【完結】(白面)ノ 剣【神様転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
姉ちゃんはシャガクシャを餌付けし、
蒼月潮の父親と会って、
人を殺しました。


光覇明宗は殺人の罪を裁く

 オレの肩にシャガクシャが乗り、手に獣の槍を持っている。もちろん獣の槍は見えないように布を巻いていた。カバンを持ち、クツを履いて、「行ってきます」という。するとオレを見送る姉ちゃんは「行ってらっしゃい……」といった。羽生さんを殺してしまった姉ちゃんの声は弱々しく、あの日から元気がない。

 学校へ登校すると、ヒソヒソと声が聞こえる。オレを見た学生が噂話をしていた。羽生さんが行方不明になった話だ。噂話によると「呪われている」と有名だった羽生さんの下にオレと姉ちゃんが妖怪退治へ行って、羽生さんが行方不明になった。「殺した」とは言われていないけれど、なにか後ろ暗い事があると思われている……それは間違っていない。

 石食いという化物を倒したとして有名になっていた名前は、悪名へ転じていた。前はオレへ親しげに声をかけていた人々が、今はオレから距離を置こうとしている。話しかけても、すぐに会話を打ち切って、オレから離れようとしていた。そういう風に逃げるような態度を向けられるのが辛い。そんなオレに、中村が声をかけた。

 

「どうしたのさ、蒼月」

「姉ちゃんが、事故で羽生さんを殺しちまったんだ……」

 

「そう……それって妖怪絡み?」

「羽生さんのオヤジさんが鬼だったんだ。それを姉ちゃんは斬ろうとして、羽生さんはオヤジさんの盾になった」

 

「そうなの……蒼月のお姉さんは大丈夫?」

「あの日から元気がない。こんな時に限ってオヤジは、また遠出してやがるし……」

 

「そうなんだ……じつはあたし礼子と知り合いだったんだけど、蒼月はお姉さんを如何したいの?」

「……どうって?」

 

「このまま礼子の命を奪った事を、無かった事にしたいの?」

 

 今、羽生さんは行方不明という事になっている。警察が行方を捜索していた。羽生さんの家に激しく争った跡、つまり鬼と戦った跡が残っているので、事件に巻き込まれたと思われている。学生の失踪で、家に激しく争った痕があり、さらに羽生さんは有名な羽生画伯の一人娘だ。そのニュースはテレビ番組で報道され、世間を騒がせていた。

 羽生さんの命を奪った事を、無かった事にはできない。もしも、それを隠し通して生きたとしても悔やみ続けるだろう。現に姉ちゃんは苦しんでいる。心の内に秘めて苦しむよりも、すべて話してしまった方がいい。もちろん姉ちゃんだけに背負わせるつもりはない。オレだって、あの場にいたんだ。

 

「うっし、中村サンキューな!」

「がんばってね、うしお」

 

 オレは家へ戻る。すると姉ちゃんはオレの顔を見て、パッと顔を明るくした。この反応にオレは驚く。昨日はオレが帰ってきても、こんなに姉ちゃんが元気になる事はなかった。昨日は元気のない表情で、帰ってきたオレを迎えていた。姉ちゃんも気持ちを切り替えるような事が、なにかあったのかも知れない。

 

「なにか良い事でもあったのか?」

「うっ、うしおが元気になったから、私も嬉しいの」

 

 その言葉に違和感を覚える。なんだろう。なにか、おかしい。ズレを感じた。それじゃ、まるで姉ちゃんが、人を殺した事を何とも思っていなかったかのような……いいや、羽生さんを殺してしまって元気のない姉ちゃんに、余計な不安をかけてしまった。姉ちゃんもオレの事を心配していたんだ。だけど、そんな姉ちゃんにオレは、辛い現実を突きつける。オレには2つの選択肢があった。

 

 

姉ちゃんに自首させる―――――――――――――――

 

――――――――――――――姉ちゃんに自首させない

 

 

→姉ちゃんに自首させる

 

 

「オレも一緒に行くから――姉ちゃん、自首しよう」

「うっ、うん……」

 

 あっさりと姉ちゃんは頷いた。姉ちゃんも、このままではダメだと思っていたに違いない。オレと姉ちゃんは、自首する準備を整える。獣の槍は置いて行こうかと思ったけれど、手放せばシャガクシャに食われる。姉ちゃんの白い刀も、羽生さんを殺害した凶器なので持って行くことにした。

 

「とりあえず近くの交番へ行こう。あそこの警察官なら見知った人だから」

「うっ、うん……」

 

 いきなり警察署へ行くよりも良いだろう。それに化物の話を信じてくれるか分からない。交番にいる知り合いの警察官なら、話くらい聞いてくれるはずだ。そういう訳で交番へ行ったオレは、姉ちゃんの代わりに警察官に事情を説明した。すると警察官は何処かへ電話をかける。

 

「迎えが来るから、1時間ほど待っててくれるかの」

 

 1時間とは、ずいぶんと長い。警察署からパトカーが来るとしても、そんなに時間はかからないはずだ。不思議に思って聞いてみたものの、返事は曖昧なものだった。行き先は言えないらしい。どういう事なのだろう? 緊張している状態で、一時間も待つのは辛かった。知り合いの警察官がアメを差し出してくれたので、ありがたくいただく。

 

「お待たせいたしました」

 

 そう言って現れたのはオヤジだった。黒い法衣を着ている。てっきり警察官が来ると思っていたオレは、オヤジが来たので驚いた。考えてみれば当たり前の話か。オレはオヤジに連絡する手段を持っていなかったけれど、知り合いの警察官は連絡先を知っていたらしい。保護者が呼ばれるのは当然だった。

 

「ついてきなさい」

 

 だけどオヤジの様子はおかしい。オレに何も聞かず、先導を始めた。車に乗って移動し、その次はヘリコプターに乗せられる。狭い機内をシャガクシャは嫌がって、ヘリコプターの外を飛んでいた。いったい何所へ行くんだ? ヘリコプターは山奥へ飛んで行く。やがて山や木々に囲まれた寺院が見え始めた。

 

「……あれ?」

 

 そこでオレは気付く、ヘリコプターの横を飛んでいたシャガクシャが居なくなっていた。ヘリコプターの後ろを見ると、離れて行くシャガクシャの姿が見える。シャガクシャは見えない壁に打つかったような格好をしていた。その見えない壁と格闘しているシャガクシャだったけれど、やがて距離が離れて小さくなる。

 シャガクシャは隙あらばオレを食おうとする。そのために、ずっとオレに張り付いていた。それなのに何やってんだ? もしかして本当に壁でもあるのか? オレから離れて好き勝手するんじゃないかと心配になる。だけどヘリコプターに乗っている俺は戻れなかった……あんな奴だけど、居ないと寂しくなるな。

 

「オヤジ、ここって何所だ?」

「光覇明宗の総本山だ」

 

 やっとオヤジが答えてくれた。光覇明宗は、うちの宗派だ。うちの寺も光覇明宗の所有する土地で、オレやオヤジの住んでいる住家も光覇明宗のものだ。オヤジが光覇明宗の僧侶だから、あの家にオレは住んでいられる。もしもオヤジが破門にされたら、あの家から出て行く事になるだろう。

 だけど、分からない。どうして自首した姉ちゃんとオレは警察署じゃなくて、光覇明宗の総本山へ連れて来られたんだ? 時間も、もうすぐ日が沈む頃だ。夕日に照らされた建物は、古風な木造建築だった。その敷地にあるアルミニウム製のヘリポートは場違いに思える。そう思っているとオヤジが口を開いた。

 

「これより羽生礼子の殺害に関する処分が言い渡される。私は関係者の親族に当たるため、関わる事はできない」

「待てよ、オヤジ。なんで警察じゃなくて、うちの宗教の本拠地なんだ?」

 

「うちの寺――宗門には2つの顔がある。一つは普通の宗教として仏の教えを衆生に広くひろめ魂の救いとすること……もう一つは世にある数多の妖怪たちを封じ、あるいは滅し、日本より外に出さず、ニラみを効かせることだ」

「……?」

 

「つまり、光覇明宗は妖に対する警察所でもあり、裁判所でもあるという事だ」

「そうだったのか……ちぇーっ、言ってくれたって良かったのによ」

 

「これは秘密の事よ。おまえがペラペラ話して、光覇明宗を俗な胡散臭いもんにする訳にはいかん」

 

 妖怪の犯した罪を裁くのが、光覇明宗なのか。姉ちゃんが命を奪ったのは羽生さんだけど、それには鬼が関わっている。普通の裁判所ならば姉ちゃんは殺人の罪を問われるけれど、妖怪の存在を考えに入れる裁判所ならば罪は軽減されるかも知れない。そんな風にオレは期待していた。

 オレと姉ちゃんはオヤジに連れられて、古風な建物の奥へ進む。そして大きな襖障子(ふすましょうじ)の前で足を止めた。関係者の親族に当たるオヤジは、ここから先へ進めないらしい。オレは当事者なので良いのだろう。

 

「武器の類いは、ここに置いて行け」

 

 オレは布で巻いた獣の槍を見る。オヤジは、これを槍だと知っているのか……まぁ、でかいし、そりゃあ見れば武器と思うか。シャガクシャは居ないし、槍を手放しても大丈夫だろう。なのでオレは獣の槍をオヤジに預けた。姉ちゃんも震える指先で、白い刀を置く。そうしてオレと姉ちゃんの準備が整うと、目の前の襖障子が開かれた。

 

 

 そこは大広間だった。オヤジと同じ、黒い法衣を着た人々が座っている。問題なのは。その人数だった。百を超える数の僧侶が、入ってきたオレと姉ちゃんを見る。オレは気圧され、姉ちゃんは「ひっ」と悲鳴を上げた。そんな僧侶たちの間に、空いた道がある。その奥には黒い法衣を着た僧侶たちとは対照的な、白い着物を着た女性がいた。

 

「先へ進みなさい」

 

 案内役の僧侶に促される。だけど姉ちゃんは、血の気が引いて固まっていた。どう見ても前へ進めそうにない。だからオレは姉ちゃんと手を繋ぐ。オレは初めて、姉ちゃんの肌に触れた。驚いた姉ちゃんは「ひゃ!?」と声を出して体を引く。それでもオレは、姉ちゃんの手を放さなかった。

 姉ちゃんは他人に触られる事を恐れる。あの剣(つるぎ)は姉ちゃんにとって、心を守るための刃だ。もしも他人に触られても、最悪でも斬ってしまえる。他人に傷付けられても、そいつを斬ってしまえる。その刃を剥ぎ取られた今、姉ちゃんの心は無防備だった。心を守るための手段がなかった。

 だったらオレが姉ちゃんの心を守る。歳上なのに姉ちゃんの手は、オレよりも小さかった。そんな姉ちゃんの手をオレは包む。手が離れないように、しっかりと握りしめる。そうして姉ちゃんの進む道を、オレが切り開くんだ。たくさんの僧侶に囲まれる中、オレは姉ちゃんの手を引いて、大広間の中心へやってきた。

 

「これより羽生礼子を死に至らしめた自称・蒼月麻子と蒼月潮の処分を言い渡す。一、蒼月麻子は滅殺処分とする。二、蒼月潮は光覇明宗にて指導処分とする」

 

 滅殺? オレの事は如何でもいい。それよりも姉ちゃんの処分に、オレは混乱を隠せなかった。理解が追いつけない。どうしてそうなったのか、さっぱり分からない。そう思っていると処分を言い渡した僧侶は、続けて詳しい内容を語った。オレが警察に話した事情も含まれて、やたら長い。纏めて言うと、次のような内容だった。

 

 

 一、蒼月麻子は滅殺処分とする。

 蒼月麻子は羽生礼子を死に至らしめた。これは羽生礼子に憑いた鬼を滅殺する過程で、蒼月麻子の過失によって損なわれたものである。本来であれば過失に至った事情は考慮されるものであるが、蒼月麻子は認可を得ないまま繰り返し妖(あやかし)退治を行っており、特別緊急の対処が必要な状況ではなかったにも関わらず、安易に鬼と接触して状況を悪化させたため、蒼月麻子は重大な過失を犯したものと推定される。

 

二、蒼月潮は光覇明宗にて指導処分とする。

 蒼月潮は蒼月麻子を補助し、羽生礼子を死に至らしめた。とは言え、蒼月潮は羽生礼子殺害の当日より数日前に初めて妖の存在を知り、やむをえぬ事情で『獣の槍』を使用していたものであり、鬼の滅殺に関わった理由も善意と推定されるため、その罪が特別重いものとは言えない。

 そも、蒼月潮は妖から自衛するために緊急の対処が必要な状況であった事は明らかであり、光覇明宗が妖に対処する組織である事を蒼月潮は父親である蒼月紫暮から知らされておらず、その後も独力で『獣の槍』から解放された妖に対処する必要があったため、『獣の槍』の無断使用は酌量(しゃくりょう)が認められるものである。

 また蒼月潮が『獣の槍』の占有を止め、光覇明宗に返還する事で、所有者の許可なく無断で使用した罪を軽減する。

 

 

 オレにとって重要なのは姉ちゃんが滅殺、つまり死刑になるという宣告だ。震える姉ちゃんの手が冷たい。こんな一方的な結末は認められなかった。オレは姉ちゃんと手を繋いだまま、ダンッと片足を立てて腰を浮かす。そうして抗議しようと思ったオレは、周囲の僧侶に取り押さえられた。

 

「待てよ! 姉ちゃんは羽生さんを助けようと必死だったんだ! 羽生さんを絵の中から助け出すために、助ける時間を稼ぐために、わざと姉ちゃんは鬼に捕まってたんだぞ! そんな姉ちゃんを殺そうとするなんて間違ってる!」

「その時は、そうだったのかも知れぬ。だが、その危機は蒼月麻子の軽率な行動によって引き起こされたものなのだ」

 

「だからって、姉ちゃんの命を奪ったって、なんにも生らないだろ……!」

「そも蒼月麻子は化物であり、人を殺めた化物を見逃す事などできぬ――『白面の剣』とあれば、なおさらのことだ」

 

「姉ちゃんが化物だなんて、訳の分かんねぇこと言ってんじゃねー!」

「まだ分からぬのか? アレは中村麻子という、お前の『姉』でもなければ、『人間』でもなく、『妖(あやかし)』でもない――何者かによって造られた人形だ」

 

 顔に火傷の痕がある僧侶が言う。その僧侶の言っている事が分からなかった。姉ちゃんが人形だって? 姉ちゃんはオレの腹違いの姉だ。オヤジが母ちゃんと出会う前に作った子供のはずだ。それが全て偽りとでも言うのか? 人間じゃないって言うのか? あの温もりが偽りだとでも言うのかよ……!

 オレは大広間の外へ引きずり出される。姉ちゃんはオレに背を向けたまま、大広間の中央に座り続けていた。まるで死を受け入れているかのように……だけどオレは、姉ちゃんの手が震えている事を知っている。たぶん姉ちゃんは、こうなるって分かってたんだ。オレは姉ちゃんの手を引っ張って、死刑場へ連れて行ってしまった。

 

「おんっ!」

 

 大広間の僧侶が、一斉に詠唱を始める。すると姉ちゃんの体がピンッと張り、ギリギリと締め付けられた。オレは僧侶を振り払って、大広間へ突っ込もうとする。だけど、大広間の入口に張られた何かに弾かれた。なんだ? なにかある? まるで羽生画伯の絵に触れなかった時のように……?

 

「姉ちゃん! すぐ助けるからな!」

 

 なんだか分からないけれど、獣の槍があればコレを切れるはずだ。大広間の外に控えていたオヤジを見る。オレはオヤジに槍を預けた。だけど槍は、オヤジの後ろに控える僧侶が持っている。長い数珠を巻き付けられていた。オヤジはシャラシャラと鳴る錫杖を持ち、オレを迎え撃つ体勢を取っている。

 

「自分の娘が殺されてもいいのかよ、オヤジィ!」

「光覇明宗、蒼月紫暮――参る」

 

 どいつもこいつも分からず屋が! わずか1秒だって時間が惜しい。あんなものに、姉ちゃんが何秒も耐え切れるなんて思えない。答えないオヤジに、オレは殴りかかった……その時、思ってもいなかった方向から加勢される。白い剣を抱えた僧侶のツルツルな頭から、ニョキっと髪の毛が生えた。髪をザワザワと伸ばし、数珠を巻いたままの白い剣を振り上げ、背後からオヤジに襲いかかる。

 

 メキョッ

 

「血迷ったかー!?」

 

 頭部を強打されたオヤジは、オレの目の前で地面に倒れた。オヤジに襲いかかった僧侶は続けて、獣の槍を持つ僧侶に襲いかかる。僧侶は槍を使って防ごうと思ったものの上手く行かず、裏切った僧侶によってノックアウトされた。裏切った僧侶は数珠を引き千切り、白い剣を抜いて――そして、あの音が鳴り響く。

 

 

 るぅぅぅん

 

 

 おぞましい音色が頭の中を掻き回し、チカチカと脳裏で光が瞬く。自分の体を自分のものでないように感じ、体に付いている分厚い肉を振り落としたくなる。ガリガリと肌を掻き、内側にある魂の解放を求め、爪が肌を傷付けるのも構わない。むしろ血肉を搔き出すために必要なことだった。

 

 ゴチン

 

 と頭を叩かれて、オレは正気に戻った。首を掻いていたのか、ヒリヒリと痛みを感じる。オレの頭を叩いたのは裏切った僧侶だ。左手に真っ白な剣を持ち、右手に獣の槍を持っている。その槍でオレの頭をペチペチと叩いていた。オレが正気に戻るまで待っていたらしい。

 

「だっ、だれだ……?」

「我等は『白面の剣』よ」

 

「白面の剣? たしか姉ちゃんの事を、そう呼んでいた奴がいた……」

「我等は『白面の剣』であり、汝の姉も『白面の剣』である。時間がない。先に行くぞ」

 

 そう言って裏切った僧侶は、姉ちゃんの剣と獣の槍を持って、大広間へ足を踏み入れる。大広間の見えない壁はなくなっていた。大広間の中にいた僧侶たちを見て、オレは表情を歪める。僧侶たちの多くは床に倒れ、もがき苦しんでいた。首を掻いたり、頭を床に打ちつけている。首から出血したまま動かなくなったり、頭に床を打ちつけたまま動かなくなっている者もいた。見るに堪えない光景だった。

 そんな地獄を意に介さず、裏切った僧侶は進んでいた。大広間の中央に倒れている姉ちゃんの下へ走って行く。オレ以外にも無事な人はいたらしく、大広間の奥には多くの僧侶が正常な状態でいた。その中心には白い着物を着た女性がいて、僧侶たちは光り輝くなにかに覆われている。

 

「逃げ足が必要か……気が向いてくれるといいが」

 

 と言って、裏切った僧侶は板張りの天井を見上げる。そして槍を構え、空へ投げた……獣の槍がー!? なんで投げた!? 獣の槍は天井を貫いて見えなくなる。そして裏切った僧侶が再び歩み始めた時、ドシンッと大きな揺れが起こった。立っていられないほどの激震だ。無事だった僧侶の一人が悲鳴を上げる。

 

「バカな! まさか本山の多重結界がーっ!」

 

 裏切った僧侶は姉ちゃんの下へ辿りつく。そして白い鞘を差し出した。すると倒れていた姉ちゃんの手が動き、差し出された鞘へ伸ばされる。だけど、白い鞘を握ったまま姉ちゃんは動かなくなった。やっぱり無理だ。あんな目にあった姉ちゃんは、自力で動けない。

 

 ドォン

 

 今度は天井が吹き飛んだ。大穴が開いて、そこから雷を纏った化物が舞い降りる。ヘリコプターに置いて行かれたシャガクシャだった。シャガクシャは大きな塊を、そこら辺にポイッと投げる。それは人間の塊だった。グチャグチャに潰された僧侶が、一つの塊となっている。

 

「シャガクシャァー! おまえ、なにやってんだよ!?」

「そこら辺をぶらついてたら、こいつらが突っかかってきたからよ――かるーく撫でてやったのさ」

 

「おまえがやったのか!?」

「そんな事より……ちっと見ない間におもしれぇー事になってるじゃねーか?」

 

 シャガクシャはニヤニヤしながら辺りを見回す。正気を失って自傷する僧侶たちの姿を見回していた。なにが面白いんだよ!? オレはチラリとオヤジを見る……白い剣で殴られたけど、鞘付きだったから大丈夫だろう。そう思ってオレはオヤジを置いて、姉ちゃんの下へ行くために大広前へ踏み込んだ。

 

「おい、小僧。こっちへ来るってーことが、どーゆーことなのか分かってんのか?」

 

 シャガクシャが警告する。シャガクシャがフワリと、姉ちゃんの側に舞い降りた。すると裏切った僧侶は姉ちゃんを抱えて、シャガクシャの背中に乗せる。それに嫌がるシャガクシャだったけれど、白い刀を持った僧侶に脅されているようだった。そして重力に引かれ、空から落ちてきた獣の槍が、その場にドンッと突き刺さる。

 前に姉ちゃんたちがいた。後ろにオヤジがいた。このまま前に進めば、オレのせいでオヤジは破門にされるかも知れない。そうなれば、生まれ育った家を追い出される事になるだろう。オレは、どうすればいい……? オヤジは気絶したままで、なにも答えてくれなかった。

 

 

姉ちゃん達と一緒に行く―――――――――――――――――

 

―――――――――――――――姉ちゃん達と一緒に行かない

 

 

→姉ちゃん達と一緒に行く

 

 

「わりぃな、オヤジ。今まで育ててくれて、ありがとよ」

 

 

 中村と井上に、親しかった学校の友人に――日常に、さようなら。

 

 

 オレは姉ちゃんの下へ駆け出した。

 

 

 獣の槍を拾い、シャガクシャの背に飛び乗る。意識の曖昧な姉ちゃんを抱きしめた。もう二度と放さない。放したくない。姉ちゃんの魂を手放してしまうような気がするから……僧侶たちの攻撃を受けたせいか、姉ちゃんの黒い着物はなくなっていた。なのでオレの上着を脱いで被せる。そうしているとシャガクシャが浮き上がった。だけど裏切った僧侶は乗っていない。この場に残るつもりなのか?

 

「あんたは、どうするんだよ……?」

「ひひひ……獣の槍の伝承者よ。魂を食われた人間の末路を教えてやろう。真似はするなよ?」

 

 裏切った僧侶は白い剣を構える。その髪が伸び、その体が膨らみ、変化を始めた。その皮膚が白く色を変え、虹色の輝きを放つ。いいや、もはや皮膚ではなかった。それは金属だ。僧侶は見る間に白銀の西洋甲冑へ姿を変えた。変化を終えると白い剣を、姉ちゃんが握りしめている鞘へ納める。西洋甲冑は無手の状態になった。

 

『獣の槍の伝承者よ。憶えておけ。こうなれば、もはや人には戻れぬ――永久の別れだ』

「なにやってんだ! 待てよ……!」

 

 白銀から虹色の輝きを放つ西洋甲冑は、少し前まで人間だったバケモノは言った。あっさりと人間を捨てたバケモノに、オレは怒りを覚える。仲間を裏切り、バケモノと成り果てた僧侶が、無事で済むはずがない。名前も知らないけれど、こいつを置いては行けない。だけどオレの手は西洋甲冑を掴めなかった。突き放されて、シャガクシャの背に戻される。

 シャガクシャが飛び上がり、西洋甲冑は大広間の奥へ走り出した。西洋甲冑は光り輝くなにかに打つかって、それを打ち破ろうとしている。その光が突然きえると僧侶たちから光が飛び、西洋甲冑に襲いかかる。その最後を見届ける事なく、シャガクシャは建物の外へ出る。

 

「雷よォ!」

 

 シャガクシャが雷(いかづち)を呼び、光覇明宗の総本山へ落として行く。雷と炎が、夜の真っ暗な総本山を照らした。あの白い刀の音色は遠くまでは届かないらしく、外を元気に走り回っている僧侶たちの姿が見えた。無事な人達の姿を見て、オレは安心する。シャガクシャが空を飛ぶため、総本山は瞬く間に遠くなった。追っ手もなく、脱出は成功したらしい。

 

「おい、うしお。あてはあんのかよ?」

「とりあえず、うちへ行くか」

 

「わ……わたしの……家……」

「姉ちゃん! まだ安静にしてないと」

 

 とりあえず一度うちへ帰ろうと、オレは思っていた。だけど姉ちゃんの提案で、姉ちゃんの家へ行く事になる。姉ちゃんの「お母様」の家だ。姉ちゃんに場所だけ教えてもらって、シャガクシャに飛んでもらう。うちに残した物はあるけれど、僧侶に発見される恐れがあった。帰る必要がないのならば帰らない方がいい……帰ったらきっと、二度と戻れないと思って、行くのが辛くなる。

 

「なあ、シャガクシャ。オレはお前に誰も殺して欲しくないんだ」

「あん? なに言ってんだ。化物がニンゲンを殺すのは当たり前だろーが」

 

「お前にも姉ちゃんにも、人を殺して欲しくない」

「けっ、そんなこと言ったって、化物を見ればニンゲンは襲いかかってくるんだぜ?」

 

「オレが守るさ。守れるように強くなる。お前や姉ちゃんが、誰も殺さなくていいくらいに……」

「うつけもんが……寝言は寝て言いな」

 

 

 

――誰よりも強く、より強く

 

誰も殺さなくて良いように――

――誰も命を落とさないように強くなるから




▼「2つの選択肢があった」を修正しました。1つの選択肢で2つの選択だから、選択肢は1つで良いんじゃないかな。
 ……と思ったけど「2つの選択肢で良かったわー。

【おまけ】
(問4)蒼月潮の父親である蒼月紫暮と対峙した相手は誰でしょう?

選択A、シャガクシャ
「今日は故あってそちを封じ、消滅しに参った。願わくば堂々立ちあわれんことを」
「おうよ、やってやらあ。消滅させるとまで言われて引き下がれるかい!」

選択B、蒼月潮
「自分の娘が殺されてもいいのかよ、オヤジィ!」
「光覇明宗、蒼月紫暮――参る」

選択C、ゴンさん
「今日は故あってそちを封じ、消滅しに参った。願わくば堂々立ちあわれんことを」
「アジトは壊したくない――こっちだ、ついてこい」
「方法は分からないが強制的に成長した……!?」
「さいしょはグー!」


(答4)選択A、シャガクシャ
「今日は故あってそちを封じ、消滅しに参った。願わくば堂々立ちあわれんことを」
「オヤジ……な、なに言ってんだよ」
「うしお、おめーのオヤジはとんだくわせ者よ。おまえの前じゃただの凡くらオヤジだったかもしれんが、わしに時々たたきつけてきた「気」は、凡くらどころじゃなかったからな」

「ハ……ハハ。冗談だろ……オヤジ……冗談キツイぜ……。もうオレ、今日いろんな事あって……切れちまうよ……」

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