バカとテストと召喚獣~すべてを知った僕となにも知らない君~ 作:唐笠
明久SIDE
「姫路さん―――――――」
切り出してしまった言葉。
もう後戻りすることはできない…
動き出した歯車は互いに噛み合い、止まることがないように一度動き始めた運命が止まることはないのだ。
だけど、変えることならできる…
止めることはできないけど、その向かう方向を変えることならできるんだ……
だから、僕は変えたい。
姫路さんの傍にいることができないという未来を…
それを変えるために、まずは姫路さんと疎遠だったという過去を変えてみせる。
客観的に見たら小さなことだろう。
『バカ』だと笑われるかもしれない。
しかし事実、僕は『バカ』なのだから仕方がないんだ。
それに『バカ』はそんなことを気にしない。
周りからどう思われようとも気付かない。
それなら…それだから大丈夫なんだ。
今、僕に必要なのは小さな過去を変える大きな勇気。
それが目の前にあって動かないのは『バカ』ではない。
ましてや『賢い』と言えるはずもないだろう。
それは、ただ単に臆病なだけだ。変化が恐いだけの臆病者…
僕は『バカ』ではあるけど決して臆病者なんかじゃない。
なにも変えられない…変えようと踏み出さない臆病者じゃなく、大切ななにかを変えるためなら、すべてを捨てられる『バカ』だから…
そう信じて進んでいきたいから僕は踏み出すんだ。
君との……新たな道に…
また離れてしまいそうな僕らの歯車を合わせるために…
「今から言うことを真剣に聞いてほしいんだ」
「はっ、はい///」
さっきの興奮が未だに冷めぬのか、姫路さんは少々上擦ったような声で返事をする。
なんだか、告白するみたいで僕まで余計に緊張しちゃいそうだ…
「姫路さんからしてみたら言い訳に聞こえるかもしれない。
だけど、僕は島田さんは姫路さんが考えているような関係じゃないし、あの時はただの不可抗力なんだ」
なにがあったかは言わない。
僕の隠したいこと…
僕の隠すべきこと…
気付いてほしい想い…
気付かれるのが恐い想い…
そんな似て非なる、それでいて相反する大切な感情を抱く僕は言葉を紡いでいく。
自分の想いを確かめるように…
自分の決意が揺るぎないことを今一度認識するように……
「だい…じょうぶです……」
「???」
そんな中、さっきまでとはうって変わって、なぜたか悲しそうに言う姫路さん。
声もかなり消沈しているように思える。
だけど、僕は姫路さんの言いたいことがわからなかった…
なぜ、そんなに悲しそうに言うのか…
なにが大丈夫なのかさっぱりわからないのだ……
「大丈夫ですよ、吉井君……」
そう言って微笑む姫路さん。
いつもなら嬉しいはずのその微笑み…
僕にとって、大切なはずの微笑み……
「や……やめてよ…」
だけど、それが今、僕を苦しめる結果となっている。
どうして、僕と同じように笑うの…?
それは君がするべき微笑みじゃない。
僕みたいに自分の感情を圧し殺すべき人がやるものだ…
君にはいつでも明るい笑顔でいてほしいのに……
「そんな…悲しそうに笑わないでよ……」
「っ!?」
僕の漏れ出た言葉に姫路さんは、はっとするように反応する。
おそらく、姫路さん自身は隠しているつもりでいたのだろう。
いや、もしかしたら僕も普段から隠しているつもりでいたのかもしれない…
まるで鏡に映った自分を見るような不思議な感覚。
なにもかもが正反対であるはずの僕たちなのに…
僕にない、いいところを沢山もっているはずの姫路さんなのに……
どうして…こんなにも近くに感じるの…?
「ごめん……姫路さん…」
僕には謝ることしかできない…
姫路さんを悲しませ、あろうことか自身と同等に扱おうとした僕は謝ることしかできないのだ。
『バカ』……か…
人の気持ちすら解ってあげれないなんて、僕は救いようのない『バカ』なのだろう。
なにも誇れたものなんかじゃない。
それが僕にどれだけの力をくれようとも、姫路さんを悲しませてしまうものならいらない…
無力でいい…
賢くなくてもいい…
君が陰りのない笑顔でいられる。
ただ、それだけを叶える力があれば後はなにもいらない。
それを僕にくれるなら地位も名誉もタイムマシンの技術だっていらない…
だって、それらはすべて僕の望んだ世界にするための過程にすぎないから……
夢を叶えられない過程に意味などありはしない。
そんなガラクタなんて僕には必要ないから…
僕に『こたえ』をください…
なにが正しくてなにが間違っているのか、わかるように…
『バカ』な僕でも、わかるように誰か…教えてよ……
「吉井君はなにも悪くありませんよ…」
未だに悲しそうに笑いながら姫路さんはそう言う。
作り笑いなんて見たくないのに、なんで笑うのさ…
辛いなら…悲しいなら泣けばいいのに……
そうしてくれれば、どんなに楽だろう…
君にはっきりと拒絶されれば僕はなにも悩まずに済むのに…
なにもかもすべて手放して、僕は楽でいられるのに……
逃げてるだけなのかもしれない。
だけど、それでも構わない。
僕が逃げる…自分への負けを認めることで君が陰りのない笑顔でいてくれるなら、それでもいい…
「私が勝手に…勘違いしただけですから……」
たしかに姫路さんの言う通りである…
今回の件は不幸と姫路さんの勘違いからきたものだ。
だけど、ここでそれを肯定してはいけない。
なぜだか、そう確信でき、同時にそれは僕への恐怖ともなった…
僕は今……岐路に立っているんだ…
一方に広がるのは僕が望み、目指す君との世界。
えてしてもう一方に広がるのは変えることのできなかった絶望…
僕はどうすればいい…?
なにが正解なんだ……
間違えられない。
間違えるわけにはいかない。
考えろ、冷静になってなにが一番合理的なのかを…
なにが僕の未来をかえてくれるのかと。
大丈夫だ…
僕は人類最高水準の頭脳を持っているんだぞ。
考えれば必ず合理的な『こたえ』がみつかる…
僕なら理論的にまとめあげることができるはずだから……
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なのに…わからない…
なにが合理的なんだ…
どこに『こたえ』があるんだ……
どうして…僕は肝心な時にはいつも『バカ』なのだろうか……
「吉井君、そんなに悲しそうな顔しないでくたさい…」
気付けば、姫路さんは僕の手をそっと包み込むように両手で握っていた。
「姫路…さん……」
僕はうつむいたまま、呟くように名を呼ぶ。
温かい…
震える僕の手はまるで、その温かさを求めるようにそれを握り返す。
さっきまで、あれだけ悩んでいたことが嘘のような安らぎ。
僕がどれだけ悩んでも手に入れられなかったもの…
そこに嘘や偽りは存在しない。
この温もりは嘘じゃないんだ…
あぁ…そうか…
最初から『こたえ』なんてありはしないんだ…
理論や理屈じゃない。
それは、もっと大切なものなんだ。
気づいてしまえば簡単じゃないか。
嘘ばかりで塗り固められた僕がもつ唯一の真実。
いつも、いつまでも変わることのない想い。
僕の姫路さんへの想いを伝えよう。
それでダメなら、それまでだ。
どのみち、いつかは通らなきゃいけない道だから…
それなら、今の状況を打破できるかもしれないそれに賭けよう……
僕が今まで積み重ねてきたすべてをかけ―――
「っ!?」
そう決心し、顔あげた瞬間、僕は自身の目を疑う。
泣いているのだ…
僕を慰めるように手を握っている姫路さんが…
その滴がポタリと二人の手に落ちる。
不安なんだね…
わかるよ。僕だっていつも不安に押し潰されそうだから…
姫路さんは僕が傷付かないようにと本音を隠してくれているから…
それがバレて僕が傷付くのを自分のことのように悲しんでいてくれているんだ……
こんな僕のために…君が涙を流す必要なんかないのに……
「イヤだったら……離れてね」
続きます