【完結】(白面)ノ 剣【神様転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
蒼月潮は女の子に足止めされ、
土蔵の中に閉じ込められて槍を抜き、
腹違いの姉である事を明かされました。


石食いは大ムカデの本性をあらわす

 麻子を連れてオレは自宅へ駆けもどった。とは言っても敷地の外にある土蔵から門を潜って、拝殿の横にある住家へ移動したに過ぎない。すると知り合いの2人に見つかって泣き付かれた、さっき、オレが獣の槍で倒した妖怪に襲われていた知り合いだ。よほど怖かったらしく、知り合いが落ち着くまで時間がかかった。

 話を聞いてみると知り合いは、オレが借りていたノートを取りに来たらしい……すっかり忘れてた。麻子と知り合いの2人には居間で待ってもらって、オレはノートを取りに行く。ついでにオヤジの姿を探していると、台所にあるテーブルの上でオヤジの書き置きをみつけた。

 

『潮へ。ちょっと日本海の方をブラブラしてくるから、一週間ほどまたテキトーにやっとくれ。

 追伸。冷蔵庫の中の中華まんじゅーに手をつけたら殺すぞ。パパより』

 

「あのボケオヤジー!! かんじんな時にーっ!」

 

 麻子の来訪に気付いて逃げたのか……なんて思ったけれど、事前に連絡もなく急にオヤジが遠くへ出かけるのは珍しい事ではない。まぁ、オヤジの事はいい。問題は麻子の事だ。おそらく生みの親の顔を見にきたのであろう麻子に、父親であるオヤジが居ないと告げるのは心苦しかった。

 ついでに獣の槍に布を蒔きつけ、それを持ったまま居間へ戻る。この槍はオレの生命線だ。この槍を手元から離せば、シャガクシャと名付けられたバケモノが、オレを食らい尽くすだろう。そう考えて重くなった体にフンッと気合いを入れ、オレは居間に姿を見せる。すると麻子の前で、知り合いの2人が大騒ぎをしていた。

 

「あっ、蒼月くん! この子って蒼月くんと麻子の――」

「だまらっしゃい、真由子!」

 

 アワアワと慌てる麻子の前で、知り合いの2人は取っ組み合いを始める。ドタバタと騒音が撒き散らされた。麻子の前で何やってんだ。頭が痛くなってきた……それにしても、いったい何があったんだ? 少し前はショックで落ち込んでいた2人が、ちょっと見ない間に元気になっている。

 

「話は聞かせてもらったわ! あたしの名前は中村麻子よ!」

「あたしは井上真由子っていうの、よろしくね」

 

「わっ、私は蒼月麻子だよ?」

 

「蒼月! あんたは、この子のこと、なんて呼んでる?」

「麻子って、名前で呼んでるぞ」

 

「そう、それよ! 同じ麻子だと被るじゃない!」

「ごっ、ごめんなさい……」

 

「麻子ちゃんは悪くないのよ。悪いのは、蒼月!」

「オレェ!?」

 

 なんだか中村のテンションが妙に高い。ショックを受けて一時的に大人しかった反動か。ただでさえ小さく見える麻子が、さらに小さく見える……テンションが高い方が中村麻子で、小さく見える方が蒼月麻子だ。こうして考えてみると名前が紛らわしい。どっちがどっちなのか分からなくなる。

 

「あんたが麻子って呼ぶから紛らわしいのよ! お姉ちゃんって呼べばいいじゃない!」

 

 オレの体を衝撃が貫いた。見た目はともかく歳上だし、腹違いの姉だし、間違ってはいない。でも、お姉ちゃんだ。その言葉を口に出すのは難しかった。オレは中村から、姉である麻子を見る。すると、サッと目を逸らされた……嫌われてる!? その言葉はオレにとって初めてで、気軽に紡げる物ではない。時間がかかる。しばらく黙っていると、コチコチと時計の音が聞こえ始めた。恥ずかしかった。

 

「ね……姉ちゃん?」

「うっ、うん……」

 

 フラフラと視線を迷わせていた姉ちゃんは、部屋の隅を見つめたまま固まった。固まったまま動かなくなる。その部屋の隅に、なにか在る訳じゃない。姉ちゃんと呼ばれたショックで、姉ちゃんはフリーズしていた。そんな中、オレの肩に乗ったままだったバケモノもといシャガクシャは、姉ちゃんに切断された腕を接着しようと頑張っている。切断された部分を押しつけてギュウギュウとしていた。 邪魔だから他所でやれ。

 

 

 中村と井上が自宅へ帰るという。なのでオレは玄関まで見送りに出た。そこでオレは中村に耳を引っ張られる。そうして姉ちゃんから引き離された。なんとなくオレの後ろを付いてきていた姉ちゃんは、井上に引き留められている。姉ちゃんから十分に離れた場所でオレの耳を放した中村は、いつになく真剣な表情をしていた。

 

「あの子、他人に触られる事を異様に恐がるから気を付けなさいよ。不用意に近寄ったり、指一本でも許可なく触れないこと、分かった?」

「そんなにか……?」

 

「あんたが席を外している間にパニック起こして、あやうく斬られそうになったわ」

「そうか……わかった。気をつける。それと今日は、ありがとな。井上にも」

 

 オレの礼に中村は、フラフラと手を振って答える。そうして2人は帰って行った……ところでオレの横にいる姉ちゃんを如何するべきか。下手に触れるとパニックを起こすらしい。思い返してみれば土蔵で初めて会った時、姉ちゃんの側にいる虫を追い払おうとしたオレは、剣を抜いた姉ちゃんに斬られかけていた。これまで姉ちゃんは、どんな時を過ごして来たのだろう?

 

「姉ちゃんはオヤジに会いに来たんだろ?」

「うっ、うん……お母様が修行のついでに、お父様に会いに行ってらっしゃいって」

 

「修行のついで?」

「けっ、剣の修行だよ? 人あらざるものを斬って修行するの。人は斬っちゃダメなんだって……」

 

 いま不穏な言葉が聞こえたような……まるで姉ちゃんが人を斬りたがっているように聞こえる。まさか、そんな事はないだろう。きっと姉ちゃんの「お母様」は「人に刃を向けてはいけませんよ」と教えたかったに違いない。しかし、人外を斬る修行か。今日初めて妖怪の存在を知って、獣の槍の使い手になったオレよりも、姉ちゃんの方が先人なんだな。

 

「……姉ちゃん。じつはオヤジの奴、いま遠くに出かけてるみたいなんだ。一週間くらい経ったら帰ってくると思うけど」

「そっ、そうなんだ……あっ、あのね? お父様が帰ってくるまで居ちゃダメかな?」

 

「うーん。でも、こいつが居るしなぁ……」

 

 一緒に住むとなると問題がある。オレの肩に無断で乗っているシャガクシャだ。こいつは人食いのバケモノだ。こんな危険な奴を、姉ちゃんの側に置いてはおけない。できれば姉ちゃんには、うちから離れてほしかった……そういえば姉ちゃんは、どこに泊まるんだ?

 

「だっ、大丈夫だよ? 私には、この子がいるから……」

 

 そう言って姉ちゃんは、大事に持っていた白い剣を見せる。白い柄に、白い剣身の、真っ白な剣だ。剣身が白すぎて、濁っているように見える。たしか姉ちゃんは、この剣でシャガクシャの片手を切り落としていた。獣の槍の力を行使した時のオレのように、この剣を使った姉ちゃんは髪が伸びる。髪は生命力の象徴だ。この剣も獣の槍と同じように、使い手の魂を食らうのかも知れない。

 

「おっ、お母様から頂いた神剣なの。これは元々、御屋形様の剣なんだって。神様が造った凄い剣なんだよ? わっ、わたしの身に危険が迫ったら、この子が飛んできてくれるから……」

 

 るんっ

 

 白い鞘が震える。収められていた剣が、姉ちゃんの言葉に応じるように震えた。その音を聞いたオレは、喉に何かが詰まったような感覚を覚える。それを姉ちゃんは神剣といって大事にしている。でも、その剣を見たオレは不吉だと思った。神は神でも、名前を言うことさえはばかれる神の手にあったような……でも、そんな危険な物を「お母様」が娘である姉ちゃんに預けるわけないか。

 

「うっ、うしおよりは妖怪と戦った経験があるんだよ? それでもダメ?」

「そういう問題じゃなくて、姉ちゃんを危険な目に遭わせたくないんだ」

 

「そっ、それは私も同じ気持ちだよ? うしおが心配なの」

「それは分かるけどさ……」

 

「うっ、うしおと一緒に居たいの」

 

 オヤジと会うために泊まる話が、オレと一緒にいるために泊まる話になっていた。どうしても姉ちゃんは、うちに泊まりたいらしい。プルプル震えながらオレに頼み込む。だけど、オレは譲れなかった。シャガクシャを何とかするまで、うちに誰かを泊めるなんて事はできない。

 

「そっ、そう……あっ、あのっ、ごっ、ごめんなさい。わたし帰るね……」

「ごめん。こいつを何とか出来たら、姉ちゃんに連絡するよ」

 

「うっ、うん……あのね。うしおに、おねがいがあるんだけど……」

「なんだ? 姉ちゃんのおねがいなら、なんでも聞いてやるぞ」

 

「ふっ、2人きりの時は……麻子って呼んでほしいな?」

 

 頬を赤く染めて、恥ずかしそうに姉ちゃんは言う――あぁ、いいなあ。世の中の姉弟というのは、こういう物なのだろう。そうに違いない。そうして姉ちゃんは帰って行った。それにしても今日はバケモノもといシャガクシャを見つけて、姉ちゃんと出会って、妖怪に襲われて、獣の槍を抜いて、中村と井上に泣き付かれて……濃い一日だった。

 

 

 翌日、オレは槍を持ったまま登校していた。槍には布を巻いている。朝っぱらからシャガクシャにテレビを打っ壊されて、オレの気分は最悪だった。いくらすると思ってるんだよ……おまけに登校するオレの肩にシャガクシャが乗っている。取り憑かれていた。少しでもオレが槍から離れれば、シャガクシャは襲いかかってくるだろう。

 

「きのうのコト夢だったなんて信じられないんだ」

「真由子ったら! 夢だったに決まってるじゃない!」

 

 中村と井上に会った。いつもは暇な図書委員だけど、今日は資料を運ぶので急ぐらしい。2人は資料が搬入された旧校舎へ向かった。オレは教室へ行って授業を受ける。社会科の授業だ。シャガクシャは歴史の話を興味深げに聞いていた。500年間封印されていたシャガクシャにとっては面白い物らしい。バケモノが勉強ねぇ……。

 

 

キィィィィィィ

 

 突然、槍が鳴った。獣の槍が教えてくれる。化物だ。化物が近くにいる。学校に入り込んだ。場所は旧校舎だ。旧校舎? そこには今、資料を取りに行った生徒達がいる! そう思った時、外からズドオオオンと大きな音が聞こえた。オレは槍を持って、教室から飛び出す。教師の止める声も聞かず、階下へ走った。

 

「いやあああっ! 石にィィ! みんながああ……」

「おいっ! しっかりしろっ! なにがあったんだよっ!?」

 

 この学校には旧校舎と繋がっている部分がある。その入口に、半身が石と化した女子生徒がいた。床に尻を着いた体勢のまま、制服の胸から下が石となっている。何を見たのか恐怖に怯える女子生徒は「石に!石に!」と泣き喚いていた。辺りを見回しても、他に生徒の姿は見当たらない……みんなは、どこだ?

 

「おい、どうしたんだっ!?」

「ほっ、保健室へっ!」

「救急車をっ!」

 

 悲鳴に釣られて集まった教師や生徒が、石になった女子生徒を見て慌てる。オレは旧校舎の廊下を走り、他の生徒の姿を探した。だけど、どこにも中村や井上の姿はない。どうなってるんだ? 妖怪に連れ去られたのか? 旧校舎を出て走り回っていると、運動場を歩く黒い着物をきた人影があった。

 

「姉ちゃん? どうしてここに?」

「ばっ、ばけものの臭いがしたから……」

 

 キョロキョロと辺りを見回す姉ちゃんは、旧校舎へ向かう。まだ救急隊員も警察官も来ていない。旧校舎の中には1人の教師がいた。教師の大部分は、旧校舎の外へ探しに出ているようだ。生徒の姿が見当たらないのは、教室へ戻るように教師に言われたのだろう。そんな中に姉ちゃんは乗り込んだ。当然、現場に残っていた教師に注意される。

 

「ここは立ち入り禁止だ! 事件の恐れもあるから、教室で待機しなさい!」

「わっ、わたしは妖怪退治に来たんだよ? こっ、ここに化物が隠れてるの……」

 

「わー! わー! すいません先生! この子が、この辺に落とし物をしたみたいで!」

 

 オレは慌てて誤魔化した。どうしたものかと思って姉ちゃんを見ると、布袋から白い剣を取り出している。剣身の濁った剣は光を反射せず、白く白く濁っていた。姉ちゃんの剣に驚いた教師が後退る。でも姉ちゃんは、その教師の横を通りすぎて、なにもない空間を斬った。

 

 るんっ

 

 ゴキッという音ともに空間がずれる。まさか姉ちゃん、空間を斬ったのか!? そんな事もできるのかと思って驚いていると、斬られた空間は石と化す。まるで扉のように空間が開き、その奥から見上げるほどに大きな鎧武者が姿を現した。その鎧武者は姿を現すなり、姉ちゃんに向かって刀を振り下ろす。

 ビュオッと風を切って振り下ろされた刀を、姉ちゃんは白い剣で受け流した。踊るようにスルリと鎧武者の懐へ飛び込み、ダンッと床を強く踏みつける。そのまま白い剣を一閃し、鎧武者の胴を斬り裂いた。瞬く間に真っ二つになった鎧武者の姿にオレは安心し、オレは隣の教師に話しかける。

 

「先生、みんなを……」

「バカッ! そりゃ石食いじゃねぇ! 石のサムライだよっ!!」

 

 声を上げたのはシャガクシャだ。その忠告は間に合わなかった。真っ二つになった鎧武者の断面から、数知れない石の蛇が飛び出る。鎧武者の懐に飛び込んでいた姉ちゃんは避け切れない。だけど姉ちゃんは石の蛇に構わず、鎧武者に斬りつけた。石の蛇は姉ちゃんに食らい付き、全身を石へ変える。

 

「姉ちゃん!」

 

 るんっ

 

 白い剣が震える。その場で白い剣は回転し、その刃先で姉ちゃんを撫でた。すると姉ちゃんの体から石が剥がれ落ちる。黒い着物は石となって崩れ落ち、姉ちゃんは一糸も纏わぬ姿になっていた。そんな自分の姿に姉ちゃんは構わず、鎧武者へ、さらに斬撃を重ねる。

 

――斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る

 

 るんっ、と姉ちゃんの剣が鳴いた。

 

 

「蒼月! みんなを助けるから手伝って!」

「中村! 井上! 無事だったか!」

 

 石になった生徒が壁や天井に張り付いている。その生徒を引き剥がそうと、中村と井上が頑張っていた。オレも槍を使って、天井に張り付いている生徒を剥がそうと試みる……そういえば、さっき姉ちゃんが白い剣を使って石化を解除していた。オレも槍で石化した生徒の服を突つく。すると石が剥がれて、ついでに服も剥がれた。天井から落ちてきた生徒を、オレは慌てて受け止める。柔らかい感触を手に感じた。

 

「げっ!」

「ちょっと何やってんのよ!」

 

「わざとじゃねーって!」

「あんたの服を着せなさい!」

 

「大変だ! 閉じかけてるぞ!」

 

 先生の慌てる声に振り向く。すると、姉ちゃんの斬った空間が閉じつつあった。オレは生徒を中村に預け、扉の間に槍を突っ込む。足を開いて石の扉を押し返そうとしたものの、閉まる力の方が強かった。ギリギリギリと槍が軋む。まだだ……みんなが脱出するまで、空間を閉じる訳にはいかない。だからオレは槍の力を行使した。ザワザワと髪が伸びて、体に力がみなぎる。

 

「ちょっと、蒼月……それって」

「へへ……ちょっとな。ここはオレに任せて、先に行けよ」

 

 とうぜん中村や井上、みんなに姿を見られた。でも、裸に剥かれた姉ちゃんよりはマシだろ? 扉を押し返すオレの下を、みんなが通って行く。あとは姉ちゃんだけだ。姉ちゃんの猛攻によって、もはや鎧武者はボロボロになっている。石の蛇は斬り落とされ、残り少なくなっていた。ピシピシと音を立てて鎧が再生しているものの、姉ちゃんに斬られる速さに追いついていない。壊れた鎧の隙間から無数の目が覗き、姉ちゃんに怒気を向けていた。

 

『おのれえええ!! この石食いがあ、こんな所でええ!!』

 

 鎧武者が砕け、内側から大ムカデが正体をあらわした。その大ムカデすら姉ちゃんは、苦もなく斬ってみせる……姉ちゃん、つえー。なんて思っていると、斬り落とされたはずの大ムカデの尻尾が跳ねた。姉ちゃんの体ほどもある大きな尻尾が、生きているかのように姉ちゃんへ襲いかかる。

 

「しっ、しぶとくないかな!?」

 

 大ムカデの尻尾を斬って、姉ちゃんが悲鳴を上げた。大ムカデから飛び散った青い体液が、姉ちゃんの体に降りかかる。姉ちゃんの肌からシュウシュウと湯気が昇った……毒だ。肉が溶けている。変な臭いが辺りに漂った。おまけに斬った尻尾もビクンビクンと元気に床を跳ね、再び姉ちゃんに襲いかかる……変だ。なんで、あの化物は平気で動けるんだ?

 

「あーあ。こりゃー、あのガキ、死ぬな」

 

 なんて呑気に言ったのはシャガクシャだった。金色の化物は、ちゃっかり扉の外へ避難している。先生や石になっていた生徒は、外へ避難したようだ。この場に残っている生徒は、中村や井上の2人だった。2人は「がんばれがんばれ」と姉ちゃんを応援している。その頭上にシャガクシャは浮いていた。下にいる中村や井上が気付いている様子はない。

 

「シャガクシャ……助けてくれ」

「やだね! なんでわしが、お前ごときの役に立ってやらなきゃならんのよ」

 

「頼むよ……オレの大事な姉ちゃんなんだ」

 

 オレの頼みを聞いて、なにを思ったのかシャガクシャはニヤーとした。オレの言葉にシャガクシャが感じ入った訳じゃないだろう。それは碌な事を考えている顔じゃなかった。でも、姉ちゃんを助けてくれるのならば何でも構わない。シャガクシャは「1回だけだぞ!」とオレに釘を刺した。

 

「ツノのある大ムカデは左目――槍にツバつけてぶっ刺しな! 変化はヒトのツバに弱いんだ」

「にっ、にんげんのツバ!? うっ、うしお、おねがい!」

 

 大ムカデの弱点を聞いて、姉ちゃんが慌てる。女の子にツバを吐けというのは難しいか。こちらに姉ちゃんは走り出して、オレに交替を願った。急な事だったけれど、迷っている暇はない。突っ張り棒にしていた獣の槍を外して、オレも姉ちゃんの方へ走り出した。オレはペッと、獣の槍にツバを吐きかける。姉ちゃんと交差したオレは、天井を這っていた大ムカデの左目を刺した。

 

『百年生きた大虫怪のわしが、ヒトごときにィィィ!』

 

 ギエエエエエエと、大ムカデは悲鳴を上げる。大ムカデは苦痛で転げ回り、旧校舎の壁をドォンと吹き飛ばした。それを最後に動かなくなる。体を縮めるように震えると、本当に体が縮んで行った。昨日あった虫のような妖怪と違って爆散せず、本性であるムカデの死体が残る。オレは一息ついて、姉ちゃんに駆けよった。

 

「うっ、うしお、シャガクシャ様……あっ、ありがとう。助かったよ」

「そんな事はいいから姉ちゃん、服! 服!」

 

「ごっ、ごめんなさい」

 

 姉ちゃんの着物は石化して砕け散った。そこへ大ムカデの体液を被って、肌が変色している。だけどシュウシュウという音を立てて、肌についた傷は治りつつあった。オレは獣の槍を包んでいた布を姉ちゃんに被せようと思ったけれど……その前に、姉ちゃんの肌から黒いものが滲み出る。姉ちゃんの肌を覆う黒いものは、姉ちゃんの黒い着物へ変化した。その様子を見たオレは、ポカーンと口を開ける。

 

「ふっ、ふつうの服は、すぐにダメになっちゃうから……」

「へー、べんりだなー」

 

「……それで、これは如何いうことなのかしら、蒼月?」

「ね! ね! うしおくんっ!」

 

 姉ちゃんとオレに、横から声がかかる。その場に残っていた中村と井上だ。あんな目にあったのに、井上は元気だなー。石の扉はなくなって、オレと姉ちゃんの姿を晒け出していた。今さらな話だけれどオレは、中村や井上に変化した瞬間を見られている。大ムカデが旧校舎の壁を吹き飛ばしたせいか、旧校舎の外から教師達が走ってきていた……こりゃいかん。

 

「姉ちゃん! 逃げるぞ!」

「すっ、すたこらさっさー」

 

「ちょっと、あおつ……あとで説明しなさいよ!」

 

 中村と井上は教師に保護される。きっと、これから事情聴取だ。オレと姉ちゃんの事を黙ってくれていると嬉しい。まあ、化物と戦ったなんて話は教師も信じないだろうさ。テレビカメラで撮られた訳でもない。行方不明になった生徒が、長時間姿を消していた訳でもない。だから、大した騒ぎにはならないだろう。姉ちゃんと共に学校を抜け出して、オレの家へ向かった。

 

 

「あっ、あのね、シャガクシャ様。今日は助けてくれて、ありがとう」

「おめえのために助けたんじゃねーよ。あの忌々しい小僧が、わしに必死こいて助けを乞う姿が見たかったのよ」

 

「うっ、うん。でもシャガクシャ様が弱点を教えてくれなかったら、私も危なかったから……」

 

 大ムカデはバッサバッサと姉ちゃんに斬られていた。それでも高い再生力で動いていた大ムカデは、ツバを付けたオレの槍で止めを刺した。ツバを付けるなんて弱点を知らなかったら、姉ちゃんは体液まみれになっていただろう。もっと大怪我を負っていたかも知れない。そうオレが思っていると姉ちゃんは、シャガクシャの前に腕を差し出した。

 

「だから、ちょっとだけなら、かじっていいよ?」

「姉ちゃん! なに言ってるんだよ!」

 

「だっ、大丈夫だよ? ちょっとの傷なら大ムカデの毒を浴びた時みたいに、すぐに治るから……」

 

 姉ちゃんはシャガクシャに「かじらせる」つもりだ。人食いのバケモノを相手に、そんな危険な事はさせたくない。オレは慌てて姉ちゃんを止めようとした。すると、ヒュッと空気が唸る。オレの鼻先を白い刃先が通過していった。あぶなかった。中村の忠告を忘れてた。意図した行為ではないらしく、姉ちゃんはアワアワと慌てる。

 

「ごっ、ごめんなさい! 大丈夫? 怪我してない?」

「あっ、ああ……」

 

「けっ、混じりもんの肉なんぞ食えるかよ」

 

 いつの間にかシャガクシャは姉ちゃんから距離を取って、冷や汗を流していた。姉ちゃんに「かじらせる」つもりがあっても、「うっかり」斬られる可能性に思い至ったのだろう。もしもシャガクシャが姉ちゃんをかじっていたら、真っ二つになっていたに違いない。オレの姉ちゃんは、ちょっとデンジャラスだ。

 

「混じりもんって、どういう意味だよ?」

「……じつはわし、朝から石食いの事を知ってたのよ。妖怪同士はニオイで分かるからな。ヤツの結界が目の前にあるのに、必死で探し回るおめーがマヌケでよー。ぎゃはははははは!」

 

「そういう事は早く話せよ、タコ!」

「コラ、勘違いすんなよ小僧! わしはおまえに取り憑いてるんだぜ、食うためによ……人間なんぞクソくらえだ!」

 

 シャガクシャは朝から石食いの事を知っていたらしい。それを早く言ってくれれば、事件を防げたかも知れない。それなのにギャハハハと笑うシャガクシャの態度は、オレの気に障った。こいつは痛い目を見ないと分からないらしい。姉ちゃんから離れて、オレとシャガクシャは槍と爪で切り結ぶ。その様子を姉ちゃんは、アワアワと慌てて見ていた。

 

「蒼月ー! 居るんでしょー! 上がるわよー!」

「うしおくーん」

 

 中村と井上がやってきたらしい。オレは槍をシャガクシャの顔面に叩き込んで動きを止める。さて、中村と井上に、どう説明するべきか……嘘なんて吐きたくないし、正直に話すか。真っ先に警察官が来なかったという事はオレと姉ちゃんの事を、みんなは黙ってくれているのだろう。ならばオレも、みんなを裏切る訳にはいかない。

 

「ねっ、ねえ、うしお。ちょっと確認したいんだけど……」

「どうしたんだ、姉ちゃん?」

 

「いっ、石になった人は、あそこに居た人だけだよね?」

「あっ」

 

 オレが駆けつけた時、半身が石と化した女子生徒がいた。その女子生徒を姉ちゃんは知らない。その女子生徒は保健室へ運ばれたはずだ。その後、救急車で病院に運ばれたのかも知れない。石食いを倒せば石化は解除されるのだろうか? そうでないとしたら……女子生徒の半身は石化したままのはずだ。バッと振り返ってテレビを見る。

 

 だけど、今朝シャガクシャに壊されたテレビは、なにも教えてはくれなかった。

 

 

「うっ、うしお。テレビ壊れてるけど……」

「押し入れから古いやつ出してくる!」




▼『ぜんとりっくす』さんの感想を受けて、誤字に気付いたので修正しました。
 オレが貨りていたノート→オレが借りていたノート


【おまけ】
(問2)うしおは石食いの結界を、どうやって知ったのでしょう?

選択A、シャガクシャ
「はやく話せよ、ホラァ!」
「石食いのヤツだろ……古本や古道具に住んでて、人を自分の世界に引きずり込むんだ。そして、その結界の中で人を石に変えて食うのさ。つえーぞ。鎧武者の集団を一発で石に変えて、食っちまったコトもある……」

選択B、姉ちゃん
「姉ちゃん? どうしてここに?」
「ばっ、ばけものの臭いがしたから……」

選択C、幻想殺し
「てめぇがコソコソ隠れて見つからねぇと思ってるんなら、まずはその幻想をブチ殺す!」
『ひひひひひ。人間が石食いに勝てるとでも思うてか!』


(答2)選択A、シャガクシャ
「はやく話せよ、ホラァ!」
「石食いのヤツだろ……古本や古道具に住んでて、人を自分の世界に引きずり込むんだ。そして、その結界の中で人を石に変えて食うのさ。つえーぞ。鎧武者の集団を一発で石に変えて、食っちまったコトもある……」
「石に変え……?」
「ああ、ゆっくりな……ヤツはだんだん石になる人間の恐怖心も好きだからな」

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