レイ・アルメリアの物語   作:長月エイ

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43・吸魂鬼と守護霊

「ハーマイオニー、レイ、何か幸せなことを考えて!」

迫ってくる吸魂鬼へ杖を構えながら、ハリーが叫ぶ。

 

吸魂鬼には守護霊の呪文。

守護霊を作り出すには幸せな思い出が必要だ。

 

「Expecto patronum」

ハリーは眉をギュッと寄せて呪文を唱え始める。

 

私の幸せな思い出……。

去年、クィディッチ全日本大会で準優勝したこと?

 

「Expecto patronum」

私は準優勝した瞬間を思い出し、呪文を唱えてみた。

 

けど、ダメだ。

決勝で私がゴールした直後、対戦相手の安倍学園のシーカーにスニッチ取られ、逆転優勝されたことも思い出した!

 

ダメだ、他の思い出…………。

 

「Expecto patronum Expecto patronum Expecto patronum」

私が悩む間にも、ハリーは必死に呪文を唱え続けている。

 

だけど、幸せな思い出が……浮かばない。

 

そうこうしているうちにも、周りの気温はどんどん下がり続ける。

吸魂鬼の群れは、どんどん近づいて来る。

シリウスは耐えていたけど、そろそろ限界が近い。

 

「Expecto patronum!」

幸せな思い出が浮かばないけど、私はせめて声だけは大きく張り上げて叫んだ。

ハーマイオニーも一緒になって、必死に呪文を唱えていたけど、上手くいかない。

 

「Expecto patronum! Expecto patronum!!」

ハリーも何度も何度も呪文を唱えていた。

 

吸魂鬼は私達の周りを囲み、ジリジリと距離を詰めてくる。

 

じゃあ、これならどうだ!?

 

私は杖を懐にしまい、右手の人差し指と中指を伸ばし、残りの指を折って手刀を作る。

意識を指先に集中させて深呼吸。

そして、ありったけの大声を張り上げ、九字の真言を叫んだ。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」

 

念を込め、手刀を縦横に切るように動かすと、吸魂鬼が後ずさりした。

 

「臨兵闘者皆陣烈在前!」

再び九字の真言を唱えると、吸魂鬼はまた後ずさりした。

 

私は立て続けに真言を唱える。

「臨兵闘者皆陣烈在前! 臨兵闘者皆陣烈在前!……」

 

お、これ、いけるかな?

そう思ったのもつかの間だった。

 

いったん後退したかに見えた吸魂鬼達が、再び距離を詰めてきた。

わわっ、しかも、何だかさっきより数が増えている気が!!?

 

しまった!!!

「九字切り」は、術者の力が相手よりも弱いと、かえって相手を刺激して逆効果だったんだ!

それって、陰陽術の基礎中の基礎なのに、忘れていた!

 

間もなく、シリウス、それからハーマイオニーが倒れた。

ごめん、私のせいだ。

 

「Expecto patronum!!」

ハリーが叫ぶ。

 

ついに吸魂鬼の手がハリーに届いた。

ハリーにキスをする気だ!

 

私はハリーに伸びた吸魂鬼の手を引き剥がそうとした。

冷たくてヌメっとした気味の悪い感触がして、背筋が寒くなる。

 

その時、急にまわりが白く輝く光に包まれた。

何か銀色のものが、向かってくるのが見える。

 

それは私達を吸魂鬼から守るように、ぐるぐると周りを走り回った。

よく見ると、頭から立派な角が生えた牡鹿だった。

 

これが守護霊(パトローナス)?

 

守護霊がハリーへ突進すると、吸魂鬼はサッとハリーから手を離して消えた。

だけど一歩遅くて、ハリーは力尽きて倒れた。

 

マズイ、残るのは私だけだ。

どうする如月伶!?

 

さっきの守護霊のおかげで、吸魂鬼の数はかなり減り、だいぶ遠ざかってはいた。

けど、完全に消えたわけじゃない。

このままだと、また吸魂鬼が集まってきて、みんなが襲われるのは目に見えている。

 

さあ、考えろ。

吸魂鬼にどう立ち向かう?

九字切りは使えない、ていうか逆効果。

 

あ、チョコレート!

 

私は今頃になって、ポケットにチョコレートを入れていたことを思い出した。

さっそくチョコを取り出して口に入れると、体が温かくなり頭が回り始めた。

 

吸魂鬼を追い払うには、強力な守護霊が必要だ。

さっきの牡鹿を出したのは、どこの誰だかわからないから、頼るわけにはいかない。

 

シリウス、ハリー、ハーマイオニーは気絶している。

父さんは狼になっていて、それどころじゃない。

当然、私にはこんな高度な呪文なんて無理だ。

 

あ、待てよ?

まともな守護霊を出せそうな人が1人いたぞ!

ちょうど、彼の杖もここにある。

私は落ちていた杖を拾い上げて、ダッシュで校舎の近くまで戻った。

 

目的の人物……セブルス・スネイプは地面の上でだらしなくのびていた。

 

「先生、スネイプ先生! しっかりして下さい! もうっ、Enervate!」

杖を振って気付けの呪文を唱えると、スネイプはようやく目を開けた。

 

「キサラ、ギ、か?」

「先生、気分はどうですか? 吐き気は?」

頭を打った後で吐き気がするのはヤバイので、一応確認しておく。

「吐き気はない」

それを聞いて一安心だ。

 

「ここは? お前は……?」

スネイプは頭を振って体を起こして立ち上がり、あたりを見渡す。

 

「それよりも、吸魂鬼が湖に! とりあえず、コレと、コレを!」

私はスネイプに杖とチョコレートを渡しながら叫んだ。

「お願いします! 早くなんとかしてください!」

 

スネイプはチョコレートを胡散臭そうに見た。

 

「チョコレートに毒なんか入れてませんから、さっさと食べて下さい!」

すると、苦虫を噛み潰したような顔で、スネイプは銀紙を剥いてチョコを口に入れた。

そんなマズそうに食べないで欲しいなぁ。

 

スネイプと一緒に湖に戻ると、吸魂鬼は再び倒れたハリー達に襲いかかろうとしていた。

さっきより少ないが、それでも5、6体はいた。

 

スネイプは迷いなく、杖を構えて唱えた。

「Expecto patronum!」

 

杖の先から、白銀の4本脚の動物が出てきた。

さっき見た守護霊とよく似ているようだけど、角がないから牝鹿だね。

 

牝鹿は、軽やかに私達のまわりを駆け回って、残った吸魂鬼を蹴散らしていく。

やがて完全に吸魂鬼は消え去った。

 

私は力が抜けて地面にへたり込む。

 

「キサラギ?」

スネイプが私を見た。

 

ああ、助かったんだ…………。

ホッとした私は、遠くへ意識を手放してしまった。


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