【Dark side】その1
「こっ、こんにちは……」
主人公に挨拶をする麻子ちゃん。地下室への扉を塞いだ主人公は、ようやく麻子ちゃんに気付いた。暗い地下に居たから、逆光で麻子ちゃんが見えなかったのだろう……ここで主人公を殺れば、白面の大勝利だ。まあ、麻子ちゃんの好きに殺らせるつもりだから、わざわざ殺さないけど。
「どうした? うちに何か用か?」
「あっ、あのね。お母様が潮(うしお)を助けてあげなさいって言ってね。それでね……」
「うわっ、うしろっ!」
「きゃ! なっ、なに!?」
お母様……いったい何者なんだ……なんて思っていると、主人公が急に声を上げた。妖気に引かれた虫どもに驚いたのか。だからと言って、麻子ちゃんに触れようとするのは自殺行為だぞ。びっくりした麻子ちゃんが剣を抜いて、危うく主人公を殺す所だった。主人王の頭の代わりに、宙を泳いでいた虫が弾け飛ぶ。
「ごっ、ごめんなさい……だっ、大丈夫? 怪我してない?」
「ああ、大丈夫大丈夫! お兄ちゃんは元気だぞ!」
「これ、見えるか?」
「うっ、うん。見た感じ、虫怪とか魚妖かな?」
「ちゅうかい? ぎょよう?」
「むっ、虫とか魚みたいな低級の妖怪だよ。たっ、たぶん長飛丸様の妖気に引かれたのかな?」
「ながとびまる、って妖怪か……?」
「うっ、うん。そこに居たよね?」
麻子ちゃん、長飛丸の名前出すの早すぎー。まあ、「お母様」から聞いた事にすれば良いけど……このままだと「うしおととら」が「うしおと長飛丸」になっちゃうなー。長々と話すのも良いけど、この後は虫どもが寄り集って集合体になる。早く獣の槍を抜いた方が良いんじゃないかな?
「あっ、あのね、早く獣の槍を抜かないと、この小さな妖怪が集まって、大きな妖怪になっちゃうって……」
「獣の槍って言うと、あのバケモンに刺さってた……」
そんな事を言っている間に、麻子ちゃんと主人公は蔵に閉じ込められる。主人公に槍を抜かせないと、白面の一人勝ちになるからなー。それは困る。本来ならば姉なのに妹と間違われるホムンクルスが、偶然道で擦れ違った風を装って言うべきセリフなのだけれど、ここで伝授しよう。
「あっ、あのね? 早く槍を抜かないと死んじゃうよ?」
でも主人公は迷っている。獣の槍を抜くという事は、地下の化物を解放するという事だ。人間を食うという化物を、解放していいか悩んでいるのだろう。常識的に考えれば封印を解いてはいけない。しかし、主人公と麻子ちゃんの命がかかっている。だから早く抜けよー。
「きゃああああああ!!」
外から悲鳴が聞こえる。タイミング悪く訪れたヒロイン2名が、虫に襲われているのだろう。すると主人公は慌て始めた。虫の壁に触れて肉を食い千切られると、次に地下室への入口に積んだ荷物を退かし始める。外の2名を助けるために、槍を抜く気になったのか。どうせなら麻子ちゃんを助けるために槍を抜きなよ。
「けけけけけけけけけけ!」
主人公は槍を抜いた。すると化物は主人公を打っ飛ばす。「槍を抜いたら助けてやる」と約束した化物だったけれど、そんな事はなかった。あの化物に人間を助ける気なんてない。それを見た麻子ちゃんは、主人公を助けるために地下室へ飛び込んだ。主人公は獣の槍を持ったままだから大丈夫だってー。
「よくもわしをコケにしてくれたなああ……」
「うっ、うしおに触らないで!」
るんっ
「ちいいいっ、神剣かあ!?」
サクッと化物の片手を斬り落とす。辺りは真っ暗だけど、麻子ちゃんなら問題はなかった。化物が闇の中でも動けるように、麻子ちゃんも闇の中で動ける。それは兎も角、とら……じゃなくて長飛丸の手を斬り落としちゃったよ。麻子ちゃんクレイジー。この化物、これから主人公の相棒になるのにー。
「おい、待てよバケモン。どこに行くつもりだ。まだオレとの約束が済んでないだろ……!」
「だれが人間との約束なんて……ひっ!?」
「きさまーッ!」
「ひゃああああああ!?」
悲鳴を上げて逃げる化物を、獣の槍の使い手となった主人公が追う。そうして主人公と化物は蔵から出て行った。麻子ちゃんも地下室から上がる。すると蔵を包んでいた虫どもは吹っ飛んで、蔵の出入口から光が差し込んでいた。もう剣を収めても良いだろう。麻子ちゃんが蔵から顔を出すと、近くで主人公と化物が言い争っていた。
「おっ、お話は終わり?」
ぜんぜん終わってない。むしろ話し中だったよ! 声をかけた結果、主人公と化物に注目されて麻子ちゃんは怯える。麻子ちゃんは主人公と化物を交互に見ていた……ああ、なんで化物を殺さないのか不思議に思ってるのか。だから化物は主人公の相棒(予定)だって。その主人公の相棒(予定)を敵視するのは良くない。手を斬り落とした事を謝って許してもらおう。
「こっ、こんにちは、長飛丸様。うしおと、よろしくね?」
「あぁ? 長飛丸だぁ? そんな古い名前は知らねーし、このクソ人間なんかと、よろしくもしてやらねーよ」
麻子ちゃん、さりげなく喧嘩を売るのは止めてくれないかなー。主人公の相棒(予定)だけど、初期の今は仲が悪い。主人公は化物を倒すために側に置き、そんな主人公を化物は食おうとしている。それなのに「よろしくね?」って化物に言っても、そりゃー断られる。
「でっ、でも字伏(あざふせ)は種族名みたいな物だし……」
それって化物が嫌がると分かった上で言ってるよねー。これは主人公が横から口を出して、名前が決定する流れかな……それで変な名前になるくらいならシャガクシャ様にしよう。わざわざ「様」を付けるのがポイントです。本人は忘れてるけど、化物が人間だった頃の名前だ。この名前を呼べばトラウマを掘り返せるかも知れないよー。
「……じゃっ、じゃあ、シャガクシャ様って」
「なんだ、そりゃ? わしの何所を見て、シャガクシャなんて妙な名前を……」
「いーじゃねーか、バカ妖怪。せっかく、この子が名前を付けてくれたんだから貰っておけよ。それとも嫌だってのか……?」
「あいたたたたたた。分かった! 分かりました! だから槍でわしを打つな!」
「じゃっ、じゃあ改めて、よろしくね。うしお、シャガクシャ様」
化物もといシャガクシャ様の手を斬り落とした事を、謝るつもりはないらしい。シャガクシャ様が主人公を殺そうとした事が、そんなに許せないのか。シャガクシャ様と獲物の取り合いだ。まさか麻子ちゃんが、シャガクシャ並みの危険人物とは思うまい。主人公は気付いてないけど、すでに1回死にかけている。
「オレは蒼月潮。君の名前は?」
「あっ、蒼月麻子だよ?」
麻子はヒロインの名前だ。もちろん偶然ではなく、意図して名付けた。しかし命名したのは、ヒロインの1人である中村麻子の「生まれる前」だ。こっちが先に名付けたのだから、どこにも変な所はない。ただ……蒼月という名字は麻子ちゃんの自称だ。生みの親の名前は蒼月じゃないからなー。
「えっ、本当に?」
「うっ、うん。お母様が『貴方のお父様は光覇明宗で優秀な法力僧だけど、獣の槍に選ばれなくて酒に逃げた蒼月紫暮です』って言ってたよ?」
お母様に責任を擦り付けた上に、主人公の父親の汚点を晒す麻子ちゃん。あと「光覇明宗で優秀な法力僧」や「獣の槍に選ばれなくて酒に逃げた」というキーワードまで喋っている。まあ、その程度の情報ならいいけど……麻子ちゃん、ちょっと調子に乗ってるよね?
「……ところで麻子さんは何歳なんだ?」
「あっ、麻子でいいよ。歳は16歳だけど?」
発育不良で言動も幼いけど、これでも主人公の歳上だぞ。似た遺伝子を持つ主人公と比べて、麻子ちゃんの背が低いのは仕方ない……話を終えると、主人公と麻子ちゃんは住家の方へ向かった。そういえばヒロイン2名も虫どもに襲われてたっけ。麻子ちゃんの事だから、うっかりヒロインを殺さないと良いけど……。
▼『PALUS』さんの感想を受けて「ティン!」ときたので、解説用の【Dark side】を追加しました。