と一緒」
「俺はお前と一緒にいるつもりなんかねぇよ…」
そんな僕の面持ちを知ってか知らずか、雄二と霧島さんは前回のように夫婦漫才を繰り広げていた。
「あのぅ…
ちょっと聞きたいんですけど、なんで翔子ちゃんと坂本君は私服なんですか?」
「あっ、それ僕も気になってたんだよね。2人してどこか行くの?」
「「???」」
夫婦漫才に割り込む形で訊ねる姫路さんに続くように僕も訊ねるが、私服2人組は頭上にクエスチョンマークを浮かべているだけだ。
まさか、この2人は私服で登校するとか言い出すのではないだろうか…
「なぁ、明久…
昨日はなんの日か覚えてるか…?」
「昨日?
たしか、なにもない平日だよね?」
さすがに僕だって、そこまではボケていない…
と言うか、私服で登校しようとしているバカ雄二に言われたくないものである……
「いや、聞き方が悪かったな。昨日が何曜日か覚えてるか?」
「雄二、僕をバカにするのもいい加減にしてくれないかな?
昨日は当然、きんよ――――」
「「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
ここまできてようやく気付いた僕と姫路さんは顔を見合わせながら大声をあげてしまう。
そう、今日は土曜日。すなわち、学校のない日である…
それは同時におかしいのは私服の雄二たちではなく、制服姿の僕たちということになるわけで……
「ったく、今ごろ気付くとか本当におめでたいやつらだな…」
「……お似合い」
「たしかに、ここまで平和ボケしてるのは、こいつらくらいだからお似合いだよな」
雄二と霧島さんがなにか勝手なこと言ってる気がしないでもないが、この際はどうでもいい。
そんなことよりも、このままでは姫路さんに恥をかかせてしまうことはほぼ確実なのだから、なんとかして取り繕わなければいけないだろう…
「じ、実は今日せ「墓穴を掘るだけだから見苦しい嘘は止めろ」
まさか言い終わる前にダメだしをくらうとは思わなかった…
いや、たしかに見苦しい嘘であることには変わりないんだけどさ……
「しょ、翔子ちゃん、このおべん「……瑞希も慣れない嘘は止めた方がいい」
そして、姫路さんの方も言い終わる前に撃沈である…
相手が悪いのか、はたまた僕たちの底が浅いのか……
いや、おそらくはそのどちらでもあるのだろう……
「まっ、せっかく晴れてるし姫路の弁当もあることだ、明日に予定してたピクニックにでも行くか?」
「……私は賛成」
「私も行きたいですけど、明久君はどうですか?」
「ぼ、僕も賛成だよ!」
姫路さんに訊ねられ、反射的に賛同してしまう僕。
と言うか、ここまできて姫路さんと別れるというのもバカらしい話である…
でも、できることなら姫路さんと2人っきりでピクニックに行きたかったなぁ…
「明久、姫路、モタモタしてると置いてくぞ!」
「あっ、待ってよ!」
「置いてかないでください!」
いつの間にか、僕たちよりも数メートル先を歩いている雄二と霧島さんを追い掛ける形で僕と姫路さんも走り出す。
運命の岐路がすぐ傍に迫っているとも知らずに…
〜山道〜
「やっぱ、ピクニックって言ったら山だよな!」
「いや、たしかにそうだけどさ…」
道と呼べない程に崩れている道。
傍に佇む断崖絶壁の崖。
更には、その上から今にも落ちそうな岩…
とてもじゃないが、山の自然を楽しむ余裕などない…
……………そう言えば、あの岩はたしか…
僕たちの頭上で今にも落ちそうになっている一つの岩を見て僕は一つのことを思い出す。
そう、タイムマシンになくてはならい『姫逢石(ひめあいせき)』はあの岩から採れたんだった…
姫逢石が無ければタイムマシンは完成しない。
タイムマシンの完成間近まで作り上げた僕の前に立ちはだかった、エネルギーの変換装置の動力源の問題。
理論上は造り上げることができても、それに見合う物質はこの世に存在しなかった…
そして、その物質を造り出すことすら叶わなかった僕は全てに絶望し、自殺を決意していた。
その死に場所として君と死別してしまった場所が見える、この場所を僕は選んだんだ。
だけど、その時に見付けた岩の間から微かに姿を見せた桜色の輝石。
君の髪色を思わせるそれを僕は必死で採掘した。
傷付かないように
失うことのないように
日が暮れるのも気にせず
自分が何をしにきたのかも忘れる程に必死に…
ようやく採掘できたそれは不思議なことに僕が仮設計していた物にぴったりとハマるものだったんだ。
もしかしたら、と思い成分を調べてみれば、それは僕の求めていた物その物だった…
君を思わせる桜色の輝石は僕と君を再び逢わせてくれることとなる。
たがら、僕はそれを姫逢石と名付けた。
他に代わりなんかない。大切な君に逢えるようにと……
「やっと頂上だな」
先頭を歩いている雄二が振り返りながら僕たちに満足そうに言う。
そこから見える景色は綺麗だった。
僕が住み、君がいて、大切なものが沢山ある景色だ。
だけど、同時にこの景色のどこかに『あの場所』があることもわかっている…
でも、ここまできても、やはりそのことについて思い出せはしない。
記憶に靄がかかってしまい、さっぱりなのだ…
だけど、必ず僕は君を護るよ。
例え、それによって未来にタイムマシンを造る者が存在しなくなろうとも…
穏やかな風に吹かれ、気持ち良さそうに目を細める君を見て僕はそう決意するのだった…
そして、それは遠くない未来に現実のものとなる