「レイはリーマスの娘だ。知らなかったのか?」
ブラックが意外そうな顔をする。
「ハリー、ロン。今まで黙っててゴメン。ハーマイオニーは知ってた……いや正確には気づかれたって言うべきなんだけど」
とりあえずハリーとロンには謝っておく。
そんな私達のやりとりをよそに、父さんは私の傷だらけの顔や、ロンの包帯が巻かれた脚、ハーマイオニーの切れた唇を見ていた。
そしてブラックの胸に杖を向けるハリーを見とめるなり、父さんは呪文を唱える。
「Expelliarmus!」
ハリー、私、ハーマイオニー、ロンの順に、杖が手から離れ、父さんの手に収まった。
どうして父さんは私達の杖を取り上げたの?
父さんが尋ねる。
「シリウス、あいつはどこだ?」
ブラックはロンを指した。
「『あいつ』がそうだったのか……君はあいつと入れ替わりになったのか……何も言わずに?」
父さんの言葉を聞いたブラックは、重たくうなずく。
ていうか「あいつ」って、誰?
父さんは杖を下ろした。
そして、あろうことかブラックをしっかりときつく抱きしめた。
何やってんだよ、父さん!?
私は自分の目が変になったかと思った。
だけど「何てことなの!」というハーマイオニーの叫びで、目の錯覚じゃないことがわかった。
「先生は、先生は……その人とグルなんだわ!」
「説明させてくれ!」
父さんはそう言って、ハーマイオニーを落ち着かせようとしたけど、無駄だった。
ハーマイオニーはヒステリックに叫ぶ。
「私、誰にも言わなかった! レイに頼まれたから、先生の為に、私、隠してたのに!」
背中がゾクっとした。
ハーマイオニーは、父さんの「持病」をバラす気だ。
「騙されないで。この人はブラックが城に入る手引きをしてたのよ。この人もハリーの死を願ってるんだわ…………この人、狼人間なのよ!」
ついに、ハーマイオニーは言ってしまった。
父さんはどうするんだろう?
しかし、父さんは冷静にハーマイオニーに答えた。
「君らしくないね、ハーマイオニー。残念ながら、3問中1問しか合ってない。私はシリウスが城に入る手引きはしていないし、当然ハリーの死を願ってなんかいない……だが、私が人狼であることは否定しない」
それから父さんは説明すると言って、私達に杖を返した。
「手助けしていなかったなら、ブラックがここにいるって、何故わかったんだ?」
ハリーがブラックを睨みつけながら、父さんに尋ねる。
すると父さんは「忍びの地図」を使ったと答えた。
父さんは、私達がバックビークの処刑の前、寮を抜け出してハグリッドに会いに行くと考え、地図を使って見張っていたという。
ついでに父さんは、自分が製作者の1人であることも告白した。
そして、透明マントの存在を知っていること、透明マントを使っても、忍びの地図には名前が表示されることも告げた。
父さんは室内を行ったり来たりしながら話を続ける。
「君達が校庭を横切り、ハグリッドの小屋に入るのを見ていた。20分後、君達はハグリッドのもとを離れ、戻り始めた。しかし、今度は君達の他に誰かが一緒だった」
え、他の誰か?……私は口をはさんだ。
「いや、父さん。私達の他には誰もいなかったよ?」
「うん、僕達だけだった!」
ハリーも首を傾げる。
けど、父さんは地図で、ブラックがロンと、もう1人を暴れ柳の根元に引きずり込むのを確かに見たらしい。
ふと父さんは、ロンに鼠を見せるように頼む。
スキャバーズはキーキーと鳴きながら、いまだに逃げようとしているようだった。
「僕の鼠が一体何の関係があるって言うんだ?」
ロンが疑り深く父さんとブラックを見る。
「それは鼠じゃない。動物もどきだ。名はピーター・ペティグリュー」
今まで黙っていたブラックが急に口を開き、とんでもないことを言ってのける。
「有り得ない」
「2人ともどうかしてる」
「馬鹿馬鹿しい!」
私、ロン、ハーマイオニーがそれぞれ口にした。
「ピーター・ペティグリューは死んだ! こいつが12年前に殺した!」
ハリーがブラックを鋭く指差す。
「殺そうと思った。だが、小賢しいピーターめに出し抜かれた。今度はそうはさせない!」
ブラックが、ロンが捕まえている鼠に飛びかかろうとした。
「シリウス、待ってくれ! 説明しなければいけない」
「後で説明すればいい!」
父さんがブラックをロンから引き剥がしたけど、ブラックは父さんを振り払おうと抵抗した。
父さんは静かにブラックを諭す。
「ロンはあいつをペットにしていた。私にもまだわかっていない部分がある。それにハリーだ。シリウス、君はハリーに真実を話す義務がある」
するとブラックは父さんへ投げやりに返す。
「君がみんなに何とでも話してくれ。ただ、急げリーマス。私は自分を監獄に送った原因の殺人を、今こそ実行したい」
ブラックの目は、しっかり鼠をとらえていた。
父さんは説明を始めた。
誰もがシリウス・ブラックがピーター・ペティグリューを殺したと思った。
今日、忍びの地図を見るまでは、父さんでさえそう信じていたらしい。
しかし忍びの地図は嘘をつかない。
父さんは「ロンの鼠の正体はピーター・ペティグリューだ」と考えているようだ。
ハーマイオニーが震える声で、そんなはずはないと言う。
何故なら、ペティグリューの名前は、アニメーガス登録簿に載っていないからだ。
「うん、確かに彼の名前はないね。20世紀の登録アニメーガスは全世界で7人。私は前の学校で、全員の名前を暗記させられた。でも、そこに『ピーター・ペティグリュー』はいなかった……」
7人の中に、マクゴナガル先生は入っているけどね。
「でも、名前がないからって、彼がアニメーガスじゃないって証拠にはならないよ?」
父さんが言った。
「伶の言うとおり。魔法省は未登録アニメーガスが3匹、ホグワーツを徘徊していたことを知らなかった」
3匹?……まずは、シリウス・ブラック。
そして、ピーター・ペティグリュー?
もしかして残りの1人は、ハリーのお父さんのジェームズ・ポッターかな?
ブラックが、さっさと説明を済ませるように父さんを急かす。
その時、背後でギィィと音がして部屋のドアが勝手に開いた。
けど、誰もいないように見えた。
しかし、それを見たロンが震え上がった。
「ここは呪われてるんだ!」
「『叫びの屋敷』は決して呪われてはいなかった」
ドアに目を向けたまま、父さんは言った。
それから、父さんは昔話を始めた。
父さんが人狼に襲われたのは、まだ幼い頃だった。
ちなみに、咬んだ犯人の名はフェンリール・グレイバックというらしい。
小さな子供を好んで襲うことで有名な最悪な人狼だ。
父さんの父親、つまり私の父方のお祖父ちゃんが、グレイバックを怒らせた腹いせに、父さんは咬まれたらしい。
父さんが人狼になってから、父さんとその両親は、ホグワーツに入ることを諦めていた。
しかしダンブルドア校長が、きちんと措置を取れば大丈夫だと言ってくれ、父さんの入学を許可してくれた。
父さんがホグワーツに入学する2年前。
ある魔法薬学者が、妻と娘・息子を連れて一家で日本からイギリスへやってきた。
彼はダモクレス・ベルビィ氏と共同で、トリカブト系脱狼薬の開発を始めた。
その魔法薬学者の名前は如月薫。
つまり私の母方のお祖父ちゃんだ。
父さんの入学前、ダンブルドア校長は、お祖父ちゃんを訪ねたそうだ。
その時、お祖父ちゃんは、ダンブルドア校長にこう言ったという。
「薬の開発は始まったばかりで、まだ成果が出るのは当分先です。しかし、必ず完成させます」
一方、お祖父ちゃんは、人狼を差別せずに受け入れようとするダンブルドア校長に感銘を受けた。
だから、母さんと悟叔父さんをダンブルドア校長がいるホグワーツへ通わせることに決めた。
入学後、父さんは満月の夜になると、地下トンネルを通り、叫びの屋敷に連れていかれた。
あの暴れ柳は、トンネルに無闇に誰かが入り込んで、変身した父さんに襲われるのを防ぐ為、植えられたものだった。
私が暴れ柳の止め方を知っていたのは、父さんから聞いたことがあるからだ。
父さんが入学後、最初に「持病」に気づいた同級生は、母さんだった。
もちろん、お祖父ちゃんが「持病」を母さんに話したわけではなく、母さんが自分で気づいたらしい。
「私が人狼だと知り、梓は私から離れてしまうと思っていた。しかし、彼女は違った。それどころか、毎月私の為に傷薬を作ってくれたし、こんな私を好きになってくれた」
それからしばらくして、父さんと同室のシリウス・ブラック、ピーター・ペティグュー、そしてジェームズ・ポッターも「持病」に気づいた。
しかし、彼らは父さんの友達であり続けてくれた。
と、ここまでは私も知っている話だ。
けど、これから先は、私も初めて聞く話だった。