【完結】(白面)ノ 剣【神様転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
獣と化したうしおは、
獣の槍を真っ二つにされて、
麻子の手で人間に戻されました。


剣造りの娘は灼熱の炉に身を投じた

 槍に魂を食われたオレは、体の自由が利かなくなった。オレの意思に反して、シャガクシャへ槍を向ける。流兄ちゃん達がオレを止めようとしたけれど、ダメだった。シャガクシャを切り付けて、オレの体は逃げ出す。その先には、血袴のせいで傷を負った姉ちゃんがいた。

 

( おい、待てよ……そっちには行くな。なにをする気だ……待て!! )

 

 オレを迎えるように、姉ちゃんは両手を広げる。その手に武器を持っていなかった。姉ちゃんの剣は足下に落ちている。姉ちゃんは無抵抗で、オレを受け入れようとしていた……ダメだ! 姉ちゃん、逃げてくれ! オレは自分の腕を引っぱり、槍の位置を移動させる。姉ちゃんの剣も飛び上がって、槍を弾いた。だけどオレの槍は、姉ちゃんの体に突き刺さる。

 

( うわああああああ!! )

 

 ミチャッという音が耳に聞こえた。姉ちゃんを貫いた感触が体に伝わる。姉ちゃんの腹に、槍の埋まった光景が目に映る。その部分がボンッと爆発して、姉ちゃんの脇腹は吹っ飛んだ。血飛沫と肉片が舞って、オレに降りかかる。そのまま姉ちゃんを突き飛ばしたオレは、後ろを振り返ることなく去った。

 よりにもよってオレが、姉ちゃんを傷付けてしまった。心がギシギシと軋む。胸を捻り潰されているかのように痛んだ。姉ちゃんは剣を持たず無防備で、オレを迎い入れるように無抵抗だった。きっとオレが止まるって信じてくれていたんだ。そんな姉ちゃんをオレは……殺してしまったのかも知れない。

 体が言う事を聞かなかった。意識が遠くなる。そうしてオレは槍の中に取り込まれた。ぶっこわれそうな闇の中で、1人の男に出会う。その男は血の涙を流し、口から火を吹き、カーンカーンッと金槌で金属を打っていた。これは人か……いや妖なのか? その男は白面の者を憎んでいた。

 

「おじさん……誰だ? なんで白面の者を憎んでる?」

『なんで……憎いかだと……フフフ……さあなあ、もう忘れたなあ。もう二千年もの昔だものなあ……』

 

『オレがこの獣の槍をつくってから……』

 

 オレの体は何処かへ向かって走り、道中の化物を殺して行く。やめろ……もう、やめてくれ……オレは誰も殺したくないんだ……体がバラバラになる。意識が曖昧になる。オレも槍に魂を食われて、獣になっていくのか……そんな中、遠くから音が聞こえる。脳を揺らすような気持ちの悪い音や、金属で打ち合う音が聞こえた。その音にオレは魂を揺さぶられる。

 

『――愛してる』

 

 闇に光が差し込んだ。闇が割れて、その隙間から虹色の光が差し込む。その光に照らされると、槍の中にいた男は悲鳴を上げた。暗かった世界は虹色の光に侵され、明るくなっていく。槍に囚われていたオレの体が解放された。槍から魂が解放される――ああ、オレは、帰れるんだ。

 

 

 目覚めると、麻子に見下ろされていた。すると、いきなり突き飛ばされてオレは地面を転がる……なにすんだ、おめーは! 麻子とギャースカピースカやって、ふと気付く。なんで麻子が、ここに居るんだ? ……なんでも、オレを人間へ戻すためにアレコレしたらしい。そりゃー、心配かけたな。

 

「ただいま、麻子」

 

 と言うと、頭にチョップされた。

 

「あの子にも言ってやんなさいよ。あの子があんたを止めて、あたしは髪を梳いただけなんだから」

 

 指差された方向を見ると、姉ちゃんがいた。姉ちゃんは空を見上げている。つられて空を見ると、空を覆う黒い霧を、白い流星が撃ち払っていた。黒い霧は、数知れないほどの婢妖だ。白い流星は、砕けた姉ちゃんの剣だった。婢妖の大群が姉ちゃんに撃ち落とされていく。

 

「姉ちゃん! 怪我は大丈夫なのか!?」

 

 最後に姉ちゃんを見た時は、横腹が吹っ飛んでいた。姉ちゃんに飛び付いて、傷の具合を確かめようとする。もしも姉ちゃんが無理をしていたら、すぐに休ませないと。そう思って姉ちゃんの着物をめくり、服の中をのぞく。すると、後ろから麻子に蹴り飛ばされた。なんだよー。

 

「あっ、あのね。うしお……壊しちゃった」

 

 そう言って姉ちゃんが差し出したのは、真っ二つになった獣の槍だ……あちゃー、壊しちゃったか。流兄ちゃんや杜綱さんに何て言おう……と思っていたら、ショックのあまり地面に頭を垂れている杜綱さんと見た事のない女の人、それと槍が壊れても気にしてなさそうな流兄ちゃんの姿を見つけた。流兄ちゃんによると、女の人も獣の槍の伝承候補者らしい。その……ガラクタと化した槍の……そうなんだ。それとオレのオヤジの姿もあった。

 

「うしお。この先に神居古潭という洞がある。獣の槍を操る者が、入らねばならぬという洞だ。そこから無事に出る事が適えば、おまえは光覇明宗に正当伝承者と認められるだろう」

 

「でもよー、オヤジ。その獣の槍が壊れちまってるぞ」

「よいか、うしお。光覇明宗には仏の教えを説く宗教としての顔とは別に、闇の伝承を持っている。それは獣の槍を護ること……その使命を果たすために我等は全国に散って、妖怪を封じておるのだ」

 

 あっ、このハゲ、聞いてねーや。

 

「分かったぜ、オヤジ……迷惑かけたな」

「無事に戻ってきたら……ぶん殴ってやるわ」

 

 シャガクシャはボケーと突っ立っている。何やってんだ、あいつ? そう思って声を掛けると、オレに向かって大きな口を開けた。獣の槍が壊れている間に、オレを食らうつもりか……! だけど、ヒュッと音がする。シャガクシャの顔前に、姉ちゃんの白い流星が落下した。

 

「だっ、だめだよ、シャガクシャ様」

「ちぇー、そんなこったろーと思ったぜ!」

 

 そうしてオレは皆に別れを告げた。オヤジの言った神居古潭へ向かう。そこへ行くとガケに横穴が開いていた。横穴の入口に鳥居が立っている。シャガクシャもオレに付いてくるらしい。だけど姉ちゃんは、オヤジに止められた。すると姉ちゃんは剣を、オレへ差し出す。

 

「もっ、もっていって……」

「姉ちゃんはいいのかよ?」

 

「こっ、ここで待ってるから……」

「そっか……じゃ、行ってくるよ」

 

「うっ、うん……いってらっしゃい」

 

 ネジ穴のような横穴を、オレとシャガクシャは歩く。そういえば穴の前にあった大木にも、大きな穴があいていた。グルグル回りながら飛んできた物が、ガケに当たって減り込んだみたいだ。その奥には大きな社(やしろ)が建っている。その中には、社の奥で黒く渦巻く化物と、直立した白銀の西洋甲冑があった。

 

『……来たか。獣の槍の伝承者よ』

 

 白銀の西洋甲冑が喋る。こいつと同じ者を、オレは見た事があった。光覇明宗の総本山だ。姉ちゃんの剣に魂を食われて、僧侶は白銀の西洋甲冑と化した。同じように、こいつも剣に魂を食われ果てたのか。姉ちゃんのお母様は、ここに「貴方の母親について教えてくれる者がいる」と言っていた。

 

「オレは蒼月うしお。あんたは?」

『我等は白面の剣だ。それ以外の何者でもない』

 

「あんたはオレの母ちゃんを知ってるのか?」

『ひひひ、知ってはいるな。だが、それを教える役割は我等のものではない』

 

「長―いこと。待ったよう。獣の槍を使う者よう。いーろいろ知りたいコトあーるべなあ。いーろいろよお……ぜーんぶ、この「時逆」が教えてやろうなあ」

 

 そう言って現れたのは、1つの妖を2つに分けたような妖だった。時逆は、オレとシャガクシャを過去へ連れて行く。時逆によると、二千三百年ほど昔の中国の都らしい。そう言って時逆は姿を消した……え? 案内してくれないのか? とつぜん空中へ放り出されたオレとシャガクシャは、地面に激突する。シャガクシャー! てめーは飛べるだろー!

 

「あ……」

 

「えっ、え~と! オレっ、蒼月潮……っつって~」

「ば~か。トキサカとかのコトバ信じたら、今はムカシのちゅうごくだ。コトバが通じるかよ!」

 

 女の人の前に落下したらしい。目の前で女の人が驚いていた。慌てて自己紹介するものの、シャガクシャに突っ込まれる。そりゃそーだ。だけどオレは中国語を知らない。国語で習う漢文くらいか。英語で習うアメリカ語だって怪しいぜ。どうした物かと思っていると、女の人が表情を緩めた。

 

「よかった、妖怪じゃなかった……空から急に落ちてきたように見えたから、私てっきり妖怪だと思って! 生きた心地しなかったわ……」

 

「バカ、通じるぜ。向こうのいってる事も分かるぞ」

「そんなコトいったって知るか! トキサカが何かしたんだろ」

 

 その女の人にオレは名前を聞かれる。蒼月(あおつき)と名乗ったけれど、蒼月(シャンユエ)と解された。女の人は決眉(ジエメイ)という。どうやらオレの言葉は、オレが思っている言葉と違うように伝わるらしい。そこでオレはシャガクシャに「妖がうじゃうじゃ居るから食われんなよ」と警告された。

 

「ひいいっ! 鉤殻虫だああっ」

 

 地面が盛り上がり、馬車が吹き飛ばされる。大きなエビのような姿の妖怪が、地面から飛び出た。城壁の前にいた人々は逃げ惑う。虫っていうか、あれは妖怪じゃないか? オレもジエメイを連れて逃げる……そうだ、姉ちゃんの剣は使えないのか? オレは姉ちゃんの剣を鞘から抜く。だけど剣は、獣の槍のように応えてはくれない。やっぱオレじゃ使えないのか?

 

 ドムッ!

 

「ちっ、言った矢先にこんなトコでくたばんなよな~。死体はまずいんだぜ」

 

 こっちに向かって来ていた虫を、シャガクシャが倒してくれた。だけどシャガクシャの足下から、地面を吹き飛ばして虫が襲いかかる。そいつに向かって、オレは剣を投げた。すると剣は虫の体にスコーンと刺さる。おおっ、すごい切れ味だな! そこへシャガクシャが雷を落とすと、姉ちゃんの剣が雷を弾いて大爆発を起こした。それに巻き込まれて、オレの体も吹き飛ばされる。おい、シャガクシャ……

 

「なにやってんだ、おまえはよー!」

「なにーっ、せっかく助けてやったのによ!」

 

「あ……あの、ありがとう、蒼月……誰に話しているんです?」

「ええ? いや なに、その!」

 

 ああ、そっか。フツーの人にシャガクシャは見えないんだ。

 

「あんな恐ろしい妖怪を倒すなんて……あなたは仙人様なんでしょう?」

「ちょっ、ちょっと待った、ちがうよっ!」

 

「よろしかったら家にいらしてくださいませんか! 粗末な家ですが、お礼させてください」

「いや、ちょっと……」

 

 そのままズルズルと引き摺られて、ジエメイさんの家まで案内される。どうやらジエメイさんの家は、城門の外にあるらしい。家に着くとジエメイさんは母親に叱られた。最近は城壁の近くにも妖怪が多く出るとか。その原因は「白面の者」が、また現れたからと噂されていた。

 その夜、ジエメイさんから兄様の話を聞く。ジエメイさんの兄様は「強い剣の鍛え方」の修行に行っていて、今日戻ってくる予定らしい。そうして戻ってきた兄様は、さっそく父親と神剣造りを始めた。だけど夜が明けて顔を出したジエメイさんの父親と兄様は、暗い顔をしている。

 

「父様! 兄様!! 神剣は出来上がったのですか?」

「だめだ……どうしてもヒビが入る……! 死山の優れた鉄を苦心して得たのに……それがどうしても一つに溶け、まとまってくれぬ!」

 

「父上、一つ……方法があります」

「なに!?」

 

「私は遠く呉の国まで行って、剣の鍛法を学んできました。その中で暗黒の術となるものも耳にしました……」

「そ、それはなんだギリョウ! 教えるのだ!」

 

「今まで黙っており、申し訳ありません……」

 

 

――呉王闔閭(こうりょ)の頃、干将という造剣の名工がおりました。

――彼は王から名剣を鍛えよとの命を受け、五山の金属を集め、剣を造ろうとした。

――だが三年かかっても、金鉄は炉の火に溶けようとしなかった。

 

――そこで彼は、

――妻の莫邪と共に自らも髪を切り、爪を切って炉に投げ入れた。

――そして三百人の者にふいごを吹かせ、炭も燃やして、ようやく金鉄を溶かし、

 

――<干将><莫邪>の名剣を造る事ができたのです。

 

 

「そ、そうか……そうか! ははは! でかしたぞギリョウ!! これで金属を、しっかり一つにできるんだ! ――コウシ、コウシ!」

「はい」

 

 コウシというのは、ジエメイさんの母親の名前だ。

 

「母様……そんな綺麗な髪なのに……」

「ジエメイ……母は造剣の名工の妻なのです。夫の仕事のためには惜しいものなどありません」

 

 ギリョウさんが黙っていた理由が、少し分かった気がする。うれしそうに笑うおじさんを見て、オレは少し怖いと思った……それから4日間、おじさんとギリョウさんは休むことなく鉄槌を振るう。そうして神剣を打ち上げた。次の奉上の日に、それを王の下へ持って行くという。

 

 

 神剣を王に捧げる日になった。謁見の間に、各地の「剣造り」が集まる。特例として剣造りの弟子を含む身内も、宮内に入る事が許された。当然、謁見の間の両脇に、大勢の兵士が控えている。おじさんとおばさん、ジエメイさんとギリョウさんと一緒に、オレも付いてきていた。

 

「よくぞ参上した、造剣の忠民達よ。今日はその忠心に応えて、寛大なる我が君が目通りを許される。知っての通り、ここで神剣を選ばれた者は、神職としての高位を許される」

「神剣をもて……妖を倒す……白面の者を……」

 

「心しろ!」

「ははーっ!」

 

 みんなに合わせて、オレも平伏する。そこで壇上の隅に控えていた女官に異変が起こった。女官の1人がガタガタと体を震わせる。それは内側から叩かれているかのようだった。すると隣の女官もガタガタと震え始める。さらに隣の女官も、さらにさらに隣の女官も……そしてガタガタと震える女官の口から、獣の尾が飛び出した。

 

『王よ、これはおまえが招いたことよ』

 

 女官の体を引き摺ったまま、獣の尾が一つ所に集う。尾の数は九つ。異様な光景の中、平然と立っていた一人の女官の下に集った。その女官の顔がグニャリと歪み、白き面を形作る。女の顔から、獣の顔が生えた。女官は人の形を捨てて、巨大な獣の姿を現す。九つの尾に、白き面の大化生――白面の者だ。

 

「ひるむなあ!! いかな大妖怪でも、これだけの人数でかかれば倒せるぞ! 武人の誇りを見せるのだ!」

「白面の者だあ! 今こそ我等の神剣の威を示す時だぞ! 逃げてはならん!」

 

「おお、その通りじゃ!」

「は……ははは、どうだ白面! これだけの神剣を相手に勝てるものかあ!」

 

『哀れよなあ~、国王よ。くだらぬ兵とつまらぬ剣を掻き集めて、何と戦うつもりだったのだ?』

 

――この白面の者と、か?

 

 白面の者が、あざわらった。九つの尾が乱れ舞う。白い尾は鋭利な刃物のように、人々の体を切り裂いた。体が千切れ、首が飛ぶ。それらは尾の起こした強風に巻き上げられて、ベチャベチャと水っぽい音を立てて床に落ちた。ごっそりと人が消えて、一面が血にぬれた死体の山に変わる。

 

「ええい、皆! 己の神剣を信じるのだ!」

「いざあああ!」

 

「お……おじさんやめろオオオ!!」

 

 残った人々と共に、剣を持っておじさんが駆け出す。それはおばさんの髪を炉に入れ、ギリュウさんと一緒に数日かけて鍛えた剣だ。それは単なる剣ではなく、神剣と呼べるほどの輝きを有している……その剣が砕け散った。おじさんの体から血が噴き出る。そんな……おじさんが、死んだ?

 

『人間どもよ……恐怖に叫び……狂え。それが我が喜びなれば――』

 

 白面の口に、ボッと火が灯った。あれは……なんだ……?

 

「バカヤロウッ、ボケっとしてんな! あれにやられたら人間なんぞ骨も残らねえ!!」

「シャガクシャ! そうだ……」

 

 ここに居るのはオレだけじゃない。オレは後ろへ振り向いて――跳んだ。両手を広げて、ジエメイさんとギリョウさんを押し倒す……だけど、おばさんの服を掴んだ手は、外れた。布の感触が、手から擦り抜けて行く。オレはサァーと血の気が引いた。その頭上を熱気が通りすぎ、白面の口から放たれた灼熱が、おばさんを飲み込んだ。

 

「うわあああああ!!」

 

 おばさんの腰から下が焼け残り、床にドサリと倒れる。腰から下だけが……

 

「くっそおおお!」

「バカ、うしおやめろ!」

 

 オレは姉ちゃんの剣を抜く。抜いて、白面の顔を見た。白面の、目を見た……その瞬間から動けなくなる。姉ちゃんの剣を持つ手が、足が、体が震える。歯がカタカタと音を鳴らしていた。白面が恐い。恐くてたまらない。意識がバラバラになる。ダメだ、オレは、ここで死ぬ。

 

『子供、白面の者に立ち向かうかよ……ならば我は覚えておこう』

 

 

――おまえの断末魔の後悔と苦しみをな!

 

 

 白面が火を吹く。炎の輝きが視界を占めた。姉ちゃんの剣は、オレに応えてくれない。だけどシャガクシャがオレを助けてくれた。シャガクシャの吐いた火が、白面の火と激突する。炎は謁見の間に立ち昇り、天井を突き破った。オレはシャガクシャに掴まって、屋根の上へ出る。

 

「おのれぇ白面。わしを歯牙にもかけやがらねぇ」

「なんにもできなかった……くそう……くそおお……」

 

 都市を囲む城壁が、地獄の釜になった。白面が火を吐くたびに人々の悲鳴が上がる。逃げ惑う人々が炎に焼かれていった。それから半時間も待たずに、都市は消滅する。城壁は熱で溶け崩れ、建物は燃え尽きて、黒焦げの死体が隙間なく転がっていた。生物の焼けた臭いを嗅いで、オレは頭がおかしくなりそうだった。

 

 

 ジエメイさんとギリョウさんは生きていた。ギリョウさんは気絶したジエメイさんを抱え、おじさんとおばさんの遺体を並べていた。都市から離れた位置にあった家へ、オレ達は戻る。家は無事だった。ジエメイさんを布団に寝かせ、オレは夜空の下へ出る。すると、ゴンッゴンッと物を叩く音が聞こえた。

 

「ギリョウ……さん?」

 

 剣造りに使う小屋の方から聞こえていた。中を覗くと、ギリョウさんが拳を石に打ちつけている。何度も、何度も叩いたのか、ギリョウさんの拳から血が出ていた。あんな事をしたら手が壊れてしまう。オレは慌ててギリョウさんを止めた。だけどギリョウさんは、オレは突き飛ばす。

 

「あれだけ父が魂を込めた神剣が、何の役にも立たなかったんだ! 何の役にも!! 今さらオレのこんな腕が残っていて、どうなると言うのだあ!!」

 

 ギリョウさんの拳と石の間に、オレは手を差し込んだ。手が潰されて痛ぇ……

 

「蒼月……」

「終わりじゃないよ、ギリョウさん。負けないでくれよ……あきらめちゃくやしいよ……役に立たんかも知れないけど、オレも手伝うからさ……」

 

「だ、だめなんだ……蒼月……あの神剣が折れたら、あとは……もう、あとは……あの方法しか残っていないんだよ……」

「あの方法って……?」

 

「もう一つ、あるんだよ……剛い、剣を、造る……暗黒の邪法が……」

 

 

――今から百年もの昔。

――天帝の命により大鐘を造れと命ぜられた鐘造りの名工が、

――その奥義の術を尽くして鋳造にあたったが、

 

――あるものは欠け落ち、あるものはひび割れ、

――上手くいったかと思えば音悪く、十打たぬうちに砕けた。

 

 

「決心した鐘師は……何をしたと思う……?」

 

 

――人身御供さ……、

――その男は神の力によって大鐘を造るために、

――己が娘を神の供物として、炉の中に捧げたのさ。

 

――そうして乙女の体を内に秘めて出来上がった鐘は傷一つなく、

――光を受けて七色に輝き、万里に澄んだ音色を響かせたという。

 

 

「そ、そんな……」

「だから師匠は、この話の後に言った――鬼畜の業だ。造剣の匠は魔物にまでなってはいけないと……あたりまえだ……そんな事が……そんな事ができるか! 父も……母も死んでしまった今では……ジエメイがオレの全てだ。ジエメイまで亡くすくらいなら、やめて逃げたほうがいい……!」

 

 

「――お兄様」

 

 

「ジッ……!?」

「よい剣を……つくってくださいましね」

 

 ジエメイさんが炉の上に立っていた。煮えたぎる炉の上に……

 

「ジ、ジエメイ……な、なにを言ってるのだ? そんな所に立つと熱いだろ……さ、こっちへ降りろ……」

「次にあの白面の者を倒し得る神剣を打てるのは、兄様だけです。母様があの時、父様に言われて髪を炉に捧げたように……今度は私の番なのですね」

 

「よいのだジエメイ! もうよい!! 父も母も亡くなった。この上おまえまで亡くして……兄はどうすればよいのだ!! 耐えられぬ! 耐えられぬぞ!! 逃げよう!

2人で白面のいない遠くへ逃げよう!! そして……そこで普通に暮らそう! どうか……どうかおまえだけでも……!!」

「やめろ……ジエメイさん……これ以上! 白面の者のせいで誰も死ななくったって! いいじゃないかよーっ!!」

 

――でも、ジエメイさんは、そんなギリョウさんとオレを見つめ、

――少し困った顔をしたあと、

 

 

――笑ったんだ

 

 

「ジエメイーっ!!」

 

 オレはジエメイさんに手を伸ばす。炉に身を投げたジエメイさんに手を伸ばした……ダメだ、足りない。このままじゃ届かないかも知れない。かも知れないじゃなくて、届かないとダメなんだ。死ぬ――いや、死なせるものかよ! 熱いからって、痛いからって、なんだってんだ!!

 オレは炉を蹴って――跳んだ。ジエメイさんに体を打つける。だけどジエメイさんを炉の外に押し出す事はできなくて……オレの体はジエメイさんと共に炉へ落ちた。オレはジエメイさんを抱き締め、少しでも熱から守ろうとする。こんな事をしても無駄かも知れない。だけどオレは夢中だった。

 

「たわけええええ!!」

 

 ズドンッ!

 

 シャガクシャの怒鳴り声が聞こえる。そして、すぐ側で轟音が……体が死ぬほど痛い。どうなったんだ? 痛みで感覚が分からない。なにも見えない。ジエメイさんは無事なのか? 声が出ない。息ができない。喉に何か詰まっているような。苦しい……だれか教えてくれ。シャガクシャ……ギリョウさん……、

 

 

――オレの手は届いたのか?




▼『ぜんとりっくす』さんの感想を受けて、誤字に気付いたので修正しました。
 その音にオレは魂は揺さぶられる→その音にオレは魂を揺さぶられる。

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