【完結】(白面)ノ 剣【神様転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
『白面の剣』は裏切り者で、
姉ちゃんは人間モドキで、
姉ちゃんとの接触に成功しました。


ここから日本縦断の長い旅が始まる!

 目的地は北海道旭川のカムイコタンだ。姉ちゃんのお母様は「そこに貴方の母親について教えてくれる者がいる」と言った。飛行機に乗れば、今日中に目的地へ着けるだろう。だけど、姉ちゃんと一緒に搭乗ロビーで飛行機を待っていると、警察官に声をかけられた。

 

「蒼月潮と麻子だな。羽生礼子失踪の重要参考人として任意同行を求める」

 

 無用心だった。状況を甘く見ていた。オレと姉ちゃんは、すぐに飛行場から逃げ出す。獣の槍は荷物として預けたままだ。だけど、呼べば飛んでくる事は分かっている。そうして槍はオレの手に戻ってきた。ただし、飛行場の窓ガラスを打ち破って……あちゃー。姉ちゃんの剣も同じだ。顔を隠す必要を感じて、姉ちゃんと共にフード付きのコートを買う。

 

「まずは東京から脱出しないと……」

「だっ、大丈夫だよ? おっ、お金はあるから」

 

 姉ちゃんが持っている銀行のカードが命綱だ。バスに乗ったものの、警察に検問を張られていたので、窓を開けて飛び降りる。パトカーが追ってきたので槍の力を借り、屋根に飛び乗って逃げ切った。だけど安心したオレ達の前に、僧衣を着た男が立ち塞がる。警察を振り切ったと思ったら、次は光覇明宗の追っ手か?

 

「オレは凶羅、槍をくれ。そしてついでに、そっちの妖怪の魂も」

 

 るんっ

 

 次の瞬間、空気が弾けた。剣を抜いた姉ちゃんと、巨躯の僧侶が交わる。そして僧侶の持っていた錫杖が切断された。姉ちゃんが剣を振り下ろし、それを僧侶は避ける……オレは反応すらできなかった。こんな様じゃいけない。オレも獣の槍の力を行使して、戦闘状態に入る。

 

「法杖がっ! それに……はやい!!」

「あっ、貴方は殺してもいい人間?」

 

「姉ちゃん、ダメだ!」

 

 このままだと姉ちゃんが、また誤って人を殺してしまう。オレは姉ちゃんの代わりに、僧侶の前に立った。すると僧侶は短い棒状の独鈷(どっこ)を、オレと姉ちゃんの周りに突き刺す。なにをするのかと思ったら「かっ!」という僧侶の気合いと共に、体を締め付けられた。これは光覇明宗の総本山で姉ちゃんが受けた……!

 

「オレの法力をくらえい!」

 

 るんっ

 

 オレの不安は呪縛と共に、姉ちゃんの剣で斬り払われた。あっさりと姉ちゃんは、法力による拘束を排除する。そんな姉ちゃんが、動揺しているオレよりも早く動けるのは当然だ。姉ちゃんはオレの横を通りすぎて、僧侶に向けて剣を振った。その刃の先が掠り、僧侶の右腕に浅い傷が付く。姉ちゃんが人を殺さなくて一安心したオレだったけれど……

 

 

 ボッ!!

 

 

「ぐおおっ!!」

 

 僧侶の右腕が爆発した。肉が抉れ、大きな穴が空いている。その傷口を見て、ゾクリと寒気が走った。羽生さんの時は胴体に剣が入って、全身が爆散している。ちょっと掠っただけでも、あんな風になるのか……あれ? オレって、よく今まで無事だったな。

 

「このオレが手も足も出んとはな……おまえ、何者だ……?」

「あっ、蒼月麻子だよ?」

 

「オレを殺せ……バケモノめ……殺さないと後悔するぞ」

「うっ、うん……」

 

「待った、姉ちゃん! 殺しちゃダメだ!」

「そっ、そうなの……? うしおが、そう言うのなら……」

 

「オレは……あきらめんぞ……」

「じゃあ、その時はオレだけを狙えよ。間違っても姉ちゃんに、人を殺めてほしくないんだ。ついでに、おまえにも死んでほしくない」

 

 とりあえず救急車を呼んでやろう。そう思っていると、いいタイミングでパトカーがやってきた。オレは重傷の僧侶を警察に任せて、姉ちゃんと共に逃げ出す。その後、どこかのホテルに泊まろうと思ったけれど……明らかに未成年なオレ達は怪しまれた。警察の巡回に引っかかる恐れがあるため、野宿するしかない。

 この野宿という問題は、これらも続くだろう。飛行機がダメになったから、電車に乗って北海道へ行こうと思っていた。だけど電車も夜になれば止まる。北海道に着くまで野宿しなければならない。オレ一人ならば野宿でも良かったけれど、姉ちゃんも一緒だ。なにか野宿しなくてもいい方法はないのか……?

 

「あっ、あのね。フェリーなんてどうかな?」

「そうか、フェリーだ!」

 

 電話ボックスに置いてある電話帳で調べ、出航時間を尋ねる。出発は明日の夕方か、もしくは今日の真夜中になるそうだ。オレと姉ちゃんはシャガクシャに乗って、なるべく人気のない森の上を通り、東京へ戻った。まさか東京から脱出したオレ達が、また東京に戻っているとは思うまい。

 なんとか出発時間までに乗り場について、フェリーに乗り込んだ。真夜中にフェリーは出航する。フェリーの行き先は当然、北海道だ。次の夜には北海道へ着くだろう。眠くて仕方なかったので、オレと姉ちゃんは一緒に寝る。翌朝になるとレストランで朝食を食べた。ラウンジにあるテレビで朝のニュース番組を見ていると、飛行機墜落のニュースが流れる。

 

「わっ、わたしとうしおが、乗る予定だった飛行機だね?」

「RBA札幌行き768便……ほんとだ」

 

 捨てずに持っていたチケットを見比べると、間違いなかった。昨日、オレ達が乗るはずだった飛行機は墜落している……偶然なのか? まさかオレと姉ちゃんが乗っていると思って、飛行機を墜落させたとか……誰が? 警察や光覇明宗が、そんな事はしないだろう。気になったオレはニュースに耳を傾けた。

 

「戦闘機のパイロットだった厚沢二慰は、一ヶ月前に墜落した飛行機の機長だった檜山さんと親しく、今回も檜山さんの娘である勇さんと同伴していたそうです」

「厚沢二慰が無理心中を計った恐れも……」

 

 1ヶ月前にも飛行機墜落事故は起きていたらしい。その事件では自衛隊の戦闘機が飛行機に異常接近して、墜落したと推測されていた。その戦闘機に乗っていたパイロットが、今回の飛行機にも乗っていた。パイロットは操縦席を乗っ取って、今回の飛行機を墜落させたとされている。その証拠としてパイロットは「怪物に襲撃されている」と言って錯乱していたという。結果、100人近い乗客が道連れとなった。

 

「じっ、じつは空飛ぶ妖怪に襲われて、墜落したとか?」 

「そんな妖怪いるのか? おーい、シャガクシャーって……」

 

「ほー、自分以外の力で動くのって初めてだぜー。景色がたいらに滑っていくぞー」

「……あれが大妖怪ねー」

 

「あっ、あのね。衾(ふすま)じゃないかな?」

「姉ちゃん、知ってるのか?」

 

「ひっ、飛行機を抱え込むほど大きな妖怪で、いつもは空を飛んでるんだって」

「へー。じゃあ、もしもその衾(ふすま)って妖怪の仕業だったら、これからも被害は出るのか」

 

「うっ、うん。でも退治するのは難しいと思うよ? 同じルートの飛行機に乗っても、必ず襲われるとは限らないから……」

 

 墜落した飛行機にオレ達が乗っていれば、墜落を防げたかも知れない。そう考えると残念に思った。朝のニュース番組は、すでに次の話題へ移っている。オレが住んでいた町の名前が表示されていた。商業地区で広範囲に渡って、無差別殺人事件が起こったらしい。学校の奴等は大丈夫か?

 

『被害者は__区の____さん、__区の____さん、__区の井上真由子さん』

 

 驚いたオレは、思わず声を上げる。井上真由子、オレの知り合いだ。死んだ? ウソだろ? いったい何があったんだ? ニュースによると、工事現場の作業員からデパートへ買い物に来ていた中学生まで、多くの人が殺されたらしい。遺体はバラバラで、一部が見つかっていなかった。犯人も捕まっていない。

 

「うそだろ……」

 

 不可解な事件だった。もしかすると、これも化物の仕業なのかも知れない。知り合いの死に、オレの気分は落ち込んだ。それと共に、姉ちゃんを助けるために光覇明宗と敵対した事や、気絶していたオヤジに別れを告げた事を思いだす……オレの帰る場所が失われて行くように感じた。

 

「よォ、知り合いの名前でもあったのか?」

 

 見知らぬ人から声がかかる。それは革製のジャンパーを羽織った若い兄ちゃんだった。話しかけてきた兄ちゃんは、オレの隣の席に座る。そしてオレの方をジィーと見た。オレは何とも思わなかったけど、姉ちゃんは怖かったらしい。オレを盾にするような形で、姉ちゃんは隠れた。

 

「オレの知り合いが、事件に巻き込まれて死んじゃってさ……まいったよ」

「そいつァ、災難だったな。同級生かなにかだったのか?」

 

「うん、あたり。つい最近まで学校で顔会わせてたのによぅ……」

「うっ、うしお?」

 

 言葉にすると、涙が止まらなくなった。死んだなんて信じられない。そんなオレを見た姉ちゃんは、オロオロと慌てていた。隣の兄ちゃんはポケットティッシュを差し出してくれる。その兄ちゃんに付き添われて、オレはラウンジから出た。その後を姉ちゃんが付いてくる。

 

「あんがとよ、兄ちゃん」

「秋葉流だ。おまえは?」

 

「蒼月うしお。こっちは姉ちゃんの麻子」

「ずいぶんと小さい姉ちゃんだな?」

 

 それはオレも思っていた。とても歳上には見えない。姉ちゃんがマテリアとかホムンクルスとか、よく分からない物を元に作られた影響かも知れない。その後、兄ちゃんとオレは言葉を交わす。フェリーは何事もなく進んで、時間が過ぎて行った。だけど夜になって急に天気が変わり始める。空を黒い雲が覆って、ビュウビュウと強い風が吹き始めた。

 

「うっ、うしお。来るよ、大きいのが」

「どうしたんだ、姉ちゃん?」

「ニブイな、おめえはよ。うしお……」

 

 姉ちゃんもシャガクシャも様子が変だ。嵐を不安に思っているのかも知れない。そう思った時、ドォンと船が大きく揺れた。何かに打つかったような衝撃だ。窓の外を見ると暗闇の中で、巨大な何かが動いている。窓に近付いて見ると、巨大な海蛇のようなモノが大きく口を開けて、フェリーを飲み込もうとしていた。船体は引き摺られているらしく、大きな口へ近付いて行く。

 

「うわあーっ! バケモノだー!」

「飲み込まれるぞー!」

 

「バケモノにしたって大きすぎだろー!?」

「ちっ、ちょっと結界斬ってくるね?」

「止めときな、ガキ。どうせ、もう間に合わにゃーよ」

 

 

 そうしてパクリと、オレ達の乗る船は飲み込まれた。

 

 

 バケモノに飲み込まれたフェリーは、肉で出来た大きな空洞の中を進んでいる。フェリーの明かりに照らされた肉の壁が、生々しくうごめいていた。進んでいると言っても、バケモノの腹の奥へ向かっている訳じゃない。船員たちは船首を入口へ向け、エンジンを動かしていた。だけど、いくら進んでも入ってきたはずの入口が見当たらない。大きな空洞が何所までも続いていた。

 

「あっ、あやかしだね。外にある領域を定める結界とは別に、内部にいる者の力を削ぐ結界があるの。早く仕留めないと危ないかも」

「結界の中だから、いくら進んでも出口が見つからないのか。石食いの時みたいに、結界を切れないのか?」

 

「結界を構成するものが、あやかし本体だから……」

 

 オレと姉ちゃんは肉壁を、槍で刺したり剣で斬ったりしてみる。だけど、油でヌルヌルしている肉壁は滑った。刺さったと思ったら、グニャリと肉壁が変形したに過ぎない。おまけに肉壁から妖が生え、反撃を始めた。姉ちゃんは自力で飛び、オレはシャガクシャに乗って飛び、妖の迎撃に追われる。これじゃ船を守るだけで精一杯だ!

 

「坎(かんっ)!」

 

 気合いの声と共に、フェリーが光に覆われる。あれは法力じゃないか? 甲板に立つ人が見える。それは錫杖を持った流兄ちゃんだった。光の壁は結界らしく、妖の侵入を防いでいる。とりあえずフェリーは安全らしい。オレは迎撃を姉ちゃんとシャガクシャに任せて、流兄ちゃんの下に近付いた。

 

「よォ、蒼月。元気にやってるみたいだな」

「流兄ちゃん! これって兄ちゃんが?」

 

「まぁな。だが、これだけ大規模な結界となると一人じゃキツいぜ」

「姉ちゃんが言ってたんだけど……このあやかしの内部にいると力を削がれるんだ」

 

「へぇ、そうなると長くは結界を張っていられない訳か。おまえは如何したい、蒼月?」

「どうにかして、あやかしの結界を破って、早く脱出しなくちゃ……」

 

「うっ、うしお! たっ、たいへん! シュムナがいる!」

 

 姉ちゃんの慌てる声に見上げる。すると、服の溶けた姉ちゃんが上空を逃げ回っていた。いつも着ている黒い着物が、なぜか溶けている。腕の袖(そで)や脚の裾(すそ)の部分が溶けて、肌が露わになっていた。そんな姉ちゃんを追い回しているのは霧だ。白い霧が意思を持ち、空飛ぶ姉ちゃんを追い回していた。よく見ると霧に、人の顔が浮かび上がっている……あの白い霧は妖怪だ!

 

『ひひひ。だめだよーう。おまえは~、食われるよ~』

 

「シュムナ……?」

「あやかしにシュムナ、それに長飛丸か。どいつもこいつも800年以上生きている大妖怪だろ? まるで怪獣決戦だな」

 

「兄ちゃん、知ってるのか?」

「シュムナは霧の妖怪で、その霧は万物を溶かす。切っても切れず、突いても突けず、苦手なものは火だって話だぜ?」

 

 シャガクシャ口から火を吹いて、霧の妖怪を追い払っていた。だけど火が治まれば元通りだ。ダメージを受けている様子はない。苦手というだけで、滅殺に繋がる弱点ではないらしい。それじゃ無敵じゃないか。霧の妖怪は結界に接触して、ミシミシと音を鳴らした。このままじゃ結界が破られちまう!

 

「蒼月ィ! 悪いが、もう限界だ!」

 

 あの霧の妖怪に侵入されると大変な事になる。オレは姉ちゃんのように空を飛べないけれど、シャガクシャを呼び戻している時間はない。だからオレは手に持つ獣の槍を、霧の妖怪に向かって投げた。だけど槍は霧を素通りして……そのまま霧に捕まる。こりゃいかん。オレは槍を呼ぶけれど戻ってこなかった。

 

「バーカ! なにやってんだよ、うしおー!」

「う、うるせー! しかたねーだろ!」

 

 再びシャガクシャが火を吹く。おかげで霧の妖怪は槍を手放し、オレの手に戻ってきた。だけど、そんなアホな事をやっている間に結界が消える。オレや兄ちゃんを包み込むように霧が迫ってきた。化物から逃れようと必死で船を動かしている船員を食われれば、このフェリーは制御不能になる。どうする? どうすればいい!?

 

『……まさか赤い布で封じた上に、あの井戸に沈めても復活するなんて』

 

 ふと 斗和子さんの言葉が思い浮かんだ。あの時、姉ちゃんのお母様は、赤い布を槍に巻いた上で井戸へ沈めた。その赤い布に似たものが、今も槍の柄に巻き付いている。これは槍を初めて見た時から巻き付いていた布だ。これは槍の力を封じているのかも知れない。もしかすると――これを解けば槍の力が強くなるかも知れない。その希望にオレは、すがった。

 

 ブチィ

 

 槍に巻き付いている赤い布を、手で引き千切る。半分ほど残してみようなんて、甘い事は言ってられない。思い切って、すべて引き千切った。すると槍が震え、唸り始める。それが喜んでいるようにオレは聞こえた。もしくは泣き叫ぶように、あるいは怒りのあまり声を上げるかのように……!

 

 

 キィィィィィィ!!

 

 

『ひいいい! 獣の槍ィィィ!!』

 

 獣の槍が発光する。オレの手を離れ、槍が勝手に飛び立った。巻き起こった旋風が、周囲の霧を掻き散らす。そのまま槍は、空洞の奥へ飛んで行った。そして何が起こったのか分からないけれど、遠くからバケモノの悲鳴が聞こえる。するとシャガクシャが雷を放った。少し前まで阻まれていたシャガクシャの雷は、あやかしの肉壁を破壊する。結界が消えたんだ。

 獣の槍が戻ってくる。オレの手に戻ってきた。これまでの槍と比べて軽い。今までの槍とは別物だ。だけど槍から流れ込む意思が、オレの魂を侵していく。やっぱり封印らしい赤い布を全部引き千切ったのは、やりすぎだったのかも知れない。とりあえず、片手に残っていた赤い布を巻いてみた……おっ、いいかも。

 

 るんっ

 

 空飛ぶ姉ちゃんが、肉壁を一直線に斬り裂いていく。反対側もシャガクシャが切り開いていった。あやかしの肉壁が開いて、嵐の空が見える。空を黒い雲が覆って、ビュウビュウと強い風が吹いていた。そんな空に向かって姉ちゃんが、白い剣を投げる。すると、パリィィィンと空が割れて崩壊した。偽りの空が剥がれ落ち、星空の瞬く晴れた空が姿を現す。あれが姉ちゃんの言っていた『外にある領域を定める結界』だったのだろう。

 

『ひ~、ひ~、このシュムナ。この程度で滅ぼされるものか~』

「はいはい、おつかれさんっと――坎(かんっ)!」

 

『んあ……?』

「かっ!」

 

 霧の妖怪は、まだ生きていた。霧が寄り集まり、形を成す。だけど姿を見せた瞬間に、兄ちゃんの結界に閉じ込められた。その結界が気合いの声と共に小さくなる。霧の妖怪は小さく圧し潰されて、手の平サイズになった。それに兄ちゃんは法力を叩き込む。結界の中は光に満ちた……やったか!?

 

「ちぃ! これだけじゃダメそうだ。蒼月、もう1回頼むぜ!」

「えぇ!?」

 

 オレは慌てて赤い布の封印を解く。つまり、また引き千切った……今度こそ、赤い布は使い物にならなくなる。封印が解けて全開状態の槍を、オレは結界に叩き付けた。光が弾けて、中身が消える。どこにも霧は見当たらない。今度こそ、霧の妖怪に止めを刺せただろう。

 

『ひー、ひー、こわいよ~う』

 

 ……どこからか声が聞こえる。だけど、その声は遠退いて行った。とりあえず危機は去ったようだ。あやかしの巨体が崩壊し、空へ光が飛んで行く。それは人魂だった。あやかしに囚われていた魂たちが解放されて行く。終わったのか……そう思うと疲れが出る。同じく疲れ果てた兄ちゃんと背中を合わせて、オレは座り込んだ。兄ちゃんの背中が、熱くて心地いい——。

 

 

 

「うっ、うしお! その船から離れて!」

 

 終わったと思っていた。だけど違った。オレと兄ちゃんはフェリーに、ズブリと沈む……なんだ、これ? 下を見ると、目玉があった。目玉の妖怪が床一面に敷き詰まっている。その目が目が目が目が目が目が、たくさんの目が、オレを見ていた。なんて気持ち悪い。

 

『人間め~! くだらぬ事を~! だが蒼月と槍は逃がさぬ!』

『このまま我らの腹で締め付けながら、船ごと海に沈めてくれるわ!』

 

――るんっ、と姉ちゃんの剣が鳴いた。

 

 姉ちゃんに斬り出され、シャガクシャに引っ張られた。飛び上がるオレ達を、ゾワゾワと盛り上がる目玉の大群が追ってくる。だけど目玉は、姉ちゃんに切り刻まれて崩れ落ちた。さっきまでオレ達の乗っていたフェリーが、隙間なく目玉に覆われている。水飛沫を上げて、沈んで行く。あれには、まだ他の乗客が乗っている。助けないと……!

 

「ぐうううっ!?」

 

 だけど痛みに襲われた。獣の槍は、オレの魂を食らう。これは全開状態の槍を行使した反動だ。意識が遠くなる中、フェリーに手を伸ばす。だけど、フェリーは遠すぎて届かなかった……違う。遠いのはオレの体だ。オレの体が遠くにあるからフェリーに届かない。オレの手は届かなくて、フェリーは乗客を乗せたまま沈んで行く。姉ちゃん、シャガクシャ、兄ちゃん……ああ、聞こえないのか。目の前が暗い……。

 

「だれかー!」

「助けてくれー!」

「きゃあああ!」

「死にたくないよー!」

「こわいよー!」

「いやだー!」

 

 みんなの悲鳴が聞こえる。オレの救えなかった人達が死んでいく。冷たい夜の海に沈んで行った……寒い。歯がカチカチと震える。『蒼月と槍は逃がさぬ』と目玉は言っていた。あいつらの狙いは、オレと獣の槍だったんだ……オレのせいだ。オレがフェリーに乗ったから……

 

 

 ごめん。

 




▼『セリア』さんの感想を受けて、「婢妖の出番がなかった件」に気付いたので724文字を追記しました……『セリア』さんのせいで恐ろしい事に気付いてしまったのです。
 フェリーが無事だった→婢妖に乗っ取られてフェリーが沈んだ \(^o^)/オワタ

▼『ぜんとりっくす』さんの感想を受けて、誤字に気付いたので修正しました。
 おかげで霧の妖怪は槍は手放し→おかげで霧の妖怪は槍を手放し


【おまけ】
(問6)赤い布の力を知る原因となった人物は誰でしょう?

選択A、湖の神サンタピラカムイ
「潮殿のもつ槍には、強力な封印がされておる」
「その封印を切れば、槍はさらに力を示す」
「封印とはその赤い布!」

選択B、斗和子さん
「……まさか赤い布で封じた上に、あの井戸に沈めても復活するなんて」

選択C、武藤カズキ
「斗貴子さんのバルキリー・スカートは、俊敏正確に動く四本のロボットアーム」
「俺のランスは、戦う意思に呼応してエネルギー化するこの飾り布」
「これが俺の武装錬金の特性!」


(答6)選択A、湖の神サンタピラカムイ
「潮殿のもつ槍には、強力な封印がされておる」
「その封印を切れば、槍はさらに力を示す」
「封印とはその赤い布!」

「だが、その槍を長時間操るとお主の魂は……」

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