【完結】(白面)ノ 剣【神様転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
姉ちゃんが裏切り、
うしおの家族が殺されて、
シャガクシャと仲間割れしました。


おわり

 オレは夢を見ていた。シャガクシャの夢だ。かつて人だったシャガクシャの夢だった。シャガクシャが生まれた時、流れ星が落ちて、周囲の人々が亡くなった。シャガクシャは呪われた子といわれ迫害を受ける。だからシャガクシャは他人を憎んでいた。誰かを憎むたびに肩が疼(うず)き、シャガクシャは快感を覚える。

 憎しみがシャガクシャを強くしていた。戦場で名を挙げ、国を幾度も救った英雄に祭り上げられる。それでもシャガクシャは他人を憎んでいた。呪われた子と言っていた事を忘れ、誉め称える人々を憎んでいた。シャガクシャは他人を信じていなかった。だけどシャガクシャは2人の姉弟と出会う。他人を憎み続けた男に、心安まる時がきた。

 

『この私に種を撒けとでも言うのか……種は何だ?』

『さあ……でも……』

 

『憎しみは……なにも実らせません』

 

 その姉弟と出会ってからシャガクシャは、あまり人を殴らなくなった。シャガクシャは生まれた時から、周囲の人間を死なせる呪われた子と呼ばれていた。最底辺の暮らしの中で、恐れられ騙され食い物にされてきた。だから他人を憎んではいけない理由はないと、そう思っていたんだ。

 

『英雄様にお出しするのは、お恥ずかしいのですが……よろしければどうぞ』

『これはおまえが作ったのか』

 

『はい、新しいおいもを少し分けていただいたものですから……いかがでございますか?』

 

 姉弟からスープを振る舞われる。シャガクシャは、あったかいと思った。そのとき男は、生まれて初めて笑ったんだ……その光景に既視感を覚える。姉ちゃんがシャガクシャに、みそ汁を作った時の事だ。そういえばシャガクシャという名前を付けたのは姉ちゃんだった。姉ちゃんが姉で、オレが弟で……偶然とは思えない。シャガクシャと姉弟の思い出を、紛い物で汚されたように感じた。

 また戦争が始まる。敵国は強く、一夜で滅ぼされるとシャガクシャは思っていた。だからシャガクシャは姉を国外へ連れ出そうとする。だけど軍隊に待ち伏せされ、矢を放たれた。シャガクシャは姉を抱きしめ、その胸に庇う。シャガクシャは背中で矢を受け止めたものの、姉の体にも矢は突き刺さった。

 姉は命を落とし、シャガクシャは憎しみに囚われる。怒り狂ったシャガクシャは敵陣に突っ込み、敵兵の数々を捻り殺した。そんなシャガクシャの体に異変が起こる。疼いていた肩を突き破って、化物が生まれ出た。流れ星となってシャガクシャの身に宿り、憎しみを血と肉に変えて、その身を形作った白面の者が……!

 白面は町に火を放ち、人々と弟の命を奪った。姉弟を失い、白面を生んだ事で白面と同じ体に……不死の身となったシャガクシャは白面を追う。そして大昔の中国の都で"獣の槍"と、"未来のオレ"と"未来のシャガクシャ"に出会った。だけど"未来のオレ"は大怪我を負って、町に置いて行かれる。それからシャガクシャは獣の槍を見つけて、魂を食われて化物になった。そうして人間だったシャガクシャは、シャガクシャという妖怪になった。

 

 

 目覚めると、海の中だった。周りに獣の槍……というか剣の欠片が浮かんでいる。白面の止めの一撃から、オレを守ってくれたのか。オレの体は上昇し、海面を突き破る。白髪の少女もとい転生したジエメイさんがいる岩柱を見ると、白面の口から吐き出される炎で炙(あぶ)られていた。あの野郎、なんて事してやがる……!

 

「――剣よ、来い!」

 

 オレは砕け散った剣に呼びかける。あっちこっちから剣の破片が集まってきた。そうして破片は集い、剣を形作る。姉ちゃんの剣と同じように、バラバラになっても元に戻った。剣が教えてくれたんだ。この剣の対となる短剣が冥界にある。だから、その短剣で破壊されない限り、この剣は壊れない。バラバラになっても元に戻る。

 

『獣の槍ィ、どうしても我とやりたいか! 良し! 今度こそ本当に潰してやろう!!』

 

 海面を漂うオレに向かって、白面の尾が伸びる。それが直撃する前に、オレは拾い上げられた。シャガクシャに頭を掴まれ、空を飛んでいる。こちらに向かってきた尾は変化して、霧の化物に変わった。フェリーで北海道へ行った時に戦ったシュムナだ。こいつも姉ちゃんの「お母様」だった斗和子と同じように、白面の尾が変化した妖だったのか。

 

「……すまねぇな、シャガクシャ。オレは弱いんだ。弱いから皆を助けられなかった」

「ああ、そうだろうよ。おめぇは弱っちい人間だからな」

 

「オレは弱いから、一人じゃ空だって飛べない」

「そりゃー、弱っちい人間は空なんて飛べねぇだろうよ」

 

「……だからよぅ、シャガクシャ。オレと一緒に白面と戦ってくれねぇか」

「なーんでわしが、おまえなんぞと力を会わせて戦ってやらにゃならんよ」

 

「そうだよなぁ。オレなんかと一緒に戦ってなんてくれないよなぁ……」

「……でも、まァ、白面を打ん殴るついでなら、おめぇを運んでやってもいいぜ!」

 

「ああ……!」

 

 

――きぃん、と獣が鳴いた。

 

 

 剣となった獣が発光する。白面の尾が変化した化物たちを、オレとシャガクシャは蹴散らした。切っても切れない霧を、力を反射する巨大な女を、表皮を油で覆った海蛇を、切り捨てる。すると白面の意識が、こちらに向いた。見ると岩柱にいる白髪の少女は、まだ生きている。オレは間に合ったのか。

 

『我の分身を倒したからとて、つけあがるなァ! 紅煉! 紅煉よ、来い!!』

 

「紅煉?」

「ちっ、あいつに今来られると面倒だな」

 

「おい、紅煉って誰だよ? 知ってるのか?」

「紅煉ってーのは、おめーが居ない間に来た白面の使いよ」

 

 空に見える雷雲が高速で移動する。その真っ黒な雲から、真っ黒なシャガクシャが現れた。そういえば姉ちゃんと初めて会った時に、「字伏(あざふせ)は種族名」と言っていた。あの真っ黒な妖怪は、シャガクシャと同じ種類の妖怪なのか。それは元・人間であり、元・獣の槍の使い手であり、魂を食われて獣となった事を指している。

 

「この紅煉が殺してやらァ、人間!」

「だっ、だめだよ。うしおは私がもらうから……」

 

 真っ黒な妖怪が吠えたと思ったら、乗っていたシャガクシャの背中から叩き落とされた。姉ちゃんが白い剣を、剣となった獣に叩きつける。シャガクシャは真っ黒な妖怪に足止めされていた。オレは姉ちゃんと共に海へ落ちる。高所から海面に叩き付けられた衝撃で、オレは息を吐き出した。

 

「好きなの、うしお……だっ、だから死んで?」

 

 海上から振り下ろされる白い剣を、オレの剣で防ぐ。その衝撃で海に沈められた。このままじゃ不利だ。シャガクシャは真っ黒な妖怪に足止めされ、オレは姉ちゃんに足止めされている。石柱の上にいる白髪の少女は、一人で白面の相手をしなければならない。白面だけじゃなくて、配下の妖怪だっているんだ。オレは姉ちゃんを説得できないものかと思った。

 姉ちゃんが麻子を殺したのは、"麻子"という名前を取り戻すためだ。そんな事は話し合えば済む問題だろう。それで殺すという思考が理解できない。だけど、それは母ちゃんを殺した理由に繋がらなかった。白面を封じる"お役目"である母ちゃんを殺し、白髪の少女を殺そうとしたのは白面のために違いない。

 

「なんで姉ちゃんは白面の側に付いたんだよ!?」

「うっ、うしおが……好きだから」

 

「好きなら相手を大事にしようって! 傷付けたくないと思うもんじゃないのかよ!」

「うっ、うん……えっとね。私は怖いの。うしおが怖い。こんなに好きなのに、うしおが怖い」

 

「怖い……? それは姉ちゃんが斬りかかってきたからだろ!」

「うっ、ううん……そうじゃなくて、私は人が怖いの。どんなに好きでも、心から人を好きになれなくて……すみっこの方に恐怖が残ってる」

 

「そりゃ、姉ちゃんが怖がりなのは見てれば分かるけどよ!」

「でもね、殺してしまえば怖くないの。うしおを殺せば、私は心からうしおを愛せるから……」

 

 空白――姉ちゃんの言葉を聞いて、オレの思考は吹っ飛んだ。

 

「うしおが動かなくなれば安心できるの。うしおの命が消えて行く感触を感じると落ち着けるの。心の中の恐怖がなくなって、心の底からうしおを好きになれる。そうして冷たくなったうしおをギュって抱きしめたい。一時の物じゃなくて、腐らないように、大切に大事に保存するから……うしおの体が"なくなる"まで、ずっと一緒に居てあげるから……それが私の好きって事だから……」

 

「私が人間じゃないって告白して、それでもうしおは私と一緒に居てくれたよね。その時わたしは、うしおになら殺されても良いって思ってたの。そう思ったらうしおが、少し怖くなくなった。うしおと手を繋いでると、うしおは私を殺してくれるかなってドキドキしてた。だから、うしおが獣になって私を殺そうとした時は受け入れた……でも、やっぱりダメだった。うしおに殺されかけて気付いたの。私はうしおに殺されたいけれど、それ以上にうしおを……」

 

「――愛してる(殺したい)」

 

 これまで見た事がないほど温かい笑顔を、姉ちゃんは浮かべていた。恥じらって、照れている。だけど、どうしようもなく歪んでいた。それを見てオレは、姉ちゃんが壊れているのだと初めて知った。姉ちゃんの白い剣は、人を殺す意思を持つ者にしか使えない。心に根付いた恐怖から日常的に、姉ちゃんは人を殺したがっている。愛しているから殺したくて、怖いから殺したい。姉ちゃんは"こわい"という理由で無差別に、誰でも殺せる。

 

「世界は怖い事ばかりじゃない! 信じればいいだろ! なんで姉ちゃんは、オレを信じてくれなかったんだよ! なんでオレが姉ちゃんを傷付けるだなんて、そんなバカなこと思ったんだ!」

「そっ、そんなこと分からないんだから……」

 

 姉ちゃんとオレの見ている世界は異なるのだろう。そんな事にオレは今まで気付かなかった。少し怖がりな姉ちゃんだと思っていた……だけど、姉ちゃんの見ている世界は"不信"に塗れている。いったい姉ちゃんには、オレが"なに"に見えているのか。得体の知れないバケモノにでも見えているのか。そんな世界で姉ちゃんは生きていたんだ。正気なのは見た目だけで、少し内面へ踏み込んで見れば狂っていると分かる。

 

 

――姉ちゃんは人の心が分からない。

 

 

「姉ちゃんのバッカヤロォォォォォォ!!」

 

 オレの剣に導かれるまま海面から跳び上がり、姉ちゃんに突っ込んだ。オレの剣は姉ちゃんの腹部を切り裂き、姉ちゃんの剣はオレの心臓を貫く。そうして姉ちゃんの腹部が爆発し、オレの心臓も爆発した。姉ちゃんは上半身と下半身が真っ二つになり、オレも心臓に穴が開く。

 

「……ちくしょう」

 

 オレと姉ちゃんは海へ落ちた。目の前が真っ暗になる。心臓に穴が開いたんだ。こんな様じゃシャガクシャも、白髪の少女も助けに行けない。だけど、もう一度……もう一度だけ立ち上がりたかった。この胸の傷さえ塞がれば……オレは、まだ戦える。まだ止まれない。

 

 

 オレは海の底にいた。辺りは暗く、明るい海面が遠くに見える。こんな場所で生きていられるはずがない。だから、これは夢なのだろう。夢を見ているという事は、まだオレは死んでいない。だけど体が動かなくて、どうしようもなかった。少しずつオレの意識が海へ溶けて行く。

 

『諦めないで、うしお』

 

 白髪の少女が海中に現れる。現代に転生したジエメイさんだ。諦めるなと言われても、どうしたものやら……心臓に穴が開いて、人が生きて行けるはずがない。獣の槍を使っている間の傷は早く治るけれど、この大穴を塞げるとは思えなかった……いや、待てよ。ジエメイさんが言うんだ。もしかして治るのか?

 

『ええ、もう貴方の胸に穴は開いていません。ですが、問題は別の所にあります。白き剣の力で、うしおの人としての大部分を斬られました。今、うしおは獣と化しつつあるのです』

 

 シャガクシャと同じ妖怪になるのか。

 

『ですから、私が貴方の魂の内へ……さすれば一時の間、貴方の意識を留める事ができましょう』

 

 白髪の少女が近付き、オレの体と重なる。あたたかい物が、オレの中に流れ込んだ……だけどオレの内に魂があるのなら、白髪の少女の肉体は如何なるのか。意識が浮上し、明るい海面が近付く。獣と化しつつあるために、ひび割れたオレの体が見えた。いつの間にか夢から現実へ帰ってきたオレは、海面から跳び出す。そうして石柱の方を見て、白髪の少女がオレと一つになった理由を知った。

 

 

――白面の口で、その牙に突き刺さった、白髪の少女の肉体がある

 

 

 オレと一つになったから死んだのか。死んだからオレと一つになったのか。もはや分からない。そんな事を考えている暇はない。白髪の少女が繋いでくれた命を、無駄にできるものか。オレは空で戦っているシャガクシャの下へ跳ぶ。シャガクシャは全身に杭のような物を打ち込まれ、それでも戦っていた。

 

「待たせたな!」

「おせーんだよ、バカチビ!」

 

 ジエメイさんと一つになって、獣の剣との繋がりが強くなったと感じる。獣の槍にジエメイさんが溶けているからか。その力で紅煉と、紅煉から生まれた妖を斬り捨てた。だけど白面の妖たちは壁のように、あるいは山のように立ち塞がる。だからオレは、姉ちゃんと同じように剣を砕け散らせた。発光する獣の欠片が流星のように降り注ぎ、妖たちを撃ち抜いていく。

 

『雑魚では相手にならぬか! ならばこの白面が、一片も残さず消し飛ばしてくれるわァ!』

 

 白面の口から灼熱が放たれる。その前に剣の欠片が集い、立ち塞がった。獣の剣は炎を吸い込み、赤く色を変える。その剣の柄を握り、大きく開いた白面の口へ向かって投げた。だけど、赤熱した剣に触れたオレの手は溶ける。右手首から先が溶けて、投げた剣に焼け付いて飛んで行った。あとは左手か……その事実を受け止める。赤熱した剣は白面の牙で食い止められ、そこで爆発した。

 

 ドゴォン!

 

 白面の頭部が弾け飛んだ。爆発と共に砕け散った獣の欠片が、白面の頭部を内側から吹っ飛ばす。残された白面の胴体も崩壊し、毒気を撒き散らした。それでもオレとシャガクシャは警戒を怠らない。呼吸が止まるほど、白面の亡骸を注視する。そうしていると毒気を掻き消した欠片が集って、オレの左手に剣を形作った。

 

「やったのか……?」

「いや、まだだぜ!」

 

 オレを乗せたままシャガクシャが飛び出す。その先を見ると、九つの尾が見えた。小さくなった白面が、背を向けて逃げ出している。まさか白面が逃げるなんて思っていなかったオレは驚いた。ここまでやって逃せるものか! そう思っていると白面の前方に、無数の魂が現れる。白く輝く魂たちは、白面に体当たりを仕掛けた。

 

『魂など、いくら打つかりても……何の痛痒も感じぬわ!!」

 

「そうかよ! でもな、足止めにはなったみたいだぜ!」

「白面エエエエエン!!」

 

 

――るんっ

 

 

 白面の眼前に迫った獣の剣が、白い剣に弾かれる。あと少しという所で、邪魔をされた。白面を守るように、白い剣が浮いている。白面に体当たりを仕掛けていた魂たちも、散り散りになっていった。そうか……白い剣の音色だ。あの音色は人を狂わせ、死に誘う。そういえば幽霊なジエメイさんの姿を、白い剣が現れてから見ていない。魂たちにとって、白い剣は天敵なんだ。

 

 

「おやかたさまーっ! がんばってぇぇぇ!!」

 

 

 その声にオレは気を取られた。上半身だけになった姉ちゃんが、海上に浮かびながら声援を送っている。すると急に、寂しく感じた。オレとシャガクシャを応援してくれる奴等はいない。いつまで経っても光覇明宗の支援も、自衛隊の支援もこない。妖怪たちの支援もない。白髪の少女が死んでから、たったの2人で戦っていた。

 

「――ずいぶんと面白ぇツラしてるじゃねーか」

 

 シャガクシャの声に気を戻す。オレの事か……いや、白面か? そう思って見ても、白面の表情に変わった所は見られない。オレが姉ちゃんに気を取られている間、シャガクシャは白面の顔を見ていたのか。いったい白面は、どんな顔をしていたのだろう。姉ちゃんの声援を受けた白面は……。

 

「自分の剣を投げて寄越すなんざ、ずいぶんと慕われてるじゃねーか?」

『なにを勘違いしている……貴奴に貸し与えていた剣が戻ってきただけの事よ。この剣はそも……』

 

『――我の剣だ!』

 

 白面が変化する。白い剣を手に、若い女へ姿を変えた。剣を手にするために、わざわざ人へ変化したのか。巨大な獣の姿に比べれば、人の姿は弱そうに見える。だけど次の瞬間、オレは白面を見失った。反射的に上げた獣の剣に、白い剣が叩き付けられる。その衝撃で、獣の剣を握っていた左手が圧し折れた。すでに右手はない。これで両手が使えなくなった!

 

「シャガクシャ! 剣を持てぇ!」

「ああ!?」

 

 無理を言っている事は分かっていた。だからオレは、獣の剣と白面の間に飛び込む。白面の剣がオレの体に減り込んだ。白面の怪力で、オレの体は真っ二つにされる……死んだ。今度こそ間違いなく死んだ。白面の剣の力によってオレの体は爆散し、跡形もなくなる。身を守る鎧でもあれば防げたかも知れないのになぁ……。

 

「このアホが! 勝手に死にやがってぇ!!」

 

 シャガクシャが獣の剣を握り、白面の剣と打ち合わせる……なんて光景を見ているオレは、どうやら幽霊になったらしい。魂を引き裂くような剣の音色から逃れるために、シャガクシャの体へ飛び込んだ。そのオレの魂には、白髪の少女の魂も混じっている。どうしたものかと思ったオレは、シャガクシャの中から2人で応援する事にした。

 

『がんばれ! がんばれ!! まけるな! まけるな!! まけるな! がんばれよーっ!!』

『あの……うしお、あまり大声を出すのは……』

 

「うるせええええええ!!」

 

 オレの応援が効いたのか。それとも騒々しくてキレたのか。白面の剣をシャガクシャは押し返した。だけど、シャガクシャは切り込めない。そもそもシャガクシャは人間だった頃なら兎も角、記憶を忘れてしまった今は剣なんて使えないだろう。それにシャガクシャは妖怪だから、魂を代価に剣の力を引き出せなかった。

 

『弱し!! 弱くてくだらぬ!! 獣の槍の使い手よ、おまえは分かっていたのだろう。どんなに口で人間を救いたいと言っても……絶望の闇夜に向かうしかない事があるということを!!』

「けっ……くだらねぇ。どんなに……誰かが頑張っても……救えねえヤツはいる! だからって……あきらめ……られるかよ!」

 

 シャガクシャの言葉に共感した。同時に、獣の剣が震える。そうか……獣の剣も、オレも、まだ終わっていない。オレと獣の剣は、まだ繋がっているんだ。白面の剣に斬られても、まだオレに使える部分が残っているのなら――獣よ、持って行け! オレの魂を使い切って、シャガクシャに力を貸してやってくれ! 

 

『負けと分かって、まだ戦うか……』

「勝つさ! おめぇの夜は、もうやって来ねぇ……おめぇと戦っているのは、わしだけじゃねぇのさ!」

 

 あの音色は、獣の剣を持っていれば防いでくれる、それに妖怪には全く効果がない。光り輝く魂たちが現れ、シャガクシャの中に飛び込んだ。数知れない魂たちが、光の渦となってシャガクシャに流れ込む。太陽のような明るさで、辺り一面を照らした。その眩しさに白面の目は眩む。

 

「ほーら、おめぇの怖えのが来たぜえ!」

 

――オヤジ

――母ちゃん

――麻子

――真由子

――羽生さん

――流兄ちゃん

――キリオ

――小夜さん

――ジエメイさん

――2代目のお役目さん

 

 北海道行きのフェリーに乗っていた人々が、あやかしに囚われていた魂たちが、光覇明宗の人々が、顔も名前も知らない沢山の人々が……そして最後に古代で出会った、もう一人のオレが……シャガクシャの中に、みんながいた。みんなで手を繋いで輪を作る。そこから光が溢れた。

 

『ぬうう! 見えぬ! なにも見えぬ! この目が、この光が、我を惑わすか! ならば、目などいらぬ!』

 

 光に眩む自分の両目を、白面は潰した。そして血の涙を流しながら、白い剣を手に、光の中へ飛び込んでくる。その白面に向かって、シャガクシャは剣を振り下ろした。閃光が走り、空と海を切り裂く。白面の剣は砕け、光に飲まれた。白面の体も二つに分かれ、光に侵される。白面の体にヒビが入り、剥がれ落ちていった。

 

『ギエエエエエエ!! ばかな……! 我は不死のはず、我は無敵のはず! 我を憎むおまえの在る限り……シャガクシャアアア!!』

「あいにくだったなァ。どういうワケだかわしはもう、お前を憎んでねえんだよ……憎しみは、なんにも実らせねえ。かわいそうだぜ、白面!」

 

 夢で見た姉弟が、シャガクシャの側にいた。白面の体の崩壊は止まらない。変化した若い女の姿のまま、白面は壊れて行く。その様をシャガクシャは、静かに見守っていた。やがて指先の欠片まで砕け散って、白面は消滅する……やっと終わったんだ。そして白面に続いて、その役割を終えた獣の剣も砕け散った。

 

 

 下半身を切り落とされ、上半身だけになった姉ちゃんは生きていた。だけど妖怪殺しの獣の剣に切られて、その状態から回復するのは無理らしい。人への変化が解け、肉塊の姿になっていた。これが姉ちゃんの本当の姿なのか。姉ちゃんがオレに見せたくないと思っていた姿だった。

 

『……ぶっ、ぶじぼ?』

 

 姉ちゃんの手がフラフラと揺れる。その手をオレは握った。幽霊だから感触は違うだろうけれど、命が尽きる寸前の姉ちゃんは気付けない。肉塊からシュウシュウと湯気が上がった。オレの手を握れて安心したのか、姉ちゃんの体は崩れ始める。腐った肉がボロリと剥がれ落ちた。その様を見ていられなくて、姉ちゃんの腐った体を抱きしめる。

 

『ばっだがびなァ……』

 

 なに言ってるのか分からねぇよ、姉ちゃん……それでもオレは肉塊が、安らかな顔をしているように見えた。死んでしまうのだから、もう何も恐れる必要はない。ありもしない恐怖に怯える事はないんだ。シュウシュウと肉塊が溶ける。そうして姉ちゃんは一片も残らず、この世から消えてなくなった。

 

 

 白面と姉ちゃんの最後を見届けて、オレ達は石柱へ戻る。母ちゃんや麻子の死体は、どこかに吹き飛ばされて残っていなかった。だけど、そこにある冥界の門は開いたままだ。この世に現れた魂たちが、冥界へ帰って行く。死んでしまったオレも、冥界へ行かなくちゃならない。

 

『蒼月、幾千の礼を重ねても足りません』

『いいよ、別に……』

 

 ジエメイさんとギリョウさんも冥界の門を潜って行った。最後に残ったのはオレとシャガクシャだ。ここで重大な問題がある。この冥界の門は、現世の者が内側から閉める必要があるらしい。つまり、この戦いで唯一生き残ったシャガクシャが、冥界の門を閉じなければならない。

 

『そういう訳だってよ』

「なーんでわしが、おまえに付き合ってやらにゃならんのよ……」

 

『嫌だってんなら、おまえに取り憑いちゃる!』

「おい、やめろバカ! 気持ち悪ぃんだよ!」

 

 シャガクシャが内側から、冥界の門を閉じる。その先で、オヤジと母ちゃんが待っていた。みんな死んだから、みんな一緒だ。そうか……もしかすると姉ちゃんも、どこかに居るのかも知れない。そうだとすれば会いに行きたい。また殺し合うことなっても、何度でも殺し合って、そうして話し合って、姉ちゃんの恐怖を取り除いてやろう。

 

『……待ってろよ、姉ちゃん』

「なにしてんだよ、うしお。さっさと行こうぜ」

 

『よーし! 行っくぞーっ、シャガクシャーっ!」

「うるっせーんだよ、うしおーっ!!』


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